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花は散り急ぐ  作者: 夏冬春秋
されど月影の色を知る
13/48

頑張ります。



 もしも仮に本当にコトリと幽香ちゃんに関係があったとしよう。もしそうなら、どういう関係になるのだろうか。友人とか親類。それが最有力だろう。友人ならよくここの家に遊びに行っていたとなるだろう。親類、例えば妹なら、話がよく噛み合う。


「今日もありがとうございました」


 こうやって彼女を家に送るようになってから四回目となった。それでも、気配はなかった。やはりただの思い過ごしなのだろうか。


「本当に何もないね」


「ですね。誠一郎さんがいるおかげですよ。だから諦めたのかもしれません」


「だと、いいけどね」


 幽香ちゃんは明かりがついていない家に入ろうとする。手を振り、今日はこれで終わりだ、となったところでオレは尋ねた。


「ひとつ、聞きたいのだけど……」しかし、オレはここで黙った。考えが至らなかったからだ。どのようにして聞きだすかが頭の中に浮かんでこなかった。


「どうしたんですか?」


 幽香ちゃんが小首を傾げた。


「えっと……前にファミレスでさ、小鳥が嫌いだって言っていたけどもう少し詳しく聞きたいなって思って……」少し苦しかった。いったいどうしてとっさに出た言葉がこれなのだろうか。


「えー。言及するところですか? 結構前の話ですよね」


 幽香ちゃんは苦笑いする。しかし、話し始めるのだ。


「あれより深くは入れませんが……。そうですね……私たちを激しく警戒するじゃないですか。触りたい、と思って近づいたら飛んで逃げていく。それが少し嫌なんですよ。野生の動物なら何だって言えますけどね。あと、仮に手に抱いたとき、小さすぎるのも問題なんですよ。簡単に潰れてしまうような……そんな不安が」


「なるほど。例えばハムスターとかもそんな脆さがあるよね」


「前にも言いましたが、私は動物には好かれないんですよね。それがある意味妬みに変わっていくんですよ」


「妬み……?」


「私は好きなのに、向こうは嫌いだって分かった時、憎悪が生まれるんですよ。ありませんかそういうの? 小鳥……は好きじゃないんで、犬にしましょう。好きな犬を触ろうとしますが、警戒して、噛んだり吠えたりする。だけど他の人にはなついている。そうなると強い嫌悪感がわきませんか?」


「分からなくもないよね」


「誠一郎さんは頑張っても懐いてくれなかったらどうします?」


「オレ? オレは……そういうものだと諦めるしかないよな。なるべく関わらないようにするわな」


「私は少し違いますね。それでも頑張るんですよ。いつか振り向いてくれるだろうって。まあ、そこに愛がありますからね。好きだからこそ構ってほしいんですよね。でも、それでもなお駄目なら、しょうがないですよね」


「諦めるって事?」


「……そう、ですね」


「健気だが、可哀想でもあるわな」


「可哀想ですか?」


「向こうが嫌いなら、諦めるべきなんだよ。それで追い込まれてしまったら、訳が分からないよ」


「多分……熱心になったことが無いんですよ。恋は盲目って、言うじゃないですか。ホラ、ストーカーもそういう類ですよ。そうですね……誠一郎さんは多分、そこまで人を真剣に好きになったことがないから……だと思います」


「……」


「あ、すみません。失礼なことを言っちゃいました」


「そんな事はどうでもいいんだよ。正しい事だしな」


 オレは頭を掻いた。


 彼女の言うとおりだった。オレはそうやって生きてきたから彼女に言う事など到底至極理解不能。


 しかし、オレがハナたちに感じている気持ちが彼女の言うそれに近いかもしれないな。「まあ、いいや」


「本当に聞きたいのはそれですか?」


 見抜かれていたようだ。しかし、何て説明すればいいのやら……。


「あら。幽香ちゃんじゃないのー。元気してた?」


 オレがそう考えていたら、近所の人だろうか、おばさんが、急に声をかけてきた。


「あ、お久しぶりです」


「調子はどうなの? 大丈夫?」


 ぐいぐいときていた。幽香ちゃんは半笑いだった。


「あなたは幽香ちゃんの彼氏さん?」


「違いますよ」


 オレは手を振って否定する。ちょっと苦手なタイプだ。


「それじゃあ、私はこれで」


 幽香ちゃんは逃げるようにして、家の中に入っていった。そうして家の明かりがついた。オレは幽香ちゃんの心中を察することができた。面倒くさいもんな、近所は。


 オレはいなくなった幽香ちゃんの身代わりとなりおばさんの相手をしなくてはならなくなった。オレは質問攻めしてくるおばさんに適当に相槌を打ったり言葉を濁したりと、場をしのごうとした。


 その時携帯が鳴った。メールだ。オレはおばさんに一言言って携帯を見た。その内容は『今日はありがとうございました。厄介押し付けてごめんなさい。今度お詫びします』だった。オレは「おいおい」と落胆する。


「幽香ちゃんとはどういった?」おばさんはまだしつこく聞いてくる。オレは「ただの友人です」と答えていた。本当に? と下卑た想像を勝手にしているようだ。オレは疲労がさらにたまる気がした。


「あの子、あの家庭だから気苦労が絶えないから助けてあげてよね」


「どういう事ですか?」


 オレはつい、おばさんの話に乗っかってしまった。おばさんはそれが嬉しかったのか、べらべらとさらに口を動かし始める。


「知らないの? まあ、無理もないわね。私が言ったって言わないでね」もうこの時点で九割方確定してしまっているのだが、まあ無視だ。おばさんはこそこそ話をするようにオレの耳元でそれを話しはじめた。


「DVよDV」オレは思わぬ単語に驚愕した。「いつも幽香ちゃんと()()ちゃんは泣いていたのよ。何やらお父さんの怒鳴り声もひどかったし、いつも叱られていたような、そんな感じだったわよ」


「なるほど」


 オレは顎に手を添える。おばさんの話を聞きながら様々な考察、推察を行っていた。


「奥さんが亡くなってからは……ねえ」


「奥さんって、幽香ちゃんのお母さんの事ですか?」


「そうなの。事故だったようよ。詳しくはわすれちゃったけど。確か、六年ぐらい前の話ね」


 段々と雲行きが怪しくなってきた。彼女の身に起きた災厄がオレの頭の中へ入って来た。


「それから裕菜ちゃんも行方不明で……」これは彼女から聞いた。一年前から行方不明になっていたようだ。「八年前にも近所でいなくなった子がいたのよ。恐いわ」おばさんは顎に手を添える。「父親はここの所ずっと家に帰って来てないそうよ。噂だとね、愛人を作って逃げたとか。幽香ちゃんを放って」


「なるほど」オレは適当に話に頷いた。口元を手で隠して、すこし震えた。「ひどい話ですね」オレは懸命に言葉を吐き出した。


「多分、あの子、一人で寂しいと思うわ。だから、親しくしてあげてね」


「はい。分かりました」


 オレはこれからさらにおばさんの話を聞くことになるが、全く不必要な話なので、語らないでおく。






 物語は加速していく。崖から転げた石のように。


「あたしは、ゆかをしっている」


 コトリは確信を持っていっていた。だから胸を張って言えるのだ。


「それは確かなのか?」


「うん。もう、まちがいないよ。ミたことがあるよ」


 コトリはテレビ台の上に座り、足をぶら下げている。そこから飛び降りて、足元に近づく。


「まさかアンタにタスけられとは、ヨもスエ」


「はいはい。なんとでも。オレはお前の協力が出来ただけでも十分だよ」


 コトリを持ち上げる。コトリは振りほどいて逃げ出した。そこからテーブルに着地した。逃げるようにしてフウカに飛びつく。


「気を悪くなさらないでくださいね」


「大丈夫だ」


 オレははあ。とため息をついた。ハナは爪先立ちし、オレの頭を撫でた。オレもハナにやり返してあげた。ハナは柔らかい表情をした。


「しかし、それでもまだ記憶は戻った。というわけではないんだろう? 今はただ単に手がかりを見つけたってだけで」


「そうですよね。でも、その幽香さんがキーパーソンなのは間違いないのですから、いっその事話してしまわれた方がよろしいのではないでしょうか?」


「それが手っ取り早いのは確かだ。しかしだな、あまり広めたくはないものだな。反応も怖いし。そもそもフウカはこっちの意見じゃなかったか?」


「あの時はコトリちゃんのただの思い過ごしかもしれないのを考慮したからですよ。しかし、今は状況が違います。もうコトリちゃんのそれは確固たるものとなったのですから。それに、決着はつけるべきであると私は考えます」


「あたしは、いいよ。カクゴできる」


「……」


「どのみち、ハナにマカせる」


 コトリはハナをちらりと見る。ハナはコトリを覗き込む。すると目をそらすのだ。


「そうか。コトリはそれでいいのか?」


「もちろん。あたしの、ショータイも、ね。どちらかといえば、ハズレがいいね」


「じゃあ、連れていくのはコトリとハナでいいか? フウカには悪いが、留守番を任せてもいいか?」


「私は大丈夫ですよ。みなさんの帰りを待っています」


「分かった。とりあえず、今から会えないか連絡するから、その返事次第だな」


「まだ、してないの?」


「みんなの了承を得ないとな。それにオレ自身がどうするか迷っていたしな」


 オレは携帯を取り出して、幽香ちゃんにメールを打った。あとは返事を待つだけだ。その間は適当に談笑しているだけだ。


「今回は、ルナさんを仲間外れにしてしまっていますが、大丈夫なのでしょうか?」


「まあ、気は引けるが、ルナも忙しいし、すこしは休ませてあげないとな」


 ルナはコトリのこの件については何も知らない。本人にとっては余計なお世話かもしれないが、まあいいだろう。


「ルナは、セーイチローにとって、カゾクか?」


「何だよいきなり。そうだよ。というか、ここにいる全員が家族だとオレは思っているが」


「ふーん。そうなんだ。あたしは、そういうの、わからない。でも、カクすのは、よくないのでは?」


「確かにそうだが……今更な」


「ひとつ、キになっていたけど、セーイチローは……いや、なんでもない」


「どうしたんだよ。途中でやめて」


「……ウスい」


「薄いって?」


「カミが」


 コトリはオレの頭をさした。


「禿げてない。そういうのはいいよ」


「あっそ。まあ、がんばれ」


「何をだよ」


 コトリがごまかそうとしていたのはすぐに分かった。何が言いたかったんだろうか、もやもやとした気持ちが胸に残留する。


「ところで、ニッキ。あれみせて」


「あれか。わかったよ」


 オレはつい先日とある家から貰ってきた日記をコトリに渡した。コトリはテーブルの上で、それを読むのだ。文字を目で追っている。読み終えたら、ページをめくる。その中身に非常に興味を持っていた。


「この日記、途中で終わっていますよね」


 日記は途中で終わっていたのだ。毎日毎日欠かさずに丁寧にページの最後まできちんと書いていたのに、ある日を境に止まっていたのだ。書き手は女の子だ。丸字で、今日の出来事を細かく書いていた。ご飯は何を食べたとか、誰々と遊んだとか、自分の夢だとか、想像だとか、夢のように耽美的であった。快活な彼女がそこの中にいた。


「セーイチローはなにをかんがえる?」今日はやたらと声をかけてくるな。


「この日記の事が真実ならば、一つしかないだろう」


「……そうだな」


 コトリは日記を閉じた。そして深いため息をついた。


「メールはまだ?」


「ああ」彼女からのメールはまだ来ていない。彼女はいつもすぐに気づいてくれていたのに、何故だろうか。


「ただいまー」


 玄関先から声がした。ルナが帰って来たのだ。


「あらら」


「いやあ、今日も充実した一日だったわ」


 ドアを開ける。肩をもみながら、登場する。


「お疲れ様です」


「聞いて、もうすぐ給料日よ。地球に来て初めての給料よ」


 今日のルナはやたらと上機嫌だった。


「それは良かった」


「どのくらい溜まっているのかしら。楽しみだわ」上着を脱ぎながら鼻歌を歌う。「今までの生活費は、ちゃんと出してあげるから安心してね」


「いや、そんなのいいですよ」


「はした金ぐらい受け取りなさいよ」


「じ、じゃあ……ありがたく」


 ルナは「そうそう」と言いながら、こちらへ来る。すると、コトリが椅子にしていた日記に反応を示した。「これは何?」オレはしまったとなる。


「日記です」フウカが答えた。


「へえ。誰のかしら? つけているの?」


 ルナはそれを手に取る。そして、パラパラと流し読みする。


「これ、本当に誰のよ。貴方たちのではないのは確かのようだけど」


「拾ったやつです」オレは嘘をつた。


「いけないわね。……女の子の日記ね」最初の方をぺらぺらと読んでく。「穏やかじゃないのもあるわね。たぶん、セイイチロウはとんでものを拾ってしまったわね」


「そうですね」


「面白いわ。でも、これ以上は読まないようにしておくわ。他人の日記を読むというのは他人の心を覗くのに等しいわ。そういうのは、そっと箱の中にしまっておくべきものだわ」


 耳が痛い言葉だった。ここにいるメンバーのハナ以外が全て覗いてしまったからだ。


「しかし、これの持ち主に非常に興味があるわ。会ってみたいわね」


「肝心の持ち主が見つからないのでどうしようもありませんが」


「そうね。偶然会えたらいいわね。それより、お風呂は沸いているかな?」


「沸かしたけど、まだ入っていないから、一番風呂あげるよ」


「やったわ。お風呂っていいわね。出来たら今度温泉に行かないかしら?」


「オンセン?」


「天然のお風呂の事よ」


「やった!」本当に理解できているのかは疑わしいが喜んでいるからまあいいだろう。


「あたしたちはカンケーないけど」


「そうだったわ。ごめんね。そこまで考えに至らなくて」


「いいよ」


「そうね。とりあえず、考えておくわ。五人でちゃんと楽しめるようなものを」


 ルナはコトリとフウカの頭に優しく手を添える。それから、「お風呂♪」と歌いながら浴室に向かった。


 その時だった。携帯が鳴りだした。電話だ。オレは部屋の隅に移動し、電話に出た。


「もしもし」


『た、たす……』


 声は震えていた。か細く、今にも消えてしまいそうだった。


「幽香ちゃんだろ?」


『たすけて……ください……』


 その声は恐怖におびえていた。


「何があったんだ?」


『き、来てください……あの、あの……山に……来て……』


「山って、あの神社かい?」


『はい……階段の所で……待ってます』


 通話が切れた。いったい何だろうか。


「どうされました?」


「とりあえず、よくない事態だというのは分かった。ハナ、行くぞ」


「はい!」


「まって。あたしもつれてけ」


「ハナ、コトリをよろしく頼む。フウカは、すまないな。ルナと留守番していてくれ」


「はい!」


「分かりました」


 オレはルナに出かける事を伝えてから、急いで指定された場所へ向かう。その後ろをハナがついてくる。


 走りながらオレ達は打ち合わせをする。イレギュラーを加味して段取りを取る。


 何が起きたか、何が起こるかは、行ってみないと分からない。中身の知らない箱を開けるかのように。




次で最後です。明日です。

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