第48話:領主
俺達は渡者の集団を引き連れ、カシェードの故郷へと向かった。
百人足らずで祭りとしては少ないが、それでも領主側よりは多いらしいし、祭りが本決まりとなればさらに集まってくるだろう。もっとも俺達の本音は、祭りを起こしたくないのでそうなっては困るのだが。
ジュレルディとハベルが話し合った後、改めてカシェードとユイファの元に戻り説明すると、カシェードはこれで仇が討ちやすくなったと喜んだがユイファは表情を曇らせた。
「でも、大丈夫なんですか? カシェードさんは確かに強いと思いますけど、万一って事がありますし……」
「何言ってんだよ。俺があんな豚に負ける訳ねえだろ」
「豚かどうかなんて、知りませんよ。もしかして、すっごく強いかも知れないじゃないですか」
「大丈夫だ。大丈夫。急に心を入れかえて武芸に励んでるってんじゃなけりゃ、全然敵じゃねえ」
カシェードは既に勝った気でいるのか浮かれている。油断して負けたりしないだろうな? って思わないでもないが、まあこいつもプロだ。戦いが始まれば気を引き締めるだろう。カシェードと付き合いの長いジュレルディもその辺は分かっているのか、特に注意をしないが、別の事が気に掛るらしい。
「だが、一番重要な問題が残っている。そもそも、その領主がカシェードとの1対1の戦いを受けるかどうかだ。カシェード。お前の見るところどうだ? 受けそうか?」
その問いかけに、浮かれていたカシェードの表情が僅かに曇った。
「ああ。そこが問題だな。俺が知っている奴の性格じゃ、素直に受けねえかも知れねえな」
「っていても、初めは1人で行く積りだったんだし、お前だって祭りを起こしたい訳じゃないんだろ? 何か方法は無いのか? そいつが怒って戦いたくなるような事とか」
俺がそう言うと、カシェードは記憶を手繰ろうとしているのか、腕を組み天井に目を向けた。
「怒る様な事か……。豚って言ったら怒りそうな気がするが……」
「もし、すっごく痩せてたらどうするんですか? カシェードさんがその人に最後に会ったのって、20年前なんですよね?」
ユイファがそう言って首を傾げている。
「いや、あいつはそう簡単に痩せそうもないデブだ」
「でも、すっごく頑張ってやせてるかも」
「あいつを甘く見るんじゃねえ。1年くらい何も食わなくても痩せそうにないデブだ」
「3年なにも食べてないかも知れないじゃないですか」
うむ。なんて意味のない会話なんだ。俺は2人をほっておきジュレルディに目を向けた。2人の会話がまた壺にはまり笑っているかとも思ったがそうでもなく、ジュレルディは眉間に皴を寄せ真剣な表情だ。
「その男は……。娘は大事にしているか?」
「ん? ああ、そりゃ自分の娘は大事だろうよ。1人娘だったはずだしな」
「1人娘? それは珍しいな」
「ああ。なんでも母う……。おっかさんが初産でミディ……。娘を産んだ時に身体を傷つけちまったらしくてな」
「そうか……」
ジュレルディはそう呟くと目を瞑り、しばらくして開いた瞳は、怖いくらいに鋭かった。
「もし、お前との戦いを受けず祭りになれば、真っ先にその娘を犯すとその領主に伝えろ。お前だけじゃない。祭りに参加した渡者全員でだ。何百人になるか分からんとな」
「ジュレルディさん……」
ユイファが呟き、カシェードも真剣な目をジュレルディに向けた。
「まあ、確かにそう言やあ、あいつも俺を自分の手でぶっ殺したくなるかもな」
カシェードはそう言うと頭をぼりぼりと掻いた。
「すまない。お前を悪者にする事になるが……」
「何言ってやがる。自分を悪者にしているのは手前の方じゃねえか。まったく何時も1人で抱え込みやがって」
え? いつもは良く言えばジュレルディを信頼し、悪く言えばジュレルディ任せの感じもするカシェードの思わぬ言葉にちょっと驚いた。
ジュレルディにとっても意外な言葉だったらしく目を見開き、しかも少し頬を赤らめている。って、おいおい。ちょっとまて。
なんだ? ついさっき俺がジュレルディと良い感じになったと思ったら、今度はカシェードか? まったくどうなってんだ?
「大丈夫です。みんなジュレルディさんが、本当は誰も傷つけたくないんだって思ってるの知ってますから」
ユイファお前もか!
しかも
「ありがとうユイファ」
と答えたジュレルディに抱きついている。
こうして仲間内限定とはいえモテモテになったジュレルディと共に宿を出て出発したのだ。
どうやらこの世界の城は円形が基本のようで、カシェードの元許婚達が住む城は前回の祭りの時に領主が立て篭もった城と外観は酷似していたが、その円周は一回りほど大きかった。
「どうやら作り直したみたいだな。俺の記憶にあるよりでかくなってるぜ。まあ、それだけ後ろめたいところがあるんだろうけどよ」
カシェードが苦々しい表情で唾を地面に吐き捨て、それをユイファが気遣う視線で見ている。ジュレルディは頭目モードの真剣な眼差しで城を睨んでいた。
「他の者達には城から離れたところに駐屯して貰い、私達は城に向かおう。ハベルさんにも来てもらった方が良いだろな」
ジュレルディがそう言い、俺達はハベルの元へと向かった。ハベルは今回、渡者達の纏め役みたいな感じで、まあ前回の祭りの時のフィクスのポジションだ。当然のように渡者達の群れの中に居た。
「私に城に行けと?」
「ええ。カシェードと1対1で戦えと交渉をする必要があります。貴方にもこちら側の重要人物として参加して欲しいのです」
「いっいや。それは……」
ん? なんだか歯切れが悪いぞ? ハベルは目に見えてうろたえ、後ろにいたエルミラさんに助けを求めるように視線を送っている。
「何か問題でも?」
「え……と。なんと言いますか……」
「ハベルさんは昔あの城で働いていました。その時一緒に働いていた人で、まだあの城で働いている者も居るでしょう。それを攻めるんですから……。ハベルさんがその人達と顔を遭わせづらいのも仕方ないですよ」
「なるほど。確かに」
ジュレルディはエルミラさんの言葉に頷き、こうして俺達だけで城へと向かった。
城は大騒ぎとなっていた。領内に渡者達が集まっているので祭りの標的になったのではないかと、城壁の上を兵士達が慌しく動き回っている。
城門近くまで近寄りジュレルディが城壁の上の兵士に声をかけたが、当然サリビス語なので俺には何を言っているのか分からない。
それに応え兵士は、怒鳴り返してきてしかもこちらに矢を向けてきた。祭りの怯えが敵意を引き出したのかその顔には殺気が満ちている。
ちっ! っと思って反射的にそいつに鋭い視線を放ったものの、それは的を外した。そいつはなんと横に居た別の兵士に、どかっと殴り飛ばされ視界から姿を消してしまったのだ。
同僚を殴り飛ばした兵士は、慌ててこっちに向かってなにやら叫んでいるが、さらに城門の内側にいる兵士にもなにやら叫んだ後城門が開いたので、祭りの怖さを知っているの奴なんだろう。一瞬どうなるかと思ったが、結構すんなり行ったな。
城門をくぐり城内の屋敷の前で待っていると、程なくして数名の護衛らしき兵士を従え丸々と太った男が出てきた。年齢は60近そうで、まあカシェードが言っていたデブっていうここの領主だろう。顔に緊張と怯えの色を浮かべながらも、渡者などに屈せないと威厳を保とうと努力しているようだ。
こうして俺達と領主は向き合った。もっともお互いサリビス語なので俺には意味が分からず、会話の内容は後からジュレルディに聞いたのだが。
「城外に多くの渡者達が集まっているようだが、いったい何の真似でし、おっおほん、真似かな。私達は渡者をなんら迫害などしていないはずだが。むろん、私の預かり知らぬところで家臣が何か仕出かしていたなら、厳重に処罰するのはやぶさかではないが」
「いや、確かに渡者達を迫害はしていないでしょう。ですが貴方は二十年ほど前、娘の許婚が継ぐはずだった領地を渡者から買い取った。その時、何も不正が無かったと言えますか?」
「そっそれは……」
「やはり心当たりがあるのですね? 私達はその事で集まっているのです」
「待ってくれ。確かに……その……。まったく不正が無かったとは言わないが……。なんだ。いくらなんでも祭りの標的になるような、渡者を迫害するような真似はしていないはずだ」
まあ確かに、渡者に金を渡して起さなくてもいい祭りを起したってんじゃ、迫害しているとは言わないか。だが、それをジュレルディの後ろで聞いていたカシェードの表情が険しくなり殺気を放ち始めている。
「確かに貴方は渡者を迫害しては居ません。むしろ、渡者の方に問題があったとも言える。私達は、貴方とその渡者との不正な取引を正す為に来たのです」
「それでは、渡者達が集まっているのは祭りの為ではないと?」
「いえ。貴方の返答次第では祭りも辞さぬ考えです」
「ばっ馬鹿な! どうして、あの程度の事で祭りを起されねばならんのだ!!」
領主が叫び、その瞬間カシェードが飛び出し領主の襟首を掴んでいた。
「あの程度だと! 貴様! 自分が何をやったかわかってんのかよ!」
そう言って更に領主の首を締め上げる。
「くっ苦し……い。この……この男を止めてくれ」
領主はそう訴えたが、ジュレルディは応じず、代わりに冷ややかな目を向けた。
「その男が、誰か分かりますか?」
「こ……んな男など……知らん」
「へっ! 落ちぶれ過ぎて俺が誰だか分からねえってか?」
「いっいったい、誰だというのだ」
相変わらず首を絞められている領主はそう言い、苦しそうにしながらも背後に控える兵士に訴えた。
「お前達何をしている! この男を取り押さえろ!」
祭りを恐れて手を出しかねていた兵士達だったが、さすがに領主の命令があれば話は違う。緊張に顔を強張らせながらもそれぞれ槍や弓を構え俺達を取り囲み、俺も言葉が分からないながらも反射的に腰の剣に手を伸ばした。だがそこにジュレルディが割って入り、
「双方落ち着け。カシェード。お前もだ」
とカシェードと領主に目を向けた。
もっともその言葉に反応したのは、首を絞める方ではなく被害者だった。
「カっカシェード……だと? しかし……」
「へっ死んだはずだってのか? ああ、確かにカシェードは死んだぜ」
カシェードがそう言って領主を投げるように振り払うと、やっと開放された太った領主は首元を撫でながら荒い息を吐いているが、やはりカシェードという名は気に掛かるようだ。
「なに……。では、お前は誰だというのだ」
「エウティミオだ!」
「何だと!!」
領主は目を見開き驚愕の表情でカシェードを、いやエウティミオを見つめ、兵士の中にもその名を知っている者が居るらしく、幾人かが驚きの表情を作っている。そしてジュレルディが2人から背を向け口元に手をやり俯いた。
ジュレルディ……。ここは笑うところじゃないです。




