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第38話:化生

 俺は仲間達と一緒に、街道を繋ぐ駅馬車に乗っていた。


 車輪が石を踏むたびにゴトゴトとゆれ、俺の身体も左右に揺れている。いや、俺だけじゃなく仲間達や他の多くの乗り合わせた客達も揺れている。駅馬車は数頭の馬が引く大きな物だ。20名近い人間が乗り込み、ほろも付いている。


 長い間過ごした町、アルメを離れた俺達は、そこから西に進んで新たな町ティロンに向かっていた。


 祭りが起こった村はアルメから数日という距離だったので、参加した奴らと顔を合わせる可能性が高かったのだ。領主側の非戦闘員を逃がしたのは、ジュレルディの失敗という事になっているのでそれは不味い。


「行っちまうのか。あんたらほど丁寧な仕事をする渡者は滅多にいないんで残念だが、まああんたらにも事情ってもんがあんだろう。またこの町に来たら、そん時は頼むよ」

 組合の親父から、なんとなく事情を察してそうな言葉を贈られ俺達は町を後にした。


 ティロンはかなり離れた場所にある。渡者の俺達にとっては歩いていけない距離じゃないけど、駅馬車が運行されていた。


 道中の食費も馬鹿にならない。運賃を払ってでも駅馬車に乗った方が安上がりな場合もある。しかもその駅馬車にタダで乗る方法もあるのだ。


「アルシオ。すまないがわくが空いていないか聞いてきてくれ」

「はい。分かりました」


 ジュレルディに言われ、そろそろ出発しそうな駅馬車へと交渉に向かう。御者のおっさんは、日除けにつばの大きい帽子をかぶっているが、日差しを遮りきれず顔が真っ黒に焼けていた。職業柄なのか鞭を持つ右手が左手に比べ異常に太い。その左右太さが違う腕も黒かった。


「これはティロン行きだよな。枠は空いているか?」

 声を掛けると親父は眠たそうな目で俺を見た。


「何人だい?」

「4人だ」

「残念だが枠は3つしか空いてねえ。1人は運賃を払ってもらう事になるが構わないか?」

「そこを何とかならないか?」

「ならねえな。枠は規定で決まっていて、俺がどうこう出来るもんじゃねえんだよ」

「でも、枠が埋まらないと出発も出来ないんだろ? それでもいいのか?」

「そりゃそうだが、もう少し待っちゃ3人で良いっていう奴らも現れるだろう。馬車の旅は長いんだ。ちょっとぐらい出発が遅れても、どうとでも取り返せるんだよ」

 っち! 取り付く島も無いってやつか。仕方が無い。


「ちょっと待っててくれ。相談してくる」

 と、相変わらず眠たそうな目をした親父の元から、やむを得ず一旦みんなのところに引き返す。


「どうやら枠は3つしか空いてないみたいです。どうします? 次のを待ちますか? たぶん明日になるかと思いますけど」


 ジュレルディが、形の良い顎に白い手を当て考え込む。

「そうだな……。それだと今夜はまた、この町で宿を取らなくてはならなくなるし食費もいる。それでも1人分の運賃よりは安いんだが、万一明日は今日とは逆に、枠が定員に足りず運行が取り止めになったら目も当てられない。1人分払ってでも乗っておくか」

「分かりました。じゃあ行きますか」


 改めて4人揃っておっさんの元に行き、今度はジュレルディが進み出る。

「枠が3つ空いているそうですが、お願いします。1人は料金を払いますから」

「おいよ。じゃあ後ろに乗りな。保証金は後で回収に行くからよ」

 おっさんはそう言って後ろの荷台に顎をしゃくった。


 盗賊の中には駅馬車を狙う奴もいる。だから護衛が必要なのだが、駅馬車の旅程は数日から十数日。それだけの期間渡者を拘束すると結構な金額となり、駅馬車の運賃も高くなる。


 昔は利用者もやむを得ないとその高い料金を払っていたのだが、今ではそれほど運賃は高くない。なぜかというと、最近は渡者を雇わないのだ。


 それでどうやって盗賊から駅馬車を守るかというと、それがこの「枠」だ。駅馬車の護衛に渡者を雇わなくても、客にも渡者がいることに目をつけたのだ。


 渡者は枠を使い無料で駅馬車に乗れる代わりに、万一盗賊に襲われた時は戦う事になる。もっとも盗賊に襲われる事なんて滅多になく、ほとんどは戦わず目的地までたどり着く。


 もちろん、盗賊が襲って来た時に無料で乗せた渡者が戦わずに逃げてしまう事も考えられる。その為の保証金だ。旅程の期間、渡者を雇った場合の報酬と同じ額を預けるのだ。目的地に着いたら返して貰えるが、逃げ出そうものなら返って来ない。


 無料の渡者ばかりを乗せては利益が出ないので枠にも制限があって、旅客の3割ぐらいが枠の定員だ。この駅馬車の大きさからして、多分7、8人ってところなんだろうな。


 ふと、視界の隅に嫌なものを見た気がした。顔を向けると感じたとおりの物、いや「者」だ。反射的にジュレルディにローブのフードを被せる。


「ちょ、何をする、アルシオ」

「ジュレルディさんに向かって、いきなり何するんですか!?」

 戸惑うジュレルディと怒声を上げるユイファに、身を屈め耳打ちする。

「後ろ。居るんですよ」

「後ろ……?」


 ジュレルディはそう言うと、横に立つ俺に顔を向け口元を微かに動かした。傍から見たら俺に何か話しかけている様に見えるはずだが、その実、視界の隅に映る俺の後ろを見ているのだ。俺の言う「居る」奴を確認すると、目の前の駅馬車に視線を戻す。


「ヴェーラ教の修道女か。まさかこんなところにまで居るとはな。油断していたよ」

「ええ。俺もです」


「まだアルシオさんを探してるんですか?」

「面倒くせぇな。いっそ名乗りでりゃいいじゃねぇか」

 ユイファが呆れた様に言い、カシェードが小さく舌打ちしている。


 まあ俺も面倒な事になったとは思うんだが、今更引っ込みが付かなくなっている。2人には、俺が教会に寄付したのに礼を言われるのを謙遜して隠れているって事にしているが、本当はジュレルディと夜中に会ってたのを隠す為なのだ。


 修道女達は俺を探しているのだが、写真なんてない世界だ。実際捜すとなると、俺と一緒にいた銀髪で目立つジュレルディが目印になっているはずなのだ。


「まあ、この町を出てしまえばもう大丈夫だって」


 そう言ってみんなを促すと、カシェードとユイファはぐずぐずと馬車に乗り込んだ。2人はどうして俺がそうまでして隠れるのかと、不思議に思っているようだ。ジュレルディはフードを目深にかぶり、何気に修道女に顔を向けないように気をつけながら乗り込む。


 だが肝心の駅馬車が中々出発しない。


「どうしたんだ?」

 他の客を書き分け御者台の後ろまで行き親父にそう聞くと、

「まだ出発の時間じゃねぇんだよ」

 と至極もっともな返答があった。


 幌の陰から外の覗くと、例によって胸も半分丸出し、太腿は殆ど丸出しという服装の修道女が、そこかしこに停まっている駅馬車の御者に声を掛けている。俺が町を出るには駅馬車を使うかもしれないと張っていたみたいだが、なんて執念深いんだ。っていうか、何故そこまでして俺を追う。


 そして遂に俺達が乗る馬車までやってきた。万事休すか。だが意外にも、修道女は親父と2、3言葉を交わすと引き上げていった。もしかして親父が、気を利かせて誤魔化してくれたのかな?


 まあこれで一安心と、俺は座席に大きくもたれた。改めて馬車の中を見渡すと、行商っぽい人や旅行客っぽい人、そして俺達と同じ様に枠を使って乗り込んでいるらしい5人組の渡者。戦士2人、射手1、魔法使い1に僧侶が1人か。こいつらが4人組だったら、俺達も全員枠を使えたのにって思わないでもないが、そこは愚痴を言っても仕方が無い。出発までやる事もないし、眠ってしまっても構わないと目を瞑る。他の皆も同じ様にしている。


 だがウトウトとし始めた頃、近くに人が居るのを感じた。馬車に乗ってるんだから周り中人だらけな訳だが、間違いなく俺に意識を向けている気配だ。ちょっと薄目を開けてみる。


「おわぁ!」

 思わず叫んだ。目の前に顔があった。ジュレルディと2人で居た夜、修道女の集団の先頭にいた女だ。あの時は暗くてよく分からなかったが、赤い瞳で俺を見つめている。髪の色はヴェールに隠れ見えない。


 くそ! 親父が気を聞かせて誤魔化してくれたんじゃなくて、聞かれたまま答えて、修道女はこの女を呼びに戻ったって事だったのか。


「アルシオさん。どうして私どもの教会に来て下さらなかったのですか?」

 至近距離。息もかかるほど近くで、女の赤い唇が動く。どうしてここまで近寄るまで気づかなかったんだ? もしかしてこいつ、ただの修道女じゃないのか?


「い、いやちょっと忙しくて」

「そうですか。それは残念でした」

「ええ。本当に」


 はぐらかすように返答する俺に、女は悠然と微笑んでいる。気圧された俺がちょっと仰け反ると、視界を埋めていた女の顔が小さくなり、四つんばいで俺ににじり寄る姿が目に映る。その為胸元は大きく開き、大きな胸の殆が露出し、足も剥き出しだ。下手なグラビア写真よりよっぽど、いや、きわどい服装が全裸よりも艶かしく感じ、思わず目が泳いでしまう。


 女は俺の反応に満足するように艶かしく微笑むと、だが意外にも次の瞬間すっと身を引いた。

「仕方ないですね。それでは次の機会には是非」

「じゃあ、次の機会に」

「はい。次にお会いした時には、必ず」

 女は「必ず」という言葉を強調していった。


「ええ。必ず」

 と俺も返す。とはいえ、町を離れればこっちのものだ。他の皆は俺の声に目を開けこっちを見ているが、状況が掴めず傍観している。女がジュレルディの事を話さなかったのは都合がいい。このままやり過ごせばもう安心だ。


 俺の返答に満足したのか、女は馬車から身を降ろし背を向けた。だが数歩歩んで歩を止める。そして振り返る。

「この駅馬車は、ティロン行きでしたでしょうか?」

 そう言って微笑んだ。獲物にとり憑く化生の笑みだった。

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