表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/66

第36話:港にて

 港を眺めていた。と言っても海じゃなく大きな湖に作られた港だ。その湖は対岸がかすかにしか見えないほど大きく、海のように波打っている。幾筋もの川が流れ込み、水運の要所らしい。


 盲目の男との戦いで、ジュレルディは杖を失ったが、アルメの町までの道中も危険がないとは言えない。そこで杖を手に入れようとちょっと寄り道をし、この港のある町にやって来たのだ。


 杖にも手にする者との相性があって、物によって微妙に魔法の溜まり具合や発射速度が違うらしい。俺達戦士からすれば、どう違うか分からないほどの微妙な差だが、魔法使いにとってはその微妙が生死を分ける。


 その微妙の杖を見つけ出すには、試してみるしかない。ジュレルディは店にある杖を片っ端から試しているのだが、当然時間がかかる。そして俺が傍でずっと立って見ていると、急かす事にもなるだろう。という訳で、俺一人店を出て、暇つぶしに港を眺めているのだ。


 港には白い帆を畳んだ船がびっしりと並び、沖にも帆を畳みいかりを降ろす順番待ちの船が幾つも見える。遠くに見えるそれは、青い湖に浮かび波に揺られている。時折甲板に人が現れこっちを眺め、またすぐに戻る。港が空いたか様子を見てるんだろう。


 停泊している船からは、次々と荷が降ろされている。そこから倉庫に運ばれる物や、中には早速売りに出される物もある。町を練り歩いて商売をする行商などが相手だ。


 荷物を運ぶ人夫、売る商人、買う行商と、それら大人に交じって何人もの子供達がいた。遊んでるって訳じゃなくて、道端で人の邪魔にならないように隅でじっと座っている。子供達も俺と同じように港を眺めていた。いや、違うな。眺めているのは港じゃない。その視線の先は船……でもなくて、その船から降ろされている荷だ。


 船から渡された桟橋や、人力の腕架クレーンで陸に降ろされる荷をじっと睨み、無事地面に降ろされると、残念そうに小さく溜息をついている。よく見ると子供達はほぼ等間隔に並び、船一艘に付きその前に1人が座っているようだ。俺の傍にも1人陣取っている。


 不意に、目の前の船から樽が一つ、ドボンと湖に落ちた。人夫が手を滑らせ落としたらしい。それ目がけ、子供達がまるで運動会のように歓声を上げ次々と海に飛び込む。だが、やはりその船の前に陣取っていた、俺の傍に座っていた子供が一番先に樽に辿りついた。


「ロープ! ロープ! 早くしてったら!」

 荷を落とした人夫に向かって、一番乗りした子供が笑顔で手を振っている。それに比べ人夫は苦虫を噛み潰したような顔だ。他の子供達は諦め次々と陸に上がり、またそれぞれの定位置まで水を滴らせながら戻って行く。どうやら一等の子供にしか、良い事は無いらしい。


 樽にしがみ付く子供目がけ、しかめっ面の人夫がロープを投げると、子供は人夫の形相を気にしたふうもなく、嬉々として樽にロープを掛け、しっかりと結び終わると、人夫に向かってまた笑顔で手を振った。


 それを合図に人夫がロープを引き、さらに滑車などを使って陸まで引き上げた。その間に子供も陸に上がっている。ずぶ濡れの子供が笑顔で手の平を差し出すと、人夫は舌打ちしつつ銅貨を一枚握らせた。


 どうやら子供達は、人夫が落とした荷物を引き揚げるのを手伝う代わりに御駄賃を請求するらしい。しかもそれを出すのは、荷物を落とした人夫の自己負担の様だ。荷物を落としたのは自分なんだから自業自得と思うけど、まあ荷物を落としたのを喜ばれちゃ、嫌な顔の一つもしたくなる。


 もっとも子供は、やっぱり人夫の顔色は気にしていないようで、お金が貰えたとニコニコとしながらこっちに戻ってくる。その、ニコニコした目と視線があった。


「なに? 兄さん。なんか用?」

 ボロボロの服を絞り、水滴を滴らせながら子供が聞いてきた。子供って言うか、シャツとズボン、短い黒髪と男の子みたいな格好だが、どうやら10歳くらいの女の子みたいだ。


 なんの用って言われれば、何にも用は無いんだが、まあ暇つぶしにと聞いてみる。

「いつもこんな事をやってるのか?」

「そうだよ。兄さんは渡者かい?」

「まあ、そうだな」

「ふーん」

 と、笑みを浮かべたまま、さらに服を絞り、大きな黒い瞳で俺を見つめている。口元も愛らしく、細い身体で手足は長く、こっちの世界では美少女って事になるのかな? いや、これくらいの年齢だったら、身体が薄いのも当然と、俺の元の世界で考えても十分可愛いといえるだろう。


 もっとも、俺はロリコンじゃないっていうか、むしろ最近では年上趣味なのかもって思っているくらいだ。しかし……。俺の本来の年齢を考えたら、28歳のジュレルディとより、この女の子の方が年は近いんだよな。


「駄目だよ。兄さん。色目使っても。渡者なんかにゃ引っかからないんだから」

 つい見つめてしまっていると、女の子はそう言って舌を出した。ってえらくマセたガキだな。どんな躾を受けてるんだ。

「お前、親はどこ行ってるんだ?」

「居ないよ。居たらこんな事してない」


「あ。ああ、そうか」

 バツが悪く歯切れの悪い俺に、女の子はまた笑った。

「気にしなくて良いよ。聞かれたからって何が悪くなる訳じゃないからね」


 随分逞しい女の子だな。いや、親も居なくて、こんな事をして日々暮らしてちゃ逞しくもなるか。しかしそうなると、ここに居る子供達はみんな親が居ないって事か。


「子供ばかりだが、大人になったら止めてしまうのか?」

「そうだね。こういうのは子供の方が向いてるんだよ」

「でも、大人の方が腕力もあるし、荷物の取りあいになったら強そうだが」


「強いからだよ。あの大きな人に荷物横取りされたって、ちょっと泣いて見せりゃ、そこら中の人夫が袋叩きにしてくれるよ」

「怖えな」

「自分じゃ勝てないからね」

 女の子はそう言ってあっけらかんと笑った。生きる為には、他人の力も平気で借りるって事か。それも弱い子供が生きる知恵なんだな。


「みんな大人になったら、ここの人夫になるよ。男はだけど。女はどっかの店に入るかな。渡者になる奴も居るけど、そしたらすぐに死んじゃうみたい。みんな戦いの修行なんて、した事無いからね」


 店っていうと、まあ「あの手の店」の事なんだろうな。まだ10歳くらいって言うのに、将来はそうなるって考えてるのか。俺が10歳の時って何になりたかったんだっけ? たしか……ロボットの操縦士か。


「お店に入ったらね。金持ちの男を捕まえるんだ。きっと美味しいもの沢山食べられるよ。私って結構いい線行ってると思わない?」

 少女はそう言うと、目の前でクルクルと回った。服は濡れて少し透け、肌に張り付き幼い身体の線を浮き上がらせている。まるで水の妖精が踊っているみたいだ。その羞恥心のない幼い動作と、現実を見据えた大人びた眼。そのギャップに思わずドキリとした。


「駄目だよ。兄さん。変な気起こしちゃ。渡者なんかに引っかからないって言っただろ? 私は金持ちの男を捕まえるんだから」

 クルクルと回っていた少女が止まり、またたしなめられた。10歳の少女に見透かされたバツの悪さに、視線を逸らすと一艘の船が、1メートル四方ほどの大きな石を降ろしていた。


 この世界は、石で作る建造物の技術が発達しているらしい。大出力魔法なんてのを撃てる奴がゴロゴロしているせいで、人の恨みを買いかねない職業の奴や各地の領主は、寝ている間に魔法一発で殺されかねない。それを避ける為には、頑丈な石造りの家や城に住むしかないのだ。それでも何発か食らえば壊れるんだが、まあ、逃げる間だけ持てば良いって考えだな。


「石はね。危ないんだよ」

 俺が視線を逸らしたのを見て、少女も石を降ろす船に視線を向けそう言った。

「危ない?」

「そうだよ。石は沈むからね。引き上げるには、潜って水の中でロープを掛けなきゃならないんだよ。その時にね。こっちが合図をしてないのに、ロープを引っ張る人夫が居るんだ。そしたらね。石とロープに手が挟まってね。溺れて死んじゃうんだ」


「死んじゃうって……。人夫の奴ら何考えてんだ?」

「合図を待つようにって、いつも言ってるんだけどね。なかなか言う事聞いてくれないんだよ」

 少女は、言いつけを聞かないやんちゃ坊主に手を焼く、幼稚園の先生の様に肩を竦ませ苦笑している。


 そこに、バンと、一際大きく水が鳴った。反射的に目を向けると、石を降ろしてた船の脇に噴水の様に大きな水柱が上がっている。瞬間、駆けだす少女の肩を掴んでいた。他の子供達も駆けだしている。


 俺に上半身を抑えられた少女は、下半身だけが前に進みバランスを崩したが、後ろに数歩進んで体勢を持ちなおす。そして不思議そうに、大きな瞳を俺に向ける。


「なに? 兄さん。邪魔しないでよ」

「いや。石は危ないんだろ? 止めとけよ」


 少女は、困ったような表情で俺を見て、諭すように口を開いた。

「でもね。石だと銅貨5枚貰えるんだよ。5枚あったらね。一日お腹いっぱい食べられるんだ。だからね。今度は邪魔しちゃ駄目だよ。分かった? 兄さん」


 俺は口を噤んだ。その変わりポケットの中で銅貨を数えそれを少女に差し出す。

「何これ?」

「銅貨5枚あったら、一日食べられるんだろ?」


「兄さん。明日も来るの? 明後日は? その次は?」

「いや、今日中にこの町を離れる予定だが」


「だったらね。こんなの意味ないよ。兄さん。目の前で死なれちゃ気分が悪いってだけでね。明日になったら、死んで良いって事だよ。兄さん」

 俺を見る少女の目は、無責任な善意に辟易したように醒めている。俺は何も言い返せなかった。少女を救えるのは、少女が言うとおり金持ちの男だけなのだ。


「そうだな。すまない」

 と銅貨をしまおうとしたその時、少女の手がひょいっと動き、俺の手から銅貨を1枚かすめ取った。


「何だ?」

 要らないと言ったにも関わらずの少女の行動に、俺は戸惑った。


「だって。暇つぶしに付き合ってあげたでしょ? これはね。その駄賃だよ。兄さん」

 そう言って少女は笑った。それは、年相応の無邪気な10歳の少女らしい、悪戯っぽいものを含んだ笑みだった。



 その後、ジュレルディが杖を選んでいる店に戻ると、ちょうど杖も決まり、料金を払っているところだった。

「待たせてすまなかったな。退屈だったろう」

「いえ。そんな事ないですよ。港を眺めてました」

「だったら良いんだが」

 店を出て歩いたが、ジュレルディは怪我で足を引きずっている。


「また、おぶりましょうか?」

「そっそれは……町を離れてからだ」

 大義名分があったら平気なのかと思ったら、やっぱり人目があると恥ずかしいらしい。肩を貸すのも拒否されたので、足を引きずるジュレルディと並んで町を出た。


 その時、あのもう二度と会わないであろうあの少女が、良い金持ちを引っかけられる様に、と、ちょっと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ