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第53話:悪者

 ジュレルディの丈の長いローブから伸びるしなやかな白く美しい腕。その先で杖が光り輝いていた。彼女の白い顔がその光で更に白くなる。燃える瞳も光を増し周囲を圧した。


 魔法を食らった長い黒髪の侍女の、制服の部分がブスブスと燃え皮膚が焼ける。侍女達は思考が停止しているのか、彼女自身は気絶しそれを消す者はいない。みるみる焼ける面積は増えていく。


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 思わず声を出した。しかし、むしろその声を合図のように再度光が奔った。他の者の後ろにいた侍女の脇腹を捕らえスカートの裾を広げながらクルクルと回転した。不意に糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちた。脇腹からはやはり焦げた臭いが漂う。


 その蛮行に侍女達は息をするのすら忘れたように固まり立ち尽くしている。次第に震え出し、泣き出す者もいた。


 彼女達なりに生き延びる道を考えての行動が、まったくの裏目に出てしまった。その絶望に、皆打ちひしがれ、近くにいる者同士寄り添い、手を握り合っている。


 冷酷な女頭目はそんな彼女達をまったく意に介さず、ツカツカと俺に近寄ってきた。いまだ俺に抱きついたままだった侍女の襟首を掴み引き剥がす。瞬時に襟首から侍女の後頭部へと掴む場所を変え、今度は前に突き出し侍女の頭を壁に叩きつけた。


 女魔法使いといえど渡者。城の侍女とは腕力が違う。ゴンッという鈍い音が鳴り、壁に頭をすりながら崩れた侍女は、お尻を高く突き出した格好で止まった。だがみんな、その滑稽な姿を笑う余裕はない。


 それを成した当人は、笑うどころか邪魔なゴミを払いのけたぐらいにしか思ってないふうで、侍女に視線すら向けず更に俺に近づく。すっと伸びた杖が俺の頬に押し付けられた。


「ちょっと目を離すと浮気ばかりしやがって、いい加減にしろ」


 深紅に燃えた目で俺を射抜く。だがそれも束の間、次の瞬間には妖艶な笑みを浮かべ、

「まあ、その代わり今夜は楽しませてくれるんだろうな?」

 と好色の台詞を吐いた。俺にしな垂れかかり、柔らかい2つの乳房が俺の右腕を包む。


 俺にとっては絶世の美女の誘惑。だが、侍女達から見れば、醜悪な女頭目がその地位を利用して二枚目の部下を手篭めにしているように見えるだろう。そしてそれだけに、人を人とも思わぬ女頭目の『玩具』に手を出してしまった、その仕返しに恐怖している。


 狼を前にした子羊のように身を寄せ合い震え、すすり泣いている侍女達。まるでおぞましいモノを見るように一瞬ジュレルディに視線を向けるが、もし目があったらどんな仕打ちを受けるかと恐怖し慌てて俯く。だが、幸か不幸か冷徹な女頭目はその彼女達の恐怖にすら興味が無いようだ。


「それ、片付けて置けよ」

 倒れている侍女達に一瞥し言い放った。返事も待たずに俺を押すようにして部屋への扉をくぐった。


 バタンと扉が閉じ、部屋の中に重い沈黙が流れる。廊下からは侍女達の嗚咽、倒れた仲間を抱きかかえる音。彼女達のすすり泣く声が次第に遠ざかり聴こえなくなり、束の間の静寂。


 グシッ! と鈍い音が鳴った。


 ジュレルディの掌底が俺のアゴを突き上げていた。普通の高校生の勇雄だったらノックアウトされているほどの容赦ない一撃。戦士である今の俺ですら、目の前に星が飛んだ。


「彼女達はもっと痛かったぞ」

「分かっています」

 低い声のジュレルディに答え、心の中で付け加えた。


 あなたの心もでしょう。


 ジュレルディは分かっているのだ。自分達が悪者だと。悪者になりきらなければならないと。なまじ優しくして甘く見られては、交渉が失敗しかねない。いや、それは俺もジュレルディから聞いていたはずなのだ。だが、俺は彼女達の前で『良い人』になりたかったのだ。


 俺が侍女達をとっとと追い返していれば、ジュレルディは彼女達を討たずにすんだ。俺の所為で彼女達は討たれたのだ。一番、彼女達を助けたいと思っている女性の手によって。


 自分の身を汚してまで他の者を守ろうとした侍女達。侍女達の命を守る為、あえて彼女達を傷つけ悪人となったジュレルディ。俺だけが自分は綺麗なままでいようとしたのだ。


「すみません」


 あまりにも情けなく、それだけしか言えなかった。


「アルシオ。お前は優しい。最近特にそう思う。だが、優しさで人を傷つける事もある」

「分かってます。いえ……分かりました」


「うん」

 うな垂れる俺の手に、ジュレルディのひんやりした手が添えられた。俺を慰めるように微笑んでいる。


「それに彼女達なら大丈夫だ。これだけの城なら治癒魔法が出来る者もいる。あの程度なら傷跡一つ残らないはずだ」


 渡者の女頭目としての凛とした顔ではなく、柔らかい眼差し。静かな声。優しい表情。


 ふと。どうしてこの人は渡者なんてやってるんだろう。女頭目なんてやってるんだろう。そんな考えが頭に浮かんだ。


 でも、聞くまでもない事だ。渡者にならなければ生きていけないからだ。仲間の中で、彼女が一番頭目として優れているからしているだけなんだ。戦わずに生きていけるなら、多分、彼女は誰とも、何とも戦わないだろう。


 思わず彼女の頬に手を伸ばしていた。ジュレルディは、正面を向いたまま目で追いかけていたが、俺の手が頬に触れると瞼を閉じる。赤い形の良い唇に自分の唇を重ねた。柔らかいと、改めて思った。


 その後、頭を冷やしてきますと言って部屋を出た。半分は本心だったが、残りの半分は彼女を押し倒したい衝動にかられたからだ。あんな事の後に、それはさすがに節操がなさ過ぎると部屋から逃げ出した。


 もっとも、ジュレルディも2人きりなら結構積極的だ。侍女達の事がなかったら、俺と部屋でいちゃつくつもりだったのかもしれない。そう思うと、さっきまでとは別の意味で申し訳なく思った。やっと結ばれてその翌日にこれだ。大切な日を、自分自身でケチをつけてしまった感じだ。


 とりあえず城を一回りしてみた。領主やその家族の部屋は2階、3階部分にあり、侍女や召使の部屋は1階か。ちなみに俺達の部屋は2階で、昨日入ったお風呂は1階だ。地下は貯蔵庫らしく、食料などが山積みとなっている。


 改めてそこかしこを見て回ったが、とはいえそう時間のかかるものじゃない。すぐに元の部屋の近くまで戻ってきてしまった。


 だがまだ部屋に戻るには早い気がしたので踵を返し、さっきとは逆にたどって進む。貯蔵庫を歩き回り、お風呂の前を通り過ぎ、侍女達の部屋の前に差し掛かった。


「す……すみません。まって……下さい」


 蚊の泣くような声に振り向くと、あの長い黒髪の侍女がいた。ジュレルディに一番初めにぶっ飛ばされた侍女だ。ジュレルディの言うとおり、治癒魔法で傷は治ったみたいだ。まあ、以前土竜どりゅうのボスに折られた俺の足の骨もすぐに治ったぐらいだから、当然と言えば当然か。


 だが、治療されるまでずっと気絶したままだった訳じゃないだろう。傷は治ったとはいえかなり痛かったはずだ。あんな目にあって何の用なんだ?


「なんだい姉ちゃん。まだ俺に抱かれたいのか?」


 さっきの事を反省し、ぶっきらぼうな口調を心がけた。口元にも下品な笑みを作る。


「は……はい」


 え? 思わず素に戻って声を上げそうになった。何とかそれを押さえきり、値踏みするように彼女に視線を向けた。彼女は、思いつめたように真剣な表情で、俺の視線を受け止めている。


「あんたを抱かせてくれたら、俺が他の侍女達を助けてくれるって本気で考えてるのか?」


 侍女は唇をかみ締め、不意にその瞳に涙が浮かんだ。


「分かりません。……。でも、どうせ乱暴されて……殺されるんだったら。もしかしたらって……。他の子達だけでもって……」


 手を伸ばし彼女の肩を掴んだ。そのまま思いっきり壁に押し付けた。彼女は苦痛に顔を歪ませている。


 ジュレルディがいきなり魔法を撃った理由が分かった気がした。とてもじゃないが聞いていられない。俺達は酷い奴らなのだ。改めて分かった。だがそれだけに、酷い奴らになりきらなければいけない。


 とはいえ、彼女を抱くなんてできる訳がない。しかし単に追い返すだけじゃなく、もっと、酷い奴、にならなければならない。領主が1対1に応じない限り助からないと思わせるくらいに。何かないか? ダメだ、とっさには思い浮かばない。あ、そうだ。


「まあ、あんたを抱くかどうかはおいおい考えるとして、あんたに聞きたい事がある。何かこの城に値打ち物はないか?」

「値打ち物……ですか?」

「ああ、祭りが始まって略奪するって時に、真っ先にそれを抑えてえんだよ。獲物は早い者勝ちだからな」

 そう言って、欲深そうににやりと笑った。


「お金になりそうな物は沢山あると思います」

「その中でどれが一番金になりそうかって聞いてるんだよ」

「リビングにおいてある金の彫像が高いと思いますけど……」

「デケエよ。1人で運べねえじゃねえか。それにそんな分かりやすいところに置いてあるやつじゃ、他の奴だってすぐに見つける。ちょっと探した位じゃ分からない俺だけが確実に取れるって物が良いんだよ」


「確実に……ですか?」

「ああ。何かあるだろ? この城の主人が大事に隠している先祖代々の家宝とかよ」

 わざと難しい注文を出した。主人が隠しているような宝のありかをただの侍女が知っているとは思えない。


「隠してる……場所ですか?」

 と、予想通り侍女は困惑している。だがそ知らぬふうに更に問い詰める。


「生活する為に雇われているだけで、特別に恩義がある訳でもないんだろ?」

「でも、とても良くしてくれてますし、私達にも、毎日お風呂に入れて下さいます」

「風呂だ?」

「はい。ご領主様はとても綺麗好きで、兵士の方々や召使。侍女まで全員毎日お風呂に入るようにと」

「そりゃ、領主の好みなだけで、お前達が恩に感じる必要はねえだろ」

「それはそうなのですが……。故郷の村ではお風呂に入るなんて、特別な日だけでしたし……」

「まあいい。で、隠した財宝ってのの場所はどこなんだ?」

「あるとすれば……。領主様のお部屋のどこかとは思うのですが……」


「そんな事は誰だって予想が付くんだよ。具体的な場所が分からねえと意味ねえだろ」

 歯切れの悪い侍女に、ぶっきら棒に言った。侍女は言葉を失い押し黙った。

「それじゃ、お前達を助けてやる訳には行かないな」

 と背を向ける。


「待ってください!」

 侍女が俺の背中にしがみついた。その必死は自分が助かりたい為じゃない。他の侍女達を助ける為なのだ。一瞬、この娘だけでも助けたい。そんな衝動に駆られた。だが、彼女自身すらそれを望んではいない。彼女の望みは他の侍女達を助ける事なのだ。


「しょうがねえだろ? だってお前役立たずなんだから」


 振り返り、無機物を見るような冷ややかな目を向けた。その視線に彼女は立ち尽くす。興味を失ったふうに歩き出した俺の背に、泣き崩れる彼女の嗚咽が聞こえる。


 彼女が今刃物でも持っていたら、後ろから刺されるかも知れない。


 だが、もしそうされたらアルシオの身体に染み付いた渡者の技能を発揮し彼女をぶちのめす。殺される訳には行かないのだ。たとえそうされて仕方がないとしても。


 もし俺が彼女に殺されては、彼女の業が悪くなるだろう。それにカシェードの仇討ちだけの話じゃなくなり、祭りを回避出来なくなる。そしたら彼女は結局殺され、さらに来世も悪くなる。彼女の来世の為には、業を悪くする前にむしろ殺すのが彼女の為か。


 他の者の業を悪くしない為、あえて自分の業が悪くなるのを覚悟して相手を殺す聖人。そんな、いかがわしい宗教団体のような考えが頭を過ぎった。


 馬鹿馬鹿しい。

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