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第54話:つかの間の平穏

 部屋に戻ると憮然とした表情のカシェードや困り果てた顔のユイファがソファに腰掛けていた。その2人の前には、凛とした女頭目の顔のジュレルディが同じくソファに身を預けている。


「2人ともどうしたんだ?」


「いや、こっちは全然覚えてねえんだけどよ。昔何度かお目にかかった事があるとか言って、助けてくれって奴が何人も来るんだよ」

「私もです。助けて欲しいって」


 なるほど。俺のところに来てるんだから、こいつらのところにも来てて当然か。誰だって死にたくはなく、生き残る道を模索しているのだ。


「それで、なんて答えたんだ?」

「そりゃあ。そんな事はモンフォールに聞けって言っておいたけどよ」

「私は……。私の判断じゃ決められないって答えましたけど……」


 う! やっぱり、大丈夫だ、なんて言いそうになったのは俺だけなのか。年齢の割りに子供っぽいと思ってたユイファですら一応は言質を与えないようにしてるってのに、やっぱりこれが実年齢の差というものなのか。


 いや、それとも今まで生きてきた世界の違いか。アルシオの記憶があるとはいえ、ついこないだまで普通の高校生だった俺と、渡者として命がけで生きてきた人との違いなんだ。


 そう思うとつい、「さん」付けて呼びたくなってくる。ユイファさんか……。いや、やっぱり止めておこう。


「で、何しに来たんだ? それの相談か?」

「いや、まあ相談ってか、お前らのところにも来てるのかと思ってよ」

「ああ、来ていたな。侍女がアルシオに色仕掛けで抱きついてたから、ぶっ飛ばしておいたが」


 2人の手前なのかジュレルディは激さず、当然というふうな表情だ。カシェードは、まあそうだろうなと頷き、ユイファは、そうなんですねという感じに頷いている。


「そういえば、その侍女がまた俺のところに来ましたよ。色々と無理難題を言って追い返しましたけど」


 場の雰囲気に乗り、俺も当然という顔で言った。


「無理難題って?」

「領主が隠しているお宝の場所を知らないかって」

「まあ、侍女がそんな事知る訳ないだろうな」

「はい。知りませんでした。だから、だったら助けてやれないって言っておきました」

「でも、もし知ってたらどうするつもりだったんだよ。そんときゃ助ける気だったのか?」

「そのときは、聞くだけ聞いて、やっぱり助けてやらないって言うしかなかっただろうな。でも、なんだかあの侍女も領主には恩を感じてるみたいだったから、言いにくそうだったけど」

「恩ってなんなんだよ」


 そう言ったカシェードがなんだかちょっと不機嫌そうだ。こいつの前で、領主が慕われてるって話は厳禁だったか。でも言ってしまったものは仕方が無い。


「なんでも、毎日お風呂に入れてくれて感謝してるらしい。本当のところは、領主が綺麗好きで召使や侍女も風呂に入れさせてるって話みたいだったが」

「じゃあ、あいつの都合じゃねえか。全然感謝する必要ねえだろ」


 カシェードも俺と同じような感想を言って、さらに不機嫌そうな表情になってそっぽを向いた。


「じゃあ、俺達に風呂を勧めたのもその所為なのか……」


 ふと、ジュレルディに視線を移すと、形のよい顎を白く細い指でつまみなにやら考え事をしているふうだ。


「どうしたんです? 何か気にかかる事でもありましたか?」

「ハベルさんも昔一緒に働いてた人達とは顔を合わせ辛いと言っていたな。と思ってな」

「そういやあ、言ってたな。俺と違ってあいつは同僚だったんだから、命を助けてくれって頼まれたらちょっと断り切れねえか」

「そういう意味じゃ、ハベルを城に連れて来なくて正解でしたね。城のみんなに泣き付かれて、グダグダになってたかも」

「そうですよ。せっかくジュレルディさんが頑張ってるのに、城のみんなを助けたいなんて言われたら大変でしたもの」

「それでハベルも城に来たがらなかったのかも」

「そうかもな……」


 そう言ったジュレルディはやっぱり何か考え込んでいるようだった。


 カシェードとユイファが自分の部屋に帰り、俺達2人だけになった。この後、風呂の時間まで2人っきり、いや、風呂でも2人きりか?


 昨日は心の準備が出来ていなかったが今日は違う。とはいえ、やっぱりお風呂でどうこうなるのは問題だろう。2人きりなら積極的なジュレルディだって、さすがにお風呂では……。


 俺がそんな事を考えながら彼女を見ると、いまだになにやら考え込んでるふうだ。


「どうしたんです?」

「いや、少しお風呂の事を考えていた」

「え? お風呂?」

「あ。いや、なんでもない」


 ジュレルディは誤魔化すように言って、その後、昨日と同じように執事が呼びに来て2人でお風呂に向かう。


「こっちを見るな」

 昨日は勢いよく脱ぎ、しかも夜は散々色々したにもかかわらず、ローブに手をかけたジュレルディの顔が赤い。つい魔が差し、

「いやです」

 反射的に答えていた。


 やばい。殺されるかも知れん。次の瞬間には後悔し、襲い掛かるであろう魔法攻撃に身構える。だが意外にも魔法は放たれず、侍女達を震え上がらせる凶悪な女頭目はさらに顔を赤らめた。


「明るいところじゃ……恥ずかしいんだ」

 目を伏せ自分の肩を抱く儚げなその姿は、いつもの気丈さの片鱗もない。


「分かりました」

 思わず答え、次の瞬間また魔が差し

「だが断る」

 と言いかけたのをぐっと堪えた。今度こそ本当に魔法が飛んでくる気がするし、泣いてしまうんじゃないかという気もした。


 背を向け、ジュレルディが居なくなった気配で感じてから俺も浴槽に入った。ジュレルディは身体を隠すように肩までお湯に使っている。長い銀髪は纏められておらず、湯船に浮いて広がり、銀色の花を咲かせていた。


 その美しさは、漁師を海に誘い込む伝説の妖精みたいで思わず見とれ立ち尽くした。


「どうした? 入ってこないのか? アルシオ。早く一緒に入ろう」

 そう言って妖艶に誘い込む。もしかして本当にその妖精なのか? そうぼんやり考えながらも言われるまま湯船に入ると、広がる銀髪を波打たせながら俺に近づく。微笑みそのまま肌と肌が触れ合った。


 どうしてこの人は、こうコロコロ豹変するんだろう。ぼんやりとそんな事を考えながら唇を重ねた。お湯よりも熱い舌が割り込んできた。


 流され結構やばかった俺だったが、

「この後に入る人もいるんだから、そうも行かないか」

 ジュレルディはそう言うとあっさりと身体を離した。思わず、え? っという顔をした俺をクスリと笑う。


 なんだか昨日からずっとジュレルディのペースだ。アルシオは経験豊富なんだから、こんな事じゃ怪しまれてしまいそうだ。


 その後部屋に戻ると、部屋に衣装が用意されてあった。晩餐に着てくるようにとは昨日聞いていたし、わざわざ声をかける必要のないと考えたんだろう。もしかして、昼間侍女を叩きのめしたので、城の人達が怖がって、なるべく接触しないようにしているのかも知れないな。


 ジュレルディの今日のドレスは濃い紅色で、白い肌と対比し艶かしささが増したようだ。いや、以前は彼女に艶かしいなんてイメージはなかったんだけど、どうも関係を持ってからそんな雰囲気をかもし出している。


「今日も綺麗ですよ」


 つい言うと、

「ありがとう」

 と余裕の笑みが返ってくる。男も経験をすると自信が付くっていうけど、もしかして女の人もそうなんだろうか?


 廊下に出ると昨日と同じようにカシェードとユイファが居た。ユイファは草色のドレスで、幼い感じの彼女によく似合っている。ちなみに俺とカシェードはそれぞれ昨日と同じく金と銀の礼服だ。もっとも同じ物って訳じゃなく、男の衣装は色合いのバリエーションが少ないらしい。


 城に来てから、ちょい悪オヤジみたいな雰囲気を出しているカシェードは今日も礼服が似合っている。


「やっぱり様になるな」

 自然と口に出ていた。ジュレルディの事を経験して自信を持ったのかと考えたが、どうやら俺自身なにやら余裕ってものが出てきた気がする。


 カシェードがいくら格好良くなっても、ジュレルディは俺の方が良いと言ってくれた。だから、素直にカシェードを褒められる。


「おめえも似合ってるじゃねえか。良いとこの坊ちゃんに見えるぞ」

「良いところの坊ちゃんはお前だろうが――」


 視線の片隅に、赤い物が動くのが見え視線を向けると、ジュレルディが口元に手をやり壁にもたれ掛かっていた。不意打ちでカシェード坊ちゃんネタを食らった彼女は、必死で笑いを堪え肩が震えている。


 俺も思わず笑みを溢し、ユイファも楽しそうで、カシェードは不機嫌そうだが、ちょっと口元が笑っている。祭りの事が無ければ、こういうのを幸せなひと時って言うのかな? でもまあ、この一瞬くらい、祭りの事は忘れよう。


 晩餐は昨日と同じく豪勢で、普段は食べられないご馳走に舌鼓を打った。ジュレルディはカシェードに教えてもらったマナーをなんとその一回で完璧に覚えており、昨日カシェードが彼女にしたように、隣に座る俺の手を持ち教えてくれた。


 彼女の手が、マナーを教えるにしてはしっかりと俺の手を握っている。俺も他の2人にばれない程度にこっそり握り返すと、ジュレルディもこっそりと悪戯っぽい笑みを浮かべ、凛とした表情の中に柔らかいものが見える。


 食事が一段落付くと、領主モンフォールは昨日と同じく俺達をなだめようと話しかけてきたが、こちらも昨日と同じく首を縦に振る事は無い。令嬢ミディリアナも昨日と同じくおとなしく口を閉ざしたままだ。


 ミディリアナは、十数年もカシェードを待っていた。一緒に居た期間よりもずっと長い間、一人の相手を待っているなんてどんな気持ちなんだろう。カシェードは、そんな彼女のことをどう思っているんだろう?


 だがそれも2人の事。俺が口出しすべき話じゃない。俺は他のみんなと比べれば子供だ。幼いと思っていたユイファですら。それが最近良く分かるようになった。


 食事の後部屋に戻ると、今日こそはとサリビス語の勉強を始めた。ジュレルディと小さいテーブルを挟んで向かい合って座る。


 ジュレルディはドレス姿のままで、俺も礼服のままだ。勉強するにはミスマッチな感じだが、勉強の後は寝るだけなので、わざわざ着替えるのも面倒だから、そのまま勉強する事にしたのだ。


 ドレス姿の所為か、ジュレルディは貴族の子供達に勉強を教える美人家庭教師のような雰囲気をかもし出している。もし、俺の世界で、生徒が男の子だったら、成績をアップさせるどころか勉強が手に付かなくさせるだろう。


「昨日も言ったが、文法は同じだから単語さえ覚えれば言っている意味が分かる程度にはすぐなれる。会話をするとなるとそうもいかないがな」

 凛とした声が、さらに女教師っぽさを強調する。


「分かりました。でも、どんな単語を覚えたらいいんです? やっぱり、城の人達が使うだろうって奴ですか?」

「まあ、そうだな。とりあえずその『城』は、『カステッルム』だ。『領主』は『ドミヌス』」

「『兵士』は?」

「『ミーレス』」


 えーと。このカステッルムのドミヌスはモンフォールで、ミーレスも居ると。ふむ。なんとかなりそうだ。


「『男』は『ウィル』。『女』は『ムリエル』」

「ウィルにムリエルですね。分かりました」


 こうして勉強は夜中まで続いた。と言っても渡者である俺達は、これくらいの夜更かしはなんでもない。窓の外の星空を眺める余裕もある。


「雲ひとつありません。星が綺麗ですよ」

「星はスッテラだな」

 ジュレルディはそう言いながら、窓辺に立つ俺に寄り添った。


「今日も……夢が見たいな」

 俺にサリビス語を教えるという事で少し残っていた、女頭目としての顔が完全になりをひそめた女の顔。ドレスを着ている事もあって、戦いとはまったく無縁な優しげな淑女に見える。


「アモル」

 柔らかく優しい声が聞こえる。その言葉の意味は、教えて貰わなくても分かった。

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