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第65話:平等と平和とその日暮らし

 とある王宮の一室で、その国を実質的に支配するとまで言われる大貴族が1人の女と机を挟み向かい合っていた。40を過ぎても社交界では伊達男で知られる大貴族は、綺麗に切り揃えた口髭を更に油を塗って整えている。


 女は修道女のようだが、その姿から清楚などという言葉を見つけるのは難しい。胸元は大きく開き、左右の足はその根元からスリットが入っていて剥き出しだ。


 もっとも残念なことに、その女は胸は大きく腰は蜂のようにくびれ尻は張っている。それでも足が大根のように太ければまだ救いがあるものの、太ももこそ肉付きは良いのだが、足首は絞ったように引き締まっているのだ。せっかくの扇情的な衣装も台無しである。


 まったくの醜女を前に、出来るだけそっちを見ないようにしながら、大貴族はこの国の支配体制を強化出来るとの提案を受けていた。


「デルフィナ司祭枢機卿殿。ヴェーラ教を国教とすれば我が国は永遠に安泰というが、それは真かであるか」

「はい。御使者に説明した通りです」

 デルフィナと呼ばれた女は、礼儀正しく一礼し答えたが、それに対し男は皮肉な笑みを浮かべた。


「横着は関心しないね。デルフィナ司祭枢機卿殿。私は人を介しての言葉は信用しないことにしているのだよ。今一度あなたの口からご説明願いたいものだ」

「これは、失礼致しました」


 女は、さっきより深々と頭を下げ、大きく開いた胸元から乳房のほとんどが見えたが、男にとって醜女の胸など見たいものではない。さりげなく目を逸らした。


「ヴェーラ教がこの世界を覆えば、世界からすべての争いは消え、人々は幸せとなりましょう。ひいては王国の安泰にも繋がります。争い無く革命はありえません」


「それが、神の御意思と言うか」

「はい。神は慈悲深く、人々を等しく生まれ落とされました。ですが、現実に、今の世にはあなた様のような貴族も居れば、食べるにも困る者達も居ります。等しいとは程遠い世界です」


「だが、その格差は、全て己自身の前世の行いの結果だと言うのだな?」

 そう問いながら、指先が口髭の先を弄っている。


「はい。あなた様が大貴族なのは、あなた様の前世での善行を神が祝福なされたからなのです。そして……」

「貧しき者が貧しいのは、奴ら自身の前世の行いが悪い為であり、体制を批判するのはお門違い。そういうことか?」

「その通りで御座います」


 ヴェーラ教の教祖マクシームが言った真理は一つ。「人を殺せば来世が悪くなる」それだけのはずだが、現世が前世の行いの結果、ということを突き詰めれば、現世で不幸なのは自業自得。確かにそうなるのだ。


「皆が皆、自分の分をわきまえれば争いは起こりません。来世の幸せを願い、日々清く正しく生きるのです。そうすれば来世は今よりも幸せになれます。人の命は輪廻を重ね永遠です。それから見れば、今のこの世など一時のこと。今一時、今の分を素直に受け入れ清く正しく生きれば、来世では貴族になるのも夢ではありません」


 民衆が今の貧しい生活を受け入れて暮らし、それに不満を持たない。いや、それどころか王族、貴族達が贅沢をし人生を謳歌するのすら、それは前世での行いの恩恵であり、それを今世で非難するのはお門違い。為政者に取ってこれほど統治しやすい話はないのだ。


「なるほど。お主の話はよく分かった。これからもお話をお聞かせ願い、検討を続けようではないか。だが……」

「だが? 何で御座いますか?」


 貴族は人の悪い笑みを浮かべた。

「一応話の筋は通っているようだが、それが本当に神の言葉とどうやって証明する?」

「教祖マクシームが、神の言葉として神託なされました」


 デルフィナは毅然として言ったが、大貴族を納得させることは出来ず、大貴族はむしろ大声で笑った。あいつがそう言ったから正しいのだ。そんな言い分で教義が成り立つなら、世界は宗教だらけとなっている。


「まあよい。我らが都合の良い教義には変わりない。それが、神の言葉であろうが、なかろうがな」


 大貴族が部屋から姿を消した後、デルフィナは自ら信じる神を虚仮にされた屈辱に、唇を噛み締めていた。


 もし、ヴェーラ教が国教となった暁には、必ず奴を善行審査にかけ、その’生まれ’を剥奪してやる。彼が前世の善行により大貴族と生まれたのは審査ミスだったのだ。彼の’生まれ’は渡者が相応しいと、奴から全てを奪ってやる。神を冒涜した者の当然の報いだ。


 そして教団の息の掛かった者を、本来、大貴族の’生まれ’になるはずだった者として、その地位を継がせるのだ。


 それにはやはり、奴に神の存在を認めさせ、ヴェーラ教をこの国の国教とする必要がある。いや、この国だけではない。現在、多くの国々に枢機卿らが向かいその国の実力者と交渉している。しかし、その国々も後一歩。決め手を欠き、交渉は難航している。


 だが、諦める訳には行かない。人を殺せば来世が悪くなる。その教えが広まれば、人を殺す者は居なくなる。当然、この世から全ての戦いもなくなるのだ。


 助祭枢機卿のヴァルヴァラが、新たな教祖となるべき御方を見つけたと報告があった。教祖様は、我らの知らぬ知識を有し奇跡をもたらす。教祖様が起こす奇跡に彼らはひれ伏すだろう。ヴェーラ教が世界に平和をもたらす日は、もうすぐだった。




 この世界の戦いに奇襲は存在しない。


 大出力魔法があるのだ。魔力を溜めるのに時間がかかるが、放てば威力は絶大であり、戦士の盾など物ともせずなぎ倒す。その大出力魔法を構えた魔法使いに奇襲で一斉射撃されれば、数倍、いや十倍以上の戦力差が有っても一溜まりも無いのだ。


 ゆえに、奇襲にそなえ厳重に警戒し索敵は怠らない。索敵を怠るなど、敵に首を差し出すようなものなのだ。厳重な警戒によって奇襲は成功するはずが無く、結果的に、この世界の戦いに奇襲は存在しない。はずだった。


 オリヴェルト王国を支配下に治めたフィクスは、近隣の国々と戦っていた。その戦いにおいて、ファン平原の戦いで行った、渡者達が地面に埋まって待ち伏せる策を多用したのである。


 敵対する王国軍が左右に避けることすら出来ぬ谷間を進んでいる時に、不意に前方の地面が光り、大出力魔法を構えた魔法使いが地面からせり出した。その僅か数十名の魔法使いの一斉射撃に、数千の軍勢が壊滅したのだ。


 無論、各国の軍首脳部も無能ではない。すぐに対策を講じた。渡者を隠しやすい山林地帯の行軍を避け、平地を選んで進み、その平地すら多数の者を先行させ、地面に槍を突き立てて渡者が地面に埋まってないか探りながら軍勢を進ませたのだ。


 その彼らの行軍方法を、放った者から報告を受けたフィクスは顔をしかめた。


「馬鹿共が」

 彼らの愚かさに、つい普段の上品を置いて下品に呟いた。もっとも、ではどうすれば良いかといえば、他に手は無いだろう。


 渡者は神出鬼没だ。軍勢を進ませた先の、どこで渡者達が待ち構えているか分かったものではない。その渡者の奇襲を警戒するには仕方が無いのだ。


 しかし、各国の王国軍は協力して戦おうとするのだが、山林を避け行軍すれば最短ルートは望めず、地面に槍を突き立てての行軍は、亀の歩みだった。


 山林地帯で分断され行軍速度も遅い彼らの軍勢が集結する前に、渡者達は山中の最短ルートを駆け、各王国軍に襲い掛かった。彼らの対策など、フィクスにとっては自ら各個撃破の的になる為の、愚行でしかなかったのである。


 諸隊の戦いの報告を受け、フィクスは満足げに頷いた。周辺諸国との戦いに、彼自身はオリヴェルト王国王都に留まり、全軍を統括しているのだ。


「フィクス様。戦いは順調のようですね」


 秘書の報告に、フィクスは無言で頷いた。彼女はこの国の公爵令嬢だったが、フィクスの思想に共感しその秘書となったのだ。


 王族、貴族達は、代々美女の血を入れ美女ぞろいである。当然、公爵令嬢たる彼女も、その美しさは他を圧倒している。赤い髪と豊かな胸。ふくよかな腰と尻を持っていた。


 フィクスの思想を理解せぬ彼女の両親は、既に断頭台の露と消えているが、たとえ両親でも、神にも等しい智謀を持つフィクスに逆らった者の当然の末路だった。


「私が作戦を授けてやったのだ。勝てぬ方がおかしい」


 フィクスの言葉に、秘書は顔を赤らめた。まったくその通りだ。フィクス様が授けた作戦なら勝つのは当たり前。戦いが順調なのを確認するまでもない。


「愚かなことを申し上げました」


 深々と頭を下げる秘書に、フィクスはまた無言で頷いた。


 人は皆平等で有るべきだ。王族、貴族などという、民衆を搾取する者など全て殺しつくし、皆が平等の世界を作る。無論、革命には指導者が必要だ。彼らを導く者が居て、初めて革命は成功するのだ。偉大なる指導者、フィクスが世界に平等をもたらす日は、もうすぐだった。




 ヴァルヴァラの追跡から逃れる為、徒歩で次の町へと向かっていた。駅馬車の枠が使えないのは痛いが、次の出発日まで待っているのは危険なので仕方が無い。


 立ちんぼの仕事も切り上げての出発なので、かなりの出費だった。


「俺の所為で、みんなすまない」

 ヴァルヴァラが狙っているのは俺だからと、つい謝った。


「まったくだ。食費ぐらいお前が出せよ」

「そうですよ。足だって痛いし」


 おい。お前ら、仲間を庇うとかそういうのは無いのか。カシェードとユイファの容赦ない攻撃に打ちのめされ、ジュレルディに救いの視線を向けた。


 だがジュレルディすら

「しばらくの間、依頼の報酬から天引きするからな」

 と冷たい。


 もっとも、その後で俺にこっそり耳打ちし、

「2人の手前仕方が無いだろ。大丈夫だ。お前と私の財産は、共有財産のようなものなのだからな」

 と、ある意味もっと怖いことを言われた。


「大体、何なんだよ。そのヴェーラ教の教祖になれってのはよ」


 状況的に仕方なく、カシェードとユイファにもヴァルヴァラが俺をヴェーラ教の教祖にしようとしていると説明した。もっとも、ヴァルヴァラと初めて会った時、ジュレルディと2人だったのは何とか誤魔化した。


「知らねえよ。向こうが勝手に言ってんだろ。俺に聞かれても知るか!」


 本当は知ってるんだが、それはさすがに言う訳には行かない。ジュレルディもそ知らぬ顔をしているが、頬が少し赤い。


 ヴァルヴァラが俺を教祖にしたいのは、俺が来世から来たと見抜いたからだが、ジュレルディは、俺と一緒に作った杯が原因だと思っているのだ。


「もうすぐメランデル王国の領内に入るな。このまま南東に進めば目的の町だ」


 ジュレルディの口調は何気ないものだったが、多分、話を逸らそうとしている。いずれは話さなければならないだろうが、とりあえずはスルーしたいようだ。


「まさか。また、なんたら語を喋る地域で、みんなは喋れるとか言うんじゃないでしょうね」

「大丈夫だ。メランデル王国はエストア語だ。基本、大陸の東側の国は全部エストア語だから心配するな」


 それなら安心と、更に進むと日が暮れてきた。近くに村でもあれば住民に少しお金を渡して納屋の片隅でも借りてそこで寝るのだが、あいにく村らしきものは見当たらず、森の中で野宿することにした。


 夜は順番に火の番をして寝る。ユイファ、カシェードを経て、元の世界の時間でいえば1時から3時くらいまでが俺の担当だ。ジュレルディは一番最後だ。一番体力の無いユイファが先に番をして朝までぐっすりと寝て、次に先に寝ていたジュレルディが初めに起きて番をする。体力のあるカシェードと俺が、途中起きてまた寝るのだ。


「おい。アルシオ交代だ」

 寝ていると、月の位置を頼りに時間を計ったカシェードに揺り起こされた。おう。と返事しすぐに起き上がる。


「後は頼むぞ」

 そう言ってカシェードは横になると、すぐに寝息を立て始めた。寝る時は瞬時に寝れるのも渡者の技能の1つだ。


 アルシオか……。当たり前だが、この世界ではそう呼ばれる。俺自身もそう呼ばれるのに違和感がなくなっている。優香と釣り合う男になる為にこの世界に来て、それなのにジュレルディと結ばれた。そのことに後悔はないが、自分自身、俺は何者なのかと思う。俺は勇雄なんだろうか、アルシオなんだろうか。


 夜空に目を向けると、この世界の半分に欠けた月が、月食により更に3分の1になっている。それを見ると、やっぱり今の俺は勇雄じゃなくて、アルシオなのかと思う。


 でも、それだったら、俺は何の為にこの世界に来たんだ。色々あって凄い時間が経った気になってるが、実際はまだこの世界に来て半年だ。後、何十年もこの世界で生きなくてはならないんだ? 勇雄としての俺を無くして、何十年も……。


 そう思うと背筋が寒くなった。余りにも怖くなり、考えるのを止めた。いくら考えてもしょうがないのだ。とにかく俺は、この世界で生きなくてはならない。わざと死ぬことすら禁じられているのだから――。


 考えるより先に、俺の脚が焚き火を蹴っていた。飛び散った火の粉を更に踏み消す。


「何人だ?」


 後ろからカシェードの声がする。焚き火を蹴る音に目を覚まし、瞬時に状況を把握したようだ。


「ユイファ。起きろ」

 更に後ろではジュレルディの声がした。


「まさか、こんなところで襲撃されるとは油断してました」


 夜目に敵の位置を探ろうとするが、まだ見えない。だが、確実に居る。その気配はまだ遠いが感じる。数は多い。いや、多いからこそ、まだかなりの距離があるにもかかわらず、気配を感じられるのだ。


「渡者ではなさそうだな。だが、素人でもない。どこかの軍隊か」

「どうして軍隊が私達を……」


 ユイファが、怯えてジュレルディにしがみ付いている。そのジュレルディの両手はローブの中だ。ローブから光が漏れない程度に、既に魔法を溜め始めているはずだ。


「気配を消して移動するぞ」

「はい」


 だが、動く先々で気配を感じる。どうやら、完全に囲まれてしまっているようだ。もはや、これまでか。だったら最後まで抵抗して……。いや、どうせ無駄なら、来世を考えればおとなしくやられた方が……。いや、駄目だ駄目だ! わざとやられたら自殺扱いだから、駄目なんだよ! くそ! ルールが厳し過ぎるぞ!


 俺が迷っているうちに、ジュレルディが頭目としての断を下した。

「仕方が無い。一か八か突破するぞ!」


 そうだ。この人だけでも逃がすんだ。

「分かりました。行きます!」

 先頭に立ち、突撃しようとした瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた。


「あんた、とびっきりついてるね。俺が居る隊とは、運がいいぜ」

 場違いなほど、陽気な口調だ。


「2、3……4人か。とりあえずこれで4人分だな。残りは28人分だ」


 そう言いながら、声の主が近づいてくる。欠け、小さくなった月の明かりでも渡者として夜目が利く俺には、そいつの顔がはっきりと見えた。


 この場合も、顔見知りと言うべきだろうか。俺はあいつの顔を知っているが、あいつは俺の顔を知らないだろう。漆黒の衣装を纏い、顔には横一線の傷を持つ男。盲目のグラザーだった。

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