第43話:渡者達の婚活
大道芸人の皮をかぶった商人との対決を乗り越えた俺は、ある店でジュレルディと向かい合って座っていた。
親父にはジュレルディがきっちりと言葉を教え込んだので、二度と俺のような被害者が現れる事は無いだろう。だがそんな事をしているうちに、日はかなり西に傾いていた。
「ここの名物を食べるという話だったが、もうこんな時間だ。それはみんなと一緒に夕食にしよう。とりあえず今は軽いものにしておこうか」
「ええ。そうですね。じゃあ、ここにしましょう」
そう言って近くの店に入った。軽く食べるだけだったら、さっき俺が入ったサラダだけを食べた店じゃなければどこでもいい。
さーて。何を食べようかとメニューに目を通す。はっはっはっ。だから読めねえんだよ!
「すみません。ちょっとメニューを……」
そう言ってジュレルディに助けを求めようとしたが、彼女もメニューを見て、うーん、と唸っている。
「どうしたんです? もしかしてサリビス語は話せるけど、読めないとかですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだが、何を食べれば太れるのかと思ってな。中々太れなくて……」
元の世界の女が聞いたら、ぶっ殺されそうな台詞だな。胸が大きくて腰が括れているジュレルディがこの世界での美人になろうと思ったら太るしかないんだが、俺から見ればジュレルディは今のままが一番いい。
「あなたは、今のままが一番良いと思いますよ」
「そっそうか。でも、そう言ってくれるのは嬉しいが……。お前の言葉に甘えて、何の努力もしないというのも……」
「いえ。俺はありのままのあなたが良いんです」
「分かった。お前がそう言うなら……」
ジュレルディははにかみ、白い頬を赤く染め俯く。自分でも歯の浮く台詞だし、ジュレルディにすれば少しでも綺麗にって考えなんだろうけど、俺から見れば完全に逆走している。
結局俺達は、薄いクレープみたいな形状の生地に、野菜やら肉やらを挟んだ物を注文した。味の方は、見た目どおりサンドイッチの具をクレープで巻いたみたいな感じだ。もっとも本物のクレープほど甘くない。
ここら辺は川や海が近くになく、魚介類は無いらしい。そんなところだから食料はあまり無いのかといえばそうでもない。人が集まるところには物も集まる。当然、食料もだ。
この世界は食料が少ないのだが、有る所には有って、無いところには本当に無い。昔はこれほど極端じゃなかったが、経済が発達していくうちにこうなって行ったらしい。ある村では、お金を得る為に作物を都会に売った挙句、村では食料が足りなくなって餓死者が出た。って話も有るくらいだ。
夕食前の軽い食事はすぐにすんだ。とはいえユイファとの待ち合わせの時間にはまだ間がある。昼を大きく回り席もガラガラなので、取りあえずまだ座っている事にした。
「そういえば、この町である程度依頼を片付けた後は、また大きな町を目指すんですか?」
「大きな町には食料が集まってくるからその点は心配ないが、同じ事を考える渡者も多い。目ぼしい魔物は退治されてて仕事にありつけない可能性もある。いっその事逆を狙って魔物が居そうな辺境の町や村を目指すのも手だが、それはそれで博打だしな。それに最近は、住み着きや出戻りも多いと聞く。せっかく遠い道のりを行っても、そんな村に当たっては仕事なんて無いからな」
アルシオの記憶を掘りおこすと、住み着きって言うのは、文字通り渡者がその村に住み着く事だ。普段は村人と一緒に農作物を作り、魔物が発生したらその魔物を退治する。出戻りは、村を出て渡者になった奴が村に戻ってくる事だな。
「最近は多いみたいですね」
「ああ。渡者の数も多くなったから、その分仕事にあぶれる者も多い。村にしても基本作物が行き渡るギリギリの人数で暮らしているが、そういう村にも魔物が出没するのも事実だ。今までは一々渡者に魔物退治を依頼していたが、最近では、住み着きや出戻りを見越して人口調整を行っている村も多いと聞く」
「でも、魔物退治も雑魚だけならともかく、ボスクラスだと魔法使いが居ないと難しいですよね。俺の村もそうでしたけど、小さな村だと魔法を教える人が居なかったので魔法使い居ませんでしたよ。出戻りだとその辺どうしてるんですか?」
「そこは魔法使いを伴侶にした者を呼び戻しているらしい。最近では、ある程度の容姿の娘を渡者に仕立て上げ、男の魔法使いを引っ掛けて来いと送り出す村もあると聞く。色々と考えるものだ」
ジュレルディはそう言うと苦笑した。
そういう事も有るのか。日本でも昔は結婚相手を村長が決めるとかだったみたいだし、村に住んでいると女の人も、男を引っ掛けて来いと言われたらその通りにしないといけないんだな。その点渡者達は、その出戻りの奴らは別として、生まれた村とのしがらみを断ち切ってる訳だから自由恋愛っぽいんだけど。
「じゃあ、魔法使いはモテモテですね」
「ああ。私には縁の無い話だがな。男の戦士や射手は溢れているんだ。私に声を掛けても良さそうなものだが、やはり物には程度というものがあるらしい」
ジュレルディはさらに苦笑を深くする。うーん。ジュレルディは、盗賊に身包みを剥がされても身体は無事だったってぐらいだからな。この世界の美醜の基準は本当に理解できない。俺から見れば、本当に絶世の美女にしか見えないのに。
って考えたら、よく俺も、その絶世の美女を前に緊張もせずに喋ってるよな。元の勇雄の意識だけなら硬直し、一言も喋れなくなりそうなもんだけど、きっとアルシオが「見慣れている」所為なんだろう。
「俺は、あなたは綺麗だと思います」
「ありがとう……」
ジュレルディはそう言うと沈黙した。その沈黙は長く、どうしたんだろう? と思っていると、指でテーブルを叩き出した。その叩く音が次第に早く大きくなり、唐突に停止する。
なんだ? と彼女の白く長い指先に向いていた視線を、白くて美しい顔に移動させるとちょっと硬い表情があった。
「……お前の村から、出戻りの誘いとか来ていないか?」
「え? いえ、来てないですけど。それがどうかしましたか?」
「いっいや。お前はモテていたからな。お前なら女の渡者を引っ掛けるなんて簡単と、村でも考えるかと……」
なんだ? もしかしてアルシオの過去の女遊びを、遠まわしに糾弾されているのか? それを俺に言われてもって感じだが、ここは全力で否定しておこう。
「いや。俺は村ではあんまりモテて無かったんです。モテ始めたのは渡者になってからで。だから村では俺が誰かを引っ掛けてるとは考えてないと思いますよ」
「本当か?」
「ええ。そうです!」
「本当に本当か?」
「まったくそんな話はありません!」
「いや。もしかしたら、村ではお前の居場所を把握できなくて、連絡が取れないだけかも知れん。一度村に連絡をとってみろ」
ジュレルディは真剣な目で俺を見つめ、追求の手を緩めようとはしない。
くっ! こんなにも執拗に食いついてくるとは、やっぱりアルシオの女遊びを責めるつもりか! だったらなお更引くわけには行かない。
「本当にそんな事無いですし、連絡なんて大丈夫ですよ」
「それでも、一度くらいは連絡したらどうだ? 随分長い事手紙も出してないんだろ? 親御さんも心配しているに違いない」
今度は親に手紙を出せとは、ジュレルディの意図が読めない。とはいえ、確かに家族という記憶はあるが、アルシオの親を自分の親と言われてもピンと来ない。それにアルシオの記憶でも、故郷の村に手紙を出したりしていない。
「大丈夫ですよ。今までも手紙なんて一度も出してないですから」
「一度もだと? それはいけない。よし、こうしよう。お前を預かっている頭目として、私がお前の親御さんに挨拶の手紙を出そうじゃないか」
まさかアルシオの親から根掘り葉掘り聞くつもりか!? さすがにそれは不味いぞ。
「いや。本当に大丈夫なんです。うちってそう言うの淡白ですから」
「まったくこれだから男の子は……」
ジュレルディは、分かってないなと言わんばかりに白い首を振っている。しかし男の子って……。中身の俺はともかく、アルシオは24歳なんだが。
「親が子供の心配をしていないわけ無いだろ。アルシオ」
「それはそうかも知れませんけど……」
「確かにお前は村を出されたのかも知れん。だがお前の御両親だって、なにも好き好んでお前を手放した訳じゃないくらいお前にも分かるだろ? 今もお前がどうしているか気にかけているに決まっているんだ」
さっきまでの追及する眼光とは違い、優しい眼差しで俺を見ている。確かにそうかも知れないな。今の俺に取っては赤の他人のように感じても、アルシオの両親にとってはやっぱりアルシオは自分の息子なんだ。
そういえば、元の世界に居る俺のお父さんやお母さんはどうしてるのかな。いや、どうしているも何も、俺は前世に来ているんだから、たぶんまだ生まれても居ないのか。でも、俺が前世に来ずあのまま死んでたりしたら、やっぱり悲しんだんだろうな……。
そう思うとアルシオの故郷に連絡をとるのも悪くないかも知れない。とはいっても、実際アルシオの親に何を書いたら良いかなんて分からない。
「分かりました。じゃあすみませんけど、お願いできますか」
「そうか。分かってくれたか」
ジュレルディは手を伸ばし、俺の手を握ると微笑んだ。俺の親の事にまで気を配ってくれるなんて、やっぱりこの人は凄く優しいよな。
「お手数をおかけします。でも、俺の親の事まで気にかけてくれて、ありがとうございます」
「何を言っている。お前のご両親なら、いずれわた――いっいや、なんでもない。じゃあそろそろ行こうか」
そう言うと、ジュレルディは、慌てた様に席を立った。
わた? わたってなんだ? まあ、良いか。と俺も続けて席を立つ。
「でも、急にどうしたんです? まだ時間には早いと思いますけど」
「あっああ。ユイファの事だから、早めに来るかも知れない。どうせ私達も何か用がある訳じゃないんだ。時間より早く行くのも良いだろう」
「それもそうですね」
店を出た俺達は組合へと向かった。俺の横を歩くジュレルディの足取りは、何故だかやけに軽かった。




