第55話:狙われたカシェード
窓の外には小鳥の囀りが聞こえ、爽やかな朝である。
「侍女を呼んでくれ。アルシオ」
ベッドを前にジュエルディが言った。
渡者は体力が命。夜通し目的地まで歩き詰め、そのまま魔物退治をする事もある。多少の寝不足やなんかは影響しない。酒を控えるのは、体力の問題より判断力が鈍るのを防ぐ為だ。
勉強の後、それでも余力のあった俺達は、結構色々とやってしまったのだ。そしてベッドも壮絶なことになっている。
「私達の世話は、エストア語を話せる侍女にしてもらうという話だっただろ? お前が相手をしてくれ」
「あ。すみません。昨日は色々とあって、それを侍女達に言うの忘れてました」
「……」
「……」
「ああん。もう!」
絶叫の後、やむなくジュレルディが侍女を呼び、昨日と同じようにベッドを整えさせた。侍女は顔を真っ赤にし、彼女が部屋を出てからジュレルディは更に顔を赤くしている。
「今度こそ、次からはエストア語が分かる侍女が来るように伝えたからな! 次からはお前だぞ!」
俺を指差し赤い顔で怒鳴るジュレルディを、不謹慎にも可愛いと思った。
みんなで朝食を取った後は、昨日と同じく領主との会談だ。
その間、例によって俺は城内をぶらぶらしている。もし城の連中が襲撃してきた場合に備えての重要な任務である。決して俺一人、遊んでいる訳ではない。
途中見かける兵士や召使やらの会話に聞き耳を立てながら進んだ。その会話には昨日ジュエルディに教えてもらった単語も出てくるが、やはり一夜漬けでは知らない単語も多い。出来るだけ覚えておいて、後でジュレルディに聞いてみよう。
渡者は森に潜む魔物と戦うこともあり、いかに早くその気配を察するかが生死を分ける。なので渡者標準の技能として耳がいい。
その力を発揮し、普通の人間ならば聞き取れない遠い会話に聞き耳を立てながら、まったく聞こえてないふりをしながら通り過ぎる。
逆に、普通に聞こえる距離で喋っている奴には
「おい! 俺に分かるようにエストア語で話せ! 俺に聞かれちゃ不味い事でも話してんのか?」
と、難癖をつけた。我ながらチンピラのようだ。
俺がまったくサリビス語が分からないと城の連中に思わせる為の策略だ。もちろん、考えたのはジュレルディである。
そうして歩いていると年のいった男が近づいてきた。城での地位は低いらしく粗末な身なりだ。俺のへ恐怖を押さえ込み、無理やり愛想笑いしているのがあからさまに見て取れる。
「おれ、ハベル、知ってる、ハベル、友達」
自分を、おれって呼ぶには年を取っている感じだが、どうやら俺と同じように単語だけを即席で教えてもらったようで使い方もあやしい、片言のエストア語だ。
思ったとおり、ハベルの元同僚って奴がまだ城に居たみたいだな。そういえばハベルと同じくらいの年齢っぽい。昔の誼で助けて欲しいって言うんだろうが、さてどうするか。やっぱり冷たく追い払うべきか?
そんなことを考えている間にも、男は必死で口から泡を飛ばしていかにハベルと仲が良かったか訴えている。
「ハベル、いつも一緒、ハベル、会いたい」
意外と単語だけでも意味が通じるんだな。思わず関心してしまう。それはそうとして、本当にどうしたものか。男がいうようにハベルの友達なんだとしたら、さすがに見捨てるのは不味いか?
しかし、甘い顔をしては祭りになり、それこそこの男の命も危ない。やはりここは心を鬼にして追っ払うべきだ。しかし後でハベルに恨まれかねないし、いやしかし……。
「ハベル、おれ、愛し合ってる」
「なに!!」
愛し合ってるだって!? 男同士だろ!
「お風呂、一緒入った。毎日、一緒」
ハ、ハベルの奴。もしかしたらと思っていたが、ガチだったのか。くそ……今更ながら鳥肌が立ってきた。ということはこの男も、あっちの世界の奴ということか。
今すぐ逃げ出したいが、しかしハベルの恋人となると無下にも出来ない。だが、関わりたくも無い。どうしたら良いんだ!
だが待てよ? この男のいうことが本当だとしたら、ハベルもちょっとくらいこいつの事を気に掛けて、俺達に何か言っておくんじゃないか? 恋人をそんなに簡単に切り捨てられるものか?
もしかして、ハベルの方はもう気持ちが離れてて他の恋人を作っているとか。別の……。まさか! やっぱりハベルはカシェードを狙っているのか!?
そうだ。そうに違いない。
やけに熱心に祭を起こそうとしていると思ったら、祭で邪魔な元恋人を葬って、さらにカシェードに恩を売って接近するつもりなんだ。
くそ! カシェードの家族を想う気持ちを利用し、それにつけ込むなんて、なんて奴だ。
しかしカシェードが家族を殺されたのも事実。ハベルに下心があるからと言って、じゃあ無しって訳にもいかない。だが、ハベルの思惑通りにことが運ぶのも釈然としない。
ここはやっぱりジュレルディに相談か。カシェードやユイファに話すのはその後で良いだろう。
「分かった。分かった」
男を振り切って無理やりその場を後にした。男はそれでも食い下がってきたが、ジロリと睨むと怯えた顔で怯み、両手を挙げて次には愛想笑いを浮かべ引き下がった。
その必死な態度は滑稽にも見えたが、それをさせているのは俺達なのだと思うと複雑な気分だ。
部屋に戻るとすでにジュレルディが帰っていた。
「話は単純で領主が決闘を受けるか祭と戦うかどうかだからな。領主が渋って代案を言って来たのをこっちが断った。それで終わりだ」
「代案って?」
「元々のカシェードの領地を返すから、祭は起こさず自分の本領は許して欲しいだと」
普段、人を馬鹿にしたりしない彼女だが、珍しくあきれた顔をしている。
「それってカシェードが貴族に復帰するって事ですか? それはそれで笑えますが、他の渡者達は引っ込みが付かないですよね」
「あ、ああ、自分達を利用して上手くやりやがって。と見られるだろうな。そんな事をすれば、それこそこっちが祭の標的だ」
「そうですよね。カシェードが貴族の服を着てふんぞり返っちゃみんな激怒しますよ」
「そう……だな」
そう言ったジュレルディの表情は硬く、何かを我慢しているようだ。
「だってカシェードですよ? それが自分のことを我輩とか読んだりして――」
「お、お前……私を笑わそうとしているだろ?」
すでにジュレルディは、口元に手をやって俯き肩を震わせている。
「いえ、そんなことないですよ」
とは言うものの、つい顔がにやついてしまう。俺も初めはそんなつもりは無かったのだが、ジュレルディが笑い出しそうなのに気づいて、つい悪ノリをしてしまったのだ。
「馬鹿……」
ジュレルディは、そう言って俯いたまま俺の胸を叩いた。
つい目の前にある肩を抱くと、改めてその細さにびっくりした。女頭目している時の凛とした態度と鋭い眼光。その’強さ’から受ける印象。それが頭に張り付き、何度も彼女の体に触れているはずなのに、毎回その華奢な体に、え? と戸惑い、ドキドキと胸が高鳴る。
俺の胸を叩いていた華奢な手が止まったかと思うと顔を上げた。
「今は、真面目な話の時間だ」
そう俺をたしなめつつも微笑んでいる。
「あ、はい」
一瞬見とれた俺が、慌てて返事するとさらに微笑を深くする。
「とにかく、今日も交渉は決裂だ。明日もなにやら代案を言って来るかもしれないが、当然それも断る。勝負は、向こうの代案の種が尽きてからだな」
「そこからが、祭か決闘かの二択ですか」
「そうだ。お前の方は何かあったか? これも代案の種が尽きてからが勝負と思うが」
「代案を言って来る間は、城からの襲撃は無いってことですね」
「まあ、そういうことだ」
「こっちはハベルの友達っていうか……」
「ハベルさんの友達というか?」
「いや、なんか恋人らしい人と会いました」
「恋人だと!? そんな人が城にいるのか?」
「はい。愛し合ってると言ってました」
「しかし、そんな人が城に居て、祭を起こそうなんて思うものか?」
やっぱりジュレルディもそれが疑問らしく、眉をひそめ納得しかねる様子だ。
「それが実は……。その恋人って言うのが男なんです」
「……」
「……」
「え?」
呆気に取られる女頭目に、俺はさっきの会話を説明した。すると、うーん、と首を捻っている。
「本当か?」
「だって愛し合ってるって言ってましたよ?」
「それは……エストア語をちゃんと憶えて無くて言い違ってるんだろう」
生真面目なジュレルディは、やはりアブノーマルな世界は受け付けないのかなかなか納得しない。しかし俺が、
「それだけじゃないんです。ハベルの奴と毎日一緒にお風呂に入ってたと言ってました。絶対にガチですよ」
というと目を見開いて驚いている。
「それは……おかしいな」
「でしょ?」
「ああ。おかしい」
「それで思ったんですが、ハベルの奴、実は初めからカシェードが狙いだったんじゃないかって」
「なんだと!? あ、いや、確かにそうかも知れないな……」
ジュレルディもやっと事態が飲み込めたのか胸の前で腕を組み、大きな胸が腕に押し上げられている。その胸に目が釘付けになったのを無理やり引き剥がし、彼女の顔を見るとかなり深刻そうである。
「はい。思ったよりかなり複雑な話みたいです」
「どうやら、そうみたいだな」
顔を上げたジュレルディの瞳は鋭く、頭目モードとなっている。背筋も少し伸び、その結果腕に乗る胸も少し突き出された感じで、その大きさが強調される。
「カシェードにも警戒するようにと言って置いた方が良いですよね?」
「いや、カシェードにはまだ言うな。今カシェードが動揺する話はしない方がいいだろう。それよりも、もう少し、その男とハベルさんとの関係を調べてくれ」
そう言ってジュレルディは髪をかき上げ、手をはなされた胸が大きく揺れた。
「分かりました。調べてみます」
そう答えながらも、今日の夜も彼女と夢を見るんだろうかと、ちょっと考えていた。




