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第5話:初めての夜

 俺達は改めて村に入り組合へと向かった。ジュレルディを先頭にカシェード、ユイファと続き、俺は最後尾を歩いた。


 その建物は掘っ立て小屋に毛が生えた程度の粗末な建物で、なんとなく街角でお婆ちゃんがやっている小さなタバコ屋を連想させた。こんな小さな村の組合なんてきっと副業で、本業は別にあるんだろうな。と勝手な想像をしながら小屋の扉をくぐる。


「依頼があると聞いて来たんですが」


 ジュレルディが代表して無人の受付に向かって声をかけると、奥から痩せた中年の親父が出てきた。小さな村の寂れた組合に似つかわしく、のんびりした感じのおっさんだ。


「ああ、あるにはあるが……。お、なんださっきのお嬢ちゃんか。じゃあ依頼の内容は知っているんだな」


 どうやら受付の親父はユイファの顔を覚えていたらしい。もっとも、こんな小さな村の組合を訪ねる渡者なんて、数えるほどしか居ないんだろう。


「ええ。牧場の手伝いですね。お受けします」

「それは助かるよ。最近の奴らは派手な依頼ばかりやりたがっていけねえ。あんた達みたいなのがいると大助かりだ。もし次にこの村に来たらすぐに連絡をくれ。良い依頼があったらあんた達に残しておくよ」


 ジュレルディは親父へ微笑し頷き、ユイファは笑顔をジュレルディに向け、カシェードは俺に「だろ?」とばかりに視線を投げかけてきた。俺は仕方がないのであさっての方を向く。


「じゃあ、これが契約書だ。ここから東にある牧場に向かってくれ。この時間だとまだ牛が放牧されているからすぐに分かるはずだ」


「分かりました。それで保証金はいくらです?」


 保証金っていうのは、昔、依頼を受けるだけ受けてばっくれる渡者が大勢いた為に出来た制度だ。


 ある2つの村の中間地点に発生した魔物の討伐なんかは、伝達の遅れでそれぞれの村で依頼が出される事もある。それを狙って依頼を受けるだけ受けて、重複する依頼だけをこなし報酬を2重に貰い効率よく稼ごうって奴が結構いたのだ。


 依頼者は渡者にばっくれられたなんて分からず待たないと行けないし、依頼した渡者がなかなか帰って来ないからと改めて依頼を出し雇ったら、始めに雇った渡者が依頼を達成して帰って来た、という事もあった。


 それを防ぐ為、こなす意思のある奴だけに依頼を受けさせる様にと、渡者が保証金を置いていくようになったのだ。これなら依頼した方も、多少戻りが遅くても、もうしばらくは待ってみようという気にもなる。


 金額は依頼の内容によって決まり、もちろん依頼達成時には返して貰える。だが親父は笑いながら手を振った。


「いやいや、いいよ。あんた達は信用出来そうだ」

「ですが……」


「良いんだよ。それに依頼が依頼だ。保証金だってどうせ大した金額じゃないんだ」

「分かりました。ありがとう御座います。それではお言葉に甘えさせて頂きます」


 本来組合にも規定ってものがあるから、そうおいそれと保証金が要らないって事は出来ないはずなんだけど、そこは村の小さな組合の気軽さってやつか。


「まあ、証印だけしてくれりゃいいさ。さすがにこれは省けないからな」

「分かりました」


 ジュレルディが、机に置かれた依頼書の左下の空白部分に手をかざす。一瞬鈍く光り、焦げ付いたような跡が出来た。組合に残す控えの依頼書にも同じようにする。この依頼は俺達が請けたという印だ。見た目では分からないが、この2枚を並べ、それぞれ左右の手をかざせば、同じものかどうかは感じる事が出来る。


 魔法使いだけじゃなく、これくらいは誰だって出来る。この世界の人間はみな多少の魔力を身に帯びていて、魔法使いと呼ばれる奴らは、それを制御する技能を磨いている者達だ。


 証印を押した後、ジュレルディは親父に会釈し組合を出て、俺達はその後に続いた。東にしばらく歩くと、親父の言うとおり牛が放牧されているところに出くわした。その先には母屋と思われる建物が見え、田舎らしい無用心さを発揮し開け放たれたままの扉をくぐる。ここでもジュレルディが代表して前に進み出た。


「すみません。依頼の件で来ました」


 ジュレルディの低い、だがよく通る声の後、しばらくすると白髪頭のお爺さんが出迎えてくれた。年寄りだが、現役で働いているだけあって背筋は伸びがたいもいい。


「いや、ありがとう、ありがとう。誰も手伝ってくれんのかと諦めかけておったんだ」

 お爺さんは、日に焼けた皺だらけの顔をさらに皺くちゃにして微笑んだ。


「もう、大丈夫ですからね!」

 ユイファもお爺さんが喜んでいるのが嬉しいらしくはしゃいでいる。


「まだまだ冬は先じゃが、今の内に冬を越せるだけの牧草を刈って裏にある貯蔵庫に積み上げて欲しい。場所は……まあ裏に回ってくれればすぐに分かる」

「貯蔵庫が牧草でいっぱいになれば依頼完了、という事ですか?」


「ああ、そうじゃ。じゃが今日はもう日が暮れる。明日からやって貰おうかの」

「はい。分かりました」

 ジュレルディが頷くと、お爺さんは彼女に微笑みかけた。


 その後俺達は用意された夕食を皆で囲んだ。


「ありがとうございます。頂きます」

 ジュレルディはそう言って、料理を用意してくれたお婆さんに頭を下げた。お婆さんは、お爺さん負けないくらいの白髪頭でその下に優しそうな笑みを浮べている。


「いえいえ、良いんですよ。あなた達が来てくれて、ほんとうに大助かりなんですから。お代わりはまだまだありますから、沢山召し上がって下さいね」


 テーブルの上には、肉を串に刺し火にくべ焼いた物や、豆やなどと一緒に煮込んだ物が湯気を立てている。さらに芋のような物が山と盛られていた。


 アルシオの記憶では、こういう農村で肉を食うなんてめったに無い。牛を飼っているっていってもそれはあくまで商品だ。俺達の為にかなり奮発してくれたらしい。


 カシェードがおばあさんの言葉通り、料理にがっつく。

「移動の途中はろくな物が食えないから、久しぶりのまともな飯は格別だな」

「そうですねー」

 ユイファもそう応じて、料理を頬張っている。


 とはいうものの、俺はなんだか複雑な感覚を味わっていた。俺の中のアルシオは料理を美味いといっているんだが、勇雄の感覚では不味いのだ。


 確かに記憶を掘り起こせば、旅の途中で食べていた料理ともいえぬ携帯食と比べれば美味いんだけど、所詮それはただの記憶だし、実際、俺は毎日これより美味いものを食っていた。


 まあこれはこの世界の料理が不味いっていうより、味の好みが違うのかもな。もしカシェードやユイファが俺の世界の料理を食べたら不味いと言うのかも。


 しかしこれはあれだな。この世界の料理には、出汁ダシって概念が無いんだな。味付けは元の世界でいうところの塩と胡椒、それに砂糖ぐらいか。ファーストフード見たいな味付けだ。


 あー。味噌汁飲みて! と思いながらも、せっかくだからと目の前に出された料理をせっせと平らげる。


 そうやって俺達が食事している間も、小さな村の久しぶりの客人に嬉しいのかお婆さんはしきりに話しかけてくる。


「皆さんはどこから来たんですか?」

「ここよりずっと東の方から来ました。もっとも故郷はそれぞれ違いますが」


 ジュレルディが生真面目にこたえると、お婆さんは寂しげな表情で、うんうんと頷いた。


「私達にも息子達が居たんですが、こんな小さな村でずっと生きるのなんて嫌だってみんな……。村の食料はまだ余裕があって、村を出て行く必要なんてなかったのに……」


 うーん。そういう事もあるのか。きっと渡者の生活を甘く見てたんだろうな。ちゃんと生き残っててくれりゃいいんだが。


 その後もお婆さんの問いかけに、ジュレルディは律儀にこたえ、時々ユイファも参加した。


 食べ終わると、母屋に用意された部屋へと向かう。俺とカシェードが同じ部屋で、ジュレルディとユイファが同室だ。


 あてがわれたのは、ベッドを2つ置くとそれだけいっぱいになる小さな部屋だった。たぶん息子達って奴らの部屋だったんだろう。


 ベッドに身を投げ出しくつろいでいると、カシェードが探る様な視線を向けてきた。


「で、どうしたんだ? 何かあったのか?」

「いや、なんでもないよ」


 本当は大有りだけどとても言える内容じゃない。適当に言葉を濁したけどカシェードは逃がすつもりは無いらしく食い下がって来る。


「ずいぶん依頼にこだわったじゃねえか。いつもなら文句言わずに飄々とこなしてるってのによ」


 ちっ! 何か感づいているみたいだな。まあ確かに中身が入れ替わってるんだから、いつもと様子が違ってて当然なんだが。


 アルシオの中身が入れ替わったのがバレてはいけないと、「何か」に言われている訳じゃないけど、わざわざばらす必要も無いだろう。いつの間にか仲間の中身が入れ替わってた。なんて聞いたら、俺だって気味が悪い。下手すりゃ仲間から追い出されちまう。


「何にもありはしないよ」

 そう言いながらベッドから立ち上がり、そのまま扉へと向かう。これ以上追求されたらボロが出そうだ。


「おい待てよ。どこ行くんだ」

「ちょっと風に当たりにだよ」

 カシェードがさらに何か言う前に、すばやく部屋を出た。


 建物の外に出て森に入りさらに進むと、ひらけた場所にたどり着き何気なく夜空を見る。空気が澄み辺りに明かりの無い夜空は、眩いくらいに星が瞬いていた。


 こんなにも星が見えるならと、ついオリオン座を探したけど、見つかる訳がないのに気付いて苦笑した。


 月はこっちの世界にも有るみたいだな。今日は半月か……って、月が割れて半分しかねえじゃないか! どうなってんだ?


 アルシオの知識を探ると、アルシオの生まれた時からどころかこの世界に文明が発生した頃から月はあの姿らしい。伝説では、闇にうごめく魔物が夜の闇を濃くする為、月の半分を食らったとかいう話だったけど本当だかどうだか分からない。


 もしかしたら、隕石の直撃でも受けて半分吹き飛ばされたのかも知れないな。っと勇雄としての知識がそれっぽい回答を導き出す。そんな事を考えながら、草むらに身を投げ出して寝っころがった


 前世か……。


 アルシオの記憶があるから言葉も通じるし、違和感無くこの世界に溶け込んでいるけど、いつもなら部屋でテレビを見ているかネットをしている時間か……。


 とにかくこっちの世界を上手く過ごす事が出来れば、来世で優佳とつり合う男に生まれ変われるんだ。そしたら……。


 そういえばそれって赤ん坊からのやり直すって事か? そうすると俺の記憶ってどうなるんだろ? まさかこれまでの記憶をまったく忘れちまうのか?


 うーん。ちゃんと聞いとけば良かったな。でもあの「何か」ってなんだかんだ言って融通がききそうだから、記憶を残しておいてくれって頼んだら、すんなりその通りにしてくれるかも。


 草むらで寝返りをうって横向きになり、さらに元の世界の事を色々考えていると、不意に母屋の方から声が聞こえてきた。


「アルシオ」

 声に顔を向けると、なぜかジュレルディが立っていた。


「あなたか。どうしたんです?」

 上体を起すと、昼間とは違ってローブを身に纏わずシャツとズボンという格好のジュレルディが小走りに近寄ってきた。


「窓からこっちの方に歩いていくのが見えた。昼間の事なんだが、少し様子がおかしかったからな。お前、いつもあんなに依頼を嫌がったりしないだろ」


 ああ、カシェードも同じような事を言っていたな。アルシオとして生きて行くなら、もうちょっと「アルシオらしい行動」ってのを考えないといけないか。


「別に、何でもないですよ。たいした依頼じゃないなら、先に進んだ方が良いと思っただけです」

「本当か?」


 ジュレルディがさらに近寄って来たので、立ち上がってズボンについた土を払った。


「ええ。やっぱりあなたが正しかったですよ」

「そうか。そう言って貰えると助かる」


 ジュレルディは安心したのか顔が綻んでいる。その顔は昼間見た頭目としての硬い表情とは違い柔らかで、俺の心に踏み込む様な親しみが感じられた。わざわざ俺の様子がおかしいと見に来るなんて、本当に仲間を大事にしているんだな。


 不意にこっちの世界にも梟に似た夜行性の鳥がいるらしく、「ボーー」と低い声で鳴いた。その鳴き声は、俺と彼女が夜の森に2人きりだという事を強く意識させ、そのせいか急に闇が深くなったような気もする。


 闇の中にジュレルディの姿だけが、はっきりと浮かんでいた。銀色の髪、白い肌は、欠けた月の光を受け輝いて見える。俺の目には、それこそ月の女神のように映った。


 改めて彼女を見る。その銀髪にアメジストの瞳は、俺の世界ではあり得ない組み合わせで、それだけに俺の世界とは違うのだと感じさせる。


 俺が黙り込んでそんな事を考えながらジュレルディを見ていると彼女は、

「どうした?」と首をかしげ微笑んだ。


 綺麗だ……。そう思ってついその問いかけにもこたえず、黙り込んだまま見詰め続けていると、俺の視線に彼女は少し頬を赤らめた。


「お前……また私に見とれたとか言うんじゃないだろうな?」

「あ、いえまあ……」


 美しい女性を前に、上手く舌が回らない。だがジュレルディには十分意味が通じたらしく、俯いてしまった。昼間とはまた違った彼女の態度は、やっぱり彼女も夜の森に2人きりという事を意識している所為かも知れない。


「あまり変な事は言わないでくれ……。そういうのはあまり慣れてないんだ」


 ジュレルディは一歩下がり俺から背を向け、無意識なのか両手で自分の身体を抱きしめている。


 2人きりの暗い世界に浮かぶ彼女の背中は、肩から腰にかけて滑らかに括れ、そこからまた高い位置にある腰へと広がっている。丸みをおびた腰から伸びる足は身長の半分以上ある。


 今まで見たことも無い美しい後姿に、俺の心臓はバクバクと高鳴り、ついその背に近づく。


「アルシオ?」


 俺が近づいたのを草を踏む足音で感じたのか、ジュレルディはビクっと身体を硬直させると、さらに強く自分の身体を抱きしめた。もしかして俺に怯えている?


 いつも気丈で毅然とする彼女が、か弱く身をすくめている。さらに一歩近づくと、ジュレルディもさらに身をすくませ微かに身体を震わせた。俺が一歩ずつ近づくたびに、何かに耐えるように身体を硬くし、自分の身体を更に強く抱きしめる。


 手を伸ばせば彼女の身体に触れられる。そこまで近づいた時、耐え切れなくなったのか、突然ジュレルディが振り向いた。目が合うと、その瞳にいつもの気丈さはなく、泣き出しそうにも見えた。


「お前は……。今少しおかしいんだ。だから……」


 そこまで言ってジュレルディは口を噤んだ。彼女自身、何を言いたいのか、分かっていないのかも知れない。もっとも俺の方も何を言っていいのか分からず、黙ってジュレルディを見つめた。だがそれがさらに彼女を困惑させる。


「明日から依頼だから……」

 ジュレルディは、そう言うと後ずさりを始めた。足元の木の根に足を取られて、転びそうになり、

「うわぁ」と間抜けにも聞こえる声をだしたが、何とか踏みとどまった。


「あ。大丈夫ですか? そうですね。俺ももう――」

「じゃあ、私は行くから。お前も早く寝ろ!」


 俺の言葉を遮って早口で言うと、ジュレルディは背を向け駆け始めた。冷静沈着な頭目である彼女は、無様にも躓き転がりそうになりながら、逃げるように走り去ったのだった。

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