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第8話:頭目との夜

 夜、ジュレルディに言われた場所で待っていた。


 雨雲は完全に通り過ぎ、月が光っている。半分しかないなりに満ち欠けはあるらしく、一口齧ったクロワッサンのようだ。雨の為大気の不純物が取り除かれ、前にもまして星々が煌いている。これも雨のせいなのか、草木の臭いも強い気がした。


 その青くさい臭いをかぎながらしばらく待っていると、母屋の方からジュレルディがやってきた。なぜか彼女はローブを羽織って、憑院から帰ってきた時以上に硬い表情をしている。


「話ってなんです?」


 だがジュレルディはこたえず、背を向けて傍に立つ木の幹に手をやり押し黙った。しばらくそうしていたかと思うと、意を決したように手で幹を押し反動でこっちを向いた。


「最近……お前が私の事を、綺麗……と言っている事だ」

「え。ええ、言ってますけど……」

「話とは……その事についてだ」


 まさかまだ俺の何かを疑っているのか? でもそれは今日、憑かれてないとはっきりさせたはずだ。


「今だから言うが、実は前々からお前の事は、私も憎からず思っていた」


 憎からず? ああ、好意を持っていたって事か。って。ええ!? ジュレルディが俺の事を? いや、アルシオの事だ。しかしそれにしても。


「今まで、そんな素振り全然無かったじゃないですか」


「それは……言ってくれるな。私は頭目だ。仲間の誰かだけを贔屓にする訳には行かないだろう。それに、どうせ私など、女としては見向きはされないと……」


 俯いた雪のように白い彼女の顔は、半分に欠けた弱い月光でも赤くなるのが見て取れる。カシェードとユイファ。2人が居る時は見せない、俺だけに見せるその儚げな姿が、彼女の本当の姿なのかも知れない。


 確かにアルシオは、彼女を信頼できる頭目としてしか見ていなかった。それはジュレルディにも伝わっていたんだろう。アルシオに好意を持っていると言い出せなかったのも無理は無い。


「今日は、変な所に連れて行ってすまなかった。どうしても確認したかったんだ。お前が本気で私の事を、き……綺麗だと……。どうしても信じられなくて……」

「……ジュレルディ」


「お前からも、みんなからも信頼されている。だからそれで良いんだと……。みんなそれぞれ事情があって故郷を離れた。でも今はみんなが私の家族だ。頭目として、私はみんなを守る。ずっとそうして行こうと……そう考えていた。でも……お前が私の事をそう思ってくれているなら……、私だってお前の事を……。だめ……かな?」


 生死の境を何度も潜り抜けた渡者の頭目。いつも凛と毅然とした彼女が、まるで幼い少女のように、弱々しく、不器用に想いを打ち明けている。それに反応するように、俺の中から彼女への愛おしさが芽生えてくる。


 優佳の事を忘れたわけじゃない。しかしこれほどまでに想われ、嬉しくないわけが無い。今の俺には、彼女を拒絶する事なんて夢にも考えられない事だった。


「あなたは綺麗だと思います。本当です」


 彼女に、いつもの氷の様な毅然さは無い。淡い雪の様な弱々しい眼差しで俺を見ている。拒絶すれば、儚く消え去る。いや、溶けて水となりまた冷え固まれば、今度こそ溶ける事の無い氷となる。理屈に寄らず、そう感じ取った。


「ありがとう。アルシオ。……信じて良いのだな?」

「はい」


 弱々しい視線でさらに問いかけてくる彼女に、そっと手を伸ばすように静かに微笑んだ。思わず彼女に近づく。もうお互いの身体が触れ合いそうになる。そこまで近づいた時、また彼女が口を開いた。


「じゃあ……私を抱けるか?」

「え?」


 その言葉に戸惑った。いくらなんでも突然過ぎる。確かに今俺は彼女に愛おしさを感じ触れたいとも思し、彼女からの好意を拒絶もしなかった。でも、だからといって、すぐに抱けって普通じゃない。


「私は昔……2人組みの盗賊に襲われた事があるんだ……」


 そう言ったジュレルディの声は震えている。それって乱暴されたって事か? そう思い、つい彼女を見つめると、俺の考えが伝わったのか彼女は首を振った。


「そうじゃない……。金目の物は盗られたが乱暴はされなかった……。乱暴されていたら……それはそれで泣いただろうけど……その時は……乱暴すらされなかった事に私は……」


 ジュレルディは最後にはほとんど涙声になっていた。

「私だって、乱暴されたい訳じゃない。乱暴されなくて良かったと思っている。でも……それはそれだ。私はそんなにも……。そう思うと……」


 乱暴されて当然の状況にも拘らず、それすらされないほど魅力が無い。乱暴されるのが良いわけはないけど、女性にとって、それはそれで屈辱なのかも知れないな。


「お前の言葉が本当なら……私にそれを信じさせてくれ」


 もしここで拒めば、彼女は深く傷付き立ち直れないかも知れない。でも、だからといってこんなに急になんて……。


 俺が戸惑っていると、ジュレルディが纏っていたローブを静かにはだけた。おろし立てなのだろう。彼女の肌に負けないくらい白いシャツとズボンが月の光に照らされその光を反射させる。


 この世界にもお風呂ぐらいはあるが、毎日入るものでもはない。彼女はその覚悟で来たんだろう。初めての夜に、お風呂にも入れない代わりにせめて綺麗な衣服を身につけて。


 あまりにもいじらしい、その姿に彼女を抱きしめそうになる。でも、優佳の事もあり踏みとどまった。だが、ジュレルディを拒絶するのも躊躇われる。


 自分でも優柔不断過ぎると思うが、俺は身動きすることも出来なくなっていた。動きが止まった俺に、ジュレルディが近づいてくる。ローブがさらにはだけ二の腕あたりで止まり、白いシャツに包まれた滑らかな肩が見えた。


 ローブが巻き付いたままの両腕が、俺に伸びる。白い手が左右から俺の顔を通り過ぎ、首に巻きつく。途端、少し強引な感じで前に引かれた。抵抗する事もできず、俺の身体が前のめりになっていく。


 白い輝くような美しい顔が目の前にあった。思わず見つめあい、僅かに開かれた赤い唇から彼女の息遣いが聞こえる。


 ジュレルディの膝が曲がり身体が密着する。彼女の大きな胸が俺の胸に押し付けられ、彼女の高鳴る鼓動が聞こえてきた。甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。


「……アルシオ」

 彼女が低い声で囁いた。息遣いも荒くなり俺の耳に掛かる。そしてさらに強く引かれた。そのままローブを下敷きに地面に座りさらに横たわっていく。彼女に引かれた俺は覆いかぶさるように倒れこんだ。


 ローブ越しに地面に手をつき彼女と見つめ合う。だがすぐに彼女は目をそらし、白い綺麗な首筋が見えた。


 その吸い込まれそうな美しい首筋を見ながら、ああ、地面に敷くつもりでローブを纏ってきたんだな。繊細な細かいところまで気付く彼女らしい。そんな事を思った。

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