第64話:初恋?
明け方となり、やっと淫妖の活動が収まったので少し眠った。ジュレルディはその間も起きていてヴァルヴァラの襲撃に備えていた。申し訳ないと思ったが、淫妖との攻防に精神的にクタクタになっていたのだ。もっとも、その攻防のかなりの部分は、ジュレルディの’ちょっかい’の所為だ。
あの人、女頭目として凛としてる時は抑えているけど、素はかなりお茶目? なんだか笑いのポイントも少しずれてるし、恋愛脳だしイメージが全然違う。もっとも、それを可愛いと思う自分がいる。
起き出すと、ジュレルディが枯れ木を集め火をくべていた。寒い時期ではないとはいえ、やはり夜半は冷えるが、火を焚けばそれで居場所がばれるので昨夜は暖を取らずに過ごしたのだ。今更ながら冷えた体を温める。
「俺はもう大丈夫なので、あなたも少し寝て下さい」
「いや、とっとと祓師のところに行って、淫妖を祓って貰おう。毎夜、お前を木に縛り付ける訳には行かないからな」
ジュレルディは昨日の夜のちょっかいを忘れたようにヌケヌケと言い、頭目モードだ。気分なのか、ちゃんと理由があるのか、モード切替のポイントがよく分からない。
頭目モードのジュレルディは、姿勢すらなにか違って見える。恋愛モードの時が悪い訳じゃないが、動作の一つ一つが、何か張り詰めている。ちょっと壁を作っているようにも感じるけど、その一見クールなかっこ良い女性が、俺に好意を持ってくれていると思うと嬉しくなる。
俺達はしばらく暖を取り、体を温めた後、出発した。まだ昇りきらない太陽の下を町へと向かう。
「それで、あの女の狙いはなんなんだ? お前を信者に誘うにしては、かなりやり過ぎだぞ」
やっぱり聞かれたか、当然と言えば当然なんだが、さて、どう説明したものか。俺が来世から来たってことはジュレルディには話せない。俺とジュレルディとは結ばれたが、俺が本当はアルシオと入れ替わってるとは知らないのだ。
ジュレルディが真実を知ったら、俺に敵意を向ける可能性もある。俺を殺すことで、ジュレルディの来世を悪くする訳にはいかないのだ。
何とか俺が来世から来たことを隠したまま誤魔化さないといけないのだが、まるっきりの大嘘を考えている余裕は無い。
「えっと。あの聖杯って騒いでたやつがあるじゃないですか? 教団では、あの形は神聖な形らしくて、あれを作った奴が教祖になるっていう予言だかお告げだかが教団にあるらしいんですよ。俺があの杯を作ったのは全くの偶然なのにいい迷惑です」
「ああ。お前が常に、私が傍に居て欲しいと、私をイメージして作ったやつだな。だが、あの女、以前からお前を付け狙っていたようだが、お前がその聖杯を作ると予測していたというのか?」
「それは聞いてないですが、あの修道女と初めて会った時にあなたと2人っきりでしたし、それでピンと来たのかも知れないです。ほら、あの聖杯って、ヴェーラ教基準での美女の体の線をイメージした物らしいですし」
「あの時から私とお前が愛し合ってると気付いていた訳か。危ない奴だが、会ってすぐにそれを見抜くとは、見る目は有るようだな」
ジュレルディは、うんうんと頷いている。
「そうですね」
他に言いようがなく俺も頷く。まあ、なんとなくポイントがずれている気がするが、取りあえずは俺が来世から来たことは隠したまま説明出来たぞ。
「ヴェーラ教は、現在教祖が不在で大司教という奴が教団を纏めているはずだが、お前に教祖になって貰って教団を立て直すつもりか。教会で騒いでいた修道女達の様子では、教祖が現れたらヴェーラ教の時代が来ると本気で思っているようだったが」
「ヴェーラ教って、今は昔ほどの勢いは無いって話でしたね。落ち目の宗教が新教祖の登場に教団の繁栄を託そうってことですか」
その割には、ヴァルヴァラの話では、俺が教祖になったら教団を立て直すどころか、世界の平和は確定みたいな口ぶりだったな。奴がそう思い込んでいるだけってかも知れないが、頭も良さそうな女だったし、ちょっと気になる。
「そういえば、どうしてお前は私を置いて、あの女に付いて行ったんだ?」
う! そこを突っ込まれるか。ヴァルヴァラに脅迫されて仕方なくだったんだが、ジュレルディに説明出来ない。そこを話せば、やっぱり俺が来世から来たとばれてしまう。
「じ、実は、あなたを喜ばせる方法を教えてくれると言われて……。ほら、奴らの教団ってそういうのに詳しいとか言ってたし」
「だからと言って、私に黙って行くことはないだろう。だから……てっきり浮気したのかと……」
あ、そうか。ジュレルディは今までモテて無かったから、ちょっとのことで不安になるんだった。
「えーとですね。あなたに隠しておいて、いきなりやった方が喜んで貰えるとか言ってたので。すみません」
「そ、そうか。でも、今度からはちゃんと言ってくれ。心配するからな」
「はい。分かりました。でも、あなたの方こそ、よく俺の居場所が分かりましたね」
「ああ。博打だったが、あの騒動の後に教会に向かうはずは無いと教会の無い方向に走ったんだ。後は、どこか建物に入られていたならお手上げだと思って、一か八かで建物の無い道を進んだらお前達が居た」
それで探し当てるとは凄い人だな。教会の無い方向って言っても、いくらでもあるはずなのに、もしかしてジュレルディってかなり強運なのか?
町に着き、早速、祓師を探して、知っていそうな人に聞いて回る。この町は治安が悪くていかがわしい店も多い。客を呼ぶ為に娼婦や男娼に淫妖を憑かせることもあり、店を辞める時には祓うので、祓師の需要も多く直ぐに見つかった。
聞いた場所に着くと、出てきたのは一見普通のおっさんだった。他の町の祓師と違って妖全般を診るんじゃなくて、淫妖を祓う専門の、いわゆるモグリの医者みたいなもんらしい。
淫妖専門なので、診断をすっ飛ばし祓って貰いながら、ジュレルディがおっさんに話しかけた。この町なら淫妖を憑ける憑師も引く手あまたのはずだが、人をわざと病気にさせるようなものなので表立っては禁止されている。だが、このモグリっぽいおっさんなら何か知っているだろう。
「この町の憑師に心当たりはありませんか?」
棚から例のお香をがさごそと取り出しているおっさんにジュレルディが問いかけたが、おっさんはこっちを向こうともせず手を動かしている。
「憑師? まあ、知ってるっちゃ知ってるがね。どうしたい。誰か憑かせたい奴でも居るのか? 言っとくが高いぜ。やるこたぁ簡単なんだが、才能ってやつが必要な技だからよ」
「才能?」
「ああ。妖を憑かせるったって、呼び寄せた妖に自分が憑かれちゃ笑い話だ。だから憑師は、まず自分が妖に憑かれないのが重要なんだよ。かと言って体に妖が嫌う匂いを振り掛けちゃ、妖が寄って来ねえ」
「では、どうするんです?」
「妖の憑く気をなくしゃいいんだよ」
おっさんはそう言いながら、テーブルにお香を並べていく。以前会った祓師と違い種類は少なく2種類しかない。その代わりに、同じ物が3つずつ置かれた。
「憑く気?」
「そうだ。憑くまでもねえ奴ってのかね。腹を減らして死にそうな奴にゃ餓妖は憑かねえし、今にも病気で死にそうな奴にゃ病妖は憑ねえ」
「じゃあ、淫妖に憑かれない奴って……」
俺が思わず口を挟むと、おっさんは、
「ド淫乱ってこったな」
と、がはは、と笑い、お香に火を点けていく。
「それで、彼方の知っている憑師の中に、女の憑師は居ませんか? その、淫妖を憑かせる憑師なのですが」
「女の憑師なら、会ったことはねえが話だけなら聞いたことがあるぜ。特に男に淫妖を憑かせる時は、わざわざ夜に憑かせるって話だ。普通、淫妖を憑けるにゃ昼間を選ぶんだがな」
「どうして夜は駄目なんですか?」
「何っておめえ、淫妖は夜活発になるだろ? その夜に憑かせちゃ、憑いたとたん自分が襲われちまうじゃねえか。もっとも、淫妖に憑かれねえほど淫乱だってんなら、襲われたくて夜を選んでるんだろうけどよ」
おっさんはまた、がはは、と笑った。既に部屋にはお香の匂いが充満している。
「そういやあ、お前さん、もしかしてその女に淫妖を憑けられたのかい? もし仕返しをしようって考えているんなら諦めるんだな。この町じゃ重宝がられて、随分顔が利くらしいからよ。この町でそいつに逆らっちゃ、命がいくつあっても足らねえぜ」
それで、俺達が立ちんぼをしているところにも融通が利いたのか。
その後、聖水をぴちゃぴちゃ掛けられ淫妖は祓われ、おっさんに代金を支払いカシェード達が待つ組事務所に向かった。
「この町に居る限り、あいつには手が出せないっぽいですね」
「ああ。確かなんとか枢機卿とか呼ばれていたな。枢機卿といえば、かなり広い地区の教会を纏めているはずだが、そこから出た方が良いだろう。追ってくるかも知れないが……」
うーん。あの感じじゃ追ってきそうだな。何せ、世界の平和がかかっているらしいし、それでも、奴の担当地区に居るよりマシか。
って言うか、あいつの目的は世界の平和なんだよな。それだけ聞いたら、奴のいう通りにした方が正しいことのようにも思えてくるんだが、問題はどんな方法で世界の平和を目指すかだ。一昔のアニメみたいに、全人類を滅ぼすので世界は平和になりますってんじゃ本末転倒だ。
「取りあえずカシェード達と合流して、すぐにでも町を出ないといけないですよね。駅馬車の出発はまだですけど、仕方が無いんで歩いて次の町を目指しますか」
「まったく! 枠を使って次の町まで駅馬車で行けば節約出来たのに、徒歩じゃ道中の食費が馬鹿にならないぞ。日数もかかるからその間に稼げるはずの賃金だって!」
ジュレルディは守銭奴では無いが、衆の頭目としての責任がある。思わぬ出費に渋い顔だ。
だが、まあ話がヴァルヴァラから逃げるって方向に行って、正直安心している。ジュレルディがブチ切れてるので、本当にヴァルヴァラと顔を合わせたら殺しかねない。業のこともあるし、それをさせる訳には行かないのだ。
昼を大きく回った頃、事務所に到着しタコ部屋に入ると、早速ジュレルディの姿を発見したユイファが珍しく噛み付いてきた。
「ジュレルディさん。酷いです! 今までどこに行ってたんですか!」
「え。あ、いや」
いつも、ジュレルディさん、ジュレルディさんと彼女を慕うユイファの剣幕に、さすがのジュレルディさんもタジタジだ。
「ど、どうしたんだ。ユイファ。確かになかなか帰らなかったのは悪かったが、私が居ない間に何かあったのか?」
「何も無いんです!」
「え?」
「もう。暇で暇で気が狂いそうです! 建物どころか食事とお手洗い以外は部屋から出ちゃ行けないって言うし!」
ああ。勝手にうろちょろされて見られちゃやばいもんとかもありそうだし、敵組織に雇われている奴が入り込んでるかもしれないしな。確かに部屋から出して貰えなさそうだ。
「それでカシェードは?」
何とかユイファの怒りを逸らそうと、もう1人の居残り組みの話題を振ってみた。だが、火に油だったのかユイファが更に怒り出した。
「あの人変です!」
ユイファの指差す先で、毛布が人の形に盛り上がっている。明かりを遮る為か、頭からすっぽりと被っていて、微かに寝息が聞こえる。
「へ、変って、それは分かってるが、どう変なんだ?」
「寝てます! ずっと寝てます! 死んだように寝てます! きっと死んでるんです!」
最近、意外と毒舌なんじゃないかと思っていたが、ブチ切れてさらに凶悪になっている。
「暇なんだからちょっとくらい起きて話し相手にでもなってくれれば良いのに、ずっと寝てるんです! いくら起こしても全然起きないし!」
わめきながらユイファはカシェードに駆け寄り、ローブの裾を乱し、細い足でどかっと蹴りを入れた。こいつ、口だけじゃなく行動まで凶暴になってる。しかしカシェードは一向に起きる気配が無い。
恐ろしく図太い奴だな。寝ている間に洪水とか起こったら、寝たまま流されるんじゃないか?
「ここは安全と思ったんだろう。完全に寝に入ってるな。まったく、しょうがない」
ジュレルディがローブの中から杖を取り出し、魔力が光りだす。しかも少し殺気まで感じる。
おいおい。魔法で攻撃して起こそうってのか? いくらなんでもやり過ぎ――。
不意に、ぶわっと毛布が舞った。広がった毛布で視界が遮られ前が見えない。毛布が床に落ちた時、荷物のところまで音も無く移動し、片膝立ちで俺達に弓を構えるカシェードの姿があった。
「なんだ。お前らかよ」
「お前らかよじゃない。ユイファを残して寝に入るな」
「たまの休みくらい、いいじゃねえかよ」
「休みじゃない。立ちんぼの仕事だ」
「仕事っつったって、お前ら帰って来なかったじゃねえか」
「そ、それはこっちにも色々あったんだ」
ジュレルディはカシェードのとっさの動きに驚かず、当たり前のように喋っている。俺も、カシェードすげーと思ったが、よくよくアルシオの記憶を探ってみると、アルシオも寝ている時に殺気を感じれば瞬時に起きて反応する。って、今の俺にそれが出来るのか? どうなんだろう。一度確認してみた方が……。
ふとユイファを見ると、なにやらカシェードを見て、ぼーっとしている。瞳もなんだかちょっと潤んでる。
「かっこいい……」
おい。血迷うなユイファ。あいつは人前で屁をこく男だ。




