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花は散り急ぐ  作者: 夏冬春秋
花は枯れることを知った郎女は何を思うか
23/48

誠一郎のお話 起

また、二章編成です。

ここからは前編のお話です。

今回は、「学校帰りのお話」だけ読んでくれれば。他は流し読みか読み飛ばしで構いません。

 オレの間違いはなんなんだろうか。いや、そもそもオレは間違いを犯しているのだろうか。


 オレがやったことは、家族を殺した。それは、自分の為に。


 人は自分の為に生きている。死にたくない。滅びたくない。自分が消えるのは嫌だ。そういった理由から他人を踏み台にして生きていく。自分を苦しめるやつは排除して自分を楽にして生きる。それは何が間違っている事なのだろうか。オレはハナと出会って、オレが抱えているこんな問題なんてなんにもおかしくないという事を認識した。


 自分がやったこと。オレがやったことは犯罪者をハナの食糧にしたこと。ハナの為に。


 それが間違っていたのだろうか。ハナは人を食べる。それが普通の子にとっては間違いではない。ごく自然の事。草食動物が草を食べるように。肉食動物が他の動物の肉を食べるように。


 罪とは、本来無いのだ。人が妄想の中から作り出し、それを広めただけにしかすぎない。


 人は人を襲う。人は人を殺す。それが本当にあるべき姿なんだ。だけど、なぜそうしないか。自分の身が可愛いからだ。だから罪と罰を作りあげたのだ。自分の身の安全を確保するために。精神の安寧をはかるために。


 罪は悪。罰は正義。


 間違いなんてない。だから、考えるだけ無駄な事なんだ。


 でも、その無駄な事を考えてしまうのも人の(さが)に相違ない。


 オレは今までもこれからもその無駄を考え、無駄に悩み、無駄に苦心していく。


 それでオレが得られるものはなんなのだろうか。


 もしかすると本当に正解を、間違いを、発見できるのだろうか。


 わからない。解りたくもないが、解りたい。


 オレはどうするべきであろうか……。





コトリとのお話



「なあ、セーイチロー」


 いつものようにリビングにいて、ソファーに寝転がっていた時に、コトリに話しかけられた。オレは顔をコトリの方に向ける。コトリはルナが作ったブランコでぶらぶらと揺れていた。


 コトリはうつむいていて、ため息を一つついた。


 フウカとハナは二階で遊んでいる。だから、ここにいるのはオレとコトリだけだ。フウカを二階にまで運ぶのは少々手こずった。あとで一階に運びなおさないといけないのがちょっと気負いすることだ。


 ハナが大変、ご機嫌のようで、さっきから上からどんどん、と飛び跳ねるような、動き回っているような、そんな音がしていた。


 オレは「どうしたんだ?」と尋ねる。


 今は、あの幽香との事から数日が経った時だ。もう、この家にはルナはいない。


 ルナは身支度をあっさりと終えると、次の日に出ていった。オレが寝ていた時だ。見送ったのはコトリとフウカだけ。たいした言葉も交わしていないみたいだ。今ルナはどこへ住んでいるのだろうか。バイトさえ変えていなければ、会えることは可能だ。だがしかし、その勇気がなかった。


 そもそも、ルナ自身がオレ達に会ってくれないだろう。


「ルナはさ、あたしたちのこと、きらいになったのかな?」


「……」オレは無言だった。


「たしかに、だましていたのはわるかった。おこるリユウもわかる。でも、なんで、このいえからでていったの? あたしたちをゆるせないから……だよね」


「まあ、だいたい悪いのはオレだしな。お前らは関係ない」


 ルナの言葉を反芻させる。家族を殺したことは許せない悪行。ルナはそういう風に言っていた。


 しかし、オレはどうなのだろうか。本当にいけないことだったのだろうか。


「セーイチローは、あたしたちのことをどうおもっている?」


「お前たちの事か? そりゃ、大切な家族としてみているよ」


「たとえば、そのカゾクがなにかモンダイをおこしても、おなじようにせっするのか?」


「まあ。そのつもりだ。今の家族にはな。そもそも、もう、おかしい具合に問題を起こしているだろうに」


「それもそうだね。セーイチローは、あたしがゆかをいかしたことはどうおもっている?」


「コトリがそれでいいと思ったのならそれでいいんだ。オレは、コトリの決断に乗っかった。それだけだ。まあ、生きるか死ぬかは、これからを生きる幽香自身だけどな」


「……そうか。あのさ、あたしはさ、ゆかとユージンかもしれないといった。それはまちがいない。もう、あたしのショータイはあるいみまぢかにあるんだ。だけど、あたしはそうしない。なんでだろうね? ソトにでたいというのぞみはあるのになぜかそうしない。どうしてだろうね? ゆかは、ジブンのすすむみちをきめた。でも、あたしはまだとまどっている。ジブンをしるのがこわい。そして、このからっぽのからだのなかでとじこもっている。なあ、セーイチローよ。あたしはいきているのかい? とじこもったままでいきているといえるのかい? このからっぽのニンギョウはいきているといえるのかい?」


「……」


 オレは返答に困った。そして、あの時のフウカを思い出した。フウカの腕と脚がまだなかったころだ。その時にフウカも自分は生きている価値があるのかとオレに問うてきた。オレはその時は何も答えてあげられなかった。だけど、あの一件で、答えを見出すことが出来た。


「あたしはさ、あんたも、からっぽだとおもっていた」


 オレが言おうとした時、先にコトリが口を出した。


「たにんのイケンをすぐのみこみ、それにどういするだけ。ジブンをもたない。かんがえをほうきする。そんなかんじがしていた。だからさ、あたしは、セーイチローのことがきらいだった。ジブンがないようで。まるで、あたしのこのニンギョウのからだのように。ただタマシイだけのうつわ。だから、あたしはセーイチローがきらいだった。あたしとおなじ。そしてあたしとちがってちゃんとしたからだをもっている。そのてんで」


 コトリの思いがけない告白で、オレは胸が痛んだ。そして、なにかすっきりした。コトリがオレに対して冷たく当たっていたような理由がわかったからだ。


「もちろん、ハナもそんなかんじがしている。ジブンのいしではなく……そう、それこそメーレーのようにね」


 コトリはブランコからおりた。そして歩く。オレも立ち上がり、コトリのそばにより、コトリをもちあげた。そして、ソファーの前のテーブルにコトリを座らせた。


「オレは、そうなっていたのか?」


「あたしからみたらね。まあ、しらない。それもセーイチローなのかもしれないのだからね」


 コトリは足を投げ出した。バタバタと、空中であしかきをしていた。手はももにのせていた。その自分の足の動きをジッと見ていた。


「いかしたあたしたちジシンが、いきていないというのは、どうもおわらいぐさだよね」


 コトリは嘲笑うかのように言った。


「キョーヨーできるほど、あたしたちはうえのたちばなのかね?」


「……」


「ま、いいや。これからかんがえよっと」


 コトリは口をあけて大きく笑った。


 オレは顎をさわりながら、まだ真剣に考えていた。





フウカとのお話



「私は、自分が選択をしたものが正しいのかわかりません。でも、それでよかったんだって認めていきたいんです」


 オレはしゃがみこむ。フウカと目線を同じにする。フウカは優しく微笑むとそう言った。オレは目を伏せる。自分の感情をどうにかして抑えようとしていた。


「オレがこうして悩んでいるのは無駄な事なのか?」


「無駄ではありませんよ。そうやって悩むという事が、今を真剣に考えているという事なのですから」


「フウカは、どうだ?」


「私ですか? それは……そうですよ。私も同罪ですから。セイイチさんたちの行いに目をつぶって、黙って、知らない顔をしてきたのですから。だから、ルナさんが怒るのも無理はありません。誰もとめたりはしなかったのですから。そう。加奈ちゃんの時と同じで」


「アレについてやはり怒っているのか?」


「まあ……怒っていないといえば嘘になりますね。加奈ちゃんには私たちのようにはなってはもらいたくなかったですから。復讐をすることが……それが人を傷つける事に繋がり、自分の手を汚してしまう。そして、その汚れは伝染していきます。関係のない周りにうつってしまうのです。あの時、加奈ちゃんがアレをした時、セイイチさんは何を思いました?」


「……」


 あの時。ハナと二人であのグループを殺そうとした時だ。加奈ちゃんがその場にいた。家からこっそり抜け出して、オレ達をつけていた。そして、加奈ちゃんは自分の手で、生き残りを殺した。オレはその時何を思ったのか。


 分かっている。本質は分かっている。でも、それは認めたくない。そう意固地になっている。しかし、そうやって盲目になるのは一概に悪いとは言えない。


 オレは、そう……。


 あの時オレは加奈ちゃんと自分を重ね合わせた。


 哀れ。そう思った。


 醜く、哀れ。自分の気持ちを出し切る。自分の欲望をすべてさらけ出してぶつける。それがとてもみすぼらしく、見ていられない。


 オレはそう感じた。


「つまるところ、自分と同じだ」


「そうですか……。セイイチさんは、そう思ったのですね。なら、自分の事、分かるのではないでしょうか? 加奈ちゃんには、ゴロウがいました。だから、立ち直ることが出来ました。それと同じで、セイイチさんも、誰かによって変わることが出来ると思います」


「それって……」


「私たちじゃ……駄目ですか?」


 フウカは恥ずかしそうに言った。可愛らしく片目をつぶって、舌をぺろりとだした。


「なるほどね」


「私は、みなさんのお役に立ちたいと常日頃から思っています。こんな体ですから、何もしてあげられませんが」


「フウカは、本当の家族はいいのかい? 会いたいとは思わないのかい?」


「……」


 フウカは沈黙した。


「私には、どのような顔をして会いに行けばいいのかがわかりません。そもそも、あの人たちに失望して、こうなったのです。自業自得といえばそれまでですが……。でも、会いたくないです」


「恐いのか?」


「……ええ。生前から私に構わない人達が、こんな私に構ってくれるはずもありません。会ってもまた、無視されるのが恐いのです」


「フウカは、今までの印象から、そのように言っているが、それ以降のその人たちの印象を知っているかい?」


「……。ひょっとしたら、本当に私の事を心配してくれているのかもしれません。ですが、もしも真逆だった場合……傷ついちゃいますよ」


 フウカは無理に笑った。


「そういう感じか……」


「やっぱり、まだ……臆病なんですね、私は」フウカは外を眺める。「私は、この家にずっと閉じこもったままです。外には何度か出ました。ですが、それは車いすです。自分の足で一歩も外を歩いていません。だから、いつか、自分の足で立って、外へ出てみたいです。歩いてみたいです。ですが、まだその勇気が出ないのです」


「フウカ、前にした約束を憶えているか?」


「……はい。あの約束が果たせるといいです。でも、まだ時間がかかりそうです。だから、もう少し待っていてください」


「ああ。分かっている」


 オレはフウカの手を握る。そうしてフウカは、ギュッと強く握り返した。その手はひんやりとして冷たかった。だけど、段々と温かくなってきたような、そんな錯覚がうまれる。オレは、「ああ、自分の体温か」とすぐに納得した。


 フウカは、嬉しさと恥ずかしさが混ざり合ったかのような笑顔をした。


「あと、そうです。一つだけ、セイイチさんに言いたいことがありました」


「ん? それはなんだ?」


「これだけは忘れないでほしいです。まだ、自分を見失っていないなら、忘れない筈です」


「それはなんだ?」


「死ぬのは、嫌だって事です。これは誰にだって言える事です。私も、恐かった。そして、あの人も、そうだった。セイイチさんが見てきた人も、多分そのはずです。それだけは絶対に忘れないでください。そうすれば、セイイチさんも、また変われるかもしれません」


「……。ああ。そうだな。わかった」


 オレは小さく頷いた。この時は分かったような気がして頷いたが、フウカのこの言葉の意味を知るのはもう少し後のお話になる。




ハナとのお話



「ハナ、お腹空いた。だから、起きて」


 オレが自室のベッドで昼寝をとっていると、ハナが部屋に乗り込んできてオレを叩き起こした。オレは低くうねりながらハナの頭を掴んで布団に顔をうずめさせた。


 オレは時計を見る。夕方の時刻だった。結構寝てしまったな、と頭を掻きながら反省する。


「お前な、夕食にはまだ早いぞ」


「でも、お腹が空いた!」


「我慢しろよ」


 オレは大口をあけて欠伸をする。つられてハナも欠伸をした。


「じゃないよ!」


 ハナは欠伸をした後にオレを叱った。布団を叩く。埃が舞う。


「まったく。わかったよ」


 オレはベッドから出る。そして伸びをする。ハナは「やった!」と高い声で言った。そして背後からオレに抱き付く。そしてジャンプする。オレは「はいはい」といって引きはがす。


「ねえ。セイイチ。ハナ、お肉、食べる」


「もしかして……例のアレか?」


 例のアレというのは説明しなくても分かるだろうが人肉の事だ。


「うん」


 ハナはこくりとうなづいた。


「……」


 オレはあの日の事を思い浮かべた。ルナが出ていった時のこと。


「なあ、ハナよ。お前はどうして人の肉を食べるんだ?」


「うー?」ハナは首を傾げた。「わからない」そして首を振った。


「わからないのか」


「ただ、食べる。それだけ。うー。悪い事?」


「うーん……。人の価値観からしたら……そうだろうが、オレは別に……。だって、食っているのは悪い事をした奴らだろう? それにハナは……」


 オレはここで言葉を止めた。


「ルナ、いった。ハナを、うちゅーじんって。それって、ルナと同じ……?」


「かもな。別の種族だろうが」


「でも、ルナ、人は食べない。ハナは、食べる。どうして?」


「……」


「ハナ、わからない。ただ、食べたい。それだけ。お腹は空く。だから、食べる。それは、駄目?」


「問題になっているのは食べる相手だよ。オレもよくは分からない。だけど、食べる事で、犠牲にする事で、生きていく。それはなんとなく分かる」


「ハナ、さびしい」


「そうか」オレは悲しい顔をするハナの頭を撫でてあげた。「大体はオレの責任だ。ハナたちが背負う必要は無い」


「どうして?」


「ハナは食べたいだけだろ? オレの場合は……」オレはまた、途中で言葉をとめてしまった。自分のこの後のセリフを言いたくなかった。


「ねえ、セイイチ。ハナは、セイイチが、大好き!」


「あ、ああ。ありがとう」


「だからね、セイイチが、したいことは、なんでもやるよ! それが、ハナのできる、恩返し! セイイチが、傷ついたら、ハナが、治す。助ける。守る。ハナには、セイイチが、正しいよ」


「オレが間違っているかもしれないんだぞ?」


「それでも、ハナは、いいよ。ついていく!」


「そうか」


「セイイチには、ハナがいるよ」


「ありがとう」


 オレはフッと笑い、ハナの頭をまた撫でた。ハナは照れくさそうにして笑った。


「そういえば、この頭を撫でる事は、ハナに教えて貰った事なんだよな……」


「そう?」


「特に気にした事ないだろうな」


「うん!」


「なあ、ハナ、ハナは何でもするっていったよな」


「うん。そうだよ」


「オレが人を食べるなって言ったら、食べないのか?」


「……うーん…………」


 嫌な質問だったか。ハナは腕を組んで長考する。


「多分、そう……する……」


 ハナはゆっくりと頷いた。


「食べて、ほしくない?」


「さあな。オレはまだそれを言える事が出来ない」


「そう……?」


「変な質問して悪かったな」


「ううん。いいよ」


「じゃあ、今日の夕飯は何が食べたい? 変わりにハナの好きな食べ物を作ってあげるよ」


「なら、外でよう」


「おいおい。さっきの話はまったくお構いなしか」


「冗談! 今日は、いい。ハンバーグ。食べたい」


「分かった。とびっきりのハンバーグを作ってやるよ」


「わーい!」





学校でのお話



「よう、柴坂」


 学校にて。昼休み。オレは弁当を食べ終えたあと、静かに読書ができるようにと、教室を離れ、図書室に来ていた。ここでも会話の声は途切れたりはしないが、それでも、教室にいるよりは静かだ。冷房も利いていて、過ごしやすい。夏場にはもってこいの場所だ。外からは騒ぐ声が聴こえる。雑音ではあるが、オレの集中力を乱すほどでもないので、静かに読みふけっていた。そうすると、立石に声をかけられたのだ。


 立石は目を細めて口角を目いっぱいにつりあげて、手を軽くあげた。


 オレは突然声をかけられたものだから、ビクッと体が反応してしまった。立石はそれを軽く笑い流した。一つ息を吐いてから、目線を立石に向けて、「なんだよ」と迷惑そうに言った。


「いや、なに。ちょっと涼みたいと思ったからここに来たら、お前がいたもんでな」


「あっそ」


 オレは適当に流した。


「なあ、最近何かあったのか?」


「なんだよ。いきなり」


 オレは本を閉じた。立石の話に耳を傾けてしまった。


「なんかさ、悩んでいるような感じで暗いからさ。ちょっと前までは肩の荷がおりたかのようにあかるかったのにさ、また何かを背負いこんだみたいな感じなんだよなぁ」


 立石の言った事は図星だった。人を良く見ているなと思った。


 立石は人当たりのいい奴だ。大体誰からも好かれている。そして信頼されている。リーダーシップの素質があるのだろうか。人を引っ張っていくのがうまいタイプだ。自分の調子をよく相手に投げるが、相手はそれを苦もなく受け取るのだ。むしろまってましたと言わんばかりに。


 そして、相手の事をよく気に掛ける。だから、相談事とか男子からも女子からもよく受けるらしい。本人は困っている人は見捨てられないたちだし、解決に導いてくれたりするので、よけい頼りにされるようだ。


「ほっとけよ」


 オレは立石に相談する気などなかった。というか、相談は出来ない。


「ふーん」立石は肘を机にたて、顎を掌に載せて、訝しくオレを見る。「家の事か?」


「……」オレは目をつぶる。そして、本を開いた。


「まあ、なに。俺にできる事があればなんでも相談してくれ。役には立たないとは思うが、少しばかりの助言やストレスの発散はさせられると思うぞ。なによりもいけないのが、ストレスを溜めこむことだぞ」


「じゃあさ、一つ聞くが、家畜を食べる事はいいと思うか?」


「おっと……。相談してくれるのは嬉しいがいきなりキツイ質問がきたな。そういうことで悩んでいたのか?」


「なに。よく話題になるくだらない問題さ」


 オレは肩をすくめた。


「そうだな……。正直言って、可哀想ではある。だってさ、家畜だって生き物であるには変わりないんだよな。俺たちと同じで、生きているんだよな。それを……殺すのはよくないかもしれない。だけど、生きる糧とするためには仕方がない事だと思う。まあ、別に肉を食べなくたって生きてはいける。だけど、栄養を手っ取り早く取るためには、それが沢山含まれる食材を摂取しなければならないんだよな。肉以外にも野菜とか、な。それを数回の食事でバランスよく早くとるためには、それが大切なんじゃないか? 体を良く保たせることや、成長させることが大事、とかかな?」


「自分の為に、ね。エゴだな。命は大切に、とかいってはいるが、根元の部分には盲目になっているだけにしかすぎない」


「そうだな。だが、命を食べている、という心構えを忘れなければ、自分がそれに生かされている、みたいに、生きている事について考えることについてよく考える事が出来るんだと思うぞ」


「まあ、何も考えないよりはましだな」


「そうだな」


「しかしなるほど。自分勝手なんだなぁ」


「だからこそ、他人が大切なんだよ」


「ん? というと?」


「自分に足りないものを補うために他人を必要とするってこと。そしてそれが必然的に助け合いという形になるわけだよ。俺の場合は自分が持っていないものが沢山あるからね。だから人助けをするのかもな。その、自分に無いものを持っている人に、自分ではそれが出来ないから、それをより良くしてほしい、っていう欲望から、そうしているのかもしれない」


「うむ。オレは、頭が悪いからよくわからない。それが良い事かも悪い事かもわからない。だけど、参考にはなった。とだけは言っておく」


「そっか。まあ、本当に悩んでいることがあればいいなよ。無理にとは言わないが」


「あらら。ばれてたか。まあ、本当の悩みは誰にも打ち明けられないものだ」


「そういうものか?」


「ああ。それよりも、立石からして、立石になくてオレにあるものはなんだ?」


 オレは意地悪く言った。答えは求めていない。しかし、さっきの発言があったばかりだ。立石は何が何でも言わなければならないだろう。


 立石は「うーん」と少し間をあける。そして二秒ぐらいか。そのぐらい考え、出てきた言葉が、「誠実さかな」だった。


 オレはフッと思わず鼻で笑ってしまった。自分にはもっともかけ離れたものであったからだ。


「なんだよ」


 立石は少しふてくされていた。


「いやなに、考えもしなかったから」


 それに、それは立石の方が持っているし。


「俺は、そうだと思うけどな……。なんか、お前は捻くれている、てわけでもないしな。根が実はしっかりしている、やつに見えるんだよな」


「なんだそれ」


 オレは嘲笑した。馬鹿な話であったから。


 オレはここで会話を切り上げた。なんか、ムズムズするし、自分ではこれは違うと分かり切っているからだ。それを長々とやるのは面倒事極まりない。


 立石との話は、なんか、もやもやして終わった。





学校帰りのお話



 オレは真夏の日差しを真っ向から受けながら家路についていた。汗をたらたらと流しながら。夏の歓迎を受けていた。まったく嬉しくもなんもない。


 幽香との一件から一週間が経とうとしていた。そして、明日からテストが始まる。学生なら誰しもこれに苦しめられたことがあるだろう。正直な話、テスト勉強ができるような状態ではない。まあ、ただの言い訳といえばそうなるが。


 悩みの種はぜんぜん尽きないのである。


 つい先日、立石に相談をした。もっとも、どうでもいいような相談ではあったが。そこまで重要な答えを求めていたというわけでもない。


 オレは、一つ、ため息をついた。そして空を仰ぎ見た。むかつくぐらいに照りつく太陽がオレを笑っていた。そして、一つの色を伸ばしたかのような雲一つない真っ青な空がオレを引っ張ろうとしていた。


 オレはシャツをパタパタとさせて風を送り込む。気休め程度ではあるが、それでも楽になる。でも、いつまでも仰いでいるわけではない。疲れが見え始める。そうして一旦やめると、仰ぐ前以上に暑さを感じるようになる。それを理解しているのにもかかわらず同じことを何度も繰り返してしまう。これは、悲しき本能という奴か。それとも、単純に学習しない馬鹿なだけか。まあ、どちらでもいい。


 オレはフラフラと歩いていた。そうするとコンビニが見えた。あそこの中とこの外の中では気温が天国と地獄だろう。しかし、入店した時、気持ち悪いぐらいの温度差に眩暈を起こしてしまう。


 オレはどうせなら涼もうか、と店内に入った。中は快適だった。あの暑さが嘘のようだった。


 オレは、文明の進化に感動をおぼえながら、あいつらにアイスを買うことを思いつく。もっとも、食べるのはハナぐらいなものだが。


 今頃、あいつらは家で何をしているのだろうな。と、やや気になった。


 オレは週刊誌のコーナーに立ち、おもむろに雑誌を手に取り、それをパラパラと読み始めた。好きな漫画家が書いた漫画は今週号に載っているかなという確認がしたかった。独特な絵柄なので、パラパラと流していても見つけやすい。だがしかし、見つけられなかった。仕方ないので巻末を見て確認する。思った通りタイトルが載っていなかった。つまり、今週は休みだ。


 他に読むものはないので、軽くため息をつきながら雑誌を元に戻した。


 アイスの所へ行き、適当なものを選んだ。ハナには溶けても大丈夫なようにカップ系のものを買う。ミント味は好きだろうか。オレは今すぐ食べるつもりなので、棒アイスを選択した。それをレジに持っていき、清算する。


 オレはまたあの暑い中歩くのか、と肩を落としながら外へ出る。ぶあっと熱気がオレを襲ってきた。オレはうめき声のようなものを思わず出してしまった。袋を開けてアイスにしゃぶりついた。ひんやりとしていて、口の中に冷気が充満する。


 溶ける前に早く帰ろう。そうしようと歩いていた。


「あの、もしかして……(こう)二郎(じろう)の……お兄さん?」


 すると、後ろから声をかけられた。女の子だ。オレは、バッと振り返った。久しぶりに聞いた名前に驚いた。


「やっぱり……そう、で……すか?」


「君は……」


 オレは眉間に皺をよせた。見かけない女の子だ。ショートの髪型をしている。ランドセルを背負っているのに、セーラー服を着ている。胸元に青いスカーフを着用している。


「わたし、浩二郎の友達の……()()です。よろしくです」


 ペコンと、頭を下げる。オレは固まっていた。


 汗が手ににじむ。ジトッとしていて気持ちが悪い。暑さによって流れ出た汗ではない、脂汗が頬を流れる。


「そっか……。で? なにか用?」


 オレは早くこの場から去りたい気持ちで一杯だった。


 オレの心は一転した。コンビニの中に入り、温度差を体感した時、暑さと冷たさが逆転した時のようだった。


 オレは気を落ち着かせようと必死だった。


「浩二郎が、その……見ないから……どうしたのかと、思って。……まして」


 浩二郎。この名前は三カ月ぶりに聞いた。そう。柴坂浩二郎。オレの弟だ。オレが殺した弟の名前だった。その友人を名乗る女の子が今目の前に現れたのだった。


「あいつは……行方不明……なんだ」


 オレはそれを告げた。世間にはそう対処していたから。


「えっ⁉」


 女の子は、口元を抑えて、驚愕していた。知らなかったのか……? 制服を見る限り同じ学校のようだが。


「そ、そんな……」


 少女は青ざめていた。正気を失ったようだった。


「ど、どうして……!」


「いや、オレに聞かれても……困るな」


「……」


 少女は目を大きく見開いたまま呆然としていた。


「まさか、アンタが……? アンタが、浩二郎を……?」


 オレは思わぬ発言で心臓が飛び跳ねるかと思った。まさかの図星。的を射た発言をしてきた。


「失礼だな。何故、そう思ったんだ?」


「あ、す、すみません。だって……信じられなかったし。それに……浩二郎、その、お兄さんの事、バカにしてましたし……」


「……」


 オレは血が一気に引いたような感じがした。そしてその後にものすごい怒りがわいてきた。小学生相手に怒ることはない。しかし、この考えもしない物言いがオレの沸点の限界を簡単に越えさせた。


「失礼だな」


 オレは声を震わせていた。抑えよう。抑えよう。そう思って押さえつけているが、簡単に心の激情が外に漏れてしまっていた。


「あ、いや、わたしじゃ……ない。……です。でも、ただ……そんな風におこるとは……いや、えっと……あの、と、とり、あえず……失礼します」


 大混乱していた。自分の過ちは認めていないようだった。そして、少女は足早に去っていった。オレは奥歯をギリッと強くかんでいた。歯ぎしりをする。


 昔のこと。そして今の事。それらが混ざり合い、全ての感情が怒りに変換していった。


 グチャッと何か落ちた音がした。オレは足元を見た。すると、食べていた棒アイスが、溶けて地面に落ちてしまった。まだ一口しか食べていなかったのに。


 手には棒だけが残った。オレは叩きつけるようにして、その場に棒を捨てるのだった。





家でのお話



 頭に血が上った状態で家に帰るわけにはいかなかったので、適当に走ってから家に着いた。汗が滝のようにあふれ出ていた。脱水症状で死んでもおかしくないぐらいの量だ。オレは息を激しく乱しながら、玄関をあけた。


 そうすると、なにやら楽しげな声が聴こえた。オレはなんだろうなと思いながらリビングに入った。


「あ……。お帰りなさい」


 フウカがまず先に行った。オレを見て気まずい表情をした。


 ハナは黙ってキッチンに消えていこうとした。そこでオレはハナの首根っこを掴んで引きずり出した。


「あらら」とコトリは苦笑を漏らした。


「これはどういうわけだ?」


 オレは全員に尋ねた。


「わん!」と、ハナの背後に隠れていた犬が飛び出して、オレに飛びついてきた。そして、押し倒され、顔を舐めまわされた。


「なんだよ、これ」と、オレはその犬を引きはがした。


 全員は顔を背けていた。


「ハナ! 飼う!」


 ここで声を上げたのはハナだった。ハナは片手をあげて、ジャンプした。邪念がいっさいない素直な笑顔だった。


「あの……」ここでフウカが説明に入った。「この窓を覗いていたら、家の敷地内をうろうろとしているお犬がいたので、家に上げてしまいました」


「勝手にか?」


「はい……。すみません」


「まったく……」オレは嘆息する。


「世話する!」


「あのなぁ……。そう簡単に言うが……」


 犬は大型犬で、毛がもふもふとしていた。ゴロウに似てはいるが、犬違いだ。それに、よくよくみると、赤色の首輪がつけてあった。要するに、飼い犬だ。


「こいつ、迷子じゃないのか? 飼う訳にはいかないな」


「えー!」


 ハナは大声をあげる。思わず耳をふさぎたくなるぐらいの大声量だ。


「ったく。飼い主も困っているだろうに。とにかく、駄目だ。飼い主に届けるぞ」


「やだやだ!」


 ハナが駄々をこねはじめる。面倒くさいな。と肩を落とす。


「まあだがあれだ。飼い主が見つかるまではハナが面倒みるというのならいいぞ」


「ホントに!」ハナの顔一面に笑顔の花が咲く。


「とりあえず、探しに行くか……」


「今から散歩に行きますか?」


「ああ。どうせすぐに見つかるだろう」


「私たちもいいですか?」


「ああ。構わないよ」


 オレはハナを横目でチラリと見る。ハナは「よかった」と心底安堵した表情を浮かべ、犬の頭を撫でまわしていた。


「ハナって、イヌがすきだっけ?」コトリが喋る。


「まあ……好きか嫌いかといったら好きなんじゃない?」食料としていたが……。しかし、ゴロウには楽しげに接していたしな……。


「リードもありますので、行きましょう」


 フウカは凄く楽しそうだった。犬の散歩というよりかは、外に出られるというのが嬉しいのだろう。


「散歩中に逃げたんだな。なら簡単に見つかるな。ここの近くだろうし」


「ハナをみれば、こころがいたいけどねぇ」


「なんか、コトリらしくないな」


「なんとでも、と」


「じゃあ、行くぞ。ハナ」


 オレは犬にリードをつける。そしてそれをハナに持たせた。ハナが持つと大変な事になりそうな気がするが、ハナが駄々をこねていう事を聞かないから、そうさせた。オレはフウカの車いすを引く。コトリはいつものようにフウカの膝の上だ。


 そんなこんなで、外に出る事になった。何か大事なことを忘れている気がするが、それはまた別のお話。


うーん。

とりあえず、こんな感じです。


前書きにもかいてありますが、また二章編成です。

本来ならば、前編のお話を二章にするつもりでしたが、予定を変えて、一つの章に凝縮させます。そして、その次のお話を後編として出します。

前編と後編ではテーマはやや異なりますが、まあ、いいです。

とりあえず、あいつやあいつにスポットをあてたりするつもりです。ですから、語り部がころころと変わります。

とりあえず、新キャラが沢山出ます。上手く扱えるかな? って感じです。まあ、この章ではなく、後々活躍? しはじめますが。

全体的に見て、このお話は、胸糞が悪くなる。を目指して書くつもりでいます。まあ、私にはそういうのを書く力がないので、うまくいけるかは分かりませんが、とにかく頑張ります。

あと、今のところの予定では、前編より後編の方が短いです。

この章が一番長くなると思います。予定としては全20話。詰め込みます。話数が多くなるのが嫌なので、せいぜい12話にまとめたいです。

まあ、そんな感じです。以上です。

では。

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