第56話:急転
翌日、ベッドの後始末、朝食に領主との会談、その間の城の探索といつものイベントをこなした俺はジュレルディと共に部屋に戻っていた。
「エストア語を話せる侍女を捕まえて聞いたら、昨日来た男とハベルが仲が良かったってのは本当みたいですね。やっぱりこっちのいう事を聞いたら、もしかしたら助けて貰えるんじゃないかと思っているらしく、素直に話してくれました」
「まあ、そうだろうな。と、いうより、他に手が無いのだろう」
「そうですね」
「しかしそうなると、やはりハベルさんがその男の事を気に掛けて無いのが、気に掛かる」
ジュレルディは真剣な表情で銀髪をかき上げている。
「確かに。やっぱり本当の狙いはカシェードって事ですか?」
「うん。とにかく一度私もその男に会ってみよう」
「貴女がですか?」
「ああ。やっぱりサリビス語でちゃんと話を聞いた方が良さそうだしな。その男の名は何というだったかな?」
「ナンという男です」
「分かった。じゃあ私はそのナンに会ってくるから、お前は他の連中からも、もっと情報を集めておいてくれ」
「分かりました。」
こうして俺達は調査を開始した。まるでホームズとその相棒のワトソンのようだ。いつもはジュレルディがホームズだが、今回ばかりは俺がホームズだ。ちなみにワトソンとは、散々足を棒にして色々調査した挙句、その調べた内容はホームズがとっくの昔に知っているという、引き立て役としてこの世に生を受けた男だ。
早速、昨日話を聞いた侍女をまた見つけ捕まえた。
「昨日も聞いたが、ハベルとナンが仲が良かったってのは本当なんだろうな?」
「はい。将来は一緒に城を出て商売をするとか話していたらしいです。私がこの城に来る前の話なので、私も人づてに聞いただけなのですが……」
うむ。将来を約束した仲だったわけか。やはりガチだな。
「でも、なぜか急にハベルさんが城から出て行ってしまったんです。どうやら御領主様の御不興を買ったとかで……」
「ハベルは何をやらかしたんだ?」
「それは詳しくは……」
「何でも良いんだ。知っている事があったら聞かせてくれ」
「ただの噂で良ければ……」
「それでいい」
「実は、御不興を買って城を出されたという割には、ハベルさんは沢山の退職金を頂いたとか……。それで、本当は別の理由があるんじゃないかって」
「別の理由?」
「はい。御領主様にとって都合の悪い何かをハベルさんが偶然知ってしまって。それを材料に御領主様を……」
「脅迫したってか?」
「本当に、ただの噂なんですけど……」
ふむ。きっと、領主が渡者達と裏取引をしたってのをネタに揺すったんだな。何が些細な理由で城を追い出されただ。自分で城を出たんじゃないか。しかもそれで大金をせしめておいて、今度はそれを理由に祭を起こそうなんて、とんでもない奴だな。
「おう。分かった。あんがとよ。また、なんかあったらよろしく頼むわ」
思わぬ事実を手にした俺は、意識してチンピラっぽい挨拶を残し部屋へと向かった。早くジュレルディに伝えないと、とつい早足になる。
もっとも急いて部屋に入ったものの、部屋にジュレルディの姿はない。
仕方が無い。一旦状況を整理しよう。
ハベルが城を出た理由は、領主に追い出されたんじゃなくて、金をせしめて自分から出たって事だったんだ。しかも、恋人だったナンを城に残したままだ。という事は、すでにナンから気持ちが離れてたんだな。
つまり、その時からナンを捨ててカシェードにちょっかいを出そうとしてたって事だ。しかもカシェードは当時まだ13歳。ショタでホモとは、ダブルじゃないか。
そして、今度は元恋人のナンを殺そうとする。あまりのおぞましさに背筋に冷たいものが奔る。
とはいえ、カシェードの事を思えば今更中止には出来ない。いや、散々渡者達を集めた挙句、ハベルの思惑通りに進むのが嫌だから中止します。なんて言ったら、俺達が殺されてしまう。
くそ! すべてハベルの思惑通りか。せめて、せめて、城にいる事件には関係の無い人達だけでも何とか脱出させなければ。今の内に城から退去させるとか。いや、それも難しい。
渡者達は城から離れたところに駐屯しているが、彼らはプロだ。奇襲を警戒し厳重に城を見張っているだろう。それこそ昼夜問わずだ。俺達が城の者を逃がしたとなると問題になる。
いっその事、もし祭が始まったらドサクサにまぎれてハベルの奴を殺っちまうか? だが、あんな奴の為に来世が悪くなるのは馬鹿馬鹿しい。
「うわーーー!」
にっちもさっちも行かなくなり、思わず叫んでベッドに飛び込みのた打ち回った。
くそ! くそ! くそ!
あんな奴の為に、あの侍女達が酷い眼に合うとは!
カシェードの仇討ちの件もあるし、それには俺達も関わっているのは分かっているが、それもハベルに上手く利用されていると思うと、怒りが込み上げてくる。
「なにをやってるんだ?」
冷静の中に少しあきれた感じの声に振り返ると、ジュレルディが扉に手をかけ立っていた。その視線が少し冷たい。
う! 愛想をつかされるかも。全力で訳を説明しないと。
「ハベルの奴。やっぱり飛んでもない奴でしたよ!」
「何だと?」
「どうやら領主が渡者達と裏取引したのを掴んだ奴は、それをネタに領主から金を脅し取ったらしいんです! 城から追い出されたってのも嘘で、金を持って自分から出てったんですよ!」
「じゃあ、その裏取引でハベルも美味しい目にあってるんだな?」
「そうです」
今までずっとハベルを’さん’付けで呼んでいたジュレルディが、ついに呼び捨てた。彼女の中でも確信に変わったらしく、目つきも鋭くなり、頭目モードだ。
「領主を脅し金をせびり、にも関わらず、今度は領主の非道を訴えて祭……か」
「はい。同じ口から出た言葉とは思えません!」
ジュレルディの鋭い目が一瞬見開き、改めて俺に向いた。
「確かに、お前の言うとおりだ」
そう言った彼女のアメジストの瞳は、更に鋭く燃えるようだ。
「私達は騙されていた。という事か」
「どうやらそのようです」
「一旦、戻るぞ。ユイファを呼んでくれ、私はカシェードを呼んでくる」
「はい」
2人して駆け出した。ジュレルディが扉に手をかけ――。
ふと、ジュレルディが立ち止まり部屋に振り返った。さっきまで燃えていた瞳で、寂しげな視線を向けている。頭目の顔ではなく女の顔だ。
「どうしたんです?」
「あ。いや、もうこの部屋には戻って来ないのかと思ってな」
そうだ。この部屋は俺とジュレルディが結ばれた部屋なのだ。ジュレルディにとって、いや、俺にとっても夢のような日々。渡者としていつも通りの生活に戻れば、2人きりで部屋で過ごすなんて難しくなる。
向き直り、改めて扉を開けようとするジュレルディのしなやかな手を上から押さえた。驚いて俺を見る彼女を抱き寄せ唇を重ねた。一瞬の戸惑いの後、ジュレルディはすぐに俺の背に手を回し俺も抱きしめ返す。
「もっと強く」
一瞬、離れた赤い唇が言った。そしてすぐに重ねられる。その言葉通り強く抱きしめた。
「もっと……」
さらに強く抱きしめると、俺の耳元で吐息と共に苦しげな呻きも聞こえる。大丈夫かと、思わず力を弱めると、苦しげな声が耳元で囁かれる。
「大丈夫。忘れられないくらい……強く抱きしめて」
部屋を出てユイファを呼びに行った俺は、手短に事情を話し廊下に出た。ちょうどジュレルディもカシェードと一緒に部屋を出るところだった。
「あの野郎! 絶対に許せねえ!」
「そうです。カシェードさんの気持ちを利用するなんて!」
真相を知った2人は、怒り心頭だ。カシェードは右手の拳を何度も左の手の平に打ちつけ、怒りのやり場を探している。ユイファも顔を真っ赤にし頬を膨らませていた。
「カシェード。気持ちは分かるが、ハベルとの対決は私に任せてくれ。奴ものらりくらりと追及をかわそうとするだろうからな」
「ちっ! 分かったよ」
「すまない」
「でもよ。おめえの事は信用してるが、尻尾を掴み損ねたらどうすんだよ。泣き寝入りで、奴の言うとおりにするしかねえのか?」
「そこは大丈夫だ。アルシオが良いネタを仕入れてくれた」
女頭目の顔で、ジュレルディが不敵に笑った。
領主のモンフォールに城を出ると伝えると、モンフォールは驚き泡を飛ばして引き止めてきた。どうやら俺達が城を離れるのは、もう交渉を切り上げ祭を発動させると考えたようだ。
「こっ交渉の期限はまだのはずです! どうか、お待ちを! あ、それでは、エウティミオ殿の領地の他に、私の領地の半分も差し上げますから! どうか祭だけは!」
「私達も、交渉を止めるつもりはありません。ですが、少し戻らなくてはならない用事が出来たのです」
「本当なのでしょうね?」
「勿論です」
「いや、しかし……」
「急ぎますので。では」
ジュレルディは駆け出し、俺達も後を追った。
「良いんですか? モンフォールが不安そうに見てますけど」
「猜疑心にかられた奴はどうやっても信じない。どうせ祭になるならと、その前に私達を殺そうと考え出す前に逃げるに限る」
「確かに」
「追っ手が来るかもしれん。このまま走るぞ」
俺達は無言で走り続け、夕刻前には渡者達が屯している場所にたどり着いた。俺達が城に向かった時は百名ほどだったのに、倍ほどの人数になっている。
以前参加した祭の時と同じで飲んだくれた渡者が多い。酒臭い息を吐きながら、男が話しかけてきた。
「城の方から来たって事は、あんたらが今回の祭の主役かい?」
「そんなところだ」
答えたジュレルディの視線と口調は冷ややかだ。
プロ意識の強いジュレルディにとって、戦いを前に酒を飲む渡者は失格だ。確かに交渉の期限前ではあるが、その油断を突いて城方が奇襲をしてくる可能性だってある。
「祭はやるんだろう? だったら早い事やっちまおうぜ。なんだったら今からでもかまわねえよ」
「その件でハベルさんに話がある。今、どこに居るんだ?」
「ハベル? ああ、今回の祭のまとめ役って人だな。その人なら多分向こうの方に建てた小屋ん中にいるんじゃねえの」
「分かった。ありがとう」
もう用は済んだと、さっさとハベルが居るという小屋へと向かう。
「おーい。祭はやるんだろ?」
男は、祭をしたくてたまらないらしく叫んでいるが、まあ、それはこの男だけじゃなく、集まった渡者達全員の気持ちだろう。
小屋に入るとハベルの他にエルミラさんもいて、その他にも数人の渡者が、机の上に広げられた地図を前になにやら相談していた。気の早い事に、頭目達を集めて軍議でもしてたんだろう。
「これはジュレルディさん。それにカシェードさんに他の方々も。交渉の期限はまだのはずですが、どうしたのですか? 期限を残して交渉が決裂したのですか?」
ハベルにとって重要なのは俺達の頭目のジュレルディと、祭の主役であるカシェードの2人だけらしく、俺とユイファは省略された。もしかしたら名前すら覚えられてないかと思うとむかつく。
「その件で重要な話があって参りました」
「重要な話?」
「はい。とても」
「それはいったいどのような話なのです?」
首を傾げるハベルにジュレルディが向ける視線は鋭い。ハベルもそれに気付いたのか、ちょっとたじろいでいる。
「貴方は、私達に重要な事を隠していませんか?」
「こっこれは、急にどうしたと言うのです? まさか城でおかしな事を吹き込まれたのではないでしょうね」
「吹き込まれたのではなく、真実を突き止めたのです」
「真実ですと? いや、私には何が何やらさっぱり」
ハベルは誤魔化そうとするものの、ジュレルディの迫力に圧され額には汗が光っている。エルミラさんや他の渡者達も状況に戸惑っている感じだ。
「とにかく、私には後ろ暗いとこらなど何もありません。その真実とやらも、きっと城の者達が言った出鱈目ですよ」
ガチホモで、しかもショタのダブルという事を隠そうとハベルは必死だ。エルミラさん達も、ハベルがダブルでカシェードを狙ってて、それに祭を利用しようとしてると知ったら驚きの声を上げるに違いない。
ハベルは、出鱈目だと言い続けているがジュレルディは誤魔化されない。鋭い視線で射抜き、指を突きつけ言い放った。
「貴方は、ハベルの偽者だ!!」
「ええーーー!!」
俺は、驚きの声を上げていた。




