第40話
試合だから負けるのは仕方ない。だけどこれはやり過ぎじゃないのか?
ギリっと奥歯を噛み締めながら振り返り、そのまま俺が中央へと歩きだすのを制するようにリリアが立ち塞がる。
「そないな険しい顔してどこ行きはるつもりおす?」
「決まってんだろっ。ニアをあんな目に遭わせた奴を一発ぶん殴ってくるんだよ。」
「はぁ、そないな事より、今はニアはんの傍におったるべきやとは思わへんぇ?」
「くっ……いや、でも……。」
「まあまあ、ここはわらわに任してくれやしまへんやろか。それに……。」
「それに?」
「わらわかて同じ女としてあないな目に遭わせた相手、赦す気ぃありゃしまへんしなぁ。」
口許に薄い笑みを浮かべながらも目が笑っていないリリアの姿に、ゴクリと唾を飲み込み背中に冷や汗を流しながら言葉を失っている間に悠然と背を向け審判の方へと歩いて行く。
そこで何を話したのか、審判に呼ばれた役員が相手チームへと走っていき何かを告げると残る4人が一斉に席を立った。
ーーまさ…か。
幾ら何でも無茶だろうと声を出す前に残立ち上がった4人全員が中央へと進み戦斧の男も武器を変え、五人全員が片手剣の両手持ち計10本もの刃を前にリリアはフードを目深に被り直した。
それを挑発と取ったらしく5人の怒気が大気を歪める程に揺らめく。
「ま、まっ…「それでは、皆様お待たせ致しました。只今より試合を再開いたしますっ!」」
俺の言葉は開始の合図に掻き消され観客席からは悲鳴にも似た歓声が鳴り響く。
「最初に断っておくぞ。我々は貴女の提案に乗っただけ。それで負けたからとて後々に卑怯などとは公言しないと誓ってもらえるか?」
「我々は前回の屈辱を糧に騎士団の元で様々な修練を積んできた。故に正々堂々とした戦いを望んでいる。もし貴女が降参するなら先に聞くぞ。」
「女を嬲るのは趣味じゃね~んだが。仕方ない。」
「今なら間に合う。命を粗末にするな。」
「くっ、まさかまた女と戦う事になるとは……。」
ーーくっくっくっ、ユージにあのような目で心配そうに見つめられるとこうも心地好いとは思わなんだ。……それに引き換え耳障りな輩じゃ、わらわがせっかくユージの想いに浸っておるというのに、実にくだらぬ事を囀る不粋な輩よのぅ…。
「……小煩い囀りが済んだならば、わらわの機嫌が良いうちにぬし等こそサッサと退場するがよい!」
「なっ……⁉︎ならば、その身に後悔を刻んでくれるっ!」
試合再開の合図から数分の間を置いて一斉に相手が片手剣を上下に切り付け、逃げ場の無い絶妙なコンビネーションの真ん中でリリアが切り刻まれてた。
「リリア〜っ!!」
その姿にキースに連れられ戻って来た席から立ち上がり叫ぶ。それに応える様に切り裂かれたローブのかけらが舞い上がり、尚も止まぬ片手剣の素早い連撃にリリアの体は白銀に包まれたかに見えた。
ーーくっくっくっ、緩いのぅ。この程度でわらわをどうにか出来るとおもうたのか。
剣が我が身に触れる直前に唱えた魔法で白銀の油が全身を包み、剣がいくら肉体を斬りつけようとも刃先は滑り傷跡一筋つける事も出来ないと気付かれる前に、ローブからスルリと鎖を足元へ延ばしワルツを踊る様に後ろへと下る。
「……頃合いじゃな。」
真っ先に口を開いた小蝿が異変に気付いたらしく、攻撃の手を抜いたタイミングに合わせ、鎖に雷撃の魔法を放つと5人の動きが一斉に止まった。
「ほほほっ、もっと激しくせねばわらわを感じさせる事すら出来ぬぞ。」
殆ど胴体だけは全裸に近い状態になりながら口元の笑みを深め、雷撃の苦痛に声も無く身を引き攣らせた5人に細い鎖を袖口から飛ばすと、操り人形の如く微弱な雷撃魔法で無理矢理に攻撃を再開させ全身に剣を受けた。
それを半ば白目をむきながら強制させられる五人は喰いしばった歯の隙間から泡を吐き始めた。
「ほほほっ、もっとじゃ。もっと激しく攻めるのじゃ。」
観客席からは五人の選手が中央の女性を一方的に切り刻むという慘劇に見えるが、実態は喜劇ともとれる異様な状況だった。
やがて五人が無理な筋肉の行使に身体のあちこちから血を噴き出し口端から涎を垂らしたところで、飽きたらしいリリアがやっと魔法を解き全身を守っていた油を黒く変色させローブのように変化させた。
途端に糸の切れた人形の様にリリアを中心に五方向に倒れた相手を見て呆気に捕われた審判より早く、大会役員が我に返り確認しに走っていく。
役員はそれぞれの診断をしながら頭の上で両腕を交差させ何がどうなったのかも判らないままに試合終了の宣言が告げられた。
ーーふむ、ちとやり過ぎたかもしれんが、まぁよかろぅ。
それを身動ぎせず聞いたリリアはまるで何事も無かった様に広場を後にすると戻ってくるなり腕を胸で挟み込むんできた。
「ちょっ、えっ……?はぁ?!いつの間にボディペイントしたんだよ?ってか、服かローブ着てくれ〜っ!!」
ーーくっくっくっ、驚くユージの顔も、ういのぅ~♪
あらか様に腕を挟む双球のリアルな感触に、目を白黒させながら視線を背け頼み込む。
「さ、さっき確か、斬撃でローブはボロボロになってませんでした?なんで元通りなんですか?」
「それに相手はいきなりぶっ倒れるし、リリアさん。一体何をしたんですか?」
「ほほほっ、ちょっとした魔法じゃよ。」
大して距離も離れて無いのにメイアには裸とローブの見分けもつかないらしく、キースもやや茫然としながら説明を求めたのに、リリアが魔法だと一蹴すると2人の視線が何故か俺に向けられた。
「な、なるほど。」
「ま、まぁ、ユージの知り合いなら納得だな。」
「ちょっ、ま……おまっ!」
何とも理不尽な納得の仕方に抗議しようと口を開けた瞬間、リリアの双球にある先端突起物が腕に擦れたらしく小さく喘ぐ声に言葉を失う。
その間に相手チームが次々と医療班に運ばれて行く様を慌てて視線を逸らした先で見付けてしまい、呆然と見ていると急に大歓声が会場を埋め尽くした。
ーーと、兎に角これで優勝したんだし、特別戦の前に一旦ニアを「完全治癒」しに行かないと。
そう考えてた矢先…。
「ええ〜続きまして~、只今より特別戦を行いま~~すっ!」
「……はぁ?」
審判の宣言に驚き二の句が継げぬ間に相手選手のベンチ前が突然爆発。
ーーえ、何っ?
意味も分からず爆発元を見てると一階の観客席から「トウッ!」と、どっかで聞いた様な叫び声と共に五体の黒い影が爆煙を突き抜け、見事な三回転を決めて着地する。
「無限の可能性を秘めし黒から生まれ、漆黒の長槍を携えた我こそはーージャベリン!」
「全てを呑み込む黒の威力を宿した、このひと振りで世界を変えし死神の鎌を携えた我こそはーーサイス!」
「闇に煌き、突き刺すように走り抜ける、漆黒の細身剣を携えた我こそはーーレイピア!」
「力強い存在感を放つ黒が生み、踏みしめるように走る漆黒の長柄斧を携えた我こそはーーバルディッシュ!」
「ヒラヒラと挑発し、躱して舞うが如く、艶やかな黒の懐刀を携えた我こそはーーバリソン!」
「「「「「我等こそクラン黒の巣に名を馳せし超者アヴァントゥリガッ!!!」」」」」
決め台詞と共に見事に連携の取れたポーズを決めた背後で、これまたタイミング良く黒一色の爆煙があがる。
ーーお、おまっおまえら何処の戦隊だよっ!!
ーーしかも全員男で黒じゃね~か?
もう、どこから突っ込んでいいのか判らないチームの登場に半ばあんぐりと口を開きながら脱力。
キースとメイアも固まった様に身動ぎ一つせず唖然とした表情を浮かべ、リリアですら絶句したまま突っ立ていた。
「紅いユージ!話は既に聞いている!貴様の不埒な野望はこの俺が打ち砕くっ!」
ビシ~ッ!と槍先で俺を指し示してくるジャベリンに半開きだった口が更に広がる。
ーーいやいや、野望って何の事だよ?そんな大それたモンなんかこれっぽっちも抱いて無いって。
アヴァントゥリガと名乗った奴らは言いたい事だけ勝手に言えば気が済んだのか、バルディッシュだっけ?の肩を順番に叩いて残る4人は選手席へと下がっていく。
「なお、この特別戦においては例年通りの特別ルールを適用致しますので各個人の戦いをお楽しみ下さ~い。」
ーー……え?なにそれ、そんなのキイテナイヨ?
慌てて審判の所まで走り聞きに行くと、特別戦では本戦で戦わなかった選手も出場が決まっている上に連戦は不可だと教えられた。
「そ、それって対戦拒否は出来るの?」
「はい。不戦敗となりますがそれで宜しければ。」
「不戦敗って事は勝ち負けはやっぱ3勝した方の勝ちって事?」
「そうなります。」
ーー……って事はニアが出れないから、既に不戦敗一敗?メイアやキースが勝てる筈が無いし代理は居ないし、負け確定?もしかして俺、爺さん達の策にものの見事にハマった?
「質問が以上でしたら、第一戦目の始めますので席にお戻り下さい。」
審判に促され渋々席に戻りながら悩んでると、リリアが飄々とした風情で中央へと歩いて行くのが見えた。
「ちょ、連戦になるけど大丈夫なのか?」
「ほほほっ、わらわの事より今はニアの抜けた分をどうするか考えた方がよろしおすぇ。多少の時間やったら稼いでおくさかいはよぅな。」
「す、すまん。」
ここはリリアの言葉に甘えて少し時間稼ぎをしてもらってる間に代理を探す方が得策だと思考をすぐさま切り替え、頭を下げると席にいた2人には不戦敗でも良いから助っ人を探して欲しいと頼み、役員には2人分の不戦敗を伝える。
「おぉ~と、ここで何と!ヒーローズからの申請で2名が戦線離脱~。こ~れで、3勝を先に制した方~が、名実共に最強だ~~っ!」
ーー最強の称号とかいらん!だけど、策を弄してまで俺を貶めようとした爺さん達には一泡吹かせてやる!
そう心の中でツッコミながら助っ人探しに出ていく2人の後ろ姿を見送り、この世界に来て初めて神に代理が見つかる様に祈ったのとほぼ同時にすぐに試合開始の合図が告げられ、バルディシュが巨体に似合わず俊敏な動きでリリアとの距離を詰め、竜巻のような斬撃を繰り出した。
それをリリアは紙一重で舞う様に避けつつ、袖から蛇の様に何条も鎖を出してバルディシュの動きを封じようと試みるが、振り払われ斬り落とされては投げるといった攻撃を繰り返していた。
「ぐぬぬっ、小細工を弄するとは小癪な。」
バルディシュが何時までも一撃を入れられない事に腹を立てたのか、柄の部分を巧みに操り、鎖を一纏めに絡め取ると強引に引きつけ、斧の部分を横に致命傷を避けた打撃をリリアの肩に振り落とす瞬間、さっきと同じ魔法を使われたのか全身を痙攣させてあっさりと転倒した。
「くっくっくっ、奴は我等の中でも最弱ゆえ仕方ないな。」
ーーいやいや、あんたら何処の四天王だよ?
内心ツッコミながらもリリアの無事を安堵してる間にバルディシュは役員達に運ばれ、俺とよっぽど対戦したかったのか人に意味不な否定をしてきたジャベリンが出てきた。
ーーここで粘らなきゃ負けか。
チラリと2人が出て行った通路に視線を送り少し焦りを感じながら、リリアにも誰か探してきてくれないかと頼んで中央へと向かう。
「ふっ、初めに言っておく。貴様がどれだけ速かろうと、我が槍からは決して逃れられぬ。」
「お〜お〜、大層な言い草だけど負けた時の言い訳考えてんのか。」
普段ならこんな挑発無視するが、少しでも時間を伸ばせられるならとわざわざ軽口を返し肉体強化を使う。
「そ~れでは、続けて第二戦目を〜か〜いしっ!」
合図と同時にジャベリンは武器の長さを最大限に利用するつもりらしく、一足飛びにやや後ろに下がると長槍の先を上下に激しく揺らしながら俺に狙いを定めてきた。
揺れた刃先を睨みながら、これならばと一足跳びに踏み込んだ突きに合わせ後ろに飛び退き距離を置いたつもりが全身が緊張した。
ーーま、まさか!?
油断なく見ていた刃先が急にブレ、こっちが強化してるにもかかわらず突きがまったく見切れ無かった事に内心驚き、初撃こそ勘と運だけで躱した筈の突きがいつの間にか右頬を擦っていた事実に頬を伝う湿気と共に愕然となる。
ーー足元がフェイクだと?
「ふっ、予想以上になかなかいい動きをするようだが次は捉える。一撃で足らぬなら連突きを見舞ってくれようぞな!」
ーー……マ、マズイ。
頬を伝った血を手の甲で拭いながらジャベリンの動きに意識を集中し、更に柄をしならせた円を描く様にブレる刃先から高速移動を併用したバックステップで後ろに一気に距離を稼いだ所へ鎌鼬の様な風圧が飛んできた。
「くっくっくっ、それで避けたつもりか?」
ジャベリンの嫌な笑いが気に障るが、今は無視。
黒騎士と戦った時の様に更に反射速度を上げようと意識を集中していく。