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第37話:禁じられた遊戯《あそび》

 祭りの後の略奪から抜けた俺とジュレルディは、港のある町で杖も手に入れ、今小さな村の宿にいた。


 本来なら、素通りして先を急ぎたいところだったけど、にわかに降りだした大雨に足止めを食らったのだ。さすがにジュレルディを背負って雨の中は歩けない。


 宿といってもここは分別を発揮して、別々の部屋を取った。とはいえ寝る前までも別々の部屋で過ごす訳もない。それまでは2人で居るし、2人で居るなら、2人で出来る事をするのは当たり前だった。



「……アルシオ。お前は今まで何度もした事があるとは思うが……私は初めてなんだ。もう少し優しく……してくれないか?」

「誰だって初めはあります。あなただって、すぐになれますよ」

 困り顔のジュレルディに、悪戯っぽくこたえる。


「それはそうかも知れないが……。これでは良いように弄ばれているだけだろ……」

 いつもは自分が指示を与える部下の若い男。渡者としての能力なら自分の方が勝っているはずなのに、その年下の男に良いように弄ばれる。アメジストの瞳に屈辱が浮かび、爪を噛んでいる。だがその状況を楽しんでいる。瞳の奥底に、それが見え隠れする。


「いいから、いいから。はやくあなたも手を動かして下さいよ」

 困惑するジュレルディを促すと、おずおずと手を伸ばした。いつもは丈の長いローブの所為で見えない、彼女のその白い手は、今はその美しさも露にすべてをさらけ出している。


「これで……良いか?」

「うーん」

 悪戯っぽくジュレルディの顔を覗き込むと、さらに困惑の色を深める。

「駄目……か? これで良いのかと思ったんだが……。なにぶん……初めてだからな」


「じゃあ、ここなんてどうです?」

「……あ、そんなところを」

 俺が手を伸ばして攻めると、ジュレルディは口元に手をやり恨めしそうな目で俺に睨む。


「さあ、あなたもするんですよ」

「分かっている……。じゃあ……」

 と、ジュレルディが手を伸ばしたところに、思わずクスリと笑った。いくら初めてでも、さすがにそこは違うだろう。本気で俺を攻める気があるのかと思ってしまう。


「そんなに……笑う事は無いだろう。私だって……精一杯やってるんだ」

「まあ良いです。全部俺の色に染めて見せますから」


 俺がまた手を伸ばすと、さすがにジュレルディも慌てだした。さすがに初めてでも、ここを攻められたらどうなるのか、彼女にも分かるみたいだ。

「だっ駄目だ! そこは……。そこを攻められたら私は……」

 と懇願の目を向けてくる。


「駄目ですよ」

「あぁーー!」

 笑って見返しながら、さらに手を伸ばした俺の手がそこに到達すると、ジュレルディの叫び声が部屋中に響いた。




 うーん。さすがに全滅させたのは不味かったかな? 俺とジュレルディとの間に置かれた、即席で作った紙のオセロの盤上は、俺の白一色だった。


 娯楽の少ないこの世界の住人の、ジュレルディや他のみんなは多少退屈でもそんなものだと気にしないが、アルシオの記憶があるとはいえ、娯楽だらけの世界から来た俺は退屈に耐え切れない。


 こっちの世界でも出来る俺の世界のゲームは無いかな? と考え、オセロならルールもやさしく駒や盤を作るのも簡単だ。と自分で作ったのだ。盤は紙に縦横8つに升目を書いただけだし、駒は片面を黒く塗った紙をナイフで四角く切っただけ。丸ですらない。


「どうです。俺の故郷にあった遊びなんですけど、一緒にやりませんか?」

「ほう。そうか。お前の村には珍しい遊びがあるのだな」

 この世界では、南北でかなり文化に違いがあるらしく、南部生まれのアルシオのいう事を、北部生まれのジュレルディはそんなものかと納得している。


 こうしてジュレルディに、自分の駒で相手の駒を挟めば良いんですよ、とルールを説明し、2人でオセロを始めたのだ。もちろん先行はジュレルディに譲った。そして、すべての駒を使い終わるのを待たず、ジュエルディの黒を俺の白が全滅させてしまったのだ。


「いやー。俺もこの遊びが得意って訳じゃないですから、さすがに全滅させれるとは思っていませんでしたよ。はははは……」

 ふと気付くと、俯いていたジュレルディが顔を上げていて目が合った。その表情に感情は見えない。


 しまった! 無表情モードだ。無表情で相手を見るのはジュレルディが怒っている時の癖だ。さすがに調子に乗りすぎたか。なんとかジュレルディの機嫌をとらないと。


「えーと。もう一回やりましょうか。今度は俺、ワザと負けますから……」

「あ? ワザとだ?」

 と、ジュレルディが俺にガンを付ける。

 不味い! スケ番モードに変化した。第二段階だ。プライドの高いジュレルディに、ワザと負けるって言葉は侮辱でしかなかったか。


「いや、なんていうか。手加減をしようかな……って」

「手加減?」

 一瞬さらに視線が鋭くなったかと思うと、ジュレルディはまた俯く。


 あれ? 手加減ってのも駄目なのか? さっきは手加減して欲しいみたいな事を言っていたのに、怒りで自分でも忘れてしまってるのか? しかしだったらどうしよう。どうすればいいんだ!


 俺の頭はパニックになり、良い考えが浮かばない。そうこうしている内に、俯いているジュレルディの肩が震え始めた。怒りのあまり身体が戦慄いているのかと思ったけど、どうやら笑っているようだ。顔を上げた彼女は満面の笑みだった。


「良いんだアルシオ。遊びは手加減なんてしては面白くないからな。相手を全力で叩き潰すのは当然だ。たとえ私がまったくの初心者で、コツも全然分かってなくて、私が負けるのなんて分かりきっていても、お前が遠慮する事なんて全然無いんだぞ」

 そして首を傾げてとびっきりの笑顔を作る。


 わあ可愛い! って笑顔モードだ! 私はまだ変身を1つ残しているんですよ。アルシオさん。とでも言い出さない限り、ジュレルディの最終形態のはずだ。


 死ぬのか? 今日が俺の命日か? つい壁にかかったこよみに目を向け日付を確認した。駄目だ。ここで死んで勇雄に戻ったらアルシオの命日には花を飾ろうかと思ったが、こっちの暦の今日が、元の世界の何日にあたるのかよく分からない。


 プロの渡者としてジュレルディは杖を肌身離さず持っている。一見両手が空いていて持っていないように見えても、実はローブの内側に差すところがあって、常に持ち歩いているのだ。もっとも今はローブを身につけず、杖は腰に挿している。今にもその杖に手を伸ばし、魔力を溜め始めるはず! っと思わず身構えたが、ジュレルディの動きは俺の予想を裏切った。


「私は自分の部屋で少し休む事にするよ」

 と笑顔のまま立ち上がったのだ。

「はい。お疲れ様です!」

 俺も反射的に立ち上がって叫ぶ。


「あ。そうだ。これを持っていって構わないか? どうせ1人じゃ出来ない遊びなんだろ?」

 ジュレルディは笑顔で屈み、俺が即席で作ったオセロを手に取った。

「はい。全然問題ないです!」


「では、またな」

「はい。ありがとう御座いました!」


 紙で作ったオセロの盤を駒ごとくるくると巻き手に持って、ニコニコと笑うジュレルディが部屋から姿を消すと、俺はベッドの上に倒れこんだ。


 怖かった……。寿命が縮んだぜ。オセロを持っていってしまったけど、もしかして俺を殺す代わりにビリビリに粉砕するつもりなんだろうか。


 しかしジュレルディがあんなに怒るとは。これから何かで対戦する時は、はじめからワザと負けるようにしないとな。そしたら手加減してるって分からないはずだ。何せ初めてなら俺がどの程度の強さかも分からないはずだし。


 でも、ジュレルディが初めてするゲームで俺が負けちゃ、さすがにそれはおかしいかな。その場合は、僅差で勝つぐらいにすれば……。


 俺が今後の対策について考えながらベッドに寝転がっていると、1時間もたった頃、部屋の扉を叩く音がした。

 あれ? と思って扉を開けると、そこにはジュレルディが立っていた。


「もう一度しようじゃないか。アルシオ」

 見るとジュレルディの手には、破いたのかと思っていた紙で作ったオセロがあった。


「はい。分かりました」

 どうしてまた。と思いながらも逆らうわけにもいかず頷く。一旦は退いたものの、やっぱり悔しくてリベンジしに来たのかな?


 部屋の真ん中で紙の盤を挟んで対面に座り、お互い紙の駒を半分ずつ取る。


 さて、今度こそワザと負けないとな。いや、それだとやっぱりわざとらしいから、ギリギリで勝って

「負けるところでしたよー」ってやった方が良いだろうな。


 俺がそんな事を考えていると、ジュレルディがぽつりと呟いた。

「手加減……するなよ」

「はい。分かっています」


 ジュレルディはすべてお見通しか。プライドが高い人だから手加減されるのはやっぱり嫌なんだな。しかしそれじゃどうすれば良いんだ? 今度も勝ったら、それこそ命がなさそうなんだが……。究極の選択どころか、不可能な任務ミッション・インポッシブルを押し付けられている気分でオセロは始まった。


 今度も先行は黒のジュレルディだ。これはさすがに彼女も手加減されているとは感じないようだ。


 序盤、俺達は盤の真ん中で取り合っていたが、やっぱり俺が優勢で、俺から見て左側の全部を白が制圧。ジュレルディの黒は右側に数個しか残っていない。


 不味いな。このままじゃまた俺が圧勝してしまう。でも手加減するなって言われているし、でも勝ったら勝ったで今度こそ命が無い……。俺は断頭台に登るかのような気持ちで勝利に向かっていた。


 オセロは端を、特に角を取った方が有利だ。左側を制圧した俺は右側へも攻め、俺から見て右下角から4つ上の端に駒を置いた。そして自分の駒との間にある黒い駒を白に反転させる。もう、ジュレルディの駒をほとんど包囲していた。


「ふっ愚かな」

 鼻で笑う呟きが聞こえた。ジュレルディを見ると俯いていて、長い銀髪で隠れて表情が見えない。白い肌にさえる赤い唇が微かに見えるけど、その口は固く結ばれている。


 え? 今、愚かって言われた?


 ジュレルディの白く美しい2本の指が、片面を黒く塗った紙片を挟み右下角から3つ上に置く。数枚の白が黒に変わる。


 しまった! 俺がそれを取るには右下角の1つ上を取らないといけない。でも角の隣を自分で取るのは危険だ。


 じゃあこのまま右側で戦うと不利だから左側で戦って……って駄目だ! オセロは相手を挟むところにしか駒を置けない。左側を制圧しちゃっている俺は、右で戦うしかない。


 不意に、ゾクッと背筋に悪寒が走った。


 もう一度ジュレルディに視線を向けると、やっぱり口元しか見えない。でもその赤い唇は、にやりと三日月に笑っている。

 こえー! なんかこえー!!


 もしかしてこれが本当の最終形態か? 貞○か? ○子モードなのか!? まさか本当にもう1つ変身を残していたとは!


 序盤の劣勢もすべて計算済みか。オセロを持っていったと思ったら、自分の部屋で必勝法を研究していたんだな。さすがジュレルディって関心ばかりもしていられない。こうなったら手加減するどころじゃない。全力で勝ちに行かなくては。俺は必死に頭をめぐらし勝利への一手を搾り出す。


 ここだ! と右下角から6つ上に駒を置いた。どうだ!


 今右端は、下から3つ目をジュレルディ。4つ目、6つ目が俺だ。ジュレルディが5つ目に置いて4つ目を黒に変えたら、その時こそ俺は2つ目に置いて、2から6まで全部を白に変える。


 たしかに角の隣っていうやばい位置を取ってしまうけど、端にまったく駒の無くなるジュレルディも角を取るのは難しくなるはずだ。もしジュレルディが7つ目に置いたら、その時は俺は8つ目。つまり右上の角を取る事が出来るしな。


「頑張るじゃないか。だが、もう終っているんだよ。……アルシオ」

 また、ゾクリとした。でも、ジュレルディが駒を置いた場所は、右端のどこでもなく、その隣の列のマスだった。


 なんだ。ただの延命か。とはいっても、右端にこれ以上駒を置きたくないのは俺も一緒なので、俺も隣の列に駒を置く。そしてジュレルディもまた隣の列。


 双方右端には置かずにいたけどマスは無限じゃない。俺が置いたところで隣の列のマスは尽きてしまった。当然、角の斜め隣は除いてだ。そこを取っては角を取られてしまう。さあどうするジュレルディ? もう右端に置くしかないぞ。そして右端のどこに置いても俺の勝ちだ。


「勝った……と。思っているのか? 可愛いな……アルシオ」

 俯いたジュレルディの肩が上下し始めた。くぐもった声が漏れる。どうやら笑っているらしい。


 窓の外はまだ大雨で昼間なのに部屋の中は薄暗い。ジュレルディの白い顔の下半分と赤い唇だけが部屋の中に浮かんでいる。ジュレルディは魔性の物のような妖気を発し、静まり返った室内にはくぐもった笑い声が響く。怖い。あまりにも怖すぎる。


 どうしてたかがオセロで、こんな恐怖を味あわなくてはならないんだ。額に脂汗が滲み、喉がカラカラに渇く。


 だが、どんな予想外の手を打ってくるのかと身構えていると、ジュレルディが置いたのは右端の5つ目。俺が置いて欲しいと思っていたところだった。


 3、4、5が黒に変わり、すぐさま俺が2に置く。2から6まで全部白に変わった。この後ジュレルディが7つ目に置いたら、俺が8つ目の右上角を取って勝負は決するのだ。そしてジュレルディが右端に置けるのはその7つ目しかない。


 そこに、ジュレルディの白い手が思いも寄らないところに向かった。今まで見向きもしなかった左側だ。絶妙な位置だった。数枚の白が黒に変わったのに、白の俺が挟める場所が無い。


 また、俺が左端に置かなくてはならないのか。とはいってももう右端は7つ目しか残っていない。やむを得ずそこに置く。これで右端は角以外全部俺が取ってしまったのだ。


 ジュレルディの手がさらに左側に向かう。また俺が手を出せない位置だ。でも俺が置ける右端はもう無い。置けるのは角の斜め隣だけだ。


 仕方ない……。右下角の斜め上に置く。瞬間ジュレルディの腕が白蛇のように伸び、角に黒が置かれた。まるでオセロの達人のような流れる手付きで数枚の白が黒に変わり、盤上を黒い線が斜めに横切っていた。


「楽しいな……アルシオ」

 俯いたジュレルディが呟く。全然楽しくないです! 叫びそうになるのを歯を食いしばって耐えた。


 今のジュレルディの攻撃で、やっと俺も左側に置けるようになったのでそこに置いたが、ジュレルディは意に介さず右上角に置く。右端全部が黒に変わった。勝敗が決したのだ。


 その後、何とか全滅は免れたものの、俺の大惨敗だった。


「ふっふふ。ふふふふふ。ふははははは――」

 ジュレルディの笑い声が部屋中に鳴り響いた。




「なあ、アルシオ。私も調子に乗りすぎた。だから、もう一度しよう」

「いいです。もうやらないです!」

 あの後、不気味な笑い声が響く中、縮こまって震えている俺に気付いたジュレルディは我に返り宥めてきたけど、あんな恐怖はもう真っ平だ。もう二度とオセロはしないと誓ったのだ。

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