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第49話:美の女神

 むさい渡者の男が、実はかつて自分の娘の許婚だったと知った領主モンフォールは、俺達を城内の客間に招き入れた。


 相変わらずサリビス語での会話は分からないが、モンフォールは、エウティミオっていうかカシェードに媚びた様子でなにやら話しかけ、当のカシェードはそっぽを向き拒絶を表している。


 代わりにジュレルディが返答し、モンフォールは媚びる相手を彼女に変えたが、彼女も手を引くつもりは無く、首を横に振りながら冷静に対応している。


 言っている事は分からないが、カシェード、エウティミオといった名前を言いながら、ジュレルディとモンフォールがカシェードに視線を向けているので、計画通りカシェードと1対1で戦えと交渉しているのだろう。


 真剣な話し合いとはいえ言葉が分からない俺は、出された円柱の杯の酒に口をつけながら所在無く何気に室内を見渡した。俺達がいつも使っている安宿とは比べ物にならないような、一目で高価と分かる調度品、家具が並んでいる。


 俺達は薦められるままに並んでソファーに腰掛けているが、座った時モンフォールの顔が一瞬不快げに歪んだのを思い出した。自分が薦めたものの、埃まみれの連中が遠慮なしに高価なソファーに腰掛けたのに不満が反射的に表情に出たのだろう。


「ハベル!?」


 突然、領主の大声が俺の耳を打った。仲間達を見ると、みんなもその声に驚いた様子で、そっぽを向いていたカシェードまで声の主に視線を向けている。


「どうしたんです?」

 と、ジュレルディに耳打ちすると、彼女の赤い唇が俺の耳元に近づいてきた。


「カシェードの領地での不正を誰から聞いたかという話になったんだ。そこでハベルの名をだしたとたん、ああだ」

「なるほど。元使用人に裏切られたのがショックだったってところですか?」

「まあ、そんなところだろうな」


 結局、領主は祭りを迎え撃つ覚悟もカシェードと1対1で戦う勇気も無く、判断は持越しとなった。


 ジュレルディが領主になにやら言い置いて客間を出た俺達は、用意された部屋へと向かう平らに磨かれた石の廊下を案内の執事の後に続いて進んだ。その途中、俺には分からなかった客までの会話を確認した。ちろんサリビス語ではなく、俺達の言葉、エストア語でなので執事には分からないはずだ。


「最後、領主には何を言ってたんです?」


「ああ。直ぐに決断出来ないだろうから、返答を10日待つと言って置いた。もし私達が戻らなければ、渡者達

が城を包囲するだろうとな。ハベルさん達にも、私達が10日戻らなければ城を包囲しろとは前もって言ってある」


「なるほど。じゃあ、10日待っても返答が無ければみんなのところに戻って祭りですか」

「いや」

 と、ジュレルディは苦笑し首を振った。こんな時の彼女は頭目として完全に俺の上司としての顔だ。だからこそ、もし今いきなり手を握ろうものなら、顔を真っ赤にししどろもどろになる事を知っている俺は、彼女を可愛く感じてしまうのだけど。


「9日たっても返答が無ければ城を出よう。決闘を受けるなら明日中に返答を寄越せと置手紙でもしてな。もし10日ぎりぎりまで城にとどまってて領主が祭りを迎え撃つ気にでもなったら、まず最初に私達が血祭りにされてしまうよ」


「なるほど。それもそうですね」

「10日前に祭りを迎え撃つ決断をしないとも限らないから、みんな彼らの動向には注意してくれ。不穏な気配があったら直ぐに城を出よう」


「はい」

「分かりました。ジュレルディさん」

「了解」


「まあ。私達の安全だけを考えれば、返答を寄越せと言って直ぐに城出るのが良いのだが、領主をたきつける必要もあるのでそうもいかないからな」


 そう言っていると執事の足が止まりなにやら言って手で4つの扉を指し示している。こっちの機嫌を取るためか1人1部屋ずつ用意してくれたらしい。だがジュレルディは考えるように形の良い顎に手をやり少し俯いた後、何を思ったのか俺の腕にしがみついて来た。


 いや。しがみつくというより、なんと腕を絡め俺の肩に自分の頭を凭れさせてきた。しかも彼女の白く長い指が更に動き、俺の指にまで絡め手を握ってくる。2人っきりでいる時よりも積極的だ。


 ええ!? 良いんですか? みんなが見てますよ?


 カシェードとユイファに目を向けると、戸惑いの表情を浮かべるユイファをカシェードが視線で抑えている。あれ? カシェードは驚かないのか? まさか俺達の関係を知っている?


 だが、俺の戸惑いもよそにジュレルディは執事に妖艶な笑みを返し、サリビス語でなにやら言っている。執事は俺とジュレルディに交互に視線を送った後、にやりと下品な笑いを浮かべ一礼して背を向けた。しかしその背にジュレルディがまたなにやら声をかけ、2、3言葉を交わした後、改めて執事は俺達の前から姿を消す。


「え……と。なんなんです?」

 と俺の肩に乗る銀髪に向かって問いかけると、無精髭のおっさんが代わりに口を開いた。


「おめえは、そいつの情夫いろで、同室にして欲しいんだとよ」

 そう言ってにやついている。


「え! いや、何言ってるんですか!?」

 みんなにばらしちゃって良いんですか? っていうか、確かに良い関係ではあるけど、まだそこまでの関係じゃないですよ。しかも情夫って!


「馬鹿。お前と同室になる為の方便だ」

「いやいや。それにしても同室って……」

「違う! 変な考えを起すな! お前と同室になったのは、お前にサリビス語を教える為だ!」

 と、ジュレルディは今更ながら顔を真っ赤にし、俺の腕を振り払った。


「え? あ。そうなんですか。でもそれだったらそう言えば良いんじゃないんですか?」

「お前がこっちの言葉を分からないと油断させて置いた方が、向こうも油断してお前の前で何か漏らすかも知れないだろ。彼らが私達を襲おうとするかも知れないのだからな」

「あ。なるほど」


「さっきの執事には、お前はエストア語しか喋れないので、召使でエストア語が出来る者がいるなら全員紹介するように言っておいたから、後で挨拶に来るだろう。こっちの会話はその者達の前でだけ気を付けていればいい。お前には私がみっちりサリビス語を教えるから早く覚えるんだ。ただし城の者にはばれない様にな」

「さすがジュレルディ。瞬時にそこまで考えるなんて、さすがですね」


 俺は素直な賞賛を送ったが、ジュレルディは肩を竦め首を振った。表情も何なら不満そうだ。


「いや、気付くのが遅かった。ユイファもサリビス語が喋れないという事にしておけば手間が省けたんだが、ついうっかり領主との会話にユイファも参加させてしまったからな」

「あ。すみません。私が言葉が分からない振りをすれば良かったんですね……」

「私も気付かなかったと言っているだろ? お前の所為じゃない」


「じゃあ、俺は早くサリビス語を覚えないと行けないですね」

 と、意気込んでみたものの、はっきりって英語の成績が精々並だった俺に、短期間に言葉を一つ覚えるなんて出来るだろうか。っていうか、今の俺はアルシオの身体だし、もしかして知能もアルシオ並になってるのか?


 アルシオは確か頭が切れるって事だったが……。俺の頭も良くなってるんだろうか。意識は俺なのに知能がアルシオってのも変な気分だけど。


 そんな事を考え、俺が複雑な表情をしているのに気付いたジュレルディが、俺を安心させる様に微笑を浮かべた。


「心配するな。聞きなれない者が聞けばまったく違う様に聞こえるだろうが、実はそう差がある訳じゃないんだ。単語が違うだけで文法は一緒だから、単語さえ頭に詰め込めば、何を言ってるか分かる程度には直ぐになれ――」

「エウティミオ!!」


 突然の声にみんなが目を向けると、執事が立ち去った方向から純白のドレスを着た女性がこっちに向かい、淑女として下品にならない程度の速さで駆けて来ていた。


「ミディリアナ……」

「綺麗……」

「美しい……」


 仲間達の呟きが俺の耳をかすめた。



 駆け寄ってきてたのは、例のカシェードの許婚の女性だったらしい。だが、彼女は目に涙を浮かべカシェードに飛び込まんばかりだったが、当のカシェードは彼女の肩を押さえそれを防ぎ、しかも怒鳴りつけ追い返してしまった。


 その後、俺達は一つの部屋に集まった。部屋は賓客用の物らしく客間に劣らず見事なものだ。いつもは冷静沈着なジュレルディなのだが、カシェードの許婚の美しさに感動したのか饒舌にその美しさを褒め称え始めた。


「引き締まったバストと豊満なウエストは樽の様に形作り、その手足は白くて太く真っ直ぐに伸び、さながら太い大根。美の化身とは彼女の事だろう」


 はっはっは。まったく褒めているように聞こえねー。


 顔の方はお嬢様然と金髪碧眼だったが、目が細くあんまり美人でもなかったな。もっともこっちの世界はスタイル重視なので、ジュレルディもそこには触れていない。


 とはいえ、笑ってばかりもいられないか。どうやら、その許婚は父親がカシェードを追い出した後もずっとカシェードの事を想い続け、縁談をすべて断っていたと言う事らしいのだ。しかも、彼女はこの世界基準では絶世の美女。その縁談の数も半端ないものだったらしい。


「でも、どうするんですか。もし祭りになったら、あの人……」

「分かってるよ。祭りを起さなきゃ良いんだろうが」

 ユイファが表情を曇らせ問いかけ、カシェードが苦虫を噛み潰したような表情で答えている。


「でも……」

「なんだよ。でも、でも、うるせえな」


「だって、でも……。祭りをしないって事は、あの人のお父さんを……」

「こっちは、一族全員殺られてんだよ!」


「そんな事分かってますよ……。でも、でも……」

 ついにユイファが泣き出し、カシェードの大きな舌打ちが部屋に鳴り響く。その様子にジュレルディが大きくため息をついた。


「確かに領主の事ばかり考え、許婚はちょっと頭に無かったな。まさか、ずっとカシェードの帰りを待っていたとは……」


「そうは言っても、今更方針は変えられないし、実際、カシェードと領主のモンフォールが決闘するのが一番被害が少ないんですよね? ここはもう……」


「確かに」

 ジュレルディは、その言葉と共に目を瞑って微かに頷いた。


「まあ、その決断をするのは当のモンフォールだ。自分の運命は自分で決めて貰うしかないだろう。この事態を招いたのも、彼自身が不正を行った事が原因なのだからな」

 再度顔を上げそう言った彼女だったが、やはり自分自身に言い聞かせているように感じたのは気のせいじゃないだろう。


 彼女は元々とても優しい女性だ。今回の事も一番人が傷付かない方法のはずだったのだ。それが思いも寄らない人物の登場で、その心が揺らいでいる。


 結局、一旦みんなあてがわれた部屋に入り、気を落ち着かせようという事になった。もっとも俺とジュレルディは同室なのでこの部屋に2人で留まり、カシェードとユイファが部屋から出て行くのを見送った。


 2人が部屋から姿を消すと、とたんジュレルディがベッドにばたりと仰向けに倒れこみ、上等な絹のベッドは彼女の肢体を深く包み込んだ。


「まさか許婚がずっとカシェードを待ってるなんて、思いも寄らなかったよ……」

「そうですね。俺も……。だってカシェードですし……」

「カシェードだしな……」

「きっと小さい頃の思い出が美化されてるんですよ。カシェードの話を信じれば、あれで子供の頃は品の良いお坊ちゃんみたいでしたし。今のカシェードがどんなんだか知ってれば、直ぐに目が覚めるとは思うんですが……」

「品の良いお坊ちゃん……」

 ジュレルディはそう呟くと寝返りを打ち、絹の掛け布団を抱きしめるとそれに顔をうずめ、細い肩が小さく震えている。駄目だ。やっぱりこの人にカシェード貴族ネタはツボだ。真面目に話が出来る状態じゃなくなってしまう。


 でもまあ、俺達はこれからしばらくこの城にいる訳だし、その間にあの許婚もカシェードに幻滅してくれるだろう。カシェードがそのスペックを発揮してくれたら難しい事じゃないはずだ。


 俺がそんな事を考えていると、扉が叩かれ外からさっきの執事の声がした。俺は喋れないので何とか笑いを収めたジュレルディが対応し、戻ってきたのだが何やら顔が赤い。


「どうしたんです?」

「……の準備が出来たから御2人でどうぞ。と言う事だった」


「え? なんの準備ですって?」

「だから……だ」


「いや、全然聞こえないですよ。いったい何なんです?」

「だから……。風呂……だ」

 俯いてそう言った彼女は、全身を赤くしていた。

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