第40話:謎の芸人
俺達は今、人通りの多い猥雑な路地を歩いていた。ジュレルディと2人でどこで食事をしようかと店を探しているのだ。
組合の近くにも店はあったけど、そこは俺がサラダを食べたところ。万一店員から俺がサラダだけ食べて店を出たとジュレルディに伝わるとカッコ悪いので、その店はスルーした。
「何か食べたい物があったのか? さっきの店でも良さそうな気がしたが」
「え、ええ。さっきの店ってどこにでもありそうな感じだったじゃないですか。せっかくだから、ここら辺でしか食べられない物がいいかなーって」
「なるほどな」
俺の言葉にジュレルディはクスクスと笑っている。以前の象魚の事もあるし、ジュレルディは俺をご当地の名物好きってインプットしているのかも。
「前の町では象魚とあの丸いのが美味しかったですけど、ここは何が名物なんで――」
「しまった!!」
「え? 何です急に?」
突然叫んだジュレルディへ反射的に目を向けると、いかにも無念そうで険しい顔をしている。
「くそ……。私とした事が」
くそって……。言葉が汚いですよジュレルディさん。しかしジュレルディがこんなにも悔しがるって、いったいどんな重大ミスをしたって言うんだろう。
「丸いのの……」
え? 丸いの?
「丸いのの名前を聞き忘れた。暇を見つけて店に聞きに行こうと思っていたのに……」
「そうですね。残念ですよね」
唇を噛んで悔しがる彼女に、相槌を打った。なんだそんな事かと思ったけど、それを言ってはスケ番モードぐらいには成りかねない。しかしこんなにも悔しがるなんて、やっぱりかなり天然なところがあるよな。
「いっその事引き返すか……」
いやいや。
「何を言ってるんですか。俺が言葉が通じなくっても引き返さなかったのに、そんな事で引き返さないで下さいよ」
「……もちろん、冗談だ」
なんなんだこの間は。っていうか、冗談だったら何故目を逸らす。
不意に腕を引っ張れ、足を止められた。俺から目を逸らしているジュレルディはそれに気付かず歩いていく。
腕を引っ張る奴に顔を向けると、40歳くらいの丸顔の男が満面の笑みを浮べていた。どうやら露天の親父らしく、なにやら話しかけてくる。きっと何か売りつけようって事なんだろうけど、喋っているのはサリビス語だ。何を言っているのか分からない。
断りたいんだが言葉が通じず、しかも親父はしつこく腕を離さない。
なんだか段々腹が立って来たな。客商売ならお前がこっちの言葉を喋れよ。どうしてそっちにあわせなきゃならんのだ。
「何言ってるか分からん!」
つい叫んだ。サリビス語じゃないから通じないだろうけど、俺が怒っているのは分かるだろう。
「馬鹿野郎! ぶっ殺すぞ!」
え? 何?
「ぶっ殺すって言ってんだよ! こっちこい!」
おやじは怒鳴って、さらに俺の腕を引っ張る。くっ! 買うのを断ったくらいで、俺とやろうってのか。だがその表情に戸惑う。親父は笑顔なのだ。
こんなところで笑いながら怒る男に遭遇するとは。露天の親父かと思っていたら、もしかしてこの男は芸人なのか? それとも、もしかしてここらの地域では、怒る時に笑う文化なのか?
しかしこの世界は俺が元居た世界じゃない。油断は出来ない。つい腰に挿した剣に手を伸ばす。
「逃げてんじゃねえぞ!」
俺が剣に手をかけたのを見て親父が叫んだ。その顔から笑みが消えている。その表情は……脅えていた。笑いながら怒る男の次は、脅えながら引き止める男か。なんて多彩な芸なんだ。芸? やっぱりこいつは大道芸人か?
いつの間にか、俺達の周りには人だかりが出来ている。間違いない。こいつは芸人で、何か買えと言ってたんじゃなくて、大道芸を手伝ってくれって話してたんだな。周りの奴らは見物人だ。
よし!
「てめぇ。ゆるさねえぞ!」
叫んだ親父の前で、俺は剣を抜き放って構えていた。ふむ。次は泣きながら恫喝する男か。笑いながら怒る男とは逆に、怒りながら笑う男とかないかな。
しかし、それを引き出すキーは俺のアクションにある。親父の芸はあくまでもそのリアクションなのだ。
やるしか……ないか。
一気に剣を抜き放ち薙いだ。親父まで10センチはあいてるが、今俺達を取り巻いている奴らなら、かすめているぐらいには見えるだろう。
「ゆるさねえぞ! ゆるさねえぞ!」
……この程度じゃ駄目か。親父はまだ泣きながら恫喝している。
じゃあ、どうすればいいんだ? いっそ本当に……切るか。しかし、たかが大道芸でそこまでやって良いのか?
親父をみると、相変わらず泣きながら恫喝し、目で必死に何かを訴えている。俺も見つめ返す。その熱い眼差しに親父の想いが俺に伝わってくる。
良いのか? 俺が視線による問いかけに、親父も熱い眼差しで応じる。とはいえやはり躊躇する。腕一本失えば、今後の人生にかなりの支障があるはずなのだ。だが、やはり親父は熱く訴えてくる。
親父……お前の気持ちは分かった。腕一本……いかせて貰うぜ。
舞台の為に腕一本差し出すとは、芸人の鏡だ。親父に尊敬の念を抱きつつ剣を振り下ろす。
「アルシオ! 何をやってるんだ!」
突然の声に親父の腕を切り落とす寸前、俺の剣が止まる。見ると、ジュレルディが人垣を掻き分けていた。
「いったい、どうしたんだ?」
「いえ、実はこの親父のげい……」
「ゆるさねえぞ!」
親父が泣きながら、ジュレルディの足にしがみ付いた。まさか! ジュレルディまでステージに上げるつもりか!
大丈夫なのか親父。俺とお前は心が1つになっているが、ジュレルディはまだ空気が読めていない。危険じゃないか?
もしかして……ダブルか? 俺とジュレルディのダブル攻撃を狙っているのか? そんな事をすれば身体がただではすまないだろうに……。なんという芸人魂なんだ。俺の心は感動に打ち震えた。
「ジュレルディ。魔法です。この親父に向けて魔法を撃って下さい!」
「まっ待て、アルシオ。少しこの人に話を聞いてみる」
そういうとジュレルディはしゃがみ込み、親父と話し始めた。
まったく。せっかく舞台が暖まっていたのに、それを客前で打ち合わせを始めるとは場が白けてしまうじゃないか。ジュレルディは真面目だけど、そこ分融通がきかない。
親父はさっき俺に言った、馬鹿野郎、逃げんじゃねえぞ、といった台詞を交えつつ、サリビス語でネタを説明しているようだ。ジュレルディはそれを聞きながら、時折クスクスと笑っている。
駄目ですよ、ジュレルディ。芸人が客の前で自分達のネタで笑っちゃ、客が白けます。
「よし。話は分かった」
ジュレルディはそう言うと立ち上がった。
お。やっと打ち合わせが終ったか。
「じゃあ、早く親父に魔法を! 俺も行きます!」
辺りを見ると客達もさっきまでの興奮も冷め始め、中には立ち去る人もいる。急がないと、さらに客を逃がしてしまう。
「お前も、もう止めておけ」
「しっしかし!」
せっかくあれだけ盛り上がったのだ。親父だってこのままじゃ引っ込みが付かないはずだ。
「どうやら、たちの悪い奴らに、サリビス語での、安い、待て、助けて、という言葉を、ぶっ殺す、逃げるな、ゆるさない、と教え込まれていたらしい。いきなり罵声を浴びせられてお前が怒るのも無理は無いが、悪気は無いんだ。許してやれ」
……
…………
………………。
俺はゆっくりと剣を鞘に収めた。
「これからは気をつける様に」
親父と心が1つになったと思ったのは、勘違いだったようだ。




