第58話:家族
「フィクスさんに罪を擦り付けようとは、とんでもない男です。まったく最後まで偽りばかりだった」
エルミラは、そう言い剣に付いた血を拭い鞘に収めた。
「フィクスが黒幕とは思わないのですか?」
「まさか。彼は真に渡者達を憂う私達の救世主です。このような偽りをするはずが無い」
ジュレルディのアメジストの瞳とエルミラの黒い瞳。異なる色の2つの視線が激しく火花を散らす。
ジャリっと砂を踏む音に視線を送ると、1人の渡者が静かに動きジュレルディの背後に回ろうとするのが見えた。俺も動いて先に彼女の後ろをキープする。
ジュレルディの視線が一瞬ちらり向けられ
「確かに」
エルミラに視線を戻し短く言った。エルミラの仲間は外にも居る筈。俺達だけでは分が悪い。
「しかしフィクスさんの名を汚そうとする者の言葉など、なおさら信用できない。やはり祭は中止すべきです。ここで私達が偽りの祭を起こす不義を行えば、フィクスさんもその同類と見られかねない」
そう言ってジュレルディは微笑んだが、目は笑っていない。鋭い視線がエルミラを射抜く。
「確かに」
今度はエルミラが短く答えた。俺達だけなら始末して、後からどうとでも話を作れるだろうが、他の頭目達もいる。さすがに全員の口は封じられない。
お互い痛み分けといったところだ。
祭に集まった渡者達を呼び集め、エルミラとその仲間達が偽ハベルの2つに分かれた首と胴体をさらした。
纏め役だった男の無残な姿に、皆ざわめいている。
「皆さんに謝罪せねばなりません。今回の祭の大義となる領主の不正。それはこの男の作り話だったのです」
「何だと!」
「じゃあ、祭はどうすんでぇ!」
「いいからこのまま城、囲んじまおうぜ!」
渡者達は一斉に不満の声を上げ、エルミラがたじろいだ顔をジュレルディに向けた。しかしアメジストの瞳の持ち主は冷たく首を横に振る。一瞬舌打ちしそうな顔になったエルミラが、憮然と前に向く。
「祭は中止します。大儀無き祭はただの略奪です。私達は盗賊とは違う。この男の言葉が偽りだった以上、祭を発動させる訳にはまいりません」
エルミラの宣言に、渡者達は反発した。祭を聞きつけ遠くからやってきた者も多いのだ。
「ふざけんじゃねぇぞ! ここに来るのだって金かかってんだぞ!」
「この落とし前はどう取ってくれるんだ!」
「人を集めといて城を襲わねえってんなら、お前がどうにかしろ!」
何とか気丈に耐えていたエルミラだったが、見る間にオロオロとうろたえている。さっきの対決を忘れたように、ジュレルディに視線で助けを求めている。
エルミラの仲間が何人いるか知らないが、2百人よりは少ないだろう。下手すれば皆殺しだ。
「ちょっと……。甘く見ていたか」
呟きジュレルディが俺に寄り添うように動いた。丈の長いローブに隠し俺の手を握る。以前、祭から逃げようと村を脱出した時のようにその手は震え、だが視線は女頭目として鋭く前を向いている。
怒声と罵倒が飛び交い激しさを増す。ついには石が投げられ始めた。石から矢に変わるのも時間の問題だ。
こりゃ死ぬな。と醒めた頭に浮かぶ。さすがにこれはどうしようもない。こんな状況でも、諦めたら業が悪くなるんだろうか?
だが握られる手の震えが大きくなるのに気付いた。せめてこの人だけでも逃がさないと。
「奴らが襲って来たら、ユイファと一緒に走って下さい。俺とカシェードで食い止めますから」
「おいおい。勝手に決めんなよ」
「やらないのかよ」
「やらねえとは言ってねえよ」
カシェードはそう言うと、背中に隠した矢に手を伸ばした。まったく面倒くさいおっさんだ。
万一の時の為、肩に背負う矢筒以外にも、腰の方から取り出せる矢を一本隠しているのだ。その矢は弾性が強く狙いは定まらないが、近くの的を射るには問題ない。
「ありがとう。2人とも」
少し俯いてジュレルディが言った。頭を上げた時、凛とした女頭目の顔だった。俺の手を離し渡者達の前へと進み出る。手の震えは止まっていた。
「貴方達への手当ては、私が責任を持って用意する!」
「何言ってやがんだ。ドブスは引っ込んでろ!」
「お前1人で、どうこうなるもんじゃねぇんだよ!」
怒声は収まるどころかさらに激化した。ジュレルディへ石が投げられる。だが彼女は怯まない。
「領主と交渉する」
「金を出さないと襲うって脅すのかよ! それじゃそれこそ盗賊じゃねぇえか!」
「だったら祭やった方がいいだろ!」
「領主から仕事を請け負う!」
「仕事だと?」
「仕事って……なんの仕事だよ」
ジュレルディの思いもよらぬ言葉に罵声は止んだが、代わりに戸惑いが渡者達に広がっている。
「仕事の内容はこれから交渉する。しかし約束する。ここまで来たのに見合った報酬の仕事を用意させる。全員にだ!」
「本当なんだろうな?」
「必ず」
2百人の渡者達を前に、ジュレルディは強く頷いた。
来た道を逆に辿って城に向かう。到着するとモンフォールが複雑な表情で出迎えた。一応戻ってきた事に、まだ祭では無いと安心したようだが、現実逃避の心が俺達の姿と共に問題が消え去ったとも感じていたんだろう。
だが生憎、まだ問題は解決していないのだ。
居間に通された俺達は、ソファーに腰掛けモンフォールと向かい合った。
「あの……それでこちらの条件なのですが……。この城と元々の私の領地の3分の1を残すという事で何とか……」
こちらの事情を知る由もないモンフォールは、祭を回避しようと必死だ。じゃあ、それを逆手にとって、仕事の斡旋だけで許してやるといえば話は簡単そうだが、それはジュレルディの主義に反する。
「いえ。祭は中止と決定しました」
と、正直に伝える。
「ええ! よっよろしいのですか? それは……こちらに取っては願っても無い話ですが……」
「どうして急にと、不思議に思われるのも当然です。実は、貴方の不正の証拠を掴んでいるというハベルなのですが、実は真っ赤な偽者だったと判明しました」
「偽者だった?」
「はい。ですので、彼の証言も信用できない」
「そうですよ。ははは。そんな男の言う事などすべて出鱈目に決まっています」
「だから、祭は中止だと、そう言ったのはカシェード。いえ、エウティミオです」
「エウティミオ……殿が」
モンフォールは驚きの顔をカシェードに向けたが、カシェードはそっぽを向いている。
モンフォールは頭を抱え、いや、掻き毟り呻いている。頭から血が出そうなほど指を突き立てていた。
「すまない……。エウティミオ。いや、カシェードさん。すまない……」
もしかしたら、偽ハベルの証言は真っ赤な嘘で、領主の弱みって言うのは、実は別の事だった。って可能性も考えてたんだが……。ああ。やっぱり本当にやってたんだな……。モンフォールの姿がそれを物語っていた。まさかカシェードが、祭の中止を言い出すとは夢にも思わなかったんだろう。
「娘は……娘はずっと貴方を待っていた。私は、待つ必要など無いと……。だが娘が正しかった。私が、間違っていた。分かっている。貴方は私を許したんじゃない。娘が、娘の為に……」
頭を掻き毟り呻きながら後悔の言葉を搾り出していたモンフォールが、がばっと起き上がったと思うと、手を伸ばしカシェードの手を掴んだ。
「今からでも、今からでも遅くは無い。娘と結婚し、領地の全てを継いでくれ。私は隠居し、遠くに小さな屋敷を立てそこで暮らそう」
だがモンフォールの熱い言葉にカシェードはつれない。
「放せよ」
と短く答え、モンフォールの手を振り解く。
「エウティミオ様!」
その声に一斉に視線が集まり、ミディリアナの姿があった。隣の部屋で聞き耳を立てていたに違いない。
「エウティミオ様! エウティミオ様!」
叫び、カシェードの胸に飛び込んだ。
「ずっと。ずっと待っていました。この時が来るのを……」
ミディリアナは、カシェードの胸で泣きじゃくり、カシェードはその頭を優しく撫でている。
うーん。どうやら大団円ってやつか。しかしカシェードの奴が本当に貴族になっちまうとは。っていうか貴族に戻るって事になるのか。
そのカシェードが、ミディリアナの頭を優しく撫でながら言った。
「すまない。ミディ。俺はお前と結婚できない」
え? なんで?
ミディリアナも顔上げ、信じられないとカシェードを見つめている。
「俺は一度家族を失った。もう、二度と失いたくねぇんだよ」
そう言って、カシェードの視線が、ジュレルディ、ユイファ、そして俺にも向けられた。
ジュレルディとユイファが微笑み返し、俺も照れくさく感じながらもぎこちなく笑った。家族を殺されたカシェードは、どこかでその家族を求めていたんだ。
「だ、だったら、皆さんも一緒に、この領地に住めば良いではありませんか。お父様!」
ミディリアナはカシェードとモンフォールを交互に顔を向け、訴えている。
「できねぇんだよ。それが」
「どうして……」
「ミディリアナさん。もしこの後私達がこの地にとどまり、モンフォールさんからの恩恵を受ければ、皆はこう言うでしょう。領主は、奴らと裏取引をして祭を回避したのだと」
「そうなっちゃ、今度こそ祭だ」
ジュレルディの言葉に、カシェードが続けた。
「そんな……。そんな……」
ミディリアナはカシェードの胸で泣き崩れ、モンフォールも嗚咽を漏らしていた。
本当だったら、今頃カシェードとミディリアナは結婚し2つの領地を合わせて幸せに暮らしていたのだ。
それがモンフォールが欲をかきカシェードの領地を奪おうとした為に、全てが狂ったのだ。
部屋を親子の嗚咽が満たしていた。
……そんな感動的な場面だったんだが、この顛末の一部始終を俺が理解したのは少し後の事だった。
だって仕方ないだろ? 俺はまだサリビス語をマスターしてないんだから。
約束どおり、渡者達には仕事を用意して貰った。領内の堤防作りやら道作りなどだ。
その程度の仕事で報酬がもらえるならと、渡者たちは思っていたよりもあっさりとその条件を飲んだ。実際、祭が中止な以上、手ぶらで帰るよりはマシだ。
モンフォールは、労働などせずとも良いと言ったが、それはジュレルディが断った。それでは、いくらそうじゃないとモンフォールが言っても、はたから見たら武力を背景に脅して金を奪ったとしか見えないからだ。
そして、俺達は一足先に城を出る事にした。モンフォールもミディリアナも名残惜しんだが、それだけにいつまでも俺達が城に留まれば、やっぱり領主と俺達は裏で手を結んでいるのだと勘ぐられかねない。
城を出る時、なんと城の使用人や侍女達が勢ぞろいし見送ってくれた。どうやら俺達が祭を回避したのだと、伝わったらしい。
その見送りを背に、城を離れていくと、後ろから女性の声が聞こえた。
どうやら、俺とジュレルディに何か叫んでいる。名前以外はまだ教えて貰っていないサリビス語なので分からない。
「何を言ってるんでしょうね」
とジュレルディに顔を向けると、彼女のいつもは白い顔が真っ赤だった。
「ジュレルディさんとアルシオさんに、お幸せにですって」
「どうやら、まだお前らが良い仲だと思っているらしいな。上手く騙したじゃねぇか」
振り返って見ると、いつも朝にベッドのシーツを代えに来ていた侍女だ。そりゃ、俺とジュレルディが良い仲だと思うわな。
「じゃ、いっそ最後まで騙しましょうか」
そう言って、ジュレルディの肩を抱き寄せる。
「ばっ馬鹿」
ジュレルディは赤い顔で抗議したが、その声は弱々しく俺の手を振り解くことはなかった。




