第3話:女頭目
木々を掻き分け獣道を進んでいた。この世界にも猟師はいるが、それ以外の人間はあまり森へは入らない。魔物は湿地や洞窟などに多く生息しているが、森の中にも現れないとは限らないのだ。大人になるまで小さな村から一歩も出たことが無い。そんな子供も大勢居る。その為、小さな村では道が踏み固められないのだ。
ジュレルディの後ろに続き俺は歩いていた。彼女は丈の長いローブを纏っているが、裾が広がり木々を掻き分け進むには適さない格好だ。
やむを得ず、ローブの余った部分を手に持って身体に巻きつけている。身体を隠すどころか、タイトなロングドレスのように身体の線がはっきりと見て取れた。括れたウエストから高い位置の腰へと、滑らかな曲線が伸びている。
改めて勇雄基準で見ると凄いナイススタイルなんだけどな……。と、つい彼女の身体を上から下までマジマジと眺めてしまう。
「何を見ている?」
はっとして彼女の顔を見ると、感情の篭らない目で俺を見つめている。その冷たい視線に、背筋が凍りついた。さすが幾たびも魔物退治をしてきた人だ。俺の視線を感知したのだ。
「あまり人をジロジロと見るもんじゃない」
相変わらず、アメジストの瞳から感情は読み取れない。だけどアルシオの記憶を持つ俺は、それが不快に思っている時の彼女の癖だと知っている。
コンプレックスがある人間はそれに敏感だ。魔法使いはその役割柄、冷静沈着さが求められる。さらに頭目として彼女は普段あまり激しない。それでも身体をジロジロと見られるのは楽しいもんじゃないらしい。
「すみません。別に変なつもりじゃなかったんです」
「変な? どういう意味だ?」
無表情だったジュレルディの目があからさまに鋭くなった。悪い意味に取られたみたいだ。
「いやいや、だから変な意味じゃないです! ちょっと見とれてて」
「お前、いい加減にした方がいいぞ。それくらいにしておけ」
コンプレックスのある人は、褒められると逆に馬鹿にされていると感じるらしく、彼女の口調は落ち着いているが、視線はさらに鋭く、まさに突き刺すようだ。アメジストの瞳はさらに紅く燃え、ルピーのよう輝く。
不意に彼女のローブの手元の辺りが輝いた。ローブの中で握っている杖が光っているのだ。
アルシオの知識では、この世界の魔法っていうのは複雑なものじゃない。
攻撃魔法とは集めた魔力を敵に放出するものだし、治癒魔法も魔力を対象に浴びせ細胞を活性化させて治すってものだ。物を動かすとか、風をおこしたり物を凍らしたりは出来ない。元の世界の感覚では気功に近い。
魔法使いの戦いは当てた者勝ちだ。距離を開けて戦えば、相手の攻撃を自分の魔法で撃ち落とす事も出来るが、至近距離ではそれも出来ない。卑怯な様でも不意打ちをした方が勝つ。
その為、ローブは光を通し難い素材で出来ている。ローブの中で魔力を溜め、西部劇のガンマンが早撃ちするように突然ローブから杖を出し撃つのだ。ローブに穴が開くのも構わず、そのまま撃つ者すらいる。そのローブが光っていた。光を遮れないほど魔力を溜めているのだ。
ちょっと待て! それは死ぬだろ。
「本当に! 本当に見とれたんです!」
だが必死で弁解する俺を尻目に、静かにローブの端から輝く杖があらわれ、俺へと向いていく。その間にも輝きは増し、目に焼きつくほどだ。
「いや、あなたは本当に綺麗なんですって! 馬鹿にしているとかそんなんじゃないですから!」
さらに必死で弁解を続けていると、彼女の手が止まった。杖の輝きも次第に薄れ遂には消える。だが彼女の顔は納得したというより、困惑の色がありありと浮かんでいた。
「お前、そんなに必死になるなよ」
「だって、信じて貰えなくて殺されるのかと思って」
「だが、趣味悪すぎやしないか?」
自分で言うか。でも、こっちの世界じゃ彼女を綺麗と言うのは、確かに趣味が悪いのだ。
「えーと。確かに他の人とちょっと違うかも知れませんけど、俺はそういう趣味なんです」
「何を言っている。今まで散々美人達と遊んでいたくせに。今更そういう趣味もなにもないだろう」
ジュレルディは眉をひそめ、あからさまな疑いの視線を向けてくる。
アルシオとしての今までの行いと、勇雄としての感覚とのズレに戸惑った。でも、とにかく今はどうにか弁解するしかない。
「えーと、だから趣味が変わったんです」
「変わっただ?」
「ええ」
彼女は、んーー。というふうに首を傾げている。この世界と俺とは、女性に対して感覚が逆になっているのに近い。ジュレルディじゃなくても、今まで美人を好きだと言っていた男が、いきなり不美人を好きだといい始めたらすぐには信じないだろう。
「どうした。頭でも打ったのか? 一度医者に見てもらった方がいいぞ」
ジュレルディは憮然としてそう言うと、前を向き歩き始めた。
なんだか酷い言われようだな。でも、ここで否定しては話がややっこしくなる。仕方なく、黙ってその後に続く。
歩きながらも、改めてアルシオの記憶を掘り起こしていた。
そういえばこの人って渡者としては一流なんだよな。この世界の俺の4つ上なんだから28歳か。さっきと同じように、ローブを巻きつけ、身体の線を出しながら前を歩いている。やっぱり綺麗だなと、思わずまた見とれた。
そんな事を考えていると、不意に「ピィーー」という鳴き声が聞こえた。鳴き声のする方に視線を送ったが、生い茂る木々に紛れその主を見つけられない。俺の様子を感じたのかジュレルディが鳴き声のする方を指差した。
「あそこだ。華鳥だな」
えーと。華鳥、華鳥とアルシオの記憶を探る。華鳥っていうと花の蜜を吸うっていう鳥か。その身体は花の上に乗れるほど小さく、花の蜜を吸う為にくちばしが物凄く細長い。黄色い胸毛と赤い羽根を持つ綺麗な小鳥だ。
とは言うものの、やっぱりどこで鳴いているのか見つからない。山狗と戦っていた時のアルシオの感覚なら、小鳥の気配くらい簡単に察知出来そうなのに、なぜか今はその能力が発揮されないのだ。
俺がいつまでも小鳥を見つけられないでいると、ジュレルディは焦れたようで俺に近寄って来た。
「あっちだ」
と、俺の顎を右手で掴むと、強引に華鳥がいる方向に俺の顔を向ける。
いかにも歴戦の兵らしい豪快な行動だ。だが、突然美しい女性に触れられた俺は戸惑った。折角、顔を向けてもらったにもかかわらず、視線は彼女に向いていた。顔も真っ赤だったと思う。
そんな俺の様子はジュレルディにも分かったらしく、彼女は困惑の表情を見せる。
「お前、さっきからなんなんだ? 私相手に緊張する事もないだろ」
「すみません」
「まったく……」
ジュレルディは呟くよう言って目を逸らしたが、その頬は赤く染まっている。どうやら本気で俺が綺麗と思っていると、やっと彼女も理解したのだ。そして初めての事に戸惑っている。たぶん、いやきっと、彼女は今まで一度も人から綺麗と言われた事は無いのだ。
掛ける言葉が見つからず、それは彼女も同じようだ。沈黙がしばらく流れた。
アルシオの記憶では、常に凛とし毅然とした態度の彼女が、頬を染め俯き加減に目を逸らしている。儚げで、か弱くも見えるその姿に、思わずドキリとした。初対面の女性に意外な一面を感じるというのは、不思議な感覚だ。
「ピィーーー」
また華鳥が鳴いた。反射的に2人ともその方向に顔が向き、次に正面で向き合った。ジュレルディは、一瞬逃げるように目を逸らしかけ、踏みとどまって俺を見た。
「2人が待っている。先……急ごう」
彼女はそう言うと俺に背を向けた。その声に、いつもの歯切れのよさは無かった。