第57話:真相
叫んだ俺に、ジュレルディが呆気に取られている。
「どうしてお前が驚くんだ?」
「……効果音です」
「そうか」
納得したジュレルディは、改めてハベルに、いや、偽ハベルに向き直った。奴は額に汗を浮かばせ、
「いきなり何を言い出すんですかジュレルディさん」
と愛想笑いを浮かべながらも目が泳いでいる。
「初めから何かおかしいと思っていた。貴方に会った店の事だ。何か不自然だった」
そうだ。その時からハベルはカシェードに熱い視線を向けていた。やっぱりジュレルディもそれが気に掛かってたのか。
「店に入って満席だったところに、店に居た一団が席を譲ってくれた時からな」
そこまで初めか!!
「確かに満席になる程度には遅い時間だった。だが、飲み食いを終え席を立つには早い時間だ。しかもテーブルにはほとんど手を付けていない料理も残されていた」
「何を言ってるんですか。そんなものは……ただの偶然でしょう」
ハベルは笑い顔を作っているが、額の汗は光ったままだ。
「その偶然を演出する為だったんじゃないのか? かつては貴族だった者と城に仕えていた者が、共に渡者となり再会する。その万に一つもない偶然を作為と思わせぬ為、あの他国から流れてきた渡者が集まる店をその場に選んだ。確実に私達を座らせる為、仲間に席を確保までさせて」
「いやいや、貴女がそんなに想像力が豊かな人とは思いませんでしたよ。まったく言いがかりも良いところです。そんなものを理由に疑われるとは心外ですな」
ハベルは一転むっとした表情でジュレルディを睨むが、彼女は動じない。それどころか、探るような目をハベルに向け、睨み返している。
「貴方は香水を付けていますね。なぜですか?」
「いきなり話が変わりますね。何か意味があるんですか?」
今度はハベルが探る目を向けている。
「ええ。勿論」
「私はパリス地方の出身なのでね。知りませんか?」
「知っています。パリス地方の方は香水を使うとか。ですが、なぜ香水を使うのですか?」
「貴女は物知りだと思っていましたが、意外ですね。それとも、分かってて聞いているのですか?」
「さてどうでしょうか」
お互い腹を探りあい、質問に質問をぶつけ合っている。
「パリスでは、人間の身体は全て神が作りたもうたものと考えています。それゆえ――」
「身体から出る垢すら落とさぬ。垢を落とすと病魔に襲われると考えている。だからお風呂に入らない。だがそうすると体臭が酷くなり、それを隠す為に香水を使っている。そうですね?」
ああ。そう言えばそんな話もあった気が……。あれ? でもハベルは城でお風呂に入ってたって。
「それが何か?」
偽ハベルは平然を装うとしているが、それが何か自分にとって不利な事と察したのか表情が硬い。確かに辻褄が合わなくなってきているぞ。
「城の者に聞きました。確かにハベルさんはパリス出身だったと」
「だったら何が問題なんですか?」
「しかし領主のモンフォールは大の綺麗好き。城の者全員を毎日お風呂に入らせていた。勿論ハベルさんも初めは嫌がっていましたが、そうしなければ城を追い出されると言われ我慢してお風呂に入ったそうです」
「えっええ。そうなんですよ。あの時は苦痛でした。我々パリスに生まれた者にとって、神に対する冒涜でしたからね」
ジュレルディは、ハベルの言葉にふっと笑った。
「もっとも、我慢して入っていたのは初めだけで、結局ハベルさんはお風呂を気にいって、毎日お風呂を楽しみにしてたとか」
「いや、それは……御領主様の手前、そう演技して――」
「パリスの者がお風呂に入らないのは、神への信仰もあるが、垢を落とすと病魔に襲われるから。その心配も大きい。しかし毎日お風呂に入っても病気にならなかったハベルさんは、その信仰も揺らいでいたらしいです」
「でっですからそれは、御領主様の手前だったんです! そう見せかけていただけで、内心では神への冒涜に苦しんでいた!」
偽ハベルは怒鳴り否定するが、その怒鳴り声が奴の動揺を表していた。本物のハベルの出身地や年恰好を調べ、それに合わせていた演技が破綻しかけている。他の頭目達も奴に疑いの視線を向けはじめた。
だが、ジュレルディはまたふっと笑った。
「それはそうとして、もう一つ不思議に思うところがあります。今も城にいるハベルさんの恋人の事です」
と、別方向からの攻撃に切り替える。
「恋……人。ええ、います。それが何か?」
「何かじゃないでしょう」
偽ハベルは平静を装うが、ジュレルディは失笑で返した。
「貴方はあの城に対し祭を行おうとしているのですよね? 少しは心配じゃ無いんですか?」
「それは勿論心配ですよ。ええ。もし祭になったら真っ先に助けに行くつもりでした」
「ではなぜ私達に恋人の存在を伝えてくれなかったのです? 逃がすつもりなら、私達に伝言を頼み、助けに行くつもりだと恋人に伝えた方が確実でしょう。打ち合わせなしだと、上手く助け出せないかもしれない」
「そっそれは確かにそうでした。まったく迂闊でした。だが今からでも遅くは無い。私が必ず助け出すと、彼女に伝えて貰えませんか?」
「彼女!?」
思わず叫んでいた。こいつが偽ハベルじゃなくて本物なら、その恋人とは男なのだ。だがそれを知らない偽ハベルは、俺の叫びに戸惑っている。
「何がおかしいと言うんですか?」
そう言いながらも、額に流す汗の量を増やしている。
「アルシオ。ハベルさんの恋人がどんな人か説明してやってくれ」
そう言ったジュレルディは、なんだか楽しそうだ。
「そのナンって人は男だ。貴方と愛し合ってると言っていた。彼女って誰の事を言ってるんだ?」
ジュレルディにつられ、俺もついにやけてしまう。これで決定的か?
だが偽ハベルはまだ諦めない。
「そうなんですよ。実は私男が好きでして。でもさすがにそれを公言してはと……。彼の事を彼女って呼ぶようにしてたんです。今もその癖でつい。はははは」
と誤魔化そうとしている。
「ふっふふふ」
その声に視線を向けると、ジュレルディが笑っていた。その笑い声は次第に大きく……ならず、むしろ苦しそうに腹を押さえ、近くにあったテーブルに手を付いている。いやいや、こんな時に、お腹が痛くなるほどマジ笑いしないで下さい。
仕方が無い。ここは彼女に代わり俺の出番だ。
「嘘を付くな! 本当に恋人ならうっかりするか!」
「ほっ本当です! 確かに迂闊過ぎると責められればそうですが。嘘は言っていません!」
「一緒にお風呂に入っていちゃつくほど愛し合ってたんだぞ!」
「確かに私達は愛し合っています。ですが、それも十数年も前の事。ちょっとぐらい失念しても不思議じゃないでしょ」
「恋人を忘れたりするか!」
「本当なんです!」
俺は偽ハベルを糾弾し、偽ハベルは何とか誤魔化そうとする。その攻防はしばらく続いた。ジュレルディはといえば、笑いは収まるどころかますます激しくなっているようで、苦しそうにお腹を押さえしゃがみ込んでいる。
この、必死で男を恋人だと主張する偽ハベルとそれを糾弾する俺。笑いに耐える女頭目という異様な光景に、他の者達は口を挟む事が出来ない。
だがついにジュレルディが復活した。はあはあと、息を荒くしながらも、何とか立ち直り、
「さっきから貴方は何を言ってるんです?」
と偽ハベルに言葉を向けた。
「何って、だからナンと私は愛し合っていると言ってるんです。確かに薄情だと責められれば返す言葉も無いですが……」
「ええ。確かにナンさんはアルシオに、自分達は愛し合っていると言いました。ですが……」
「ですが?」
「ナンさんは片言のエストア語しか喋れず、その愛し合っているという言葉は、単に仲が良かったというのを言い間違えただけなんです」
「え!?」
「つまり、本物のハベルさんは男性を好きなんかじゃない。勿論、ナンさんもです」
「あ……」
偽ハベルはそう漏らすと呆けたように口をあけたまま呆然としている。
部屋が静寂に包まれた。しかし次の瞬間、事態を見守っていた頭目達の爆笑で部屋は満たされた。
「ぶっはははは! なんだそりゃ! ひっ必死におっ男が好きだとっ。わはははは!」
「こりゃ、たまんねぇわ!」
「あはははははっ!」
だがその渦中にあるハベルに笑う余裕は無い。なんともいえぬ表情を引きつらせ、拳を握り締めている。男を好きだと主張しなければならず、しかもそれが嘘だったという屈辱。偽者だとばれた焦り。それが偽ハベルの中で渦巻いている。
頭目達は笑い続けているが、ジュレルディはもはや笑ってはいない。鋭い目で、静かに偽ハベルを睨んでいる。
「ハベルさんに成りすまし、祭を起こそうとした。そのけじめをどう付けるつもりなんです? 祭は中止ですか?」
その言葉に、頭目達も笑いを収め驚いている。
「いっいや。何言ってんだよ。そいつが偽者でも祭はやるんだろ?」
「そうだ。せっかく集まったんだからよ」
「ちょっと待ちな」
今までジュレルディに話を任せていたカシェードが割って入った。祭の発動権は、本来カシェードのものなのだ。
「この男が偽者ってんなら、祭は中止だ。俺に話した内容だって信用できたもんじゃねえからな」
「カシェードの言うとおりだ。不正が無かったのなら祭をする根拠がない」
その言葉に頭目達も焦りだし、今度は偽ハベルに詰め寄る。
「おい。お前がそのなんたらっていう奴の偽者だろうがどうでもいい。領主が不正をしたってのは本当なんだろ?」
「な。そうだと言ってくれよ」
「ほっ本当だ。そう聞いている」
偽ハベルの言葉に、頭目達はほっとした顔をジュレルディに向けた。
「姉ちゃん。本当だってよ。だから堅えこと言わずによ。ぱっとやろうぜ」
だがジュレルディはその言葉を聞き流し偽ハベルにしか眼中にない。
「今、聞いている、と言ったか? じゃあ、お前が直接本物のハベルさんに聞いたんじゃないんだな?」
「あ。いやそれは……」
「誰だ。お前の後ろに誰がいる?」
「私は、やれと命令されただけなんだ」
「そんな事はどうでもいい。誰がお前に命じた」
「フィ、フィクスさんが……」
「フィクスだと?」
フィクスってあいつか。前に祭が起こった時のその纏め役だった。またあいつが噛んでたのか。しかし、偽者の証言者まで作って祭を起こそうとするとは。とんでもない奴――。
ドシュッと音が鳴ったかと思うと、偽ハベルの首が落ち、ヒッと、ユイファが悲鳴を上げた。ジュレルディ、カシェード、俺、そして頭目達が鋭い視線を、血濡られた剣の持ち主に向けていた。




