第4話:前世の仲間
気まずい雰囲気の中、俺とジュレルディは無言で歩いていた。前を歩く彼女の背がなんだかぎこちなく、声をかけるのを躊躇われたのだ。
会話の無いまま進み、森を抜け高原に出ると、その中央に魔物の襲撃に備え柵に囲まれた小さな村が見えた。魔物は湿地や洞窟、森の中などに棲みつくので、村や町はそれら以外の場所に作られる。
村の柵の前では、仲間のカシェードとユイファが姿が見える。待ちくたびれたのか2人とも柵に寄りかかっていた。
「遅かったじゃねえか」
「まあちょっとな」
カシェードは革の鎧に矢を右肩に背負い左肩に弓をかけた射手だ。黒い短髪と細い目に無精ひげ。背は俺より少し低く顔もまあ俺の圧勝だ。そもそも30を過ぎているおっさんだ。
ジュレルディとの付き合いは長く、以前は彼女と、さらに男の戦士と3人で組んでいたらしい。俺は戦闘で亡くなったその戦士の代わりに入ったのだ。
僧侶のユイファは、戦士を失った教訓から治癒魔法が出来る者が必要だろうと誘われた。もっとも僧侶といってもどこかのお寺に所属している訳じゃなく、癒魔法が出来る魔法使いを僧侶と呼ぶ。
渡者の職種は大別して、戦士と魔法使いの2つ。それをさらに、魔法使い系魔法使いやら、魔法使い系僧侶。戦士系戦士に戦士系射手と細分するのだ。珍しいのでは、戦士系投石者なんて奴までいる。もっとも系統立てて言えばというだけで、普段は誰もそんな呼び方はせず、戦士、射手、魔法使い、僧侶と呼ぶ。
ユイファは、紺のローブを纏い全体的にほっそりとしている。こっちの世界の基準では、それなりにスタイルが良いって事になるんだが、背が低くジュレルディの肩ぐらいしかない。その為か、スタイルが良い割にはあまりもてていないらしい。
顔だって赤毛に青い目のそばかすで、ブスと言うわけじゃないけど、少なくとも美人とは言えない。確か20歳にもなって居ないはずだ。19だったかな? 俺達が近寄ると、舌足らずな声で話しかけてきた。
「もう組合には顔を出しておきましたよ」
組合? 組合、組合と、とアルシオの記憶を探る。そしてすぐに探し当てた。ようするに渡者達に仕事を斡旋するところだな。
昔はそんな物はなく、渡者達は自分で仕事を探してたんだが、すると評判の良い者に仕事が集中した。そうなるとそいつだけでは仕事をこなし切れず、他の渡者に仕事を回し、紹介料を取るようになったのだ。
その結果、紹介だけで生活できるようになった者達が、他の村の同じような者達と情報のやり取りをし、それが地域、国へと広がっていったのだ。つまり組合とは小さな斡旋業者の集まりであって、1つの大きな組織じゃない。
「それで、この村にはどんな依頼があったんだ?」
「あ、これです」
ユイファはそう言って依頼書を差し出した。
依頼書か……。なんかファンタジーの世界っぽいな。凶悪な魔物と戦ったりするのか。気合を入れてかからないとな。手の平が汗ばむのを感じ、受け取った依頼書を見る。そこには妙に角ばった文字が並んでいた。
読めるか!
だが、次の瞬間、すらすらと意味が頭に入ってきた。知識は探らないと見つけられないけど、言葉や文字は自然と使えるみたいだ。たとえ記憶喪失になっても、言葉や日常生活の知識を忘れたりしないって聞いた事があるし、それと同じようなものかも。
で、と。依頼の内容は――。っておいおい何だこれは?
「牧草の狩り入れ?」
「あ、はい。そうです。牧場のお爺さんが人手が足りないって困っているみたいです」
「……」
「……」
「ふざけんなーー!」
思わず依頼書を地面に叩き付けた。
「魔物が近くに出没して危険だから討伐して欲しいとか、洞窟に魔王が棲み付いているとか無いのか!」
「だってこんな依頼しか無いんですよ……」
「どうやらずいぶん平和な村みたいだな」
「大体、村なんて養いきれないくらい子供がいて、口減らししてるんだろ。どうしてそんなもんの人手が足りなくなったりするんだよ」
「俺に聞くなよ。足んねえってんなら、そうなんだろうよ」
ユイファは困惑した様子で、カシェードは仕方が無いだろ、という感じに肩をすくめている。駄目だこいつら話になんねえ。
「ちっ! しょうがない。さっさと補給して次の村に行こうぜ。そんな依頼やってられるか」
「でも、報酬は少ないけど寝るところと食事は保障してくれますし」
「仕事がねえよりはマシじゃねえか」
くそ! 2人は仕事を請けた方が良いって考えか。しかしこっちは記憶はアルシオの物でも意識は勇雄なんだ。ファンタジーの世界に来てうずうずしてるんだ。牧草の狩り入れなんてやってられっかよ。
「ジュレルディ! あんたはどう考えているんですか」
俺の言葉にみんなの視線が彼女に集まった。村に着くまでの俺とのやり取りの所為か、いつもの闊達さが無く傍観していたのだ。だが視線を受け、頭目としての立場を思い出し表情を引き締める。
「依頼は受ける」
その言葉にユイファは笑顔を見せ、カシェードは、ほーらな、と、にやっと笑った。
ちっ! せっかく前世にまで来てどうして草刈りなんてしなきゃなんないんだよ!
「どうしてこんな下らない依頼を受けるんです」
食い下がってジュレルディを睨みつけた。だが、彼女は微塵も怯んだ様子を見せない。
「この先何があるかわからない。依頼があるなら少しでも稼いでおくべきだ。それに将来、またこの村に立ち寄るかも知れない。依頼をこなして信頼を得ておくに越した事はない」
正論ってやつか。だけどこっちの世界に来て、始めての依頼にテンションが上がっている俺は引き下がらない。さらに食い下がろうと口を開きかけた。だがその瞬間、突然ジュレルディと出合った時の事が頭に浮かんだ。
それは10ヶ月ほど前。それまでどこの衆にも入らず1人で依頼をこなし、食料を求め町を回っていた。同じ町にいつまでも食い物がある訳じゃない。だが、この大陸は広く、別の地域では別の作物が栽培されていたり、北は冬でも南は夏、南が冬でも北は夏だったりもする。渡者は、その名の通り食料を求めて町から町へと渡るのだ。
そこは結構大きな町の酒場で、渡者同士の情報交換の場として利用されているところだった。仲間に誘う場でもある。
酒場の扉を開けると、途端、がさつな大声が耳を打った。あまりの大きさに、逆に会話の内容が分からないくらいだ。椅子に大きく掛け、通路にはみ出し座ってる奴らを慎重に避けカウンターまで進む。気の荒い奴らのたまり場だ。ぶつかろうものなら即喧嘩になりかねない。
もしかしたら今店にいる奴ら全員が仲間かも知れない中で、無駄に喧嘩を売るのはあまりにも阿呆だ。時折駆け出しの渡者が、傍若無人に振舞うのが大物なのだと勘違いしていきがり、ボロ雑巾のようになりたたき出される事も珍しくない。
酒場の親父に注文し酒を受けとると、値段より数枚多く銅貨をカウンターに置いた。それで親父には通じる。後は酒を飲んで待っていれば、同じように仲間を探している渡者をこっちに寄越してくれるって寸法だ。
ずいぶん受身な仲間の探し方だが、別に1人でもかまわないが、気に入った奴となら組んでもいい。そんな考えだった。
酒を満たした円柱型の杯を持ち、空いている四角い4人がけのテーブルに座った。1人なんだったらカウンターにでも座ってろって感じだが、俺を仲間に加えたいって奴が来たらそのままこの席が交渉の場になる。酒場には俺と同じように、1人でテーブルを占領している奴が何人かいた。
さらに見ると、数人でテーブルを囲んでいる奴らが1人で座っている奴にちらちらと視線をおくり、仲間内でひそひそと喋っている。値踏みしながら、仲間に誘うか相談しているのだ。
実際親父に話を通さなくても、テーブルを1人で占領している奴はスカウトを待っているって丸分かりなわけだが、まあ、親父に手数料を払うのは場所代って意味もある。
テーブルで酒を満たした杯を舐め、あえて視線を外にやる。誘う方も下手な奴には声をかけられない。値踏みするのは当然だ。その視線に気付かないふりをしてやるのも礼儀ってもんだ。
しばらくそうしていると、視界のすみに人影をとらえ俺の前で止る。来たか、と目を向けると、女にしては背の高い奴が立っていた。
その時のジュレルディの第一印象は、顔は美人だが身体は最悪だ。とてもじゃないけど女としては見れないな。という今の勇雄視点で見れば考えられないものだった。その魅力ゼロの女は、視線を向けた俺に正面から視線を重ねてきた。
「仲間を探しているということだが、間違いないか?」
女が少し低い声で話しかけてきた。綺麗な発音で歯切れよく、媚びた様子を微塵も感じさせない。周囲を大声で喋る者達に囲まれているのに、はっきりと聞こえた。
「ああ、そのつもりだ。ところで俺は戦士なんだが、そっちこそ間違いないんだろうな?」
「間違いない。身につけている装備で分かる」
「あんたは差し詰め魔法使いってところか?」
「ああ」
女は小さく頷いたが、視線は俺から僅かも外さない。俺も視線を外さないままさらに杯を傾けた。そして値踏みする。
ローブの丈がやけに長い。普通、魔法使いのローブは膝ぐらい。短いと腰の下ぐらいまでだが、この女のは、足首の辺りまであった。戦う時に邪魔にならないのか? 杯に口を付けながら、そんな事を考えた。
「前衛を務めていた戦士が死んだんだ。代わりの戦士を探している」
そのスカウトの台詞に呆気に取られ、飲んでいた酒を噴出しかける。そんな言い方をしたらビビッて誰も仲間にならないだろう。普通は、目的地が違うから分かれたとか適当な理由をでっち上げるもんだ。
「それで俺が死んだら、また次の戦士を探すってのか?」
酒を噴出しかけた失態を隠す為、あえてあざけりの表情を浮べ余裕を見せようとする俺に、女は微塵も気にしたふうも無く真摯な視線を返してきた。
「戦士と一緒に僧侶も探している。もう仲間を死なせたりはしない」
その言葉に微塵の揺るぎも無い。だが、その表情には、仲間を失った悲しみと後悔の色が浮かんでいた。
――そうだ。だからジュレルディの仲間になったんだ。
その後もジュレルディはずっと仲間の事を一番に考えて行動を決めていた。渡者の旅は命がけだ。無能者には従えない。能力があるなら新参者が頭目になるってのもよくある話だ。彼女が頭目なのは、何も一番の古株って事ばかりじゃないんだった。
ここはやっぱりジュレルディの意見に従った方が良いか……。
「分かりました。決定には従います」
自分自身へのばつの悪さから投げやり気味に言うと、ジュレルディは安心した様にほっとため息を付く。
「そうか。ありがとう」
やっぱり仲間の事を考えて、意見が割れている事を気にしていたみたいだ。さっきまでの鋭い視線が和らぎ、一瞬別人かと思うほど優しい目をした。だが俺の視線を感じたのか、表情を引き締める。
その顔は毅然とした女頭目のものだった。