第60話:誕生日プレゼント
立ちんぼを続けていた俺達だったが、時間になり交代要員がやってきたので帰路に着いていた。
ジュレルディが肩を落とし歩いている。彼女は、2人きりなら積極的だが人に見られるのは恥ずかしがる。お兄ちゃん発言を目撃され、大ダメージを受けたのだ。
「すみません。まさか人が見ているとは」
「うん……」
そういう声も力ない。
「今度から、2人きりの時だけにしましょう」
「……考えさせてくれ」
あ。考えるんだ。もうこれっきりと、拒否されるかとも思ったんだが。まあ、言い出したのはジュレルディだし、やっぱり呼ばせて欲しいという気持ちはあるのか。
しばらく歩くと、今回の雇い主の屋敷っていうか、組事務所? についた。塀や建物は石造りだが、当然貴族の城とは比べ物にならず、大出力魔法の直撃を食らったら数発で崩壊しそうだ。
入り口の前には、若い衆ってやつらしいとっぽい兄ちゃんが立っている。さすがにここは渡者に任せず自分達で見張るみたいだ。
この手の人達と渡者どっちが強いかと言えば、当然魔物や時には人同士で命のやり取りをする渡者の方が強い。ただし、一般人にとっては、こいつらの方が怖いだろう。大抵の渡者は悪事に手を染めるよりは、生活は苦しくても渡者として生きてくっていう、どこか良心のようなものを持っている。
その点この手に奴らは、魔物やなんかを相手に命を賭けて小銭を稼ぐなんて真っ平、それより弱い奴らから搾り取った方が楽だし稼げるって考えの人間だ。まあ、今回そういう奴らに雇われてるってことだが、そこは、こっちもご飯食べないと死ぬのでってところだな。
「おう。お疲れ」
入り口に立っていた俺よりも若く見える兄ちゃんの礼儀知らずの挨拶を、頷くだけで通り過ぎる。礼儀正しいジュレルディすら
「ああ」
と返すだけだ。兄ちゃんはむっとしているが、やり合ったら負けると分かっているのか何も言ってこない。
立ちんぼ達の詰め所みたいな部屋に入ると、カシェードとユイファを含めた10人程の渡者達がいた。仕事の内容が内容なだけに、個室など与えられず、みんなこの部屋で雑魚寝だ。
俺達が立っている間、裏切らないようにと居残り組みはこの建物から出られないので、やることもなしにずっとゴロゴロとしてたようだ。
暇を持て余していたユイファが、ジュレルディを見て嬉しそうに起き上がった。
「ジュレルディさん、お帰りなさい」
「ただいま。ユイファ」
と、ジュレルディも微笑む。
カシェードも伸びをしながら起き上がり、大きくあくびをした。
「やっと帰ってきやがったか。楽なのはいいが、退屈でしょうがねえ」
「敵と戦うなんてほとんど無いから、確かに楽だな」
ジュレルディは、苦笑している。
「カシェード達は、夜の番なんだよな?」
「ああ。飯食ったら、それに備えて一眠りしてそれからだ」
「まだ寝るのかよ。今も寝てたんじゃないのか?」
「他にやることねえんだからしょうがねえだろ」
良く寝るやつだな。あ、そうだ、それなら。
「じゃあ、飯の後にまた出てきていいか?」
「ああ。俺は別に構わんぜ」
「私もいいですけど……。どこに行くんですか?」
「前の町で手紙を出したろ? それの返事が来てないかと思ってな。ちょっと組合に確認しに行くんだ」
「んなもん。昨日行った時にしときゃよかったなねえか」
「そんときゃ、忘れてたんだよ」
ジュレルディを見ると、ちょっと探るような目つきをしてる。
もっともジュレルディもそこは察しがいい。
「すみません。ちょっと付き合って貰えますか?」
「ああ。分かった」
と、俺に話を合わせてくれた。衆の中で付き合いの短い者だけで行動させては裏切られる可能性があるので、基本自由時間も組で動く決まりなのだ。
そうして飯を食べ終わった俺達はまた町に出た。建物を少し離れると、早速ジュレルディが、さっきの会話の不自然を聞いてきた。
「それで、本当の理由はなんなんだ? 手紙はまだ来ていないと言っていただろ」
「折角ですから、あなたの誕生日の祝いに、何か贈り物をしようかと思って。何も欲しい物はないって言ってたけど、2人でゆっくり町を見て回れば何か見つかりますよ」
すると、ジュレルディが俺の服の袖を掴んで立ち止まった。
「ど、どうしよう……」
「どうしようって、どうしたんです?」
「今……すごい幸せだ」
俺を見る目が潤んでいる。
抱きしめてぇ!
その衝動が体中を駆け巡ったが、ここは道の真ん中だ。人通りだってちらほらある。拳を握り締めなんとか耐え切った。
今までずっと男に見向きもされなかったことに加え、この世界では無い誕生日プレゼントというイベント。確かにジュレルディにとっては、思いがけない幸せだ。
常に無くニコニコとした表情のジュレルディを連れ、町の大通りの向かった。
町の感じから女性向けの店はあまり無いのかと思っていたが、夜の女相手なのか、女性の身を飾る物を売る店がそれなりに並んでいる。
「アクセサリーなんてどうですか? 耳飾とか」
「耳飾は……。戦闘の途中で落としたりしそうだ。折角お前に貰った物をなくしたりしたくない」
「じゃあ、首飾り《ネックレス》は?」
「私はいつもローブを着ているからな。折角お前に買って貰ったのに、お前に見て貰えないんじゃ仕方ない」
うーん。結構制約が多いな。じゃあ、どんなのが良いんだろう。
突然、俺とジュレルディの後ろから割って入るようにニョキっと顔が出て来た。
「ジェ・ラジジェーニ・パダロークですか?」
「うわっ!」
と、俺とジュレルディが驚いて飛び退った。なんだ!?
少し油断していたとはいえ、俺やジュレルディにまったく気配を悟られずに後ろを取るとは、どんな手練れかと見ると、例のヴェーラ教の修道女だった。相変わらず、胸や足がほとんど露出した奇妙な修道服だ。
「アルシオさん。酷いじゃないですか。折角ティロンの教会でお待ちしていたのに、そのままシャルロワまで行ってしまうなんて」
修道女は不満そうに言うが、俺達がこの町に居るのをしっかり掴んでやがる。
こいつ……完全に俺を狙ってる。
ジュレルディも、同じように考えたのか、修道女を赤く燃える目で睨んでいる。
だが、2人の渡者に睨まれても、全然恐れていないようだ。
「あら? そんなに怖い顔で睨まないで下さいよ。本当に、アルシオさんには私達の教義を理解する為に、一度教会に来て欲しいだけなのですから」
と言って、微笑んでいる。
「そう言えば、御2人は恋人同士のようですね」
突然の修道女の言葉。俺もびっくりしたが、ジュレルディはそれ以上に驚いた様子で、燃えるように赤かった瞳は鋭さを消し、その代わりに白い顔が真っ赤になっている。
「い、いや、私とアルシオは別に……」
「何を言ってるんですか。とてもお似合いですよ」
「そ、そうかな……」
「はい、とても」
赤くなるジュレルディに、修道女は、自信を持って! 見たいな感じに微笑んでいる。
「それで、さっきはジェ・ラジジェーニ・パダロークを選んでいたのですか?」
「ジェ……。何だって? さっきも言ってたが、そんなの俺は知らないぞ」
「あら? アルシオさんだったら知っていると思ったのですが」
「私も知らないな。なんだその、ジェ・ラジジェーニ・パダロークとは」
「ジェ・ラジジェーニ・パダロークとは、ヴェーラ教の教義で、生まれた日にお祝いを贈ることなのですが……。本当にご存知ないですか?」
思わずジュレルディと顔を見合わせた。
「お前……やっぱり、ヴェールユシチイなんじゃ……」
俺の故郷の風習のはずの、誕生日プレゼントのことがヴェーラ教の修道女の口から語られ、ジュレルディが疑いの目を向けてくる。
「ちっ違いますよ! 本当です。そのジェ……なんとかって知らないですし」
「じゃ……。私のこと……教義だからって言うんじゃないんだな?」
ジュレルディはこの世界では男に相手にされないほどの不美人。だが、その彼女の容姿を美人と考えるのがヴェーラ教だ。俺が彼女を綺麗だと言うのもその教義の為で、本心からじゃないのかとアメジストの瞳が不安そうに揺れる。
だが、実際そうじゃない。俺は本心でジュレルディを美しいと思っている。何とか上手い具合に説明しないと。しかしどうやって説明したら良いんだ? 否定しても、言い訳と思われるかも。
駄目だ。上手い言葉が見つからない。しかし、早く何か言わないとジュレルディの不安が増すばかりだ。
「あら? 何か誤解させてしまったようですね。大丈夫です。アルシオさんはヴェールユシチイでは無いですよ。ただ、私達ヴェーラ教の教義と、アルシオさんの住んでいた場所の習慣がよく似ているようですので、アルシオさんがヴェーラ教に興味を持ってくれると考えているだけです」
修道女の思いがけない助け舟にジュレルディはほっとしたようだが、俺の背筋は寒くなっていた。
もしかして俺が来世から来たって知ってるのか? いや考え過ぎだ。そんなこと突拍子も無さ過ぎて、想像もしないはずだ。
だが、それにしてもこの修道女は俺に執着し過ぎる。俺を狙っているのは分かるが、俺の何が狙いなんだ?
「よろしければ、今から私どもの教会にいらっしゃいませんか?」
「教会? いや、私達は……」
「そうだ。今は、ジュレルディの誕生日のお祝いをしようとしてるところだ。悪いがまた今度にしてくれ」
ジュレルディは、うんうん、と頷いている。だが、修道女は引き下がらない。
「それは分かっております。ジュレルディさんの誕生日のお祝いに、御2人の記念になることをお手伝い出来るかと思いまして」
「お手伝い?」
「はい。先ほども言いましたが、私達ヴェーラ教には誕生日を祝う教義があります。御2人のお力になれると思うのですが……」
うーん。言ってることは分からないでもないが、俺を付け回ったり怪し過ぎる。教会に行くなんて、飛んで火に入る夏の虫だ。ジュレルディも同じ考えなのか表情がするどい。
「たとえば、どのような?」
「そうですね。やはり、いつまでもこの日を忘れないように、日頃使用するものが良いでしょう」
「なるほど」
ジュレルディは真剣な表情で聞いてる。
ダ、ダメだ。思いがけない誕生日イベントに、いつもの思慮深さがぶっ飛んでる。ここは、俺がしっかりしないと。
とにかく、こいつの狙いが何なのか見極めないと。俺を仲間に引き入れたいのか? まさか命を狙ってる? こいつらに殺されるいわれは無いはずだが、何しろ何を考えてるか分からない連中だからな。
しかしいったい俺の何を……。この修道女は、初めて会った時から俺に目を付けている。そんな、目を付けられるようなことをしたっけかな……。
いやいや、今はそれを考えている時じゃない。教会に行くのを回避するのが先――。
「何をしているんだ。行くぞ。アルシオ」
「え? どこにですか?」
「何を聞いていた。だから教会だろ」
「はい。陶芸教室御2人様コースです。この日の記念に、御2人だけの陶器を作って頂きます」
しまった! グダグダ考えている間に、誕生日イベントに浮かれているジュレルディと修道女の話が纏まってしまったのか。止むを得ん。襲撃に備えて警戒を怠らないようにしよう。
こうして胡散臭さ満載の修道女を先頭にヴェーラ教の教会へと向かった。教会といっても、元の世界のキリスト教の教会みたいな十字架は掲げていない。長方形の建物に、何の意味があるのか、まるでキノコのような丸みを帯びた屋根を持つ塔が幾つか生えている。
建物の中の陶芸教室の会場に入ると、先生役らしき修道女がいて、すでに何人かが陶芸用の土と格闘している。中に入ると、中に居た修道女が俺を連れてきた修道女に頭を下げた。
やっぱり、俺を付けねらってるやつは、かなり地位が高いみたいだ。
しかし、ふむ。他の人もいるのか。じゃあ、いきなり襲われる心配はないか? もしかして、この人達もグルってことも考えられるが……。
だが俺の心配を余所に、やり方などの説明から始まり道具の配布など怪しいところはない。考え過ぎだったのか? ジュレルディも嬉しそうだし、ここは警戒しつつも、俺もちゃんとやってみるか。
とはいえ、何を作ろうか。杯や器を作って、その裏に今日の日付やらを刻印するって話だが……。まあ、ジュレルディと合わせて作るのが無難か。
「何を作るつもりなんですか?」
「やっぱり、頻繁に使う物なら、杯を作ろうかと思う。お前は?」
「そうですね。じゃあ、俺も杯で」
とりあえず、土をその形にするんだが、ろくろみたいな物はないので綺麗に作るのは一苦労だな。ジュレルディを見ると、さすがに几帳面というか、手先が器用というか、綺麗な円柱型の杯を作りつつある。
俺はどんな形にしようかな。昔テレビで、女性の体のラインを陶芸のモチーフにしている陶芸作家が居たとか言ってたような……。よし。決まった!
思い描いた形に土を盛り、削っていく。
ここら辺はおっと丸みを出して、ここは括れさせてと。
「なんだ。その形は? ずいぶん奇妙な形だか」
完璧な円柱型の杯を作り終えたジュエルディが、俺の杯を見て眉をしかめている。確かに、周りを見渡しても、こんな形の杯を作ってるのは俺だけだ。
「ああ。あなたの体の形をイメージしたんです」
「ば、馬鹿。お前そんな……恥ずかしいだろ。カシェードやユイファが居る前でも使う物なのに」
ジュレルディの顔は真っ赤だ。
「いつも私の体に口付けていたいだなんて……」
すみません。そこまで言ってないし、考えてもいません。
「聖杯だわ!!」
その大声に視線を向けると、先生役の修道女が驚愕の表情で俺が作った杯を見ている。しかも、その叫びを聞きつけたのか、どこからとも無くわらわらと集まってきて、教室は修道女だらけだ。俺の杯を囲み跪き、
「まさしく! まさしく聖杯だわ!」
と、涙さえ流す者もいる。
ジュレルディも何が起こったのかと、いつも冷静沈着な彼女も唖然としてる。
いったい、何を勘違いしてるんだ? なんかちょっていうか、かなり怖いし、とっとと否定しとこう。
「いや、これは今俺が作ったんだ。その聖杯とかじゃないよ」
「やっぱり、聖杯だわ!!」
「ついに聖杯が現れたのね!」
「まさか、私が地上にある間に、聖杯をこの目に映すことが出来るなんて……」
お前ら、人の話を聞け!!




