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第47話:か弱き女頭目

 安宿の部屋の窓際を高い日が僅かに侵食していた。その薄暗い部屋の中、ジュレルディは均整のとれた肢体をうつ伏せでベッドに投げ出している。丈の長いローブが扇状に広がり彼女の美しい体のラインを浮き上がらせていた。


「カシェードの気持ちは分かるんだ。でも私達全員で行ってもどうせ返り討ちだ。でも祭りだって……」

 ベッドに顔を埋めたまま、いつもは毅然とする俺達の頭目の弱々しい声は続いた。


 もしかして……弱音を吐いてる? ジュレルディが?


「えーと。ほら。前の祭りの時だって、上手く他の渡者達をまるめ込んだじゃないですか」

「あれは……もっと話が単純で状況も把握できていた。でも今回は情報が少な過ぎる。かといって……それを調べる時間なんてないし……こうしている間にもエルミラは人を集めてるし……」


 こんなジュレルディを見たのは初めてだ。いつも冷静沈着な彼女がこんなにも悩むなんて、今回はそれだけ複雑って事か。


 いや、俺が知らなかっただけで、今までも同じ様に悩んでいたんだ。俺達にはその姿を見せず、ずっと1人で抱え込んで……。今もカシェードとユイファの前では頭目として毅然と振舞っていた。でも、俺にだけは弱いところを見せてくれている。


 それだけ俺に心を開いてくれている。ジュレルディの事だから、俺に何とかして欲しいなんて考えている訳じゃないだろうけど、なんでもジュレルディに任せて置けば良いって訳じゃなかったんだ。


 そんな当たり前の事にやっと気付くなんて……。ジュレルディにして貰うだけじゃなくて、俺もジュレルディに何かをしてあげなくちゃ行けなかったんだ。


 しかし実際どうすればいい? 俺が何とかするんだ! なんてカッコいい事言っても、気持ちだけじゃ自己満足だ。俺に何が出来る?


 ジュレルディは考える時間が無いって言っているんだ。時間を稼げば良いのか? それだと結局ジュレルディ頼みになってしまうけど、他に手は無いか。いや。何か手があるはずだ。


 問題は、カシェードの仇をどうするかと、集まった渡者達をどう抑えるかか。それと祭りを起こしたくないっていうジュレルディの気持ちもだ。


 カシェードの恨みを晴らすだけなら、祭りを起こしてしまうのが確実なんだ。でも、ジュレルディは祭りで女性や子供に被害が出るのを避けたいと思っている。前回みたいに……女子供だけ脱出させられないか?


 そう思いジュレルディの問いかけると、彼女は俯いたまま白い首を振った。


「あれは、上手く条件が整っていた。今回も同じ事が出来るかどうかは……そこに行ってないと分からないな」


 駄目って訳じゃないけど、やっぱりこれにも時間が必要って事か。うーん。どうしたらいいんだろう。


「やっぱり、カシェードの仇の領主って奴が、諦めて降伏するとかはなさそうなんですか?」

「ない……だろうな。それに、祭りが起こりそうだから全財産を残して城を出ろと言っても、信じないかもしれないし」


 やっぱり領主としての名誉とやらと無一文になっては生きては行けないってのが問題なんだよな。元の世界でも、騎士や貴族の名誉って聞いた事あるけど、こっちの世界でも同じようなものか。


 あ。そういえば元の世界では名誉のために決闘するって聞くけど、こっちの世界はどうなんだ? そう思いアルシオの記憶を探る。……が、一向にその知識や記憶に辿りつかない。


「ジュレルディ。こっちの……いや、領主や貴族って名誉ために、1対1で決闘したりしないんですか?」

「1対1? どうしてそんな事をする必要があるんだ? 数が多い方が有利なんだから、多い方はそんな勝負を受ける意味ないだろ?」


 さっきまでベッドに顔を埋めていたジュレルディが、うつ伏せのまま顔をこちらに向け、不思議そうな眼で俺を見ている。やっぱり……。


 もしかしたらと思ったけど、こっちの世界では1対1の決闘なんて概念が無いんだ。アルシオの知識にも無いのは、例によって当り前過ぎて理由も何も無いって話か。そして、この世界での常識に、さすがのジュレルディも思考が捕らわれている。


「領主にカシェードと1対1で戦うように言えないですか?」

「自分では、魔物の雑魚とすら戦った事のない領主が渡者と? 相手がそんな条件を飲むと思うか?」


「勿論、カシェードが勝つに決まっているとは思うんですが、カシェード1人に勝てば許す。祭りを相手にするよりはマシじゃないかって。それにカシェードだって、1人でも仇を討てます」

「確かにな……。そうか、1対1で戦うか。だがそうなると、万一領主が勝ったら祭りに集まった渡者達に大人しく帰れって言うのか? 私達はカシェードの技量を知っているから勝つと確信出来るが、他の奴らは知らない。折角集まったのに空振りになるかもと考えれば、不満も出るだろう」


「駄目ですか……。でも、カシェードが祭りの発動権を持っているんだから、この条件を領主が断った時じゃなきゃ祭りは発動させない。その代わり、カシェードが勝ったら祭りの時と同じ様に領主の財産はみんなで分けるって事にすれば?」

「なるほどな。発動権はあくまでこっちにある事を盾に、強引に押し切るか。その分、万一カシェードが負けたりしたら、私達もただではすまないかも知れないが……」


「それはそうですが、さすがにカシェードが負けたりはしないんじゃないんですか?」

「ま。そうだな。その領主が実は無双の勇者なんていう事も、カシェードの話を聞く限りなさそうだし」


 そう言いながら、ジュレルディはベッドからも起き立ち上がった。声にも、力強さといつもの歯切れの良さが戻ってきている。


「どうせエルミラ達が人を集めているんだ。だったらこのまま領地までそいつらを連れて行こう。道中でも話を聞きつけた渡者が集まってくるだろうから、領地に着くころにはかなりの人数になっているはずだ。領主にはこの人数を相手にするか、1対1の対決をするか詰め寄ればいい」


「じゃあ、問題は……。考えたくは無いですけど、カシェードが負けてしまった時ですよね。大人しく渡者達が引き下がるかどうか……。やっぱり城に居る人達が乱暴されるのは嫌なんですよね?」

「ああ。問題はそこだが、今回の祭りの名分は、渡者の不正は渡者の手で正すというものだ。そこを突くしかないだろう。カシェードが勝てば領主側は降伏、負ければ渡者達は引き上げる。それを正式に契約として結べばいいんだ。不正を正す為と立ち上がっておいて、正式に結んだ契約は破る事は出来ないはずだ」


 なるほど。俺が言ったちょっとの事でここまで考えられるなんて、さすがジュレルディだ。精神的にも立ち直ったみたいで、声にもいつもの頭目モードに近い張りがある。


 ジュレルディは俺の前まで進み、俺の目を見る。背の高い彼女だがアルシオはさらに長身なので少し見上げる感じだ。


「力になってくれてありがとう。アルシオ」

「いえ。いつもはあなたにまかせっきりでしたから」


「いや、助かった。これでハベルとの交渉も道筋が見えた」


「あなたの役に立てたなら嬉しいです」

「十分だ」


 微笑むジュレルディからいつもの頭目モードの冷たさは感じず、その眼差しは温かいものを感じさせる。俺も応えるように微笑み返した。


 しばらく見つめ合っていると、不意にジュレルディが赤い唇に白い手をやりクスリと笑った。


「どうしたんです?」

「いや、まさか私が、お前にあんな姿を見せてしまうとはな」


「これからは、俺にはもっと見せて下さい。あなたの力になりたいんです」

「何を言っている。歯が浮くぞ」


 ジュレルディが悪戯っぽい目で俺を見ている。いつもの彼女だったらこんな場面では顔を赤らめ俯く感じだが、今の彼女はそんな事も無く、なんだか彼女との距離がちょっと縮まった気がする。


「では、ハベルのところに行くか。一緒に来てくれ。アルシオ」

「はい」


 表に出ると、集まっている人数はさらに増えていた。渡者が多く利用する宿屋街だけあって、祭りが始まりそうだと駆け付けたのだ。ハベルはそれらの人々に、俺達の言葉とサビリス語で交互に演説を行っている。


「金を受け取って祭りを起こした渡者に非がある。それは認めなくてはなりません。私達の信用を失墜される悲しい出来事です。ですが、だからこそわれらの手でそれを正し、信用を取り戻すのです!」


 その安っぽい演説に、

「そうだ!」

「俺達の手で正すんだ!」

 と無責任な、オウム返しの賛同の声が上がる。やっぱり祭りが起こるなら理由はなんでもいい奴らだろう。


 聞き入るのは渡者達が多いが、中には商人らしい身なりの男も足を止めている。どこで祭りが行われるか情報を集めているのだ。祭りは領主を標的にするが、近くを通る商人が巻き込まれないとも限らない。もっともそんな善良な商人だけではなく、中には祭りによって利益を得る商人も居る。


 渡者達は祭りで略奪するが、渡者が銀の燭台しょくだいなんて持っていてもしょうがなく、売りさばいて金にするのだが、そこで商人の登場だ。城を祭りで取り囲んでいる渡者の外側には、その略奪品を買い取る商人達が待ち構えているのだ。


 それらの人々の注目を集めるハベルにジュレルディが近き、

「話がある。カシェードの事だ」

 と、ハベルの演説を遮って声をかけた。


 その声は低く大きくはないが、有無を言わせぬ迫力があった。ハベルも、カシェードの頭目に当たるジュレルディを無視するわけにはいかないと素直に頷く。ジュレルディが宿の中に誘うと、仲間らしい男に何やら2、3話しかけた後、俺達の後ろに付いてきた。


「貴方がカシェードの仇打ちの為に尽力してくれている事、感謝します」

「いえいえ。私もずっと後悔していたのです。どうしてあの時……と。それがやっと晴れ、私も生き返った気持です。必ずやエウティミオ様のご家族方の仇を討ちましょう」


「ああ。ありがとう。そこでなのだが、その仇討をカシェード1人にやらせたいんだ」


「ええ!? 何を仰るのです。相手は広大な領地を持つ領主なのですよ。それを倒せるのは私達渡者が、力を合わせればこそ。たった1人でなど、死にに行くようなものです」

 やっぱりハベルも1対1などという発想がなく、驚愕し目を見開いている。


「勿論、領主の軍勢をカシェード1人で相手には出来ないだろう。渡者達を動員し、領主の城を取り囲んだ上で、渡者全員を相手にしたくなければ、カシェードと領主との1対1で戦えと要求するんだ」

「しかし、それではみなが納得しないでしょう。彼らは祭りで略奪する為に集まっているのです」


 その言葉に、ジュレルディは、口元に笑みを浮かべ探るような目線をハベルに投げかけた。


「略奪の為? 渡者が起こした不正を渡者の手で正し信用を取り戻す為では無かったのか? ならば、領主が非を認め1対1の戦いに応じ、カシェードが仇を討つ。それで何の問題があるんだ? 不要な略奪などしない方が、よっぽど私達の信用は取り戻せるだろ?」


「しっしかし。祭りを起こさないなら、そもそも領主の城を取り囲めません。それでは元も子も無いではないですか」

「領主が1対1の戦いに応じなければ、その時は祭りだ。集まった者にはそれで納得して貰うしかない」


「ですが、集まった挙句無駄骨になりかねないとなれば……。あまり数は集まりますまい」

「そこは交渉が決裂してから、改めて人数を集めるしかないだろう。ただしそうなれば、交渉が決裂するのを期待し、城を取り囲む時には集まらず、決裂してからのこのこやって来る者も大勢出るかもしれない。城を囲むのに参加した者には、何らかの優遇をする必要があるだろうな」


 この後もジュレルディとハベルとの間で話し合いが続いたが、結局祭りの発動権はこっちにある。ハベルもジュレルディの要求を渋々飲んだのだった。

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