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第52話:侍女達

 微かな腕の痛みに眠りから目を覚ますと、目に映ったのは白み始めた窓の外からの光に照らされ浮かぶ美しい顔。俺の腕の中で寝ていた彼女が、眩しさで身じろぎしたらしい。


 まだ夢の世界に心を留めながらも、光から逃れようとさらに俺の胸に潜り込もうとする。軽く髪を撫でると、くすぐったいのかちょっと首を竦めた。常に魔物や敵の襲撃に備え、凛と張り詰めている女頭目の無防備な姿。


 彼女は心地よい疲労感に身をゆだね、満足そうに寝息を立てている。ついにジュレルディと一夜を共にした。お互いを何度も愛し合ったのだ。しかし思っていたものとは少し違っていた。


 お互い高ぶりの頂点に達し、いざ! とその時思いがけずジュレルディからの戸惑いの声。


「待て。アルシオ。それをすると……子供が出来るのではないか?」

「でも……じゃあどうするんですか?」

「え?」

「え?」


 抱き合ったまま戸惑い、お互いの顔を見つめ合った。話してみると例によって南北問題。前々からちょっとそうじゃないかとは思っていたけど、ジュレルディ達の北部に比べ、アルシオが住んでいた南部は相当田舎らしい。


 南部ではこういう事もあまり深く考えずに本能のまま行動しているのだが、北部では色々と考えられていた。


「私達は町から町に旅を続けなくてはならない。私達だけの問題じゃない。カシェードやユイファも居るんだ。子供は……作れない」

「そう……ですね」


 真剣な顔のジュレルディに俺も頷くしかない。この世界の女性は多産なので妊娠しやすいようだ。しかも旅を続ける渡者の妊娠は死活問題。なので北部出身の渡者達は、こういう時も子供を作る行為はしないらしい。だが、そうなると女性も受身ばかりではいられない。


「私も頑張るから……。ここは私の言うとおりにして貰えないか?」


「分かりました」

 どう頑張るんだろう……。思わず邪な想像が浮かび即答していた。


「それで、勉強してたんですか?」

「べっ別に、私だけじゃないぞ。女渡者の……たしなみだ」


 女渡者のたしなみか。そういえばアルシオが今まで手を出してたのって、町々の酒場の女みたいな渡者じゃない女性ばっかりだったな。それでアルシオの記憶にはなかったのか。


 そして、勉強の成果を活かし頑張るジュレルディと、アルシオの経験を駆使する俺は夜が耽るまで何度も求め合ったのだ。


 なので、元の世界の感覚では俺とジュレルディは厳密には関係を持ってない事になるのかな? とはいえ、郷に入っては郷に従えというし、この世界では間違いなく俺とジュレルディは結ばれたのだ。そこを誤魔化すつもりは無い。


 改めて俺の胸の中で静かに寝息を立てる彼女を見つめ、唇を重ねた。寝ている女性の唇を奪う。本来なら絶対に許されない行為を躊躇わない。彼女を起さないように触れるだけの口付け。


 次の瞬間、強く押し付けられ、俺の背に白く長い手が伸びて仰向けにひっくり返された。上から圧し掛かるジュレルディはしばらく唇と身体を押し付けた後、十分に堪能したのかあっさりと唇を離した。


「おはよう」

「おはよう御座います」

「寝込みを襲うなんてひどいな。アルシオ」

「あなたの寝顔が可愛かったので」


 我ながら歯の浮くような台詞に彼女は顔を赤らめるかと思ったが予想ははずれ、嬉しそうな笑みを浮かべた。


「どうやら、夢から覚めてないようだな」

「夢ですか?」

「ああ。とてもいい夢で、もしかして寝て起きたら覚めているかもと思ったんだが、まだ続いているらしい」

「それって逆じゃないんですか?」


 ジュレルディは再度微笑み、その笑みが俺に近づいてくる。

「夢の続きが見たいな」

「僕もで――」

 ジュレルディの赤い唇が俺の言葉を断ち切っていた。

 さて、これは第何ラウンド目だっただろうか。そんな事を考えている俺に構わず、ジュレルディが勉強の成果を発揮し始めていた。


 完全に朝日が昇り、ジュレルディは別の意味で夢から覚めていた。


「どうしよう……。アルシオ」

「これは……どうしようもありません」


 惨たる有様のベッドを前にジュレルディの白い顔が青ざめている。2人きりだと積極的な彼女だが、他の人間にそれがばれるのは極端に恥ずかしがる。しかしこのベッドを見れば、一晩中何をしてたかは一目瞭然なのだ。


「諦めるな。アルシオ。何か手はあるはずだ」

「とは言っても……。今から洗って乾かす時間なんてありませんし」


 俺もあからさまに公表したい訳じゃないが、取り乱すジュレルディがなんだか微笑ましく、つい冷静に突っ込んでしまう。


「やむを得ない……。他に手は無いか……」

「何か思いついたんですか?」


 ジュレルディは部屋の中央の丸いテーブルに手を付き、苦悶の表情を浮かべている。


「アルシオ。私は神にかけて誓う。今回の事が終わったらこの地を離れ、二度と踏み入れないと……」


 もの凄い決意だ……。ここまで覚悟を決めていったい何をしようって言うんだ。


「侍女を呼んでベッドを整えて貰おう。カシェード達にばれるよりはマシだ」

「…………」

「なんだ? アルシオ」

「いえ、なんでもありません」


 確かに侍女に片付けさせたらバレバレで恥ずかしいんだろうけど、何も神に誓わなくても。この恥ずかしがりの性格はどっから来ているんだろう。


 ジュレルディが呼び鈴を鳴らすと、どこで待機してるのかしばらくして侍女がやってきた。サリビス語での会話は俺には分からないが、ジュレルディはさっきまでの狼狽を微塵も表に出さず、親指でベッドを指し示し居丈高な態度だ。この城の中では高圧的な態度をとる方針なのだが、本当は恥ずかしくて仕方ないはず。それを微塵も感じさせないとは、ジュレルディもなかなか演技派だ。


 指し示されたベッドに顔を向けた侍女は、あっと口元に手をやり一瞬で顔が真っ赤だ。そして早口で何やら喋り足早に部屋を後にした。


 バタンと扉が閉じた瞬間、その侍女より遥かに顔を赤くしジュレルディが両手で顔を覆った。


「……ちょっと泣きそうだ。アルシオ」

「お疲れ様でした」

「お前も早くサリビス語を覚えるんだ」

「あ、そういえば夜中は勉強するはずでしたね……」


 いかん。すっかり忘れていた。俺達はカシェードのあだ討ちの為に来てるんだから、ちゃんとしないと。まあ、昨日は初日だったと言うことで、今日から真面目に勉強しよう。


「ああ、早く覚えて次からはお前が対応してくれ」

「え? 俺がサリビス語を喋れるようになっても、それは隠すんじゃなかったんですか?」

「……」

「……」

「ああん。もう!」


 テンパっているジュレルディは、銀髪の頭を抱え叫んでいる。あ。そういえば。


「エストア語が喋れる人を紹介して貰うはずですよね。昨日は結局来ませんでしたけど、紹介して貰ったら俺達の世話はその人達にして貰うようにしましょう」

「それだ!」


 女頭目モードの落ち着きを微塵も感じさせないジュレルディは、ビシッと俺を指差した。


 その後、ベッドメイキングの準備をして戻ってきた侍女に、ジュレルディは早くエストア語が喋れる者を連れてくるように言い、更にベッドを整えて置くように命じて俺と2人で部屋を後にした。さすがに礼服ではなく、いつもの渡者の服装だ。


「お前はカシェードの部屋に行ってくれ。私はユイファの部屋に寄ってからユイファと行く」

「それは良いですけど、どうしてなんです?」

「ベッドが整う前に2人に部屋に来られたら大変だからな。その前にこっちから行ってしまおう」

「なるほど」


 ジュレルディはすっかり落ち着きを取り戻したようで、女頭目モードの頭のキレを見せている。


 カシェードの部屋にノックして入ると、カシェードも起き出し服を着替えたところだったらしい。俺達と同じく渡者の服装なのだが、いつもと違って姿勢が良く、やっぱりなんだか格好良く見える。


「どうしたんだ? この城に入ってから随分と見違えたじゃないか」

「そうか? 自分では分かんねぇがな」

「いや。ほんと見違えたよ」


 昨日カシェードの格好良さに嫉妬してたのが自分でも嘘の様に、自然とカシェードを褒めていた。


「あのお姫様はどうするんだ? 昨日もお前に何度も視線を送ってたぞ」

「どうって、どうしろってんだよ。あいつの親父をぶっ殺してそれで終わりだ。他にどうしようもありゃしねぇよ」


 カシェードはぶっきらぼうに言ってそっぽを向いている。なんだかんだ言っても本当はやっぱり気になっているんだろう。多くの求愛者に囲まれながら、十何年も1人の男を待ち続けるなんて並大抵の気持ちじゃない。それはカシェードも分かっているはずだ。


 だが、そうは言っても彼女の父親が一族の仇なのは事実。いくら自分を待っててくれたからと、カシェードも引き下がる訳が無い。それに、すでに多くの渡者達を集めているのだ。これで元許婚を理由に祭りを取り止めるなんていったら、俺達こそなぶり殺し。もう、引き下がれない。


「待たせたな」

「お待たせしました」


 ノックの後、ジュレルディとユイファが入ってきた。ユイファは昨日の晩餐と同じく黄色いドレス姿だ。


「何だまだドレス着てるのか」

「だって。こんなの次いつ着れるか分からないじゃないですか」

「そうか? 今日の晩餐の時もまたドレス着るんじゃないのか?」

「あ。そうですね」


 ユイファは相変わらずだが、ふと昨日のジュレルディの話を思い出した。女渡者のたしなみ……か。という事は、こいつもジュレルディの言う所の勉強ってのをしてるって訳か。なんとなく複雑な気分だ。


 他愛も無い会話の後は、今後の事を改めて話し合った。


「使用人達からも領主へ圧力がかかるように、城の中では出来るだけ高圧的にずうずうしく振舞ってくれ。甘い対応が通る余地がないと城の人達全員に印象付けるんだ」

 と、昨日の俺との会話を含めて2人に説明する。


 その後また領主との会談となったが、一緒に向かおうとする俺に先頭を進むジュレルディが振り返った。


「アルシオ。お前は城内を調べてくれないか? 万一、城の者達に突然襲われる事もありえる。城内を詳しく知っておきたい。城を歩き回れば立ち入り禁止の場所で止められるかも知れないが、お前は言葉が通じないと強引に通ってしまえ」

「強引に通って襲われたりしないですか?」

「交渉が始まったばかりの段階で、それは無いと思う。だが、後になればなるほど襲われる危険も増えるだろう。今の内に調べて置くんだ」

「分かりました」


 こうして俺は単独行動し城内を歩き回った。俺が近づくと脅えて脇に退く侍女や召使を尻目にずんずんと進み、途中困惑した顔で俺を押し留めようとする兵士達を、何言ってんだ? と何食わぬ顔で強引に通り抜けた。


 とりあえず部屋から外へ出られる経路を何パターンか確認し、俺達の部屋の近くの部屋も中に入って見て周る。完全に無人で、どうやら実は俺達の部屋を取り囲んでいる。って事はなさそうだ。まあ、気配の探りあいで城の奴らが渡者に勝てる訳が無いんだが。


 いくら裕福な貴族の城とはいえそれほど巨大な訳でもなく、さして時間もかからず見て周り部屋に戻るとジュレルディはまだ戻っていなかった。


 さーてと。と綺麗に整えられたベッドに飛び乗ると、身体の重みでベッドが軋む。


 ジュレルディが帰ってくるまで待つか。それとも、今から会談を行なっている部屋に行ってみるか。行ったところで会話の内容は分からないけどな。


 不意に扉を叩く音がした。ジュレルディが戻ってくるにはまだ早いしノックなんてしないだろう。多分城の人間なんだろうけど、どうせ言葉が通じないし居留守を使うか?


 そう考えベッドに寝転がったままで居ると、再度扉が叩かれ少し硬い若い女性の声がした。


「エストア語が喋れる者をお呼びという事で参りました。いらっしゃいませんか?」


 お。そういえばそうだったな。やっと来たか。


「ああ。今開ける」


 ベッドから飛び起きた扉へと向う。言葉が通じるという、その当たり前の事が結構うれしい。だが、扉を開けると待ち受けていたのは10人近い侍女の群れ。皆同じ制服に身を包み、貴族の屋敷で召抱えられているだけあって容姿端麗で美しい。勿論、こっちの世界基準なので、俺から見ればかなり残念な事になっている。


「エストア語が喋れる侍女ってこんなに居るんだ?」

「あ。いえ。喋れるのは私と……この子だけです」

 と先頭に居た長い黒髪を綺麗に結った背の高めの侍女が、右後ろで俯く短い黒髪の侍女を振り返った。


「じゃあ、他の子は?」

 見渡した侍女達の表情はみな硬く、俺と目が合うと慌てて逸らす娘もいた。


 いったい、なんなんだ?


 戸惑っていると、先頭に居る侍女が俺の視線を遮る様に動いた。真っ直ぐに視線を向ける彼女の顔には怯えと決意が浮かんでいる。


「私を……私を好きにしていただいて結構ですので、この子達は助けてあげて下さい」

「わっ私も! 私もです!」

 続いて言った俯いたままの侍女の頬に涙が伝っていた。


 ああそうか。そうなのか。仲間の家族を皆殺しの目に合わせた悪い領主を倒す。だから自分達は正義なんだと思っていた。でもそうか。俺達は悪者なのだ。雇い主の領主が悪事を働いたからって、彼女達には何の罪も無い。


 突然、後ろに控えていた茶髪の侍女が、前の2人を押しのけ俺に抱きつき叫んだ。言葉は分からないが、何を言いたいかは痛いほど分かった。この子達ではなく自分を抱けと言っている。


 後ろの侍女達を再度見ると、やっぱり顔を逸らす者、他の娘の後ろに隠れようとする者、そして震えながらも俺を見返す者も居る。彼女達も祭りがどのようなものなのか知っているんだろう。昨日まで平和だった城に突如訪れた絶望。その中で必死に生きようとし、更に他の者を助けようとする娘がいる。


 あまりにも健気で、彼女達を安心させようと俺は微笑を浮かべた。


「えーと。だいじょ――」


 一条の光が奔った。目の前の長い黒髪の侍女の姿が消えていた。


 ドン! っという音。反射的に向いた視線に、廊下に打ち倒され、髪を波打たせバウンドする侍女が写る。うつ伏せに倒れピクリとも動かない。制服のわき腹の辺りからブスブスと音が鳴り、肉の焼ける臭いが漂う。


 突然の事に侍女達は反応できず、遅れて視線を向ける。思考が追いついていないのか、不思議な物を見るような表情だ。


「随分と、舐めたまねをしてくれるじゃないか」


 凍てつく声に視線を向けると、アメジストの目が燃えていた。

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