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第51話:その夜

「随分そわそわしているじゃないか?」


 すっかり日も落ち部屋のランプの明かりで照らされた部屋の扉の前で、ジュレルディはなんだか嬉しそうだ。


「いや、ははは」

 と、笑って誤魔化すしかない俺はそのまま彼女へと近づく。俺を見上げるアメジストの瞳は潤み、その微笑の奥に情事への期待を宿している。間違いなく初めてのはずの彼女に余裕すら感じられる。


 ジュレルディを軽く抱き寄せたその時、トントンっと、不意に扉を叩く音。思わず2人の動きが止まる。もう一度扉が叩かれ、その音にジュレルディの顔が俺の耳元に近づく。

「居ない振りしよう」

「良いんですか?」

 生真面目な彼女の思いがけない言葉に戸惑う。俺だってこのまま続けたいが、彼女が居留守を使うとは思っても見なかった。


「いい」

 と、断言する彼女が可愛く、強く抱きしめたくなったがそれは思い留まり、居留守がばれないように気配を消す。微かに触れる彼女の胸の柔らかさと温かさを感じた。


 だが、ノックの主が立ち去るのを望む俺達の希望はかなえられず、三度目の扉を叩く音が鳴る。続いた侍女のサリビス語にジュレルディは小さくため息を付いた。彼女もサリビス語で返答すると俺から離れて扉へと向かう。


 扉を開け、侍女とサリビス語で会話をし戻ってくた彼女は両手に何やら抱えている。


「なんだったんです?」

「迂闊だった。すっかり忘れていた。もうすぐ晩餐らしい」

「ああ……。そう言えば」

 お風呂で抱き合ってから頭が逆上せてすっかり忘れていた。そりゃそうだよな。と自嘲気味な気分になってジュレルディを見ると、彼女もうんざりした表情だ。


「え……と。じゃあ……」

「あと」

 やるせないのか彼女の返答は短く、あからさまに残念そうだ。


「それで、晩餐の時はこの衣装を着る様にだと」

「礼服……ですか?」

「みたいだな。どうやらとことん私達の機嫌を取りたいらしい。まあ、こっちも彼らを威圧して条件を飲ませなければいけない立場だ。遠慮しては不味いだろ」

「この城の中ではずうずうしく振舞えって事ですか?」

「そんなところだ」


 ジュレルディは、淡いブルーの胸の辺りが大きく開いたドレスを両肩のところを指でつまんで広げたが、納得いかなさそうな複雑な表情をしている。


「何か気に食わないんですか?」

「私の胸のサイズに合わせて持ってきたんだろうが、腰周りがぶかぶかだ」

「確かにそうですね。合うサイズが無かったんですかね?」

「まあ、美人揃いの城に私に合うドレスなど無いのだろう」


 なるほど。こっちの世界じゃ美人はみんな寸胴って事だからな。とは言っても、女性として綺麗なドレスを着られるのは嬉しいらしい。

「後ろを向いていろ」

 と言ってローブを脱ぎ捨てドレスを身に纏う。腰周りはピンクのリボンで締めてサイズをあわせ、まるで御伽噺のお姫様のようだ。


「綺麗ですよ」

 つい自然に俺が漏らすと、

「本当か?」

 と、疑わしそうな視線を向けながらも彼女は笑み嬉しそうだ。


 俺も襟や袖に金糸で刺繍された白い礼服に身を包み、王子様のような姿になり、

「お前も似合ってるぞ」

 とジュレルディからお褒めの言葉を頂いた。


 廊下に出ると同じように礼服に着替えたユイファの姿が見える。


「似合ってるじゃないか。ユイファ」

「本当ですか!」

 確かにジュレルディの言うとおり黄色いドレスは彼女の赤毛にぴったりで可愛らしい。胸が無いのが欠点だが、全体的にほっそりしているのはこの世界では美人なので、こっちの男が見ればさらに可愛く見えるに違いない。


「よう。待たせたな」


 カシェードの声が背後から聞こえ、俺とジュエルディとユイファの3人は一斉に振り向き……。


 なに!!


 その銀糸の刺繍の礼服は俺の金糸の礼服とは違い華やかさでは劣るが、それだけに品を感じさせ渋みを醸し出し、しかもいつものだらしなさは身をひそめ背筋もしゃきんと伸びている。おい。なんだかかっこ良いぞ! 渋めのハリウッド俳優に居そうな感じだ。


 カシェードの礼服姿などを見たらジュレルディは笑い転げてしまうのではないかと危惧していたが、彼女に視線を向けると目を見開いて驚き、頬が少し赤く染まっている。おいおい!


「カシェードさん。かっこいいです!」

 素直なユイファは、その性格どおりの素直な感想を述べ、俺の目がおかしくなった訳ではないと決定付けた。


「どうしたみんな?」

「あ。いっいや。なかなか似合ってるじゃないか」

「ああ。礼服なんぞ着るのは十何年ぶりなんだがな。そんなに似合ってるかい?」

「そうだな……。ちょっと見違えた」

「そうですよ。見違えました!」


 ジュレルディの頬は相変わらず赤く、ユイファの興奮も冷めない。


 なんだか女性陣に大好評だ。俺もそれなりに似合っているはずなんだが、渋い大人の雰囲気を漂わせた厚みのある男を前にした顔だけ良いちゃらい兄ちゃんのようで、敗北感が半端ない。


 その後やってきた執事に先導されダイニングルーム(食堂)へと向かい勧められるまま席に着いた。上座からカシェード、ジュレルディ、俺で最後はユイファだ。テーブルを挟んだ向かいには領主のモンフォール、その令嬢ミディリアナ。


 金髪碧眼のこの世界基準の絶世の美女を前に、銀髪の俺基準の絶世の美女と赤毛の少女は感嘆のため息を付き、カシェードはそっぽを向いている。ミディリアナは悲しげな視線を元許婚に送っているが父親から言いつけられているのか、話しかけてくる事はなかった。


 料理は貴族の晩餐らしく前菜、スープ、魚料理、肉料理と続くが、渡者である俺達はマナーなど分からない。マナーが良いと思っていたジュレルディですら、貴族社会のマナーとなると話が違う。いや、俺達の中に、その貴族マナーを完璧に身に着けている男が居る。他でもないカシェードだ。


 ジュレルディは料理が運ばれてくる度に、救いを求めるような視線をカシェードに向けている。


「こっちだ」

 カシェードはジュレルディの手をとり使うべきナイフ、フォークをその手に握らせてやっているが、その度に彼女の頬が赤く染まった。


 ジュレルディもカシェードの思わぬ変貌に戸惑っているだけとは分かっているが、お互い好意を寄せ合っているはずの女性が他の男に頬を染めているのは正直面白い光景ではない。


 モンフォールはしきりにカシェードに話しかけるがすべて無視され、次にはジュレルディに矛先を向けたが彼女も首を横に振るばかり。最後にはユイファへとすがり付き、何の決定権も無いユイファは戸惑っていた。


 俺は貴族マナーが分からず、領主のモンフォールはぺこぺこするばかり。晩餐はカシェードの男ぶりだけが際立ち奴の独壇場だ。元許婚の令嬢もカシェードに何度も視線を向け、やっぱり未練があるようだ。カシェードの落ちぶれぶりを見て貰い、早々に幻滅してもらう計画が破綻しそうである。


 交渉はまだ1日目。しかもこっちは譲歩するつもりは無いので、結局何も決まらず、晩餐の後は各自部屋に向かった。


「ははは。カシェードの豹変振りにはびっくりしたな」


 前を歩き部屋を入ってすぐにジュレルディは背を向けたまま、楽しそうに笑った。その声に少しむかっとした自分に気づき、自分は器の小さいまだまだガキなのだと更に気づいて更にむかつく。


「でも、私はお前の方がいいな」


 振り返った彼女の笑顔に吸い込まれそうになった。あ、俺この人好きだ。ためらいなく自然とそう思った。


 彼女は胸の谷間が見えるドレスの前で腕を組み、その腕に大きな胸が乗って強調される。女神と見紛おうほどの美貌と、女神というには扇情的なプロポーション。初めて会った時その美しさに目を奪われた。


 でも今はそれだけじゃない。冷静沈着で時には冷たいとも感じる女頭目としての仮面の下に、とても女性らしい優しい心を持っているのを知っている。俺にだけその姿を見せてくれる。


 彼女の形の良い赤い唇が近づく。俺は自然と顔を彼女と同じ高さまで降ろしていた。だが、ふいに目の前にいる女性とは違う、少女の顔が頭をかすめた。


「アルシオ?」

 思わず動きが止まってしまった俺への戸惑いと不安が入り混じった声。どうして? と訴える目。ズキリと胸が痛んだ。心への痛みをはっきりと知覚した。それは目の前の女性へなのだろうか。心の中の少女へなのだろうか。


 微笑み、唇を重ねた。柔らかく少し濡れている。長いのか短いのか分からない時が過ぎ唇を離すと、まるで俺よりも年下の少女の様にはにかみ恥ずかしそうに目を伏せた。


 思わず抱きしめ、さっきよりも強く唇を押し付け更に抱きしめると、彼女の甘い息が俺の口の中に流れ込み俺はそれを飲み込んだ。


「ベッド……」

 口付けの後、彼女の呟きが耳をくすぐり、御伽噺に出てくる王子様のようにお姫様のような彼女を抱きかかえ、お姫様の望みどおりベッドへと誘う。


 衣服を身に着けたまま横たわり、お互いの背中に手を回し抱きしめ合う。それがいつしか互いの背中への愛撫へと変わる。


「んぅ」

 と、俺の手の動きに合わせくぐもった声がする。

「背中、弱いんですか?」

「そう……。みたいだ」

 俺の質問に律儀にも正直に答える彼女が可愛く、ついしつこく背中を責めると、いい加減にしろと怒られたが、それでも続けると、くぐもりの声が大きくなり口をつぐんだ。耳元を甘い吐息がくすぐり、彼女の反撃が始まる。


「お前だって弱いじゃないか」

 俺の背を這う白い手は絶妙な動きを見せ思わず声を上げると、彼女はそう勝ち誇った。


「っていうか。なんだか上手くないですか?」

「…………勉強した」

「……いつ?」

「ユイファが……寝てから」


 ユイファはジュレルディの事を、寝る間も惜しんで兵法の勉強をしていると尊敬しているのだが、いったい何をやってるんだこの人はと思うと同時に、こんな事まで真面目に勉強するのも彼女らしいと可笑しくなった。


 うっすらと汗が浮かぶぬめる白い肌。滑らすように手を這わせると、その度に鳴る美しく甘い音色。奏でる場所を変えると時には高く、時には長く響いた。


 2人で相手への愛撫をしつつ、いつしか裸で抱き合っていた。彼女の指先が俺の身体をかすめ這い、頭がショートするような快感が身体中を奔りぬけ、夢中になって身体を絡め合う。


 彼女の柔らかい胸が俺の胸に押し付けられ、白く長い足と俺の脚がもつれ合う。俺の手と、彼女の手が互いの敏感な部分に触れ、部屋を2人の荒い息が満たした。

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