表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/66

第41話:ファン平原の戦い(1)

 遥か彼方まで青々と広がる草原に、数百名の渡者達が集結していた。それぞれ腰には非常食を下げ、戦士達は大きな盾を持ち、射手は矢を背負い、魔法使いは杖を携えている。


 勿論、大がかりなピクニックという訳ではない。祭り、である。


 もっとも祭りは常に数で圧倒し一方的な戦いとなる。ある意味ピクニック気分で参加する者も多い。しかし今回の敵は、その様な気軽な相手ではなかった。国家である。


 近年の続発する祭りの発生に、多くの領主が標的になったオリヴェルト王国が、その国軍を動かしたのだ。だがオリヴェルト王家も領主達を憐れんでという慈悲と正義感ばかりで動いたのではなかった。


「このままでは我らは皆、渡者達の餌食です。我らは常日頃王室に忠誠を尽くしております。その我らを見捨てると言うのなら……」


 国王は、彼らの語られなかった言葉を十分に理解した。主従の関係と言ってもそれは利害関係の上に成り立つもの。彼らを庇護する責任をはたさなければは離反し、王室を倒そうとするかもしれない。そして王族の血が流れる領主地の中から、自分達にとって一番物分かりのよい者を新たな王として擁立するだろう。


 こうして第一回目の祭り以来、実に数百年の時を経て、遂に二回目の、国軍と渡者達との戦いが行われようとしていたのだ。だが一回目と二回目には大きな違いがあった。それは一回目が国軍に対し、渡者達は10倍もの数だったのに対し、今回は何と、渡者達の方が数が少ないのだ。


 度重なる祭りに対し、少しやり過ぎなのではないかという批判が、渡者達の間でも大きくなってきているのが理由に挙げられるが、それよりも問題なのが、本来の理念の失墜である。元々渡者義勇軍と称されていたのが、祭りなどと呼ばれている事からも分かるように、今では略奪目的の、ただのお祭り騒ぎなのだ。国軍と戦うなど、どうしてその様な危険で、且つ、何を得られるかも分からぬ勝負をしなければならないのか。


 だがここで負けては、将来国家からの圧力に渡者達が押しつぶされる可能性があると、集まった渡者達は、その失われたはずの理念に燃え、士気は高かった。


「でもフィクスさん、あんな陣形で本当に良いんですかい? 軍隊と戦うって時は、もうちょっとこう……纏まるもんだって聞きやしたよ」

 1人の男が不安げに、渡者達を纏めるフィクスに問いかけた。言葉づかいは上品とは言えないが、顔全体、輪郭から目から鼻まで丸みを帯び、人好きのする愛嬌のある顔だ。


「はい。確かに正規の軍隊ならそうでしょう。そして常からその訓練をしている彼らは、集団戦での戦いに一日の長がある。ですがみなそれに惑わされすぎなのです。思慮深い大虫たいちゅうは怖くない、と言うではないですか。勢いと結束が我らの長所。無理に苦手を克服しようとせず、得意を活かすのが良いのです」


「そりゃ。フィクスさんの言っている事も分からないじゃねえですが……」


 祭りも無敗ではない。幾度か敗れた事もあるが、その度に前回を上回る数を揃えて再度攻撃し、最終的には勝つのだ。しかしその負けた時は、整然と並ぶ軍勢の集団戦に、渡者達が遅れを取ってきた。それだけに、渡者達も、もっと彼らの戦い方を習得すべき。そう考える者も多いのだ。


 まだ渋る男にフィクスは

「大丈夫です」

 とだけ答え微笑んだ。本心では分かりの悪い男に、舌を出しているのだが、この男も知能はともかく人望はある。今回、多くの渡者達を集められたのも、この男の協力が少なからずある為、あまり無碍にはできない。


 この話を続けても意味は無いと、フィクスは別の男に目を向けた。20歳後半の男で、渡者というには小奇麗な装備を身につける射手だ。

「頼んでいた件ですが、どうなっていますか?」

 フィクスは丁寧に話しかけた。男は実質部下とは言え、対外的にはあくまでフィクスは纏め役。権高い態度は控えるべきだ。

「はい。計画通り、発情期の山鼬さんちの雌を数十匹、あの付近の山林地帯にばら撒いておきました。今頃雌に釣られ何百っていう雄の山鼬が集まってるはずです」


「ありがとうございます。山鼬は毒臭を放ちます。それを退治するには特殊な装備が必要です。彼らも途中魔物と遭遇する事を考慮し、ある程度の準備はしているでしょうが、数百という数は想定外。進軍は不可能となり、こちらを通るしかなくなるでしょう」

 そう言ってフィクスは満足そうに頷いた。


「でも、そんな事して何になるんです? 折角俺達が有利に戦える森や林のあるところを封鎖して、こんなだだっ広い平野に誘い込んじゃ、まずい事になるだけじゃないんですかい?」


 先ほどの物分かりの悪い男が、首を傾げ問いかけてきた。フィクスは内心苛立ちながら、無視する訳のもいかないと説明を始める。


 もっとも男の疑問は当然のものだった。渡者は通常、森の中や暗闇でのゲリラ戦が得意とされている。平原での戦いは集団戦に長けた職業軍人達のものだ。祭りの時に平原の戦いでも渡者達が勝つのは、単純に数で圧倒しているが為である。だが今回、渡者達はその数で負けていた。それを平原で戦闘を挑むなど自殺行為なのだ。


 元々渡者達は、ここよりさらに40キロほど後方のムアンタークという場所に集結していた。そこを攻撃する為にオリヴェルト王国軍が進行しているという情勢だ。そしてムアンタークまでの道は2つ。1つは封鎖した山林地帯のカザスであり、もう1つはこのファン平原。


 だがフィクスは、敵将たるオリヴェルト王国将軍シュリーマンが、その山林地帯での戦いに何か策を持っていると読んでいた。そうでなくて、なぜわざわざそこを通るのか。そんな事をすれば渡者達が出張り得意なゲリラ戦を展開するに決まっている。それを、戦場にある事30年を超え、智謀名高い名将が無策などあり得ないのだ。


「何も、敵の望むところで戦う必要はありません。こちらこそが、敵の望む場所で戦うと見せかけ、策に嵌めるのです」


「ですが、森に魔物を放して封鎖しちまっちゃ、敵さんだって何かあるって気付くんじゃないんですか?」


 ふむ。意外と頭を使うじゃないか。とフィクスは男を見直したが、それでもまだまだ浅い。

「それを思うのは我々が渡者で魔物の扱いに長けているからです。軍人である彼らには、魔物が自然に発生したのか我らの仕業か区別するすべがありません。それに、渡者は森での戦いを望んでいるという先入観が彼らにはあります。我らがその有利な戦場を自ら放棄するとは、彼らも考えないでしょう」


 山林地帯を行軍する王国軍を、そこで迎え撃つ為渡者達もムアンタークを出て進軍。だが肝心のその戦場が魔物の発生により封鎖され、やむを得ず両軍、平原に迂回したところを遭遇し戦闘が行われる。これがフィクスの考える筋書きだった。


 だが王国軍がこのファン平原に到着するのは、明日の昼前と想定されている。今日はまだ日は高い。ほとんど丸一日あるのだ。遭遇戦と称するには、渡者達が待ち構えている事になるのだが、フィクスはここに全軍を引き連れてきている訳ではなかった。全軍の2割ほどである。だが勝つ為に、彼らには、ここで消えて貰う必要があった。


 その数時間後、フィクスを含めた数名がファン平原を後にした。その後には無人の草原が広がっていた。






 翌朝、オリヴェルト王国軍将軍シュリーマン率いる軍勢は、ファン平原に到着した。その数およそ四千。縦1メートル、横50センチほどの盾を持つ5人の戦士を先頭に、その後ろに同じく5名の射手。次にはまた戦士と、交互に続く。中軍は魔法使いが固まり、その後ろに幕僚達が集まる本陣、後陣はまたも戦士と射手だ。指揮官たる騎士は、自ら統率する集団の中ごろに居る。隊列は1キロの長さに及んでいた。


 その本陣でシュリーマン将軍は、馬上で苦虫を噛潰した表情をしていた。にわかに発生した魔物の為、せっかく戦場に想定していたカザスが行軍不可能となってしまったのだ。山林での戦いは渡者達が得意とするところ、その常識を覆しあえて山林で戦う。いやそればかりではない。渡者達がその真価を発揮する夜間に仕掛ける計画だった。


 攻城戦は攻める方が有利であり、その夜間行うものだ。闇にまぎれて城に近づき大出力魔法の一斉射撃。そして後退し、また別のところから近づいては撃つ。そうすれば城方は手も足も出ない。彼は渡者達が立て篭もる山林を巨大な城に見立てた「攻城戦」をする積りだったのだ。


 シュリーマンは「魔法使いの奇術師」とまで言われる魔法使い運用の名手だ。統率のとれぬ渡者達の魔法使い部隊など、同数ならば敵ではない。ましてや今回、数でも勝っている。勝算は高かっただろう。だが突如発生した魔物の為、それも不可能となった。せっかく立てた計画も水の泡となり、やむを得ずファン平原を越え、ムアンタークに向かっているのだった。


 もっとも王国軍がカザスに向かっていたのは、渡者達も分かっているはずであり、近くまで進軍してきていると予想される。十分な偵察をだし、警戒を怠らない。そして予想通りの報告があった。


「ここから2かん(2キロ)ほど先に渡者達が待ち構えています。数はおよそ三千です。隊列整わず、我が軍と遭遇するのを想定していなかったもよう!」

 馬上から地上へと身を移し、跪きつつ斥候の騎士が報告した。敵が油断し隊列さえ整えていない事に、勝利を確信し顔が上気している。すぐにも突撃の合図があるはずと、待ち構えていた。


「隊列すら……か」

 突撃の指令を各隊に伝えよと命じられると信じる伝令を尻目に、シュリーマンはゆっくりと呟いた。彼は突然の魔物の発生に不審なものを感じていた。まさかとは思うが、渡者達があえて山林地帯での戦いを避けたのではないか? そう考えたのだ。ならば渡者達はここでの戦いを望んでいると言う事だ。


 だが……それが隊列すら整わず居るという事は、やはり彼らにとっても魔物の発生は想定外だったのだろうか? だが油断は出来ない。

「四方に偵察を出せ! 全軍、戦闘陣形に移行し、その後進軍する」


 この指令に伝令の騎士はあからさまな落胆の色を見せた。ここは見渡す限りの草原、奇襲などされようがなく、偵察など無駄としか思えない。しかも敵は隊列すら整っていないのだ、すぐさま突撃すべきではないか。もはや敵もこちらに気付き、今頃慌てて隊列を整えているだろうが、訓練された我が軍なら、突撃しつつ展開し、敵が隊列を整える前に攻撃出来よう。


 だがシュリーマンは騎士の顔色など微塵も意に返さない。指令は伝えられ、訓練された兵士は整然と横に陣形を伸ばしていく。


 盾を持つ戦士5名。後ろに射手5名。それを一組に、横に20、縦に5つを並べ、その後ろにも同じ様に隊列を組んだ部隊を2つ。合計3千の戦士と射手の後ろに8百の魔法使い部隊。残り2百は本陣とその旗本である。


 シュリーマンが率いる将兵は、すべて訓練された職業軍人。民を召集しての雑兵は存在しない。理由は複数ある。まず食糧不足のこの世界では、自然少数精鋭が求められるという事がまず1つある。


 だが最大の理由は、雑兵の存在は数ほど役に立たないどころか、多くの時に敗因となるからだった。


 軍勢同士の戦闘とは、どちらかが全滅するまで戦うのは稀だ。勝敗とは、どちらが敗走するか、なのだ。つまり最強の軍隊とは、多くの敵を殺せる軍隊ではなく、敗走しない軍隊である。と言えた。その意味でいえば、兵制とは、如何に敗走しない軍隊を作るか。それを考えるべきなのだ。


 この世界の戦場は、大出力魔法が飛び交う戦いである。密集隊形など取りようもなく、自然、少数集団で動く散兵戦術に近いものとなるのだ。そして散兵戦術に最も必要なのは、すぐれた馬術でもなく、豪勇でもなく、弓の腕でもない。国家、あるいは軍隊そのものへの、強烈な忠誠心だった。


 密集隊形で、その部隊を統率する士官が間近におり指令を送り続け監督し、横には恐怖に耐える戦友が居る。その様な状況では自分1人逃げるのは、実質的にも精神的にも難しい。だが散兵戦術の場合、大まかな指令の後は、兵士達は己で判断して動くしかない。敵陣のどこが薄いか見極め攻めるか、味方のどこが窮地に陥り助けるか、そして自分の身が危ないからと逃げ出すか、だ。


 その、逃げ出すという選択を封じるのに必要なのが忠誠心なのだが、無理やり召集した雑兵に、その忠誠心を求めても虚しいだけ。戦いが始まり、近くに大出力魔法が着弾すれば、雑兵達は我先にと逃げ出すだろう。


 戦いとは目の前の敵とだけ戦っている訳ではない。誰もが死ぬ恐怖とも戦いながら、槍をふるい突撃を行っているのだ。そこに1人が逃げだせば、恐怖が波及し、皆の心を支配する。他もそれもに倣い、全軍が敗走するのだ。民を召集しての雑兵などで数だけ増やしても、害となるだけなのだ。


 シュリーマンが率いる職業軍人達は整然と隊列を組み、渡者達が集結しているという地点を目指した。


 だがそこに到着した時、シュリーマンは待ち構える敵軍に目を見張った。今だ陣形を組んでいないのだ。戦士、射手、そして魔法使いが混在していた。戦士は盾を持っているものの整列せず、射手もその後ろに並んでおらず、魔法使い達も、集団として纏まっていない。


 その様子に、王国軍のあちこちから嘲笑が発せられる。

「いくら戦いの素人とはいえ、ああも出鱈目とは」

「まったくだ。やつら偵察もだして無かったんじゃないか?」

「たぶんそうだろうな。それに比べ見ろよ。我が軍の美しい隊列を」


 だがその嘲笑を耳に霞めながら、シュリーマンの胸中にある疑問が湧きあがっていた。もしかして、これが奴らの陣形ではないのか?


 ファン平原の戦いが、始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ