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花は散り急ぐ  作者: 夏冬春秋
散る花にも咲く花にも同じ美しさが宿るもの
3/48

表3



 食べるという行為は生きる上で欠かせない行為の一つだ。肉食だろうが草食だろうが自分とは別の、生きているものを食して自分という存在を存続させていくのだ。オレがここまで成長するにかかったコストは計り知れない。いくつもの「生」を食らい、それに伴った血の量がオレという存在を築き上げてきたのだ。


 人間の食への探究は素晴らしいものだと思う。


 生活に欠かせないモノ。常に隣り合わせのモノ。だからこそ、それをより良いものにしていくために、探求していくのだ。例えそれが何万、何億の命を食らう事になろうとも。


 例えば中国の料理で生きたままのサルの頭を解舒して、脳味噌を食す料理がある。いわゆる猿脳という料理だ。頭頂部の頭蓋骨を削り、空いた穴からスプーンですくって食べるのだ。ほかにもちゃんと味わい方があり、ストローですすったりしてそれを味わうこともある。


 これは生き物の尊厳を無視している。ただ自分の食欲を埋める為にじっくりと味わうのだ。「生」を。その生き物の苦痛はお構いなく。ただ自分を幸福(しあわせ)にしたいがために。例え相手が悲痛な叫びをあげようが、泣こうがそんな事は関係がない。そんな事が出来るのは、自分自身にその苦痛が伝わらないからに他ならない。もし仮に、他人の痛みがリンクするというのなら、そんな事はしないだろう。自分はその痛みからかけ離れた、別の場所に立っていたいのだから。現実はこうだ。痛まないのだ。痛くないのだ。伝わらないのだ。他人の痛みが。だからどんな残虐なこともできる。


 残酷だと思うだろうか?


 いいや。ごく自然の事だ。自分が生きるために。自分が生き残るために。気持ちよくいられるために。それはとても普通の事だ。大事な犠牲なのだ。他人を踏み台にし、食い物にし、犠牲にしていくのが生きるそのものなのだ。それは立派なことだ。何が悪いというのか? 生きるというのは、つまりそういう事なのだ。




 ハナが好きな部位は脳みそだ。そして、好きなものは最後に食べる主義なので、いつも先に首から下を全て食べるのだ。そして、最後、首だけになったところで貪るのだ。


 これは余談だが、ハナは骨まで食べるタイプだ。基本は全て残さずに平らげる。だがしかし、いったいどういう訳か、頭蓋骨だけは残すのだ。オレが食えと言えば食うのだが、それを言わない限り、口にしない。


 今回は、オレが何も言わなかったので、床に動物たちの頭蓋骨の残骸が無造作に散らかっている。ここにいた動物たちは五匹だったので、五つここにはある。


「ハナ。こいつの分は、キチンと全部食べろよ」


「……」


 ハナは答えない。食べる事に夢中になっている。オレは尾の長いため息をついた。そして頭を掻いた。


 動物を誘拐していた奴は今静かにしている。黙ってハナのいいようにされている。もっとも、もう生きてはいないだろうな。最初は元気よくあんなに暴れていたのにな。早いものだ。


 オレはグチャグチャと鳴る音を耳に残しながら壁にもたれかかる。ポケットに手をしまい、ハナの食事が終わるのを待っていた。そうしていると、食事の音がボリボリと固い音に変わった。恐らくもう肉は食い終り、骨を食い始めたのだろう。オレは足元に落ちていた頭蓋骨を拾った。どの動物のかはわからないが、オレはそれをハナに向かって投げつけた。


 ハナは「うっ」と短くうねった。ハナは少し怒った表情でオレをにらんだ。ハナは少年の骨を投げつけた。足の骨かな、これは。オレは軽くそれをよけた。ハナはオレから目を離さずに、口を動かし続けた。食欲旺盛な奴だ。


「全部食べろよ。骨一つも残すなよ」


 オレはハナが投げつけた骨をハナに投げ返した。ハナはそれを口でキャッチすると、それを食べ始めた。


 せんべいを食べるみたいにボリボリと食べている。それにしてもすごい顎力だな。と感心してしまう。歯も丈夫だ。あんな硬い骨をせんべいみたく軽く食べてしまうのだから。


 ハナは少年の頭を持ち、頭頂部を食い破りながら、オレの元へ来た。脳みそを啜っている。


「食いすぎじゃないか? 太るぞ」


「ん?」ハナは小首を傾げた。


 ハナは空いた穴に手を突っ込む。そして、脳みそをジュルリと取り出す。どろんと糸を引くそれをハナは躊躇なく食べた。オレはそれに蜂蜜を美味しそうに食べるプーさんを連想させた。


「おいしい!」


 満面な笑みを浮かべる。身体を横に揺らす。


「そうか。美味いか。よかったな」


「どう?」


 ハナはそれを差し出した。オレは「遠慮しとく」とそれをつき返した。カニみそも食えないオレが人間の脳みそなんか食べられるものか、と冗談っぽく言ってみる。まあ、一種の珍味なのだろうな。だがオレには未来的な食べ物だ。手が届かない。というか、手を出したくない。


 ハナが食べきったのは五分後だった。ハナはバンザイをした。それからそのままオレの方へ倒れこんだ。オレはハナの体を支えた。


「おい。寝るなよ?」


「イチ……。ハナ……ね、ねむい……」


 ハナはオレに抱き付く。自然に抱っこをする形になった。勘弁してくれ。


「夜も遅いからな。もう少し頑張れるか?」


「……うん……」


 ハナは眠い目を擦る。オレはおんぶにチェンジし、ハナを背負う。お腹が一杯になったら眠くなる。これは普通なんだな。と、オレはハナにヒトに近いものを感じた。


「あう!」


 静かになったと思った矢先に、ハナが突然元気になった。オレの背中の上で暴れまわる。肩を何度も叩くのだ。さっきまでの大人しさはどこかへ飛んで行って消えてしまったようだ。


「何だよ」


「しー!」


 ハナはオレの耳元で静かにするよう言った。どっちがうるさいのやら……。


「えさ! におい! ち! ひと!」


「まだ食うのかよ。そんなのは放っておけ。もう帰るぞ」


 ハナのセリフから、「ち」という単語が聴こえた。ということはつまり、近場で殺人事件でも起きたのか? もしくは事故で大けがをしたのか。どうでもいいが治安が悪いな、ここは。


「いや! たべる!」


 ハナが駄々をこねはじめる。オレは頭が痛くなった。


「……しょうがねえな。好きにしろ」


「はい!」ハナはオレの頬っぺたにキスをした。何の真似だ? これは。というか、いったいどこでそれを覚えてきたんだよ。


 オレ達は小屋を離れて、ハナの嗅覚を頼りに、山中の奥をさらに進んでいくのだった。




裏4



 私に悲劇の幕が再び上がったのは、お母さんの再婚だった。お母さんより三つ上の男性だった。


 私はその人が苦手だった。突然、血のつながりも何もない、見知らぬ赤の他人が私の父の代替となるなんてそんなの受け止められるはずがない。私のお父さんは一人しかいないのだ。だから、この人はお父さんなんかじゃない。


 あいつは私との距離を縮める為にあらゆる努力をしていた。プレゼントをしてくれたり、ご飯に連れていってくれたり……。でも、それでも、ポッカリと空いた心の穴は埋まるはずもない。


 私の意見なんか関係なく、二人は結婚を押し通した。また私の世界が壊れてしまう。私の居場所がなくなってしまう。いつも私だけを見ていてくれていたお母さんは、今はあいつしか見えていない。私を見ていてくれない。お母さんの世界からも私が消えていなくなってしまう。そんな恐怖が私を襲う。


 そんなのは嫌だった。私はどこにいればいいの? 私の居場所がなくなる。どこか遠くへ行ってしまった。私だけが、残されてしまった。一人ぼっちにされてしまった。


 あいつは私の心を開かせようと努力していた。しかし、それは婚前だけだった。婚姻後、あいつの態度がガラリと変わった。一変した。真逆に変貌していったのだ。


 初めからそれが狙いだったのだろう。最初からお母さんではなく、私だったのだろう。それが悔しくて悔しくて……。


 私は汚されたのだ。汚れてしまった。純潔を失った。


 私が部屋で漫画を読んでいた時だった。その時は、お母さんは買い物に出かけて居ていなかった。その日はあいつの仕事は休みで、家にずっといた。その時を見計らってあいつは、私の部屋に侵入してきた。さりげなく。それで、どうでもいい話題を切り出してくる。私は本当に興味がなかった。だから、早く居なくなればいいのにな、と邪険に扱っていた。


 そうすると、あいつはいきなり私の体に触れるのだ。私は悪寒が走った。ゾクゾクした。不快感しかわかなかった。あいつは私の髪を撫で始める。指でクルクルと私の髪を巻く。もう耐えられなかった。私は持っていた漫画をあいつに投げつけた。


 あいつは一瞬だけひるんだ。しかし、口角をつり上げ嬉しそうに笑った。あいつは私を押し倒す。手首を掴まれ、身動きが取れなかった。必死にほどこうにも、力の差は歴然だった。大の男の力に敵うはずもなかった。それでも私は必死に抵抗する。しかし、抵抗するほどあいつは喜んだ。


 私は身の危険を今までにないぐらい感じ取っていた。逃げられない恐怖が私を襲う。


 私はもうどうしようもなかった。逃げたかった。逃避したかった。もう、この場に居たくない。あいつの手は私の小さな乳房に触れる。私は助けを呼ぶ。叫ぶ。一心不乱に。あいつの手はどんどんと私の体の下の方に伸びていった。私は涙で顔をぐちゃぐちゃにする。必死に暴れる。


 私は言いようのない物恐ろしさと快楽が複雑に綿密に絡み合った混沌とした波に押し流されていった。



 ――暗転



 それからというもの、私はずっとあいつのいいようにされた。相談など、誰にできるわけでもない。もう清純ではない私に誰が助けてくれようか。私は涙で枕を濡らす日々を過ごしてくことになる。


 ある日私は勇気をもって、お母さんに真相を打ち明けた。早く離婚してほしいと、そう頼み込んだ。私はその時泣いていた。


 しかし、お母さんは私を叩いた。平手打ちを何度もくらった。


 お母さんは失望していたのだ。私に。そして自分自身にも。お母さんの幸せを私が奪ってしまったんだ。あいつは初めからお母さんのことが好きではなかった。でもお母さんはあいつの事が好きだったんだ。愛していたんだ。それが実の娘に奪われたのだ。その気持ちをまんまと利用されたんだ。だからお母さんは私に怒ったのだ。


 お母さんは言った。私はいらない子だって。こんな事なら、引き取らなければよかった。親権をお父さんにあげればよかった、て。……そもそも、私を産まなければよかったって。そうすれば、誰も不幸せになんかならなかったって……。私がみんなを傷つけたんだって。人生を狂わせたんだって……。私の頭の中は真っ白になる。何を言っているのか全然理解できなかった。


 じゃあ、私は何なの? 何のために存在するの? 何で私は生まれてきてしまったの? お母さんから幸せを奪うため? あいつの玩具にされるため? なら、私が生きている意味って何なの? だったら……私などいらないよ。自分も苦しいし、お母さんも苦しめる。だったら、死んだ方がましだ。


 でも……出来なかった。怖かった。死ぬのが怖かった。こんな窮屈でどうしようもない茨の世界なのに。


 誰でもいいからこの世界を破壊してほしかった。粉々に、跡形もなく。糸も全て切り捨て、自分という存在の消滅を。


 世界の崩壊を導くものなら本当に誰でもよかった。私はそんな絵空事が起こればいいとずっと願っていた。


 しかし、ある日、その世界を壊してくれる人が現れたのだ。しかもそれは、意外にも身近な人だった……。


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