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花は散り急ぐ  作者: 夏冬春秋
君の花 僕の花
20/48

主軸は「表」です。今回の誠一郎パートは、おまけだとおもってください。

それと、「表」の話は、以前に書いた「生きてこそ」という話を元に書きました。続きみたいなものです。話の内容は大体一緒ですが、よければ読んでくださるとうれしいです。

しかし、もうグダグダな気がしてならないのだけど、気の所為だろうか




 僕はいったい何人を僕好みの色に染めたのだろう。もう忘れてしまった。両の手の指だけでは数え切れないほどだろう。それはなんとなく分かる。


 僕は悦に浸っていた。自分の行いに。だってそれが正しいのだから。


 僕にはとっておきの秘密基地がある。まあ、別荘だ。人はあまり通らない。そんな所に建ててある。隠れ家だ。僕はそこに地下室を設けた。そこで僕は色を塗り替える作業をする。


 老若男女かまわない。自分が気に入らない色をしている人を選ぶのだ。まあ、大体は若い人だが。


 大抵の人は僕を悪魔だと呼ぶ。いわれもない事を言われる。僕は真逆の存在だ。どちらかといえば、だ。柄には似合わないがさしずめ天使、といったところだ。


 まず、僕はなぶるような真似はしない。なるべく楽にいかせてあげたい。


 しかし、悲鳴をあげる。叫び散らす。やかましいほどに。全然楽ではなさそうだ。まあ、いずれ楽にはなれるのだから、どうだろうと関係は無いか。


 僕はただただ様子を見守るだけだ。彼らが気力を失う姿を眺めているだけだ。


 彼らは多分、僕に感謝することになるだろう。ただ無意味に時を過ごし、暇を持て余しているぐらいなら、今ここで絶った方が幸福を得られる。僕はそう考える。


 僕は彼らを外に埋める。敬意は払う。わざわざ墓穴まで掘ってあげるのだ。そう。みんな平等に。


 僕は恨まれやしない。だって、誰にだって死は訪れるものなのだから。ただそれを早くしただけだ。何の問題もない。


 掘って埋葬をしてあげる。僕は満足している。この生き方に。人の為になっているこの生き方を。


 だから僕は幸せだ。




 そんなある日だった。僕は適当にドライブをしていた。暇つぶしだ。理由は無い。僕はそんな理由で夜道を運転していた。


 すると、ある少女が目に入った。高校生か。制服を着ていた。自転車を押していた。学校の帰りだろうか。いや、それにしても帰りが遅い。九時はとうに過ぎていた。なら、塾の帰りだろうか。まあ、それは分からないが、僕は彼女に興味を持った。


 僕は顔を見ればどんな色をしているか見分ける事が出来る。


 彼女は対象だった。


 薄暗く、どぶのように汚れていた。僕はこの少女を変えてあげたいと考えた。


 僕は適当な場所に車を止める。そして、周りに人がいないかを確認する。幸いなところ、ここは安全なようだ。人影が一つも見当たらない。


 僕はたまたま持っていたシャベルで彼女の頭を叩いた。そして、彼女は小さな悲鳴をあげると、地面に倒れた。自転車が力なく倒れる。ガシャンと盛大な音を立てる。


 まず僕は彼女を車に運んだ。トランクの中に押し込んだ。そして、自転車を後部座席に無理やり詰め込んだ。


 本当に運がよく、誰も通らなかった。そうして僕は難なく彼女を誘拐する事が出来た。


 僕は別荘に向かう。そして地下室に彼女を運ぶ。起きても逃げ出せないように、手首と足首にガムテープを巻いた。ちょっとやそっとでは外せない。それと、大声を出されても困るので、タオルを彼女の口の中に入れておいた。あとは彼女が起きるのを待つだけだった。


 彼女が起きるのを待つ間、僕は着替える。汚れてもいい格好に。愛用のナイフを持ち、鼻歌まじりにそれを振る。


 地下室に降りていき、椅子に座って、本を読む。そうやって時間を潰す。


 時間が経ち、彼女が目覚めた。ここがどこだか把握をしていないようだった。うねり声をあげる。そして、周囲を見渡す。そこで僕は彼女の元にやってきた、タオルを外した。そして「こんばんは」と声をかけた。すると少女は「はあ……こんばんは」と普通に返事をした。やや戸惑っているようだが、普通の人に比べると冷静だった。


 僕は本当に冷静だった。驚くぐらいに。自分の運命をあっさりと受け止めていた。まるで死を受け止めていたかのように。


 僕は他の人とは違う反応に少々戸惑った。逆に不安になった。しかし、それは興味にかき消された。


 僕は話しかける。これは誰にでもするのだが、大体は会話にならない。今回は珍しく会話が成立していた。


 すると、彼女は珍しい事を言った。僕は目が点になった。不意をつかれたのだ。


「僕は君を殺すよ?」


 僕は彼女にそう宣言した。それなのに彼女は顔色一つ変えなかった。普通の表情で、冷静に、冷淡に言葉を返す。


「私を殺すのは構いませんが、死なせないでくださいね」


 僕は耳を疑った。彼女の矛盾に。僕は理解できなかった。


「私にとっては普通の事を言っているんですよ。私の手首を見てくれれば分かります」


 彼女はそう言った。僕は隙間から手首を覗いた。そこにはリストカットをした後があった。一つの線が引かれていた。


「なんだ。死にたいのか」しかし、僕はあれ? と思った。この言葉が間違っているからだ。それもそうだった。さっき聞いた言葉で、死にたくはないという感じの言葉を言っていた。だから、僕はあっさりと彼女に否定されたのだ。


「生きたいんですよ」


 しかし、僕は理解できなかった。頭が混乱する。だから僕は彼女に説明を求めた。


「私は生きているという行為に疑問を覚えたんです。実は自分は存在していなくて、誰かの夢のモブに過ぎないのでは、と。生きている実感が薄かったんです。だから私は、生きているというのが苦痛でした。意味もなく時を過ごす。この無意味が。だから私は死んでみようと思ったんです。適当に手首を切って、適当に血を流して、適当に死んでいく。その時でした。ああ、死ぬかも、って思ったまさにその時でした。私はこう思ったんです。「嫌だ。死にたくない。生きたい」と。今まで生きてきて、そう思ったことなど一度もありませんでした。なにか事故とかで勝手に死にたいな、と。生きていてもつまらないな、と。そう思っていた私が生きたいと初めて思ったんです。心の奥底から思ったんです。私は歓喜しました。こんなどうでもいい世界にとどまりたいと願った自分に。それから私は自殺を始めました。死ぬ直前になると必ず、そう思うからです。やがて、私は自殺が生きがいとなったのです」


 話の途中から彼女は嬉々として語っていた。テンションが上がっていた。嬉しそうに、話していた。僕はそれをただ黙って聞いていた。


 彼女は不思議だった。不思議な女の子だった。


 最初彼女の色を見たとき、僕は汚いと思った。しかし、その色が実は澄んでいて綺麗だったんだ。いや、綺麗ではない。でも……なんというか、目に留まる、癖になる色だった。僕は彼女に惹かれた。僕は彼女の事をもっと知りたいと思った。だから彼女の話を色々と聞くのだ。


「どのような事をして、自殺したの?」


 すると彼女は嬉々として、「リスカや投身や首つりや入水や……」と話していた。そして、その自殺は良かった。良くなかった、と彼女なりの感想を述べていた。僕は彼女の話を熱心に聞いていた。


 しかし、お別れの時間がやって来た。


 僕は好奇心がわいてきたのだ。そんなに死について嬉しそうに話す彼女を見て、その人の死の直前の色は何色か、と。実際に見て見たいと思ってしまった。


 僕は彼女に別れをつげる。すると彼女は残念そうな顔をした。


「私、貴方と会えてよかったと思う。違う形で出会いたかった」


「僕もだ」ナイフを握る力が段々と強くなっていった。


「もしも、生きていたら、もっとお話をしよう?」


「わかった」


「私を死なせないでね」


 彼女は笑う。慈愛に満ちた表情だった。


「大丈夫だよ。今までも君は死んでいないだろう?」


「そうだね。じゃあ、お願い。一度殺されてみたかったんだ」


「生き延びる事を祈るよ」


「うん」


 僕は彼女の胸にナイフを突き刺した。彼女は「うっ……」と顔をゆがませた。僕はゆっくりと差し込んでいく。血が彼女から流れ始めた。彼女は恍惚とした表情で、息を荒げ、「もっと……」と言う。


「ああ……。わかっているよ」彼女は笑う。祝福を受けたかのように、幸せそうだった。


 彼女の色は今までで見たことのない色だった。澄んでいった。見る見るうちに輝いていく。キラキラと。光彩を描いていく。


 僕は感動した。こんな色をするんだ。こういう色を出す人がいるんだ。


 僕は嬉しくてたまらなかった。僕はこの時間は今でも忘れない。この輝きを一生忘れない。


 そしてその輝きはもう二度と……。二度と僕の瞳に、映ることはなかった。






「へー。そうなの」


 カキン! と金属音が響いた。ボールが飛んでいった。ネットに当たり、ボールは下に落ちていった。


「世の中には不思議な人が沢山いるから」


 ボールが飛び出す。ルナはバットを振る。しかし、空振りに終わった。


「あちゃー。これで最後だったの」


 ルナは残念そうに素振りをする。そして外に出た。


 オレもその後三球で終わった。結果は散々だ。当てるのが難しいし、仮に当たったとしてもゴロで、そう遠くには飛ばない。飛んだのはせいぜい二球か。自分の運動神経のなさを自嘲しながら外に出る。


「へたくそ」


 コトリが言った。笑っていた。


「もう。そういう事は言ってはダメですよ」と、フウカがコトリを小突いた。コトリは「めんご」と全く悪びれる様子はなかった。


「それにしても、たまにはこういう風に体を動かすのはいいものね」ルナは背伸びをする。


 オレ達はバッティングセンターに来ている。ルナが行ってみたいといったからだ。ちょうど近くにあった小さなバッティングセンターへみんなで遊びに行ったのだ。まだ一プレーしかやっていないが、ルナの成長は凄かった。初めてやったにしては、当たっていて飛んでいた。オレとは大違いだ。


 ハナも試しにやってはいたが、てんで駄目だった。オレよりひどかった。そのせいでハナは不機嫌となった。ふてくされて、ベンチの上で寝そべっていた。


 ちなみに、今はオレ達以外誰もいないらしく、独占状態だ。だから、こうしてコトリも普通に喋る事が出来ている。


「世の中には色々な生物がいるわよ。さらにその同種でもおかしなヒトが沢山いるわ。その内の一人よ。その子」


「その言い方。しかし、何が結果オーライだったのか、気になる所だ」


「セーイチローとにたタイプだ」


「どういう事だよ」


「ヘンタイ」


「だから、オレは変態ではない。まあ、それは措いといて。本当に、世の中には変わったやつがいるものだ」


「それもそうよ。世界は広いのだから。生まれ育った環境によって生き方、考え方がまるで変わるわ。この場にいる私たちだって、誰一人として同じ環境に立ってきたわけではないわ。今でもそれは間違いないわ。可能性は無限にある、といった方がいいかしら」


「まあ、それもそうだよな」


 確かに。同じ家にいたとしても、同じ時間を共に過ごしたとしても、まったく同じになるわけではない。何かしらに違いがある。オレ達の家族だってそうだ。オレは学校行ったりルナはバイトに行ったりしているが、ハナとフウカとコトリは家にずっといるわけだし。その家の中にいたとしても身体的に生活がそれぞれ異なっているわけだし。まあ、そうなるわな。


「だから面白いのよね。同じ人はいないから。よく、いうじゃない? 世界で自分と同じ顔の人は三人いるって」


「いいますね」


「でも、ただ顔が似ているだけよね。クローンみたいに同じでも、生活環境は全く異なっているわけだから、結局のところ別人よね」


「そうだね。確かに、そう考えると、深いようで面白いわな」


「でしょ?」


「それぞれコセイがある、でいいの?」


「まあ似たようなものね。だから他人は見てて飽きないのよね。人と関わるのはとても楽しいわ」


「そうだね」オレは背伸びをする。


「それじゃあ、私もう一プレーやるわ」ルナはバットを持つ。


「あ、オレ、何かジュース買ってくるよ。欲しいものある?」


「じゃあ、炭酸系で。なんでもいいわよ」


「わかった。ハナはどうだ?」


「ハナ、着いていく」


 ハナは上体を起こす。そして、オレの手を握る。


「じゃあ、フウカとコトリはここで待ってて」


「わかりました」


 フウカは頷く。そして、軽く手を振って見送る。


 オレとハナはジュースを買いに自販機へ向かった。


「何が飲みたい?」オレはハナに尋ねる。ハナは「コレ」といって指さした。オレンジジュースだ。オレは金を入れて、ボタンを押した。がたんと音を立てて落ちてきた。オレはそれをハナに渡した。ハナは蓋をあけて勢いよく飲みだした。オレはその間に、ルナの分と自分の分を選んだ。ルナにはコーラを選んだ。オレは微糖のコーヒーを選んだ。


 そうしていると、人がやって来て、コインを入れた。オレは邪魔しないようにそそくさと離れた。


「セイイチ、飲む?」


 ハナがジュースを渡す。オレは「いや」と断った。ハナは「そう」と言ってそれを飲み干した。そして、オレの分のジュースをせがんだ。オレは「美味くないと思うぞ」とそれを渡した。ハナは一口飲むと「げえ」と顔をしかめて舌をだした。そして、口元を腕で拭いて、それをつき返した。


 オレは笑いながら「やっぱりだめか」と言った。ハナは小学生なんだから、コーヒーは舌に合わないのだろう。


「まずい。よく、のめる」


「まあ、癖になる味だよ。カフェインには中毒性もあるしな。とりあえず、気分を落ち着かせるためには最適な飲み物だ」


「ハナ、理解、むり」


「いずれ分かると思うぞ。まあ、理解できずに終わる人もいるが。とりあえずまずは緑茶か紅茶からかな」


「茶?」


「今度飲ませてやるよ」


 普通に自販機に戻って買って飲ませればいいのだが、やはり面倒くさい。


「あ、セイイチ、ひとつ。いいたい」


「ん?」


 ハナが耳打ちをする。オレは「なるほど」と頷いた。オレはハナの頭をなでる。ハナはニッコリと笑う。


 フウカたちの元に戻ると、ルナが球を打っていた。二人はそれを眺めていた。コトリはすっかりとリラックスしているようで、ひじ掛けを枕にして寝転がっていた。


「みっともないな」


「うるさい」


「あ、お帰りなさい」


「ハナ、もう一度、やる」


 ハナが駄々をこねる。オレはわかったよ、と言ってお金を渡した。ハナは「やった」とガッツポーズして中に入っていった。そして、バットをもって構える。球が出て振るが、空振りだった。ハナは勢いに負けて、しりもちをついた。コトリがそれを見て手を叩いて盛大に笑っていた。フウカが、「こら」と叱る。


「ハナちゃん、脇を絞めて球をよく見る。そして腰も使う。振りながら回すのよ」


 ルナがハナにアドバイスをあげる。ハナはそのアドバイスを実行すると、当たった。しっかりと前に飛んだ。ホームランの看板に当たりそうだった。


「あたった!」


 ハナはフェンスに摑まり、オレにそれをアピールする。「見てたよ。すごいな」と拍手を送った。その間に一球来たのだが、嬉しさの方が重要らしく、気にしている様子はなかった。


「よく、ヨロコぶね」


「コトリもやってみればいいじゃないか?」


「バラバラにさせたいのか」


「まあ、私たちがやったら確実に力負けしますからね。私なんか腕がもぎ取られますよ」フウカはスイングする動作をしながら笑った。少し笑えなかった。


「冗談にしては面白くなかったな。すまない」


「いえ。決してそういう風に言ったわけではありませんから」


「と、いうタテマエ」


「ではありません」


「まあ、そういうことで」


「じゃあ、すぐそこに卓球台があるからそれならどうだ?」


「それはいいですね。コトリちゃん、勝負しましょう」


「もち。ヒトがいなければね」


「今は人がいませんね」


「遊びに行ったらいいと思うわよ」ルナが話に入って来た。打ちながら言っていた。「せっかく来たんだし、何もしないで終わるのは申し訳ないわ」


「じゃあ、セーイチロー、ついてこい。カベになれ」


「はいはい。ルナ、すまないが、ハナを頼むよ。すぐそこにいるから」


「分かったわ」


 オレ達は卓球台に向かう。幸いなところ、人はいない。台は一台だけなので、独占が出来る。客が少ない店で助かる。


 コトリは台の上に乗る。そしてラケットを両手で持つ。しっかり握れてはいないが、持てているのでいいのだろう。


「体使うのは本当に久々です」


「せやな」


 二人とも嬉々としていた。よっぽど嬉しいのだろう。張り切っていた。


「セーイチローはたまひろい。あとカベ」


「わかってる。じゃあ、見てるから存分にやってくれ」


 オレはそういうと、二人はラリーを始めた。フウカは腕を随分と上手く使えるようになっていた。球を一回台にバウンドさせてからラケットを振る。カコンと音を立てて球はネットを越えてコトリの元にやってきた。コトリはまるでテニスのラケットを振るような大きなスイングだった。見事に辺り、フウカに返ってくる。フウカもそれを返した。球は端っこへ飛んでいった。コトリは走ってそれを追いかけ打つ。すると、フウカから見て左側に飛んでいった。フウカは手を伸ばすが距離が足らなく、横を通り過ぎるのだった。


「やった」とコトリはガッツポーズする。


「移動が出来ないのはハンデですね」


 オレはボールを拾い、フウカに渡した。そしてまたラリーを始めた。


 案外できるものだった。オレはまともに出来ないだろうなと思っていたが、予想を見事に裏切ってくれた。もちろん、良い意味でだ。


 二人は常に家に閉じこもっているから、こういう風に体をまともに動かせる場所がない。だから、いいストレス発散となっているのだろう。


「せや!」


 フウカが浮いた球を、力を籠めて叩いた。スマッシュだ。それは勢いよく発射された。ラバーがその勢いを促進させた。コトリはあっと驚き、身動き一つ取れなかった。そして、コトリは吹き飛ばされた。


「あ!」


 フウカが口元を抑えた。やってしまったという表情だ。自分でもびっくりしたのだろう。それもそうだ。というか、この場にいる全員が同じ気持ちだっただろう。


 フウカの腕が吹き飛んだのだ。ラケットを握ったままの腕がスポーンと。ものの見事に。華麗に空中を回転し、コトリの腹部に直撃。そして勢いに押されコトリは壁に叩きつけられるのだった。


「よけらんねぇよ」


 コトリはぐったりとした。フウカの取れた腕を頭上に持ち上げ、ぶつけられない怒りにもやもやしていた。どうやら元気のようだ。痛みが無いのが不幸中の幸いだったのだろう。


「ごめん。コトリちゃん。大丈夫?」


 フウカが心配して車いすを動かす。片腕しかなかったので、車いすの扱いに手間取っていた。オレはコトリを持ち上げる。


「びっくりした!」


 コトリはフウカの腕を投げ渡した。


「ごめんね。まさかこうなるとは思ってもみませんでした」


「よそうだにできない」まあ、そうだな。「セーイチロー。おろせ。フウカのとこに」オレはコトリをフウカの膝元に置いた。


「まあ、家に帰って縫ってやるよ。それにしても、綺麗に吹っ飛んだな」


「そうですね。面白いぐらいに」


 フウカはくすりと笑った。「わらうな!」とコトリは明るい声色でフウカを叩いた。フウカの取れた腕を使って。フウカは自分の腕に頭をペシペシと叩かれ続けたが、笑顔だった。


「まあ、おかしな話だな」


 オレも口を大きく開けて笑った。この卓球場でオレ達は腹を抱えて、笑い合うのだった。




 僕は意味もなくドライブをしていた。そう。意味はないのだ。ただの暇つぶしだ。気が優れないときはこうやって外に出て、どこか見知らぬところへ行くのが一番いいのだ。気を落ち着かせるのにはもってこい。


 そういえば、あの日もこうやってドライブをしていたな。あの子の名前は(かき)(づめ)(ほの)()というようだ。生徒手帳にそう書いてあった。


 僕は彼女を埋葬した。白いドレスを着せて、死に化粧もさせて、棺に入れた。そう。小さな箱に彼女を閉じ込めた。彼女の死体は笑っていた。笑顔でなくなっていた。その表情は二度と変わることはない。でも、僕は笑ってくれていて嬉しかった。彼女の死に顔が悲しい顔をしていたりや苦痛に歪んだ顔をしていたら、僕は彼女に失望してしまっていたからだ。


 僕が殺した死体は別荘の近くに埋めてある。一々墓穴を掘り、そこに放り込む。棺を使ったのは彼女だけだ。異例だ。特別だ。その理由は説明する必要もなかろう。


 彼女の遺品は大切に保管してある。部屋の中にかざってある。彼女が来ていた当時の服を、私物を、大切に保管していた。


 制服はマネキンに着させていた。もちろん、下着も。あの時のままにしてある。そうすれば、いつでもあの時の彼女を感じられるから。そこにいるのだと感じられるのだから。


 食事はここで取るようにしている。「彼女」と食べるのだ。もちろん、食べるのは僕だけだ。僕は「彼女」に今日の一日の出来事を話したりして共に時を過ごすのだ。それで僕は幸せだった。


 今までの僕は他人の色を自分好みの色にすることだった。それが僕の幸せだった。だから、その為に何人もの人たちを殺してきた。


 僕の幸せが変わった。生きがいが変わった。彼女と過ごす時間が今の僕の幸せとなったのだ。


 しかし……でも……本当にそうかなのかな?


 疑問を持った。自分のこの行いに。彼女は死んでしまったのだ。僕が殺してしまったのだ。だから、もう彼女はいない。本物の彼女は僕の目の前にはいない。


 この「彼女」ははたして彼女なのか。


 違う。彼女じゃない。これは彼女の姿を借りた別物だ。話もしなければ、色もない。抑揚がない。そう。透明だ。そんなのは死んでいるのと何ら変わりがない。


 じゃあ、どうしたら僕はもう一度彼女に会えるのだろうか。


 そうだ。会えばいいのだ。世界は広いのだ。きっと……彼女と同じ人がいる。僕の目の前に現れる。出没してくれる。きっとそうだ。


 僕は探す。もう一度彼女と会うために。彼女と同じ輝きを放つ人と会うために。


 だから僕はこうやってドライブをするのだ。夜道を走るのだ。それは何故か。理由は簡単だ。あの日、あの時、あの場所で、君に逢えた。いわゆるジンクスだ。同じことを繰り返せば、同じ人にめぐりあえるかもしれない。切なる想い。切なる願い。そういう意味を籠めて。僕はさまよう。


 しかし、中々会えないものだ。僕は彼女を探して幾人もの人の色を変えてきた。でも、ピンとこない。僕は待ちきれぬ思いだった。胸がキリキリと痛む。締め上げられるようだ。苦しい。


 しかし、今日が運命の日だった。


 僕は適当に車を運転していた。すると、制服を着た女子高校生を見かけた。一人だ。こんな遅い時間に一人で出歩いていた。人影は見当たらず、辺りは静まり返っていた。沈黙していた。僕はもしやと思った。このシチュエーションはあの時と酷似していた。


 僕は少女の色を見る。その色は汚く見ていられるようなものではなかった。しかし、僕は決意した。あの時の彼女もそうだった。人は見かけで判断してはいけない。それも彼女から得た教訓だ。


 僕は車から降り、トンカチを取り出した。そして、少女にそっと近づき、背後から一撃をくらわす。少女は「あっ……」と倒れこんだ。そして後頭部を押さえ、丸くなる。「いい……」と痛みに悶えていた。


 オレは薬品を嗅がせ、少女を運んだ。少女は徒歩だったので、彼女のように自転車を担ぎ込む真似をしなくてすんだ。


 僕は少女を拉致り、別荘へ向かった。そして、あの地下室で、彼女と会えるのを期待した。そう胸を躍らせながら少女を運ぶのだった。


 僕は少女が起きるのを待った。その間に少女の素性を調べた。


 少女の名前は忽那(くつな)慧莉(さとり)というらしい。珍しい名前だ。彼女と似て読みづらい。どうやらこの子はM高校に通っているようだ。普通科の学校で偏差値が高くもなければ低くもない。といった微妙な学校だ。その生徒のようだ。


 制服を着てはいたが、荷物は持っていないようだった。大体の女の子は、ポーチとか持っているはずだが、それすらも持っていない。あるとすればスマホだ。画面が少し割れていた。僕が殴り、倒れた衝撃で割れてしまったのではないことを願う。


 あんな所に一人で何をしていたのだろうか。ただの散歩か。そういえば、僕が学生時代だった時、なにかと外出するときは制服だった。私服を着るのが億劫でそうだった。ちょっと出かける時はそうしていた。だから、この子もそうなのであろう。


「うっ……」


 少女が目を覚ました。


 逃げ出せないようにと両手両足をしばっておいた。少女は自分の置かれている状況を即座に理解した。


「誰……?」


「やあ。目が覚めたようだね。僕はちょっと君に興味があってね」


 僕はナイフをちらつかせた。


「殺す気……すか?」


「そうだね。僕は、そのつもりだ」


 少女の目が大きくなる。瞳孔が開いていくのが分かる。僕はにんまりとする。その表情が可笑しくてたまらなかった。これだ。この表情が僕の好きな色の一つだ。


「何故っすか?」


 少女の息が荒くなる。怯えているのだ。死に。僕は一つ息を吐く。それは尾が長かった。ずっと続いていた。


「僕はその表情が好きだからだ」


「表情?」


「そう。君は、人が死んだとき何を想うのか知っているかい」


 少女は首を静かに振った。


「僕も分からない」


 少女の眉間に皺がよる。怪訝そうに見る。僕は続けた。


「きっと幸せなんだと思う。僕はその色が好きだ。「いやだ。死にたくない」と。どんなにくだらない世の中でも、わらにすがる思いでそれを掴む。それは何故か。恐ろしいからだ。人は未知が恐い。恐い事が未知なのだ。だからそれから逃げようとする。怯える。僕はそれがとてもとても大好きだ。絶望にまみれた。その表情が」


 僕は少女の首筋にナイフを押しあてた。血がツーと流れた。少女の白くて細い首筋をなぞるようにそれはつたっていく。


「お願い。うちを殺さないで。うちはまだ、死にたくない……」


 この子も、やはり普通の子だった。「そう。ほとんどの人は君と同じことを言う」彼女ぐらいだ。意味不明な事を口走ったのは。「だから、僕は自分の好きな色を見る。覗く。それが僕の愉楽で断罪だ」


「うちにはまだやるべきことがある。希望がある。まだうちは生きていたい。うちのそれを壊すことは許さない……!」


 色が強くなっていった。あの時見た色とは全然違った。異なっていた。変化していた。僕は動揺する。


「へえ。面白い。でも、君はここで死ぬ。逃げる事は出来ない」


「……ホントに……すか?」


「ああ」


 僕がそういうと少女は悲しげな顔をした。失望した顔だ。諦めた顔。


「うちの話……してもいいすか?」


「ああ。別にかまわないよ」


「うちは、死ぬのが怖いっす。なぜなら、生きていたいからっす。うちは母親から「いらない」とか「死ね」とか言われ続けてきたっす。それでうちは自分が薄くなっていく感覚に襲われたんす。もしかして自分はこの世に存在していないのではないか。などと。それであるとき気がついたんす。どうすれば生きている事を実感できるか。それは、痛みっす」


「痛み?」


「はい。痛いという事は生きている証拠っす。よく、そんな事を耳にしますよね? それです。それでうちはそれを求めるようになったんす」


「……」


「だからうちはそれを望むんす。そうすれば生きている事を濃厚に味わえるっすから」


「変わっているね。痛みを求めるなんて」


「そうなんすよ。珍しいて言われるっす。とにかくうちは生きたいから。だから、殺されるのはまっぴらっす」


「口からでまかせ?」


「そんな事してどうなるっていうんすか? ただうちは自分が死にたくないという理由を話しているだけにしか過ぎないっすよ」


「なるほど。じゃあ、一つ聞くけど、もしも僕が今から君を痛みつける、拷問にかける。殺さずに生き地獄を味あわせるといったら君は喜ぶのかい?」


「ええ。むしろこっちからお願いしたいぐらいですよ」


 少女はあっけらかんと言った。迷いのない瞳で。言ってのけた。僕はたじろぐ。


「そうっすよ。そうしてくれると嬉しいすよ。どうして考えられなかったんだろう。どうせなら、殺すという勿体ない事はしないでうちを虐めてみませんか?」


「いや……」


「なんだ。恐いんすか」


「僕は殺す事しか出来ない。死ぬ瞬間の色を見たいからだ」


「……結局そうなんすね」


「僕の話をさせてもらおう。僕は、昔、ある人に会った。僕はその人に今まで見たことがない色を見た。そして僕はその色を探している。僕にとって君がその人の代わりだと思った。しかし、違ったようだ」


「……殺す?」


「ああ」


 少女は暴れだした。しかし、それは芋虫が暴れているだけにしか過ぎない。僕は少女の肩にナイフを突き立てた。少女は色のある叫び声をあげた。少女は甘い吐息を出す。そして、とろんとした表情で「もう一度」と言った。


 僕はナイフを抜き、血の付いたナイフを見つめる。少女の肩からは血が溢れ出ていた。僕はそれをただただ見守っていた。


 恍惚とした表情で少女は「たらない。だから……」とせがむ。


「だめだな。性に合わない。残念だね。大丈夫。そんな人生なんかつまらない。だから、僕がいい色に染めてあげるとするよ」


 僕は少女を見限る。もう、いいや。飽きた。


 途端に少女の顔つきが変わった。


「嫌っす……!」


 僕は少女の言葉に耳をかさなかった。そして僕は実行に移した。ナイフを突き上げる。そして首元にそれを突き立てようとした。少女の悲鳴が地下に響き渡った。






「ここは……?」


「ようやく目覚めたか」


 オレはまだ男の別荘の近くにいた。この子が起きるのを待つためだ。オレは掘り起こされた墓穴の前で座っていた。オレは彼女を草むらの上で寝かしていた。


 墓穴の数は十三個。要するに、彼が殺した人数となるわけだ。よくもまあこんなにも殺したものだ。そして、埋めたものだ。今まで捕まらなかったのが不思議なぐらいだ。


 ここは見る限り人の影がない。山道を辿ってようやくたどり着く。ここに駐車場はない。だから、山道の入り口に車を停めてそこから歩きださなければならない。十分ぐらいだ。慣れない暗い山道を通るのは危険だった。虫に噛まれたりして、散々だ。


 別荘からは街が見えた。よく見渡せた。ネオンが輝いていた。


「あんたは……」


「まさかこんな所で再開するとは思わなかったよ」


「あの人は……?」


「逃げたよ。多分、もうここに戻ることは無いだろうな」


「そうっすか……」


「まあ、助かってよかったじゃないか」


 オレは彼女を助けるという形になった。あいつが彼女を殺そうとしたところへやって来た。そしてあいつは振りほどしたその手を止めた。


 その時いたのがオレだけで、かなり遅れてハナがやって来た。ハナはこの外の様子を見ればわかるのだが、墓を起こして、死体を食べていた。その分、オレが時間を稼いでいたわけだが、まあそれはどうでもいいだろう。ハナは、地下の方で捕食中だ。彼女はハナの正体を知らない。気絶させ、外で寝かせた。


 それよりも、ハナが来るのが遅い。何かあったのだろうか。


「うち、ああいう人に期待してたんすけど、あの人じゃダメでしたっすね」


「もしかして、死にたかったのか?」


「そうじゃないっすよ。どうせならうちなりに見つけた生き方を手伝ってもらいたかったなと思っただけっすよ」


「それはどういうの?」


「要するに、こういう事っすよ」


 彼女は傷口を見せた。そこを指し示す。


「? そういえば、前に会ったときも奇妙なことを言っていたけど、それと同じことなのか?」


「えっと……何を言ったかは憶えていないっすけど、とりあえずこういう事っすよ」


 彼女は、ナイフを腕に刺した。オレがあいつから奪い、持って帰っていたナイフだ。彼女は、深くまでそれを突きたてると、そこからさらにぐりぐりと弄り回すのだった。オレは唖然とした。「そうそう……。骨に当たるまで。骨をつつく勢いで……」カン! と音がする。彼女は歯を食いしばっていた。目が逝っていた。苦痛と快楽が複雑に混ざり合った感覚に溺れていた。オレは距離を置いた。


「何……やってんの?」


 オレは顔を引きつらせる。彼女は一息ついて、平然と語る。


「うち……痛みが……好きなんすよ。そうすることで、生きているという実感がつかめるんです。わかりますか?」


「全く」


「別に、うちがマゾヒストというわけではないっす。とにかく、簡単に生を確かめられるからなんすよ」


「……」そういえば、前にフウカと似たような話をした気がする。「刺激か」


「そうっす。刺激っす。うちは、薄かったんです。例えるなら亡霊。生きているのに死んでいる。そういう矛盾を抱えたアンデット。もしかして、そういう口っすか?」


「残念だけど、オレは違うな」


「そうっすか。ま、それはそれでいいんすけど。そうっすね……よく、痛いってのは生きている証拠だとかいいますよね。うちのそういった行動心理はそこから来ているものだと思うんすけど」


「まあ……一理ない」


「無いんすか」彼女は笑った。


「しかし、本当に薄いのか? 前々そうは見えないけど」


「えっ……。そうっすか……」彼女は頬を赤らめた。「多分、自分の生き方を見つけたからだと思いますよ。あなたはそういうのはないんすか?」


「オレの……?」


 オレは空を見上げる。頭の中で理由を探す。そういえば、オレの生き方とは何だろうか。


 目をつぶる。瞼の裏には真っ先にハナが浮かんだ。


 やはり、あの時、オレは変わったのだろうな。


 オレはあそこからスタートしたのだろうな。


 しかし……。いや。そうだな。きっとそうだろう。


「……まあ、ある奴らと一緒に暮らせる事かな」


「それって家族っすか?」


「そうだね」


「羨ましいっす。うちはそういう風に思った事なんか一秒たりとも無いっす」


「嫌いなのか?」


「そうっすね。とても……」


「……そうか」


「ところで、名前はなんていうんすか? うちは慧莉っす。M校っす」


「なんだ。あそこのか。そういえば、その制服はそうか。……オレは…………誠一郎だ。学校はN校かな」


「そうなんすか。意外に近いっすね」


「そうだね」


「誠一郎……少し長いっすね。「いっち」って、呼んでもいいっすか? あだ名っす。うちのことは「けい」でいいっすから。よろしくっす」


「いや。というか、何で仲良くなるのを前提として話しているんだよ」


「まあまあ。これも何かの縁っすよ。ところで、いっちはあれっすか? サドっすか?」


「変なことを聞くな今日会ったばっかりの奴にそういった話はするものじゃないだろ。ちなみに、ノーマルだよ」


「そうっすか?」


「残念だったな。とりあえず、君の好みの相手ではないよ。絶対にね」


「でも、どこはかとなくシンパシーは感じるっす。きっとどこか気が合う所があるんすね。それと「けい」っすよ」


「はあ……」オレはうなだれる。頭痛がする。


「よろしくっすよ」


「もう……好きにしろ」


「ハハハ」


 彼女は手を叩いて大笑いする。そして、肘でオレをつつく。


 オレもついついつられて笑ってしまった。いうても、彼女ほどではない。それに苦笑いだ。


 二人の笑い声が、夜の山中から響き渡るのだった。






 僕はただあの子に会いたかった。ただそれだけなんだ。自分の運命の相手を探していただけだったんだ。だからきっと僕は間違いなんか犯していないんだ。


 僕は普通の家庭に育った。そう、普通だったのだろう。だから、僕だけがおかしくなってしまったのだ。僕はいつも人の機嫌をうかがっていた。良い子でいたかったのだ。他人から好かれたかった。だから僕はそういう生き方をしていた。


 自分の事はまず置いておく。そうそれは二の次だ。人によく話を合わせていた。友達になりたい子や好きな子にはその子が好きな事を、趣味とかを調べ、話のタネにしていた。そうやって近づいた。


 そういえば僕は喧嘩なんかをしたことがない。僕は気に入らないことがあったとしてもそれについては触れない。相手が何か攻めてきても笑って受け流す。


 争いなんて何も生まない。そうだ。無意味なことなんだ。ただ傷つけあうだけ。それだけの事に価値なんかない。だから僕は他人に合わせる。


 しかし、それは本当に正しいことなんかではないのだ。


 そう気持ち悪いのだ。


 僕は僕ではなかった。ただそれは僕という皮をかぶった別の人だ。そう。それはいわゆる透明な存在。中身がない。そんな存在。僕はそれを友人に言われた。


 僕は友達なんかいなかった。そう。僕の周りには人はいなかった。いたと思っていたのは僕だけだった。一人ぼっちだった。その事を知らなかった。


 僕は試しに人を一人殺してみた。友人だ。いや、友人ではないか。逆上した僕はそいつを殺した。その時に気がついたんだ。見つけたんだ。僕の好きな色を。


 世の中には自分と同じ人が何人もいる。世界の裏側だろうがどこだろうが。そして同じ人同士で集まり、傷を舐め合うのだ。自分はこうして欲しい。だからこうしてあげる。しかし、ただ与えられるのを待つ人が阻害される。でもまあ、それがある意味幸せなのかもしれないな。


 本当の幸せと言うのを考えると、それが死だと思う。ただ生きているよりは死んだ方がいい。何かを感じながら苦しむのなら、いっその事何も感じない死に向かうのがよいのだろうな。





「君は知っているかい?」


 僕は話しかけた。僕にはもう何も残されなかった。だから、話だけは聞いてほしかったのだ。


「人は死んだときに脳内麻薬が大量に分泌されて、死ぬ直前は苦痛など何も感じない。と、言われているのは知っているかい?」


 だから何なのだという顔だ。僕は構わず言葉をつないでいく。


「そう。要するに、だ。苦痛の世界から一変するのだ。快楽が訪れるのだよ。死。それは幸せな世界が広がるのだ。その幸が自分に降りかかってくる」


 そう。だから僕は死ぬのは怖くない。死は恐ろしいものではない。決して恐怖などで片付けられない。この世のしがらみから逃れられる唯一の手段。それが死。


「死は平等なのだよ。必ず訪れる。そして、最終的に感じる事は同じなのだ。それは輪と同じ。回っている。繋がっている。死の始まりが生。そして生の始まりが死。


「君には理解できない事か。ところでどうして君は、人を殺すんだ?」


 女の子は首を横に振る。分からないのか。


「そうか。結局は、あの少年の言いなりになっているのか。……ん? 違うのかい? ただ、食べたいだけ? それが自分の中に唯一あった使命なのか……?」


 女の子の言っている事はよくわからなかった。まあでもそういう生き方があるのか。いや……ある意味僕と同じかもしれないな。


「あの少年はどうして君の補佐をしているんだ? ……。互いに互いを必要としあっているからか。羨ましいね。そして妬ましいね。僕にはそういう人はいないんだ。正しくは僕が壊してしまった。欲望に負けてね。バカみたいだな。本当に」


 僕は笑った。


「まあ、もうどうでもいいさ。さあ。僕を殺してくれ。……おっと。その前に一つ頼みごとをしてもいいかな? なに。難しいことではない。伝言だ。あの少女に言って欲しい事がある。「もし、君の生きがいがそれだとしたら、その趣味の人を探すといい。そこで自分の運命の人を探せばいい。でも、それだけではない。というのを決して忘れてはならない。君は縛られずに、自由に、自分の幸せを探し出していけばいいんだよ」と。そう伝えておいてくれ。まあ、一人はいるはずだよ。それを間違えてほしくないな」


 女の子はこくりと頷いた。


「僕は一つ分かった気がするよ……。僕は本物の彼女にはもう出会えないと。仮に、似ているような人はいたとしても、根本的に違う。その人は彼女ではないのだ。……君もこれをよく覚えておきたまえ。僕の教訓を踏まえて、意中の相手を探してみるといいさ。もっとも、もういないのかもしれないけどね。大事なものは失って気づくことが多い、というからね」


 女の子は小首を傾げた。まあ、いいさ。


「あ、そうだ。頼みごとをもう一つ追加できないかな。上の階に僕の大切な人が眠っている。彼女と一緒の所で眠らせてほしい。……そうだな。それがいい。頼めるか?」


 女の子は戸惑った表情をしていた。そしてしばらくしてから、頷いた。僕は「ありがとう」と言う。そして、女の子は口を開けた。僕の喉元に歯を立てる。


 僕は最初で最後の死を受け入れる。彼女は最後に幸せだと言っていた。その幸せが僕にも訪れるのだろうか。


 僕はもう……何もいう事はなかった。




裏の裏



 嫌だ。死にたくない。生きたい。最後にそう思えて本当に良かった。私は幸せだ。生きていたからこういう風に思えたのだ。だから死ぬ直前にこう思えたのだ。生きていて良かったと。


 もし叶うのならあの人ともっと話していたい。あの人の事をもっと知りたかった。でも、残念なことにそれは無理のようだ。


 幸せだ。


 何もない人生でこんな風に思えて幸せだ。


 きっと私の幸せはすぐそばにあったんだ。私はそれにようやく気付けた。


 私は幸せだ。


こうもグダグダに感じるのは、限界が近いのですかね。でも、続けていきたいんですよね。

とりあえず、終わるにはあと最低でもあと5章は必要です。しかも最後はとても長い。キャラも持て余すし。

まあ、焦らずにじっくりと書いていきたいと思います。

あとは2つか3つぐらいで前半が終わります。


多分次はショートショートかも。多分。

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