第46話:暴かれた事実
翌日、朝早くからジュレルディは1人で組合へと向かった。どうせ1人でしか並べないならぞろぞろと全員で行っても仕方がない。
朝食の後、再度ベッドにもぐり込み、だらしなく口を開けて寝入っているカシェードを横目に見ながら俺もベッドに横たわった。
この無意識に体中をぼりぼりと掻く無精ひげを生やしたむさいおっさんが、まさか貴族の坊ちゃんとは。人は見かけによらないものだ。
本当だったら今頃御領主様と呼ばれ、許婚のこれまた領主の令嬢と結婚し、勝ち組人生だったのにここまで落ちぶれるとは、人生何があるか分かったもんじゃないな。
そう、俺が人生の悲哀について考えていると、不意に扉を叩く音が聞こえた。
「ちょっと良いですか?」
エルミラさんの声だ。どうしたんだろう。
扉を開けると、その横にはハベルが並んでいた。やっぱりカシェードに用事があるって事なんだろうな。
「ちょっと待って下さい」
と一旦扉を閉めた。カシェードの過去を知っているなら、貴族の坊ちゃんだったと知っているって事だ。こんな落ちぶれた姿を見せるのもなんだろう。
「おい。起きろよ。昨日のハベルって人が来てるぞ」
「ちっ! なんだよ。面倒くせえな。人違いだって言っておけよ。気が利かねえな」
俺が身体を揺り動かすと、没落貴族は緩慢に起き上がった。
「んなもん自分で言え」
せっかく無様なところを見せないでやったのに、と少し腹を立てながら扉を開け、エルミラとハベルを部屋に入れると、とたんハベルが振る香水の甘い匂いが部屋に充満した。
渡者が利用する部屋に客用の椅子など有る訳もなく、昨日と同じくみんなベッドの縁に座った。俺とカシェードが並び、エルミラとハベルが並んでいる。
「やはりあなたはエウティミオさんではないのですか? 私はその時、あなたの許婚の城に仕えていた者です。あなたは私の事など覚えていないでしょうが、私ははっきりと覚えています。なにせ、衝撃的な事件でしたから……」
「知らねえって言ってんだろ。人違いなんだよ」
「しかしあなたは今カシェードと名乗っているとか、それはあの時、あなたを守っていた者の名前じゃないのですか?」
ああ。そこを突いてきたか。カシェードはどう出るのかと目を向けると、面倒くさげに頭を掻いている。
「良くある名前じゃねーか。こんなもんで一々偽名だろなんて言われちゃたまんねえぞ」
「分かりました。では、私はこれから独り言を言います。その独り言を聞くも聞かないもあなた次第です」
「ああ。そうかい。勝手にしな」
カシェードは後ろに倒れ込み、改めてベッドに横たわるとハベルに背を向ける。その背にハベルは語り始めた。
「私は聞いてしまったのです。主人と祭りの中心となった渡者との会話をです。予定通り上手くやれ。主人はそう話していました。勿論祭りの事でしょう」
カシェードは背を向けたままだが、微かに身体がぴくりと動いた。
「確かに、渡者との諍いはあなたのお父上に原因があった。しかしその後、祭りが行われようと知った後、お父上は渡者に約束以上の金銭を渡そうとしていた。下種な言い方をすれば、その金額はお父様の領地を襲いそれを千人で分けるよりは多く、発端となった渡者もそれで手を打とうと考えていたのです。祭りは回避出来るはずだった」
また、カシェードの身体が、ぴくり、とした。
「ですが、祭り起こらないと困る人物がいました。それが……私の主人でした。その渡者に、さらに多額の金銭を提示し、祭りを起こすように持ちかけたのです。勿論、あなたのお父様の、いえ将来あなたが受け継ぐはずだった領地を奪う為です。渡者は二つ返事で承知しました。当然です。多額の金銭を手にした挙句、さらに祭りでも思うままに略奪出来る。城にはあなたの様の御母上や、姉君、妹君もいらっしゃった――」
「どうして……今更それを言う」
カシェードの、腹の底に響くような低く重い声がした。全身から殺気を漲らせている。
「申し訳ございません。あの時私はあの方に仕えておりました。逆らえば路頭に迷います。ですが、あの後些細な事で放り出され、今は私も渡者の身。もしあなたにお会いする事があればと、ずっと考えておりました。濃い髭に隠れていますが、間違いなく昔の面影があります。それにそのカシェードと言う名。やはりあなたはエウティミオ様なのではありませんか?」
ドゴッと、壁から音が聞こえた。見るとカシェードの拳が、安宿の薄い壁をぶち抜いている。擦り傷の付いた拳を引きベッドの上に立ち上がった。天井にぶつかりそうな高い位置からハベルを見降ろしている。
「その話、本当だろうな?」
「はい。嘘は申しません」
俺とエルミラが見守る中、幽鬼が宿ったような形相のカシェードと、ハベルが見つめあっていた。
「祭りだと!?」
宿と組合の間にある路地裏でジュレルディが声をあげた。彼女が帰ってくるところを待ち構え、ハベルとカシェードとのやり取りを伝えたのだ。
「はい。そうなんです。カシェードは1人でその領主のところに乗り込むって騒いでたんですが、ハベルがそれをいさめて……」
「それで、祭りを発動させようっていうのか?」
「ええ」
「しかし、どんな理由で祭りを起こそうと言うんだ。祭りは渡者の権利が侵害された時に発動するものだ。今聞いた話では、悪いのはむしろ裏取引をしたその渡者じゃないか」
「それはそうなんですが……。なんでも、だからこそ渡者の不正は、渡者の手で正す必要があるって……。もう10人以上の渡者が宿に集まってますよ」
「むちゃくちゃな理由だな。しかも昨日の今日でよくそんなにも賛同者が集まったものだ」
「どうやら、エルミラさんやハベルさんの知り合いの渡者らしいです」
「だが、知り合いと言ってもこんなむちゃな理由で賛同するとは……」
「もしかして、祭りが起こるなら理由はなんでもいいって奴らかも知れませんね」
「確かにな」
そう言うとジュレルディは、胸の前で腕を組んだ。ローブの前がはだけて組んだ腕で豊かな胸が押し上げられ、つい目が行き慌てて逸らしたが、もっともジュレルディは思案に没頭し俺の視線に気付いていない。
「それでカシェードはどうすると言ってるんだ? あいつは祭りを発動させる気なのか? 話の筋から言えばあいつが発動権を持っているんだろ?」
「カシェードは自分1人でやるって言ってるんですが、ハベルがそれでは無駄死にだって引き留めているんです。正直俺もどうすればいいか分からなくて。勿論カシェードを1人で行かす訳にも行きませんけど、俺達全員で行っても返り討ちになるのに違いはありません。でもだからと言って祭りを発動させるってのも……」
それにみんなには言えないが、来世に影響する「業」の事もある。俺だけじゃなく仲間の誰にも、人を殺して欲しくは無いのだ。それを考えれば、ここはカシェードに耐えて貰うしかないが……。
「確かに難しいところだな。どうせ祭りには勝てないと、その領主が全財産を置いて逃げでもしてくれれば良いんだが……。聞いた話ではその強欲な領主がそれをしそうにないな」
「やっぱり祭りには勝てませんか?」
「かつて他国との戦争で豪勇の名を欲しいままにした伯爵がいたが、その驕りから渡者を迫害し祭りをまねいた。伯爵は2度祭りを撃退したが、3度目にな。さすがに50倍の敵には手も足も出なかった」
「50倍……ですか」
「ああ。祭りを相手にするには1国の軍隊でも難しい。ましてや一領主など、ものの数じゃない」
「でも、前の祭りの時もそうでしたけど、領主って逃げずに抵抗しますよね? どうしてなんでしょう」
「そこは渡者なんぞに背を見せられるか、という貴族としての誇りだか意地だとか色々と言われているが……。まあ本当のところは、今まで領民から税を徴収して生活してきた領主が、それを失っては死んだも同然。それだったら一縷の望みをかけて、というところらしい」
「なるほど」
しかし、だからこそ祭りを歓迎する渡者にとっては都合のいい部分もあるか。城を落とせば、城内に残っている女性達への乱暴も出来るんだからな。前回最後の最後には逃げたけど、それは落城寸前だったし。
「話は分かった。とにかく宿に戻ろう。何とかしてカシェードを引き止めるんだ!」
「はい」
ジュレルディが宿に向かって駆けだし、その後に続く。
が、突然ジュレルディの足が止まった。
「どうしたんです?」
「明日からの依頼を受けたんだった! 組合に戻って取り消しておかないと、依頼を放置した事になる!」
ああそうか。依頼なんてやっている場合じゃなさそうだよな。
ジュレルディは踵を返し、今度は組合へと駆けだす。
「ああん。もう!」
さすがにてんぱったのか、俺と2人だけなのに気が緩んでいるのか、常にない彼女の甲高い声に不謹慎にも可愛いと思った。
一旦組合に戻り依頼を取り消した後、俺とジュレルディは宿に戻った。
宿の玄関には多くの渡者達が屯していて、俺が宿を出た時よりもさらに増えている。その中にはハベルの姿も見えた。
「さらに集まってますね」
「早く手を打たないと、身動きとれなくなりそうだな」
部屋に戻るとカシェードは既に荷造りを終え、ユイファが必死で腕にしがみ付いていた。
「あ。ジュレルディさん! アルシオさん! カシェードさんを止めてください!」
「いいから離せ。お前達には迷惑はかけねえよ!」
ユイファを振り払おうとするカシェードの前に、ジュレルディが立ちふさがる。凛とし毅然とするその姿は、いつもの頭目モードだ。
「馬鹿な事を言うな。私達は仲間だろ。お前がいなくなるなら、それだけで迷惑だ。私はお前達以外と組む気は無いんだからな」
「ちっ!」
カシェードは舌打ちすると、振り払おうとする動きを止めた。それを感じ、ユイファも恐る恐る手を離す。
「話はアルシオから聞いた。お前のお父上の事は残念だと思うし、その許婚の領主を憎むのも――」
「元許婚だ! あんな奴らもう俺には関係ねえ!」
叫ぶカシェードの声を受け止めるように、ジュレルディが目を瞑った。一呼吸した後目を開け鋭い視線でカシェードを射抜く。
「行っても死ぬだけだ。お前は仇を討ちたいのか、死にたいのかどっちだ」
「刺し違えても、やってやらぁ!」
物事に動じないという点では、普段ジュレルディすら上回るカシェードが激し吠えた。ハベルの話では城には、姉や妹も残っていたみたいだし、許せない気持ちは分かる。俺には他に兄弟は居ないが、俺にとって、優香が乱暴され殺されるのと同じかもしれない。
それでも原因は自分の父親にあると、諦めもしてたのかもしれないが、祭りを回避できそうだったのにその領主の所為で一族の者達がそんな目にあったと知ったら……。
「分かった行け」
「ジュっジュレルディさん!」
「だがお前が失敗したら、次は私がお前の仇を討ちに行く」
泣きそうな目で2人を交互に見るユイファの前で、ジュレルディとカシェードが鋭く視線をぶつけ合っている。
「……てめえ。卑怯な事言ってんじゃねえぞ」
「お前が成功すると、本気で考えているなら問題ないだろ」
再度視線がぶつかったが、やがてカシェードが逸らした。床に荷物を頬り出しベッドに腰掛ける。それをジュレルディが見下ろしている。
「じゃあ、おめえ、俺にどうしろってんだ。まさか泣き寝入りしろってんじゃねえだろうな。1人で殺るのが難しいってこたあ俺だって分かってるんだ。だが、あいつだって城から一歩も出ねえ訳じゃねえだろ。そこを狙えば、可能性は0じゃねえ」
「しかし領主が城を出る時は護衛を伴っているだろ。遠距離からの攻撃など防がれる。それをさせる間を与えない為には、至近距離から矢を撃たなければならない。可能性は0じゃないと言うが、10回に1回しか成功しないようなものに賭けるほど、お前の命は軽いのか?」
「もっと隙がある時を狙うさ」
「それはいつだ? 復讐だけに人生をかけるつもりか?」
「だから、どうしろって聞いてんだよ!」
腰掛けていたカシェードが再度立ち上がり、僅かに目線が下のジュレルディを睨んだ。だがジュレルディは怯まない。
「とにかくここは私に任せろ。ユイファ。こいつが1人で行かないように見ていてくれ」
「はい。分かりました」
「アルシオ。一緒に来てくれハベルと話を付ける」
「はい」
毅然とした声で、みなに指示したジュレルディが扉に向かと俺も後に続く。白い手が扉に掛った時、その手を止めた。
「そうだ。エルミラさんは今どこにいる? 部屋か?」
「出かけています。たぶん……もっと賛同者を集めてるんだと……」
「そうか……」
俺達の頭目は美しい顔を伏せ、ため息をついた。
廊下に出るとなぜかジュレルディはハベルがいる外へと向かわず、自室へと足を向けた。
「どうしたんです? なにか部屋に用ですか?」
だがジュレルディは問いに答えず、自室に滑り込むように入った。誰も居ない部屋を傾きかけた太陽の光が照らしている。ジュレルディはベッドの前まで進むと、そこに頭からパタリと倒れ込んだ。彼女の丈の長いローブが、扇状にベッドに広がる。
「ジュっジュレルディ! どうしたんです!?」
慌てて近寄ったが、もし何か病気ならば身体を揺らすのもどうかと躊躇われる。傍に跪き恐る恐る肩に触れた。
「大丈夫ですか?」
「……アルシオ」
「え? 何です。どこか痛いんですか?」
「どうしよう……」
それは、今まで聞いた事もない弱々しい声だった。




