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第39話:異世界へ

 駅馬車の旅は続いていた。左右を木々に囲まれた林の中、岩だらけの荒野と景色をかえ駅馬車は走り続ける。その景色を眺めながら、俺は今、耳にもの凄い違和感を感じていた。


 何かというと、乗り合わせた乗客達の言葉の訛りが酷い気がするのだ。はっきり言って何を喋っているのか分からないレベルである。はじめはそうでも無かったのだが、途中途中の街道沿いの小さな村や町で人が乗り降りするたびに、その訛りの酷い人が増えていくのだ。


 いや、それだけなら良い。それだけなら良いんだ。ああ、ここら辺は田舎で住んでいる人の訛りが酷いんだなってだけの話だ。問題は、ジュレルディや他の2人にもその訛りがうつっている気がするのだ。


 ジュレルディ達が乗客に話しかけられ喋っているのだが、その目の前で交わされている会話は、乗客はもちろん、ジュレルディの言葉すら俺には何を言っているのか分からない。訛りはうつるというけど、これでは日常生活にも支障があるんじゃないか? ってぐらいだ。仕方が無い。ここは意を決して注意すべきだろう。


「ジュレルディ。すみません。ちょっと良いですか?」

「ん? なんだ? アルシオ」


 あれ? 今まで乗客と喋っていた時は何を言っているか分からなかったのに、今は普通だ。やっぱり訛りが移っているだけだと、俺と喋るときは大丈夫なのか。なんだか問題なさそうなんだけど、とはいえ切り出してしまった手前引っ込みが付かない。


「あ。いや、さっきからあなたが何を喋っているか分からないな……って」

「どうして分からない?」

「いや、だってあまりにも訛りが酷くて」

「訛り?」

 ジュレルディはそう言って形の良い眉をひそめて怪訝そうな顔をしている。


 いや、そんなにおかしい事を言ってないよな? 俺の方もちょっと眉をひそめて困惑の表情を作り、眉をひそめた者同士しばらく見詰め合っていると、ジュレルディが、ああ、というふうに手を叩いた。


「お前、もしかしてサリビス語を喋れないのか?」

 え? サリビス語? 何それ?


「えー。アルシオさんってサリビス語を喋れないんですかー」

 とユイファみたいな口調で言ったのは、カシェードのおっさんだ。凄く馬鹿にされている気がする。

「普通……喋れますよね」

 正真正銘のユイファから、何気にもっと酷い事を言われた。


「北部はサリビス語を使う地域と近いからな。自然北部の人間はある程度サリビス語を喋れるんだが、そうか……。南部の人間は喋れないのか」

 ジュレルディは、うんうんと頷き、1人で納得しているようだ。


「いやいや、全然問題が解決していないのに、済んだみたいな顔しないで下さいよ。言葉が通じないのに俺はどうすれば良いんですか」


「頑張るんだ。アルシオ」

「まあ、頑張るんだな」

「アルシオさん。頑張って下さい」


「頑張れじゃねえ!!」




 結局、俺1人言葉が通じないからと引き返す訳にも行かず、目的の町ティロンに到着した。


 アルシオの記憶のおかげで別世界でも言葉が通じて良かったと思ってたのに、まさか今更言葉の壁にぶち当たるとは。まったく油断していたぜ。


 そもそもアルシオの記憶を探れば、北部の人間はサリビス語が喋れるって知識もあったんだけど、意識して記憶を探らないとその知識にたどり着けない。まあ、おいおいサリビス語は何とか覚えるとして、しばらくは仲間の誰かと一緒にいれば大丈夫だろう。


「とりあえずこれからどうするんです? やっぱりはじめは組合に顔を出して、依頼の確保ですか?」

「そうだな。ここは国の境目で人の行き来も多い。依頼の確保も重要だが、宿の手配も急いだ方が良いだろう。カシェードとユイファは先に宿をとっておいてくれ。アルシオは私と組合だ。宿を確保したら……そうだな。夕方にユイファがまたここに来てくれ」


「了解」

「分かりましたー」

 とカシェードとユイファが背を向けると、俺達も組合へと足を向けた。


 俺には読めないが、宿屋街や組合がどこにあるかは、町のそこかしこに立っている看板で分かるようだ。さすがに人の行き来が多い町なだけはある。


 とにかく俺とジュレルディは並んで組合へと向かっている。まあ交渉は、全部ジュレルディがやってくれるから問題は無いだろう。


 しかしそういえば元の世界で、成田離婚とかいうのがあるってネットのニュースで見た事があるな。なんでも言葉の通じない国に新婚旅行で行って、そこで旦那が思いのほか頼りにならず、奥さんに愛想をつかされるってやつだ。…………俺も早くサリビス語を覚えなくては。


「ここが組合らしいな」

 ある建物の前でジュレルディが足を止めた。平屋だがかなり大きな建物だ。窓から中を覗くとかなりの人影が見える。


「結構人が多いですね」

「ああ。ここまで栄えている町だと周辺の魔物は退治尽くされていて魔物退治の依頼なんかは少ないんだが、それに比べて依頼を受けようとする渡者は多い。途中通りかかっただけの渡者も、せっかくだからと依頼を受けようとするからな」

「確かにその通りですね」

「まあ、とにかく中に入って並ぼう。依頼は基本、早い者勝ちだからね」


 早い者勝ちで仕事が決まるなんて、ちゃんとそれをこなす実力があるのか? って感じもするが、実際渡者が受ける仕事は命がけだし、保証金の事もある。それだけに、出来もしない依頼は受けないだろって考えなのだ。


 俺とジュレルディが扉をくぐろうとすると、その横に立っていた組合の人らしい男が話しかけてきた。歳も若そうで見習いっぽい感じだが、サリビス語で喋ってて俺には何を言っているのか分からない。


 ジュレルディが応じて、2、3やり取りをした後俺に顔を向けた。


「人が多くて中がいっぱいだから、依頼を並ぶんだったら1人だけにしろという事らしい」

「そうですか。分かりました。俺は外で待ってます」

「すまん。先に飯でも食べておいてくれ。こっちはかなり時間がかかりそうだからな」

「分かりました」


 ジュレルディが俺に軽く手をあげて組合の中に姿を消すと、俺も建物から背を向けた。


 さーて。じゃあ飯屋でも……って。言葉が通じねえじゃないか! しまった。なんだか自然な流れで一瞬忘れてた。


 しかし、言葉が通じなくて飯が食べられませんでした、ってジュレルディが出てくるのを待つのもカッコ悪いな。それこそ成田離婚どころか、異世界離婚だ。いや別にジュレルディと結婚している訳じゃないんだが……。


 まあ飯屋なんてメニューを指差せば通じるだろう。とりあえず目に入った飯屋の扉をくぐった。さすがに字が読めなくても外観の雰囲気でそれくらいは分かる。店内は結構広く小奇麗で問題はなさそうだ。


 店員の何を言っているか分からない挨拶を受け、空いている席に座る。しばらくすると店員がメニューを持ってきたので開くと、そこには記号のような文字が並んでいた。


 しまった! なまじ勇雄としての意識があるからファミレスみたいな感覚でいたけど、この世界のメニューに料理の写真なんて載ってないんだった。


 どうする? どうしたらいいんだ? いきなり席を立つか? いや落ち着くんだ。何か手があるはずだ。辺りを見渡すと俺以外にも何人かの客がいる。


 料理を食べている家族っぽい人達。違うな。

 若く痩せている女の人が料理を注文している。これも違う。

 俺と同じく渡者らしい男が、これまた料理を注文していた。だが、角度が悪い。


 あ、あいつだ!


 かなり太った男が料理を注文している。この世界の人間であるアルシオは、視力が3.0ぐらいあるから、ここからでも十分メニューを指差しているのが見える。メニューは見開き左右1ページ。あいつと同じところを指差せば同じ料理を注文できるはずだ。


 目を細め奴の指先に神経を集中させる。右のページのさらに右側の列。下から……4番目か。あの体格だ。時間も飯時だし、まさか飲み物だけって事はないだろう。


 喋れないので手をあげて合図をすると、すぐに店員がやってきた。メニューを広げて見せ、さっき男がしてたのと同じ場所を指差した。店員が確認っぽい事を言っているみたいだけど、大丈夫だというふうに頷いてみせると、ちょっと肩をすくめて背を向けた。


 もしかして量が多すぎないかって言ってたのかも。何せあの太った男と同じ料理を頼んだのだ。下手すれば3、4人前の料理だったのかも。まあそこは仕方が無いか。頑張って平らげよう。


 しばらくすると、太った男のところに料理が2皿運ばれてきた。山盛りのジャガイモがそれられた馬鹿でかい焼いた肉の塊。ここまで香ばしい匂いが漂ってくる。そしてサラダだ。


 うーん。想像以上の量だな。食いきれるか心配だ。テイクアウト出来れば良いんだが……。いや、言葉が通じないからそれは無理か。やっぱり頑張って食べるか、勿体無いけど残すしかないな。


 そう考えていると俺のところにも料理が1皿運ばれてきた。


 緑が冴え、そえられた赤いものが、それをさらに際立たせる。それはそれは美味そうなサラダだった。ガッデーーーム!!


 くそ! 先にメインを頼んでて、俺が見たときはその後だったのか。店員が変な顔をしていたのは、サラダだけでよいのか? って事だったんだ。


 どうする!? どうしたら良いんだ!! …………とりあえず食うか。


 結局俺はサラダだけを食べ飯屋を出た。当然腹は満たされないっていうか、むしろ中途半端に胃が動き、余計に腹が減った気がする。


 しかし他の飯屋に入っても同じ事だろう。途方にくれ改めて辺りを見渡すと、子供達が走っているのが見え、その先に視線を向けると売店らしき物がある。お菓子でも売っているのかな。


 ため息をついて、俺は子供達の後を追った。



「どうしたんだ。お前? こんなの子供が食べる物だろう」

 俺の腰の辺りまでしかない子供達に混じって並んでいると、後ろからジュレルディの声が聞こえた。振り返ると呆れた表情の美しい顔が見える。なまじ綺麗なだけあって余計ダメージが大きい。


「飯屋に行ったけど、言葉が通じなかったんですよ」

「ああ。そうか。そうだったな。すまない。ちょっと忘れていた」

 顔を背ける俺をジュレルディはクスクスと笑っている。


「あなたこそどうしたんですか? やけに早いですけど」

「馬鹿にした話だ。渡者が多すぎて営業時間中に捌ききれないからと、私の2人前で今日はここまでと打ち切られたんだ。だったら並ぶ前に言って欲しかった」

 ジュレルディはそう言って肩をすくめている。

「まったくですね」

 そしたら俺も1人で飯を食べに行かなくて済んだのだ。


「まあいい。お前もまだ食べてないんだろう? じゃあ一緒に昼飯にしよう」

「分かりました」


 歩き出したジュレルディの後に続く。サラダだけを食べた事はカッコ悪いので言わなかった。

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