第6話
「あれ?おっちゃん、どっか出掛けるの?」
「あー、ちょいと市場まで食材の買い足しにな。」
「市場?って事はギルドの方に行くんだよね?」
「あぁ。」
「んじゃ、もし途中でキース達に会ったら食堂に行ってワインでも飲んでるからって伝えておいてくれます?」
「……そういやまだ帰って来てないみたいだったしな。それぐらいなら伝えといてやるよ。」
たまたま宿の入口で出会った食堂のおっちゃんに伝言を頼み、そのまま部屋には寄らず食堂に入ると適当に空いていた席へ腰掛ける。
そこへ丁度通り過ぎかけたカカリィさんを呼び止め、ワインと何か適当なツマミを頼むと茶色いチーズが出てきた。
ーーワインとチーズかー、なんかオサレだな。
つい数日前なら発砲酒にコンビニで廃棄になった弁当のオカズをアテにしていた事を思い出し、自然と顔が綻ぶ。
ワインを木製カップに注ぎチーズを適当にちぎって頬張ってみると、薫製された物だったらしく独特の強い香りが鼻腔を突き抜け、舌に残る味わいを楽しみつつワインをあおりキース達の帰りを待つ。
すると、半分も食べないうちに入口から顔だけ出しキョロキョロと室内を見回すキースを見つけ、声を掛けると着替えて来るから席をとっておいくれないかと頼まれた。
「うぃ〜、りょーかい!」
片手を上げ陽気に返事をし、ワインとチーズの残った皿を手にちょうど空いていた壁際のテーブル席まで移動した所で、昨日と同じ革鎧姿のニアがやって来ると壁に大剣を立て掛け、向かいの席にドカッと座りこんだ。
「ん?お〜、ニアさんお疲れ様でした〜。」
「あぁ、大して疲れる様な事はしてないのだが、それよりも今日は済まなかった。」
「ん〜?」
「昨日、案内すると約束をしたのにすっぽかしてしまい、申し訳なかった。今日は街道の中継地区からの荷物の護衛の引き継ぎだったのを失念していてな……。」
「あ〜それで、早朝から出掛けてたのか〜。」
「あぁ、だがそれよりも……。」
ニアは根が生真面目なんだろう。いきなりの謝罪に俺が笑い流すと仕事の説明もそこそこに急に真剣な眼差しで前のめりに顔を近付けてきた。
必然テーブルの上に乗りあげた巨乳に出来た谷間に目線が釘付けになり、俺も若干身を乗り出しひそひそ話をするみたいに顔が接近する。
「……ユージ殿は童貞か?」
ガハッ
突拍子も無い一言に、チーズとワインを吐き出しそうになりむせて咳き込む。
「やはり……。」
「い、いや。ちょ、ちょっと落ち着こうか。」
「うん?現状落ち着くべきはユージ殿だと思うのだが?」
「う、うん。そうだね?落ち着け俺。……スーハー、スーハー…って、何でそう思ったの?」
深呼吸する俺を黙って見つめていたニアから次の瞬間、更に驚愕な言葉が…。
「昨夜の水浴びで、私の裸体を見て鼻血を噴いて倒れた…あの姿を見れば簡単に察しはついたぞ。」
ーー俺、やっちゃいましたか?やっちゃいましたね?
ーーアレですね?消したい黒歴史がまた一頁増えたんですね?
ーーい~やぁぁぁ~~。
「裸を見られるのは慣れているのだが、鼻血を噴かれたは初めての経験だったゆえ…何かとても新鮮に感じたぞ、うん。」
ーーいや~~ぁぁぁ、そんな感想は要らないヨ~~~。
全身からダラダラと大量の汗が噴き出し、ガクガクと膝が小刻みに震えだす。
死刑宣告を受ける受刑者にでもなったような気分で挙動不審に狼狽えているのに、ニアの話はまだ続いた。
それによると………
昨夜の俺は人形みたいにぎこちなく顔を上げ、ニアと目が合った瞬間、事もあろうかニアの胸元に鼻血を飛ばし、後ろに体勢を崩したと思ったら脱衣台に頭をぶつけて失神してしまったらしい。
で…何かの病気かと慌てたニアに部屋まで運ばれる途中で「おっ…ぱい」と呟くのを聞いて得心がいったそうだ。
ーーい〜ぁああぁあ〜〜っ!
ーーニア先生~もうヤメテェー!
「こんな事を進言するのも何だが、戦闘では恥じらう一瞬でさえ命取りになりうる。ユージ殿はもう少し女体に慣れるべく脱童貞しては如何だろう?」
ーーせ、先生~言いたい事はわかりますが、そんなに簡単に相手が見つかるとは思えません~。
「い、いや…俺まだこの街に全然詳しくないから…そ、それに知り合いも皆無だし。」
「なら娼館通りに行くのも良し、今からでも想い人を作ればいいではないか?」
多分、ニアは真剣に心配してくれてるんだろ~な。
でも娼館通りってニア先生が簡単に口にするって事は、こっちじゃ売春は合法なんだろうか?
「ユージ殿に不都合が無ければ、私が稚技ながらお相手も出来るが?」
ーーうんうん、そうだね、ニアってのも有りだよね。昨日の夜もお互いの体みてるもんね……………っってちょ~~っと待てぇぇぃ!
「え…と……、ニアさ…ん、今なんて?」
ーー何?新手のイジメですか?
「ユージ殿に不都合が無ければ私が稚技ながらお相手も出来るが…と言ったのだが?」
ニアは全く表情を変えずに繰り返した。
俺は痴呆したかの如く、開いた口が閉じない。きっとニアには不細工なマヌケ顔に見えてる事だろう。
「うぁ、ん…え、か、考えさせて下さい。」
それだけ答えるのが精一杯で、額の汗を必死に拭う。
「待たせて悪かったな。早速飯にしよう。えーと、カカリィさん注文をーー。」
程なくしてやってきたキースとメイアは昨日と同じように二人並んで座るもんだから、気まずい話の後だというのにニアが俺の横に移動してきた。
ーーう、うぅ〜。どんな顔すりゃいいんだよ。
やって来たばかりの二人はニアと別の依頼で早朝から出掛けてたらしく、今日の仕事の話やギルドでの新しい情報など今日も夕飯中は話題には事欠かなかったが、二人の言葉が馬耳東風で抜けていく。
その代わりにさっきのニアの言葉が頭の中でグルグルと繰り返され、飯も味わうと言うよりただ胃袋に詰め込んだように夕飯は味気ないものになってしまった。
「ゴメン皆。ちょっと、考え事をまとめたいから先に部屋に行くよ。」
そう言って、一人2階に上がる。
部屋に入るとベッドに倒れ込みさっきの話を脳内会議にかける。
A・議長!初エッチはやはり恋愛モードが望ましいのでは?
B・いやちょっとまて、 恥の掻き捨てと言う言葉もあるし、風俗でも問題無いのでは?
C・ニアのあの意味深な言葉はどうするんだ?これからの可能性として期待度は高いぞっ。
脳内の俺達は勝手な事を言い放題だ。
誰かタスケテ~。
コンコンッ
「ユージちょっと良いか?」
ちっともまとまりそうに無い思考にベッドの上で頭を抱えながら転がっていると、キースがやって来て部屋を見回し近くにあった椅子にを引き寄せ俺と向かいあうように座った。
「実は…今さっきニアから聞いたんだが。」
ドッキ~ン
「ユージ殿は未経験と言う事らしいので…。」
ガクガクブルブル
「その…そういった店を紹介してやってくれないかと頼まれたんだが……。」
ーー遂に、キースにも知られたか。
「………ユージもやはり獣人は嫌いなのか?」
ーー……へっ?何でそんな話になんの?
「あんなに悲しそうなニアは久しかったんでな、つい何があったのか聞いてみたらユージの相手を断られたと言われてな。」
ーーいやいや、あれは断った事になるんですか?それより、なんでそれが獣人嫌いと関係すんの?
「まぁ、俺が言うのも何だがニアは性格は確かに男らしいしが女性らしい一面もしっかり持っていてな、その…あまり仲間を哀しませる様な事はしないでやってくれ。」
キースがパーティーのリーダーとして仲間を第一に考えるのは当然だが、どうにも話を聞いてるとお互いに誤解があるが判ったが此処は黙って頷き返した。
「じゃ、じゃあ話はそれだけだ。店の方は聞きたくなったら俺の部屋に来てくれ。」
そういって出ていくキースを立ち上がる事も出来ず見送る。
ーーそうか、人種差別なんて最初に気にするべきだったよな。
ーーきっと、はぐらかしたのを感違いされて。
ニアとの会話を思い返し、とにかく謝ろうとその足でニアの部屋に行ってみたが、まだ戻って来てないらしく一階に降り食堂を覗いてみると、さっきの席でまだ一人チビチビと酒を呑む後ろ姿が見えた。
「ニア、ちょっといいか?」
キースとの話ですっかり酔いも覚めた俺は、ワインを注文するとニアと向か合うように椅子に腰掛けた。
「あぁ、ユージ殿か。ふふっ、先程はつまらぬ事を提案してしまって悪かったな。」
そう言ったニアの笑顔はどことなく暗く、昨日の様な陽気さが感じられない。
「俺こそゴメン。ニアを拒絶するような言い方になってたよ。」
テーブルに頭をぶつける勢いで謝る。
「気にするな。クオーターとは言え獣人の血が私には流れているのだ。人間にはまだまだ、そういった混血を嫌う者も多い事を失念していた。」
ーーやっぱり。
ニアの言葉で俺がはぐらかした理由が獣人だから拒絶されたんだと感違いしてると確信し、そんな偏見が無いとすぐさま反論する。
「違うっ!そうじゃないんだ!俺は獣人だからどうのこうのと拒否した訳じゃないんだっ!」
両手をテーブルに勢いよくついて、立ち上がった俺にニアが驚く。
「他にどんな理由が……はっ!そうか、やはり私にはメイアの様な女らしさが足りなかったという訳か。」
「い、いや、足らないとかそうゆう訳でも無い。ニアは今のままで充分魅力的だし、大切な仲間だからこそ逆に気後れした…と言うか、そんな事をする関係になるなら、もっとしっかり将来まで見据えて…お付き合いしたいと言うか…。」
どう言い訳したものかと、しどろもどろに呟きながら力無く座りなおす俺を見て目を見開くニア。
「そ、そんな風に…考えてくれてたのか?いや、そんな女性らしい扱いをされたのは初めてで、どう対処したら良いのか言葉を知らん。…す、スマン、ユージ殿。」
耳まで真っ赤になりながら目線を逸らすニアが今更ながら可愛いく見えた。
「そういう事なら、うん、私も真剣に考えなくてはな。」
そのまま横を向いて一人ブツブツと呟いた言葉を機嫌を治してもらえたと勘違いし、とんでもない言葉を吐いてしまっていた事に照れていた俺は気付かなかった。
「で、結論から言えば今回はまず娼館通りに行こうかと…初めてはお金で割り切った所の方が良いかとも思えるし、相手がプロだと気後れも無いかな~?って。」
「ん、あぁ、そ、そうだな、ならロンドの店がお勧めだ!あそこには私の同郷の者も居るので、何かと好都合だし。」
ーー??何が好都合なんだ??
「それに、私も初めてでは無いし、お互いフェアにイく…なら店が良いと思うぞ。うん!」
一人何かブツブツ言いながら納得してるけど大丈夫か?
「お、おぅ!んじゃあ、さっそく明日ギルドに顔出してから行ってみるよ。」
「ん?何か良い仕事が見付かったのか?」
「いや、そういう訳じゃ無くて、せっかくギルドに登録したんだから自分の食いぶち位は自分で稼げる様に早くなりたいし、これから先ニア達に迷惑かけるのも気が引けるから。」
「なんだ。そんな事気にする必要はないのだが、ユージ殿は生真面目なんだな。」
「ははっ、もともと一人暮らしで貧乏性だから。それにギルドで仕事してればこの国や習慣にも早く馴染めるだろうと思ってな。」
「成る程、確かに実践が一番身につくだろうが、分からない事があれば何時でも遠慮なく聞いてくれ。」
「そういってもらえると助かるよ。」
俺も笑顔で返しながらニアの機嫌が治った事にホッと胸を撫で下ろしているとニアが新しい酒を頼んだので、俺も一本追加して軽く肴になりそうな物を二人分頼むとこの日は夜遅くまで二人で雑談を愉しんだ。