第4話
ーーはぁ〜。それにしても……、獣人ってのは食欲旺盛なんだなー。そんなに喰って何処に入ってるんだよ?
ついさっき会話したばかりだと言うのに、何事も無かったかのごとく次々と肉だけを選び頬張る姿に溜息混じりで感心しながら見入っていると、不意に今度はメイアさんが話し掛けてきた。
「ニアだけじゃなくて私達の事も呼び捨てで構わないわよ。今日から同じ冒険者仲間なんだし、敬語なんて必要ないわよ。ねー、キース?」
「あぁ、そうだな。新人とは言え変に気を使いあうような間柄にはなりたくないしな。それに、命の恩人から何時までも敬語で話されたんじゃ、こっちが落ち着かないよ。」
「え~?んじゃ、俺も殿付けじゃ無くてただの‘‘ユージ”でいいよ~。」
水の代わりにがぶ飲みしてしまったワインのせいか、久しぶりに誰かと食事を共にして浮かれていたのか、かなり酔っぱらいながらも笑顔のまま三人と盛り上がってる途中で、下腹部からギュルルルルッと嫌な音が聞こえきた。
ーーヤバい!空きっ腹だったところに勢いだけで暴飲暴食したせいか?
一瞬にして笑顔が凍りつき、下手に動いて腹部を刺激しないようにとトイレを探し視線だけ彷徨わせる。
「ん、どうかしたのかい?急にソワソワしだして。」
「や、あの、ちょっとトイレ。」
ーー調子に乗りすぎてワインをガブ飲みし過ぎたのが敗因か?
ーーうっ、い、いかん本格的に腹が~腹がヤバいっ!
「といれ?」
「あ、えーっと、食事中にはしたないけど用を足す場所ってのは何処に行けば良いのか教えてくれないか?」
「あぁ、なんだ厠か?それならさっき降りてくる途中にあった階段の踊り場にあった扉の向こうだよ。」
「サンキュー!ちょっと行ってくる。」
キースの言葉に片手を上げ礼を言うと、今にも決壊しそうなケツに力を込め立ち上がろうとした端から足元がグラグラとふらついた。
ーーあ、あか〜ん!
「大丈夫か?」
咄嗟にキースが俺を支えようと立ち上がりかけたのを片手で制し、若干笑みを引き攣らせながらフラフラと千鳥足で何とかトイレに到着!
いざ、扉を開けて絶句……。
ーーえっ?どうなってんのコレ。何で半二階なのにボットン?
室内には独特のアンモニア臭が微かに篭ってたのでトイレには間違い無いだろうが、石造りの椅子の上に拳大の穴が開き座る部分には木製の板が置いてあるだけの便器が等間隔に三脚あるだけの光景を目にし言葉が出てこない。
辛うじて椅子と椅子の間には仕切り板らしき物が設置され個別に分けられてはいたが、個室にする為には必須の筈な扉もなく、おまけに石作りの椅子の横には水が入った瓶とその上に杓が置かれていた。
ーーえーと、これは、あれですか?
ーー手で拭いてコレで洗えと……。
異世界……おそるべし。
紙すらない事に日本はなんて裕福だったんだろうと、一気に酔いも醒めて実感。
ーートイレでこんなんだったら、お風呂はゴエモン風呂とかになるのか?
咄嗟にそんな考えが頭をよぎったが、下腹部の暴君が激しく俺を責め立て、腕に鳥肌が立ち始め我慢云々言ってる余裕もなく・・・。
必死に此処は異世界なんだからと自分に言い聞かせながら何とか用を足し、入念に手とお尻を洗い一階に戻ってみると、キースとメイアはすっかり出来上がり人目も気にせずキャッキャウフフとイチャついてやがった。
「くっ、このリア充共めっ!爆発しやがれっ!」
一瞬、二人の姿に本音がポロリと出た。
「……しかっし、これならトイレと一緒に先に風呂の場所聞いときゃ良かったなー。何か近付きたくないし、仕方ないから明日改めてて聞けばいいか。」
「むっ、何処に行っていたのかと思えば厠だったのか。何時の間にやら姿が見えなくなっていたので先に部屋に戻ったのかと思ったぞ。」
ーー何時の間にやらて…どんだけ喰うことに集中してたんだこの人?
階段を降りた所に居合わせたニアの言葉に、内心呆れながらも丁度良かったのでキース達の代わりに風呂の場所を知らないか聞いてみる。
「ふろ……とは、なんだ?」
「あ、えーと…。水やお湯で汗や汚れを綺麗にする場所…かな?」
いざ説明となるとこれまでが当たり前に利用し過ぎていたせいもあり、しどろもどろになりながら頭に浮かんだ言葉を羅列しただけになってしまったが、ニアには何とか通じたみたいだった。
「それなら丁度腹も膨れたし、キース達を部屋に運んだ後にでも行こうと思っていたのだが、良ければ一緒にどうだ?」
ニアの提案に案内をお願いし、俺がキースをニアがメイアを運ぶ事となった。
「さぁ、メイア。そろそろ部屋に戻るぞ。」
「あぁ〜ん、ニアったら〜。もっと飲みましょうよ〜。」
「キースも、ほら。肩貸すから部屋に戻った方がいいぞ。」
「んあ〜。今度は部屋で飲み直すのか〜。」
二人の受け応え思わず苦笑を浮かべると、ニアは慣れたもので終始笑いっぱなしになっていたメイアを軽々と肩に担ぎスタスタと歩き出した。
「ちょ、ちょい待ち。ほ、ほらキースも行くぞ!」
慌ててニヤケたままぐでんぐでんになっているキースに肩を貸すが、とても歩けそうにもない足取りに呆れて背負い、ニアの後を追いかけながら俺の隣の部屋に酔い潰れた二人を運びこむ。
「え?二人一緒で良いの?」
「あぁ、メイアとキースは恋人同士なんだし同じ部屋で何の問題も無かろう?」
ニアは気にした風もなく二人を無造作にベッドに寝かせると、一階に降り外に出た。
「えっ?銭湯にでも行くの?」
「ん?何だそれは?風呂とやらは建物の裏側だぞ。」
どうやら風呂は宿の横にある馬小屋の向こうにあるらしく、壁に挟まれた細道をスタスタと進むニアの後を期待しながら追いかける。
露天風呂かぁ〜、以外と豪華な宿だったんだな~。と感心したのも一瞬、目的地に着いたらしくニアが視界から外れ目前に広がる光景に目を瞬かせた。
ーーちょ、ちょっと待て!そもそも、これを、風呂と呼んでいいのか?
俺の想定の斜め上をいった目の前のそれは……。
どっから見ても、ただの井戸でした。
ーーい、一応は馬小屋の壁と建物との間に仕切り板もしてあるけど、これって只の目隠し的な意味で仕切られてるだけだよねー?脱衣所とか見当たら無いし……ってニアさん、なんでいきなり脱ぎだしてんの?
「ん、どうした?風呂とやらは浴びんのか?別に恥ずかしがらなくとも、裸になるのは当然では無いのか?」
ーーいやいや、風呂を浴びるとは言わないから普通。
ーー確かに気温的には水風呂は可能かも知れないけど、そもそも根本的に間違ってますからっ!
ニアは俺の事など気にもせず、さっさと水着みたいな革鎧を脱ぐと宿屋の壁側にある台の上にまとめて置き、頭から井戸水を被って手拭いの様に薄いタオルで身体を擦りはじめた。
ーー……マジですか?
「えと、石鹸とかは無いの……かな?」
「ん?あぁ、私は石鹸は使わない主義で持って無いんだ。あのヌルヌル感がどうも苦手でな。」
ーーな、なるほど。石鹸の存在は一応確認出来たけど、さてコレはどうしたもんかね~。
俺が案内を頼んでおいて呆然と突っ立てるだけなのが不思議だったらしく、ニアは新たな水を頭から被りながら俺を見返してきた。
「どうした?洗わんのか?」
あまりにもあっけらかんとした態度と言葉に思わず脱力。
ーー……これも慣れか。
溜息をついて諦めると脱衣&行水をしようとニアの真似をして頭から一気に水を被る。
ーーひァっ……つ、つめタイヨ~。
ーーこれ、冷水ダヨ~。
その場で水の冷たさに固まると、ニアが笑いながら背中を擦りはじめてくれた。
「今日は仲間を救ってくれて、ありがとう。」
そう呟いたニアの言葉とタオルの温かさに俺は照れ臭くなって鼻をこする。
「しかし、ユージ殿は法術使いとは思えぬ身体付きをしているな。」
そう言ってそっと背中に触れたニアの手の温度がほんのり心地好いが、恥ずかしくて振り返る事が出来ない。
いや、それよりももっと基本的な事で振り返れないのだが、そこは悟られないようにと心の中で必死に素数を数えたりして誤魔化す。
幼女がどんな風に転生をしてくれたのか解らないが、確かに以前よりも全身が引き締まっている感は自分でも判る。
でも……、深夜バイトとネット三昧で陽の光を浴びずにいた色白さはそのままだった。
「うーむ、白い肌に黒髪、黒瞳。私も色々な人間を見てきたが、ユージ殿の様な髪の色は初めてみるよ。」
ーーい、いやぁ~やめて~~。
ーージロジロ見ちゃらめぇぇ~。
自分の肉体に全く自信が無いので、ニアの言葉に益々恥ずかしくなり自然といつものように猫背になっていく。
「ユージ殿っ!」
「は、はいっ !」
「男たるものそうやって下を向くものでは無い!事故のせいで落ち込んでいるのは判るが、気持ちで負ければ何に勝つのも難しくなるばかりだぞ?」
その途端、俺が下を向いているのを落ち込んでいると勘違いしたらしく、発破をかけ励まそうとしてくれたニアの言葉に背筋が伸びた。
長年のクセを治す事は難しいーー。
此処は日本じゃ無いってのは判ってるつもりだった。
誰も俺の事なんて知る者など居ない世界。
そんな所に来てまで俺はなんで萎縮してるんだ?
そう思った途端、気持ちが変化に対応しきれてないんだと気付き、誤解とはいえ本気で心配してくれるニアに対して俺なりに精一杯頑張って虚勢をはる事にした。
「そ…う…だよな。ありがとうニア、下ばかりみても仕方ないよなっ!」
俺は自分がついた嘘に対して、何も追求せずに叱咤激励してくれたニアに向き直ると素直に感謝を込めて深々と頭を下げた。
しかし……
そのせいで視界に入って来たのは、ニアの裸足な指先と石畳な地面だったりする。
ーーし、しまった〜!
自分の失敗に気付いた時には既に後の祭りで、見てはいけないと思う理性を本能が羽交い締めしたらしく、ゆっくりと頭が上がっていく。
ーーヤバイ、ヤバ…イ……
もう止まらなくなってしまった視界に次に入ってきたのが引き締まったアスリートの様な太腿
そしてグラビアモデルのように程よく引き締まった細い腰
エロゲーみたいな瑞々しくて張りのある褐色の巨乳
肩にかかるのは水を滴らせた赤毛な髪
そして、俺に向けられた優しい眼差しと笑顔
月明かりに照らされた一糸纏わぬその姿は、エロや猥褻さよりも純粋に女性としての美しさがあり、ついつい見惚れてしまった。
しかし悲しいかなDTな俺にはリアル裸体の破壊力に抵抗出来るほど耐性も無い訳で、瞬く間に興奮のMAXボルテージを振り切ってしまったらしく、驚いたニアの顔を最後に記憶が途絶えた……。