第45話:カシェードの過去
あの後、ハベルの言葉をカシェードが認める事はなく、なんとなく白けた雰囲気の中でお開きとなった。
変な事を言ったとハベルはしきりに頭を下げていたが、納得しきれないのかカシェードの顔をちらちらと見、カシェードはといえば、顔を背け時折舌打ちをしていた。その様子から否定はしているものの、ハベルの言うとおりなんだろうな、と思った。
宿についてもカシェードは無言で、ベッドに横たわり壁の方を向いている。話すつもりはないって事だ。俺もどうしたものかと、横になる。
まさかカシェードが名を偽っていたとは、過去に何があったんだろう。犯罪を犯して逃げているとか? いや、依頼を受ける時、頭目だけじゃなく衆の全員で証印を押す事もある。逃亡の身なら、そこから役人が押収した、過去に出した手紙やらと照らし合わされ足がつく事もあるのだ。
じゃあ何だ? 逆に犯罪者集団に追われている? うーん。あり得るかもしれないが、やっぱり本人に聞かない事には分からないか。
「入るぞ?」
扉を叩く音の後、廊下からジュレルディの低い声がした。どうぞ、とこたえ開かれた扉の先には、さらにユイファの姿もあった。
「どうしたんです?」
とはいうもののカシェードの事に決まっている。
「良い機会だと、私は思う。そろそろ2人に話したらどうだ? カシェード」
だが、ジュレルディの頭目モードの凛とした声は、壁を向いたままのカシェードの背に弾かれた。
「こっちに進もうと提案したのは私だ。すまないと思っている。だが一口にシャルロワ地方と言っても広い。ここでお前を知っている者に会うとは思わなかった。すまない」
「俺だって大丈夫だと思ったから反対しなかったんだよ。それがよ」
カシェードは背を向けたままだ。今までの話じゃジュレルディは、カシェードが偽名だと知ってるって事か。
2人は付き合いが長いんだから不思議じゃないが、2人だけの秘密があったと思うと、もやっとするものがある。嫉妬……なんだろうな。
「それで……どうしてカシェードさんは偽名って言うか……。名前を変えちゃったりしたんですか?」
「ちっ! まったく、しょうがねぇな……」
カシェードは舌打ちをしながら身体を起しベッドの縁に座った。ジュレルディはユイファを促し、2人ベッドに腰掛け、俺も起き上がって座りなおし、カシェードを前に3人並ぶ。
こうしてカシェードの話は始まった。
あるところに貴族の坊ちゃんがいた。歳は13。結構広い領地を持つ家で、よくある話で親同士が決めた許婚がいた。もっともその女の子もまだ10歳に満たない。
ある日、坊ちゃんは護衛隊長のカシェードとその部下に守られ、許婚の貴族の城に遊びに行った。ふむ。ガサツな奴だと思っていたが、昔は貴族に仕えていたのか。しかも隊長とは意外だ。
許婚の女の子は10歳になってないのにと言うべきか、なってないからと言うべきか。親の言いつけ通り将来は坊ちゃんと結婚するんだと素直に信じ、2人の仲は良かった。
護衛達が遠巻きにするなか、2人はいつも通り遊び許婚の城で楽しく過ごしていた。だが晩餐に舌鼓を打っている時、それは訪れた。
泥だらけの男が城門を叩き転がり込んで来たのだ。だが不審者だと取り押さえられたその男は、坊ちゃんの城に仕える者だった。なんと祭りの標的となり、城が渡者に囲まれたというのだ。
原因は坊ちゃんの実家の貴族にあったらしい。組合を通さず直接渡者と交渉し、領内で発生した魔物退治を依頼したのが発端だった。
その渡者の衆は何人もの犠牲を出し魔物を退治したのだが、領主が派遣した兵士を連れての検分で、倒し残しが発覚したのだ。それだけなら良かったが、その魔物は反射的に剣を振るった兵士が倒してしまったのだ。
では依頼は達成されたのか、されなかったのか?
普通なら、最後の1匹を誰が倒そうがたいした問題じゃない。たかが雑魚の1匹、戦闘職の渡者なら誰だって倒せる。たまたま兵士に飛び掛っただけで、依頼は達成されたと見るべきだ。
だが領主は金を惜しんだ。倒し残しがあったなら依頼は達成されておらず、その最後の1匹を兵士が倒したなら、こちらが魔物を退治したのだ! そう主張したのだ。そして報酬を払う事を拒んだ。
渡者達は収まらない。何人もの犠牲を出した挙句、銅貨一枚も支払われないのだ。彼らは組合に訴え、そして祭りが発動したのだった。
「カシェード! 城に戻るぞ! みなを助けに行くのだ!」
貴族の坊ちゃんは叫び、愛馬に飛び乗った。だがその轡を隊長が抑える。
「祭りに囲まれた城に戻るなんて自殺行為です! ご自重下さい。あなたまで失っては、血が途絶えますぞ!」
だが坊ちゃんは聞く耳を持たず強引に馬を進ませ、やむを得ず隊長以下兵士達も続く。だが馬を飛ばし城に着いたものの、千を超える渡者達に囲まれた城は陸の孤島だ。
「突破するぞ! 私に続け!」
「馬鹿な事を仰らないで下さい! 死にに行くようなものです!」
だがまたもや坊ちゃんは聞く耳を持たず、馬を駆り城に向かう。兵士達は付き合ってはいられないと四散したが、隊長のカシェードだけが追う。
しかし千人を相手に何が出来る訳もない。馬上から振るう坊ちゃんの剣は簡単に弾き返され、馬から引き落とされた。もっとも子供だからと命までは取られず、剣と馬だけ取られた。だが、隊長のカシェードは切り刻まれ果てたのだった。
「……おい待て」
俺は思わず話を遮った。
「なんだよ」
「お前偽妖か? お前が死んでどうするんだよ」
「死んでねえよ。カシェードは偽名だって言ってんだろ。今死んだのは別のカシェードだ」
「紛らわしいんだよ。分かりやすく、カシェードに統一して話してると思っただろ」
「知るかよ」
「じゃあお前、今までの話のどこに出てたんだよ。まさか逃げた兵士の1人だったってんじゃないだろうな。脇役過ぎるだろ」
「脇役じゃねえよ。ちゃんと話に出てただろうが」
「じゃあ誰なんだよ」
「ちっ! だからだ……あれだよ」
「あれって?」
「だから、貴族の坊ちゃんが俺なんだよ」
「ぶっ!」
俺は思わず噴出していた。周りを見ると、ユイファがベッドの上で腹を抱えて転がり、ジュレルディは肩を震わせ口元に手をやっている。
「だから言うのが嫌だったんだよ!」
「すっすみません!」
ユイファが飛び起き姿勢を正したが、ジュレルディは肩を震わせたままだ。っていうかジュレルディは知ってたはずなんだよな?
しばらくしてやっとジュレルディが復活し顔を上げた。
「すまない。カシェード。先……先を、んっ……続けてくれ」
復活したと思ったら、結構やばかったジュレルディが促し、渋々といった感じでカシェードの話は再開された。
城を占領した渡者達はその領地をも権利を主張した。むちゃくちゃな主張だが、祭りに逆らうなんて国軍でも難しい。元々の原因が領主側にある事も相まって、近隣領主も黙認した。
もっとも、参加した千を超える渡者を養える領地ではない。そもそも千人を養えるなら領主も負けていないのだ。とはいえ、一部の者だけ残り税を取り立てて暮らすとなると不公平になる。そこで彼らは領地を売り、代金を山分けしようと考えたのだ。
そして買い手に名乗り出たのが、カシェードの許婚の父親だった。娘と結婚すればいずれ自分の物となる。一族を失ったカシェードは悲嘆にくれていたが、これで家が再興出来ると喜んだ。
「ありがとうございます。亡くなった父上や母上もこれで安心できます」
だが礼を言うカシェードにその領主は無慈悲に言い放った。
「あの領地は私が高い金を出して買ったのだ! 私の物だ! 無一文のお前に誰が娘をやるか! とっとと出て行け!」
一族を祭りに殺されたカシェードだったが、事の発端が渡者への父の無慈悲な振る舞いが原因だった事、そして許婚の父から言い放たれた言葉から、所詮貴族などこんな物だと貴族を恨み、自身は渡者となったのだ。
そして名を捨て、最後まで自分を守ろうとした護衛隊長の名を受け継いだのだった。
「それで、その後ジュレルディと知り合ったのか?」
「まあ、すぐにって訳じゃねえけどな。渡者たってそんときゃまだ13のガキだ。何が出来るって訳じゃねえ。むせぇ男だらけの衆に拾って貰って、雑用係みたいなもんで何とか食いつないでた」
なるほど。結構大変だったんだな。しかもさらに聞くと、以前聞いたカシェードの故郷っていうフォルカークってのは、実は領地から逃げた先でその衆が拠点としていた土地で、本当の故郷は、ここからさらに西に行ったベイモンという所らしい。
そこで渡者達と暮らしているうちに、落ちぶれて下品になって行ったんだな。小さい頃は貴族の坊ちゃんで行儀よく、父上、母上、私とか言って……。駄目だ。また吹き出しそうだ。
「大変だったんですね……」
さっきまで爆笑していたのも忘れ、ユイファが声をかけている。
「もう昔の話だ。今はもう関係ねえよ。さあ、話は済んだんだ。とっとと部屋に戻んな」
そう言うとカシェードはベッドに横になり背を向けた。ジュレルディは肩をすくませている。まあ、これで隠し事もなくなり、カシェードもすっきりしただろう。
「じゃあ部屋に戻るか」
ジュレルディはユイファを促しベッドから立ち上がる。俺はそれを追いかけた。
「どうした。アルシオ」
俺が呼び止めると、廊下でジュレルディが立ち止まった。ユイファは先に部屋に戻っている。
「少し聞きたいことがあるんです」
「なんだ?」
「あなたはカシェードが貴族の出だって知ってたんですよね?」
「ああ」
「隠さず言って欲しいんです。初めてそれを聞いた時……」
「聞いた時?」
さっきまでの余韻を残し、俺と2人きりじゃない時の硬い表情でジュレルディは首を傾げている。俺は確信を持ちつつ口を開いた。
「笑いませんでしたか?」
「……少しな」
頭目モードのジュレルディは、冷たい感じがする。それだけに笑われるとダメージが大きい。カシェードが過去を話したがらなかったのは、絶対にこの人の所為だ。




