第3話
我々が鬱蒼と生い茂る木々の中、道無き道を進んで行くと唐突に視界が開け、遠くに見える切立った山の山頂から赤々と輝く夕陽に照らされ、茜色に染まった街へと着いた。
中世の様に尖った屋根が無数に見える街の周囲を囲うのは丸太を打ち込んだだけの無骨な防壁。高さは4.5m程のそれが舗装もされていない道を挟み、森と平行に左右一面に広がる光景は言葉では表せない威圧感を醸し出していた。
ーーなどと、折角の異世界なんだしちょっと何処ぞのドキュメント番組みたいな感慨を抱きながらwktkであっさり中に入る。
「とりあえずこれからギルドに行って、依頼品を換金しますね。それと今夜の件ですけど私達の宿に泊まれば良いと思いますよ。」
横に並んで歩いていたメイアさんの提案に、キース達もウンウンと賛同してくれたので好意に甘えさせてもらう。
で……雑談をしながら防壁を通り抜けた先で守衛さんに呼び止められたけど、キース達が口添えしてくれたお陰で無事仮許可書を発行してもらう。
とは言え期限は3日間なので、その間に何かしら職に就き正式な身分証を取得する必要があるらしい。
そんなこんなで一通りの説明を受けた後、正面に真っ直ぐに伸びた大通りの右角。煉瓦造りの大きな三階建ての建物へと皆と一緒に歩いていく。
どうやらこれがギルドらしく、一階と二階の間には多分だけど『なんちゃらギルド』とか書いてあるんだろう一枚板のでっかい看板が掲げられてたのだが、俺はそれを見上げながら首を傾げた。
ーーあれ、なんでだ?言葉は通じたのに、何で文字が読め…ねぇんだ?
ここにきて俺は幼女の言っていた対価という言葉が脳裏をよぎり愕然となった。
ーーまさか、コレが対価なのか?もしそうだとしたら俺が一人でうろついたら、まともに注文出来ねんじゃね?
ーーってか、もしも何か詐欺的な契約を迫られてもわかんないじゃん。
ーーはぁ、読み書きは大切ですよねー。
想定もしていなかった対価に落胆しながら佇んでいた俺にはお構いなしで皆が中に入っていくのに気付き、慌てて後について行く。
ーー待って~置いてかナイデヨ~。
建物の中に入った第一印象は現代の役所。
飾り気の無い室内の雰囲気がかなり似てるのと、左右の奥の壁際に二階へ続く階段があり、入口の左右の壁にはに藁半紙?みたいな茶色くくすんだ紙に文字らしきものが書かれコルクボードに貼付けられていた。
で、階段前に伸びたカウンター式テーブルといい、黙々と書類の処理をしている三人のオッサンの姿も、役所らしさに拍車を掛けてた。
それと階段の横には柱時計が立ってて、ある程度の機械的技術が存在する事に驚いた。
そんなこんなで一人物珍しそうに辺りをキョロキョロしてる間に皆は左側のオッサンの方に集まり、バックからさっき布に包んだ肉片やら、何かの葉っぱ(薬草かな?)やら角を取り出しては次々にカウンターの上に置いていく。
オッサンはそれらを一個一個吟味するように手にとって見るながら頷くと、急に無言で立ち上がり奥に引っ込んでいき、革袋を片手にすぐ出てきた。
その間、俺はと言うと文字らしきものを凝視したり奥には何が有るのかと無駄に室内を彷徨いてみたり、途中右端のオッサンと一瞬目が合ってはにかんだり…とまぁ、初心者丸出しで浮かれてた。
「ユージ殿!これを……。」
すると突然ニアさんが小さな革袋を俺に差し出し、訳も判らず受け取って中を確認してみると、中には硬貨がズッシリと入ってた。
「では、ユージ殿またお会いしましょう。」
「ワシも本職に戻るとするか……ユージ殿、機会があれば一度店によって下され。」
そう言ってジルとザガンは頭を下げ、先に出て行く。
「えっ?」
ーーあ、あれ?
俺がニアさんと革袋、ザガン達と視線をさ迷わせながら混乱してるのを見兼ねたのか、キースが苦笑しながら説明してくれた。
「ジルとザガンは今回の依頼の為に臨時で組んだ仲間で、これは今回の依頼の報酬の取り分だ。ユージ殿には命を助けてもらったし、手助けもしてくれたお陰で依頼達成以上の収入を手にする事が出来たんだから気にせず受け取ってくれ。」
ーーあれですか?ルイー●の酒場的なノリですか?
俺が何と無く不思議そうに棒立ちになってると、笑顔でメイア達の方に行くキースと入れ代わりにさっき目があったオッサンがやって来た。
「初めて見る顔だが……ギルドの登録はしているのか?所属は何処の街だ?」
ーーいやいや、オッサン……声が陰気で怖いデス。
「えーと、この街には初めて来たし以前もギルド登録はしてないんだけど……しといた方が良いの?」
突然声を掛けらた事にちょっとビビり、オッサンに聞いてみたらキース達三人が『是非入っておいた方がいい』と口を揃えて薦めてきた。
ーーって事で、簡単ギルド登録~!
まずギルドに登録するには、二人以上の会員(俺の場合、ニアさんにキースとメイアさんも居たから問題無し)の紹介が必要
ランクはE~Aで迷子の子猫探しから、迷宮探索まで…一言で言えば便利屋的な仕事内容
ランクを上げるには依頼ポイントを貯めるか、討伐、捕獲による報酬ポイントを貯める事(キース達は今回の討伐でCランクに昇格したらしい)
但し、ポイントによる昇格は期限があり、一年以内に達成出来なければならない(繰り越しは不可)
依頼達成以外の討伐、捕獲はどちらも別途報酬と部位の買い取りが発生(毛皮とか角とか肉片とか)
ギルドの営業時間は、朝7時~深夜0時迄で、当日依頼は時間厳守との事でした。
依頼による怪我や命の保障に関してはギルド側は一切関知しないってのがちょい不安だけど、保険や保障なんかは教会でギルド割引きが使えるようになるそうなので納得。
後、これは当然の話だけどランクによる依頼制限があっても、討伐・捕獲に関しては関係ないらしい。
んで、さっきみたく臨時パーティーを編成する場合、互いの交渉によって進めるのと、紹介料を払って紹介してもらう二通りの方法があるそうだ。
ーー……固いのか、緩いのかイマイチわからん。
ーーだが、ファンタジーを楽しむなら当然ギルド!
俺は今すぐ登録するぜっ!
って事で、審査の為とかで別室に連れて行かれると思いきや、その場でいきなり上着を脱がされた。
なんでも上半身に犯罪歴や奴隷の入れ墨や魔法印が無いかのチェックらしいけど、二階あるならそっちでやろ~よ。
もともと、深夜フリーターで色白な俺。
入れ墨なんてする勇気も無かったからあるわけ無いし、人前で見せれる裸でもないので、気分は毛を刈られた羊の如くビクビクでした……。
まぁ、犯罪者チェックも問題無かったしメイアさんが代筆してくれたお陰で無事に登録も完了。これ自体が身分証にもなるらしいドックタグ風のギルド証を受け取ると、今度はキース達が泊まっている宿屋へ向かう事になった。
ギルドを出るとすっかり空も暗くなっていて人の少ない大通りを三人としばらく進んで行き、賑やかな喧騒が漏れ聞こえる店の前で立ち止まった。
「俺達はこの街ではここに泊まってるんだ。値段も手頃だし、マスターに今から話をつけてくるからちょっとここで待っててくれ。」
ーーなるほど……つまりは居酒屋兼宿屋になってるって事か。手頃って幾らぐらいなんだ?
「えと、メイアさん、ちょっとこの国の通貨を教えてくれませんか?」
「え?ユージさんの所って通貨まで違うんですか?」
「う~ん、俺の国では円で計算なんだよね。」
「エン?聞いた事無い通貨ですね……私達の国ではシリングとシグで、白金一枚が10シリング、金一枚が1シリングで銀貨10枚でも1シリング、銀一枚が10シグ銅貨一枚が1シグになります。で、この宿屋だと一週間分で1シリングになります。」
ーーあー、教えてもらっといて何だけど、さっぱり頭に入ってこねー。
ーーとりあえず金貨を一万として換算してみっか。
メイアさんから教えて貰った単位を一人考えてると、キースがタイミング良く戻ってきた。
「マスターに聞いたら俺達の隣が今日から空くそうで、そこを押さえてきたからユージ殿は今夜はその部屋に泊まってくれ。後、飯時になったら声をかけるからまずは一緒に部屋へ行こうか。」
意外と広い店内には丈夫そうな木製の六人掛けらしいテーブルが八個、壁には昔のラーメン屋の様に多分メニューと思われる木札がぶら下がってるけど読めない。
奥には二階へ続く階段があり、其処から宿になる部屋へと行く造りになっているのだろう。その階段横にカウンターがあり、前払い制だと言われ2シリングを渡し鍵を貰うとキース達に案内されつつ部屋に入った。
部屋の中は簡素なビジネスホテルみたいな殺風景さで装飾品も無く、照明用のランタンが一個とベッドと椅子と机が一対……想像していた様なファンタジー的な要素も皆無でランタンも油燃料だった。
ーーせめて、服かけとか無いのかよ。
ーー風呂とかトイレとかも見当たらないし。
とりあえず脱いだコートは椅子の背もたれに掛け、剣も横に立て掛けてベッドに寝転がり、今日一日の出来事を回想する。
ーーなーんか、思ってた世界と微妙に違うなぁ。
ーーもっと魔物やらが徘徊してて森の中でエンカウント率が高いかと思ってたのに。
結局キース達と戦ってた熊モドキ以外との戦闘も無く、無難に街へ辿り着けた事への不満が一瞬だけ脳裏をよぎったが、そもそも戦うだけが全てじゃないだろうと一人ノリツッコミしながらぼーっとしてたら、扉からノック音が響いてきた。
「ん〜、開いてるよ~。」
「ユージ殿、着替えが済んだのなら、そろそろ飯に行かないか?」
キースの言葉に返事より先に腹の虫が反応したので、勢いをつけてベッドから起き上がるとキースと一緒に下へ降りる。
「では、ユージ殿に出会えた事に乾杯っ!」
席に着くなり早々にワインを木製のグラスに注がれ、キースの音頭で一口に嚥下する。
まぁ、完全に飲み会のノリだが本人達が満足してるなら敢えて水を差す事もないだろうと場に流され、飲みほした後で横に座っていたニアさんに水は無いのか聞いてみたら、基本的に飲食店に置いてある飲み物はワインかウイスキーの二択しか無いと言い切られた。
ーーうーん、飲めなくは無いからいいんだけど、ちょっと酸っぱいんだよなー、このワイン。
少し濁った赤ワインを見ながらそんな事を考えていると、給仕のおばちゃんが大皿に載った肉野菜炒めみたいなのをテーブルにドンッ!と置いて行った。
「カカリィさんは無愛想だけど、味は保証するから安心して食べてくれ。」
運ばれてきた料理は見た目に元の世界との違いもさほど無く、キースに言われるまま小皿に取り分け一口頬張る。
「えっ?なんだコレ?メチャ美味いっ!」
「だろ?」
賞味期限切れのコンビニ弁当やインスタント以外のまともな食事ってのもあるが、それを差し引いても充分過ぎるほど美味い料理に言葉も無くしがっつく。
そのままの勢いで大皿の料理があっと言う間に半分程無くなり、ふと正面を見るとキースの小皿にメイアさんが甲斐甲斐しく料理を取り分けていた。
しかも二人とも甚平の上着みたいなデザインの衣装を色違いで着てた。
ーーなんですか?今時ペアルックですか?
ーーぼっちな俺に対するイジメですか?
ニアさんは剣とガントレットだけ置いてきたみたいで革鎧なまま、二人の事など気にも止めず野菜を避け黙々と肉だけ選んで食ってた。
そのまま改めて店内を見回してみると、鎧姿のまま食事をしてる客は他にも結構いた。
ーー流石ルイー●の店w
そこから食事の合間に雑談やら今日の戦闘の話題で盛り上がり(主にキースとメイアさんの二人と)、自然と笑みがこぼれる。
……そう言えば、誰かと一緒に食事してこんなに笑ったのなんて何時ぶりだろう。
和気藹々とした雰囲気の中、少しばかり転生させてくれた幼女に感謝しつつも、胃袋は次々とテーブルに運ばれて来る酒や料理を堪能する事を優先させろと鳴り続ける。
「そういえばユージ殿は、さっき2シリング払っていたみたいだが、しばらくはこの宿に居るのか?」
「う~ん、会った時にも説明しましたけど、俺って魔法の事故で飛ばされたからこの国の事は何一つ判らないし、何かをしようとしても情報が足りなさ過ぎると思ってるんですよねー。」
「ふむ。なら暫くは私が付き合ってこの街ぐらいなら案内しても構わんぞ?それに私に敬語は不要だ。」
「そうねぇ~、ニアなら街にも詳しいし、いいんじゃ無いかしら?」
さっきまで料理に集中していたニアさんが突然手を止め提案し、メイアさんも同意しながら勧めてくる。
「その時には是非お願いします。ニアさん。」
ニアさんの提案に笑いつつ頭を下げたが、彼女は本当に食事の合間に自分の言いたい事だけ言っただけらしく、俺の返事をスルーしながら厚切りな焼肉の塊を頬張っていた。