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第35話:漆黒の男

 男は、やけに長い剣を構えていた。細身だが、俺の剣より20センチは長い。


 奴の方が間合いが広いが、その分接近戦なら俺が有利。一気に懐に飛び込んで――。

 一歩、踏み込んだ刹那。奴の剣が俺の胴を薙いでいた。間一髪、俺は後ろに跳んでいる。


 再度一歩。また男の剣が風を切り薙いで来る。跳んで避け、地面に足が付いた瞬間突進。だが今度は男が後ろに地を蹴り、俺の剣はむなしく空を切る。男の剣を、俺の剣で受けても同じ。その間に男は後ろに身をかわしている。


 奴の間合いに入った瞬間、馬鹿長い剣が襲ってくる。見えないが故にその知覚は視覚より早く、先手を取られてしまう。かわし斬り込んで、後の先を得ようにも、20センチ、その間合いの差がそれを阻む。


「動くな魔法使い」

 木陰から身を躍らせ、加勢しようと杖を構えるジュレルディを男が制した。

 この男、本当は見えているんじゃないだろうな?


「魔法使いとはとびっきり相性が良いんだ。死にたくなければ余計な真似はしない事だな」

 男は両手で構えていた剣から片手を放し、短剣を握った。


 だがジュレルディは怯まず、放たれた魔法が男へと伸びる。しかし燃える松明の光を切り裂き襲う光の矢は、虚しく的を外し罪なき木を打ち砕いた。


「魔法使いとは相性が良いって、言ってんだろ?」

 僅かな動きでかわした男が、にやりと笑っている。その無駄の無い動きに、俺が切り掛かる隙もなかった。


 そうか。この世界の魔法は、魔力を溜めて放つというもので気功に近い。奴にとっては気配の塊。ジュレルディが攻撃しようとするのも、それをかわすのも訳ないって事か。


「では、これはどうだ?」

 ジュレルディの杖が強く光り輝く。魔法は威力が強くなれば光球も大きくなる。それを避けるには出来る隙も比例する。そしたら俺も切り込める。


「魔法は、分かるんだよ」

 男の口元が笑いの形に歪んだ瞬間、その腕が動き、同時に風を切り裂く音が鳴る。


「きゃぁ!」

 ジュレルディの短い悲鳴と共に、短剣の攻撃に杖が砕け散っていた。ジュレルディは次の瞬間木の陰に身を移す。彼女の状況判断は的確だ。杖を失った今、魔法使いの自分に出来る事はないと考えたんだろう。気持ちで急いて、足を引っ張るような愚かではない。だが、これで手詰まりか。


「早くしないと追っ手が来そうだな。じゃあ――」


 低い声で男が言い。半歩踏み出し剣を右から薙ぐ。浅いが、それでも後ろに下がらなければ避けられない。俺も半歩下がっ――た瞬間、今度は左から男の剣が襲う。さっきよりも深い。さらに下がる、と今度はまた右。さらに深い。そして左。また右。男の剣の風を切り、その音が聞こえた時には反対側から襲ってくる。その度に踏み込みが深くなる。先手を取られた俺は、反撃に出るタイミングが掴めない。


 このまま避けきるのは不可能だ。剣で受けなければ止められない。止めさえすれば、反撃できる。


 剣を突き出し、右から襲う奴の剣を受けた。奴の細い剣は弾かれ、そこから下に落ち――違う! 反射的に剣から右手を放した。振り落とされた奴の剣は地面を抉り、次の瞬間男は後ろに跳んでいる。


 改めて男と対峙した。俺の背は冷たい汗でぐっしょりと濡れていた。剣から右手を放さなければ、腕を切り落とされていた。


 強い。目の見えない奴は、俺が連続で打ち込めば対応できないはずだ。それを自分が先手先手を取る事で俺にさせず、俺が剣で受ければ、それを利用し腕を狙う。だが俺が先手を取ろうにも、奴の方が間合いが広いのだ。


 駄目だ。俺には勝つ道筋が見つけられない。


 背筋に冷たいものが奔り、反射的に後ろに跳んでいた。半歩踏み出していた男は苦笑している。

「へー。思ったよりやるじゃないか」

 出鼻を外され男はそう言ったが、完全に感だった。もう一度やれと言われても出来る気がしない。


 どうする? 奴の剣を受け止めるんじゃなくて、思いっきり弾き返してみるか? 奴の剣は細身だ。上手く行けば断ち折る事が出来るかも知れない。しかし奴の事だ、それの対応も考えている可能性が高い。一か八かでやるには分が悪すぎる。


 だがここで諦めては、俺だけじゃなくジュレルディも危ない。


 俺は一歩後ろに下がった。渡者達が来るはずだ。少しずつ下がって奴の攻撃のきっかけさえ掴ませなければ、時間を稼げる。


「ちっ!」

 男が舌打ちし、一歩踏み出す。俺はさらに下がり、男がさらに一歩。俺も下がる。男の踏み込みが早くなる。ほとんど後ろ向きに走るように俺は下がり続けた。しかし、前を向いて走る奴の方が早い。


 不味い。これじゃ結局、あいつのペースだ。いつかは追いつかれ攻撃が始まる。


「男! 私の話を聞け!」

「なんだ。魔法使い」

 俺の危機にジュレルディが木陰から叫ぶと、男が駆けながらこたえる。


「信じるか信じないかは勝手だが、私達はお前達を逃がそうとしたんだ」

「後からならどうとでも言える」

 男は鼻で笑うように応じながらも、俺に迫る。


「お前達は、松明の数が多くてこっちに誰も居ないのを知り、逃げてきたんじゃないのか?」

「俺達を助けて、お前に何の得がある?」

 男の斬撃は止まらず、俺を執拗に追い詰める。


「得など何も無い。ただ戦わない者が戦いの犠牲になることは無い。そう思っただけだ」

 その言葉に、男の足が止まった。身体をくの字に曲げ笑いだす。


「はっ。はははははは。敵にとびっきりのマヌケが居ると思っていたら、どうやらとんだ間違いだったらしいな。もしかして、いちゃついてたってのも、俺達をこっちに誘き寄せる為の作戦か?」

「まったく持って、その通りだ。仲間にもそう伝えておけ!」


 あ。この人嘘付いてる!

 思わずジュレルディの顔を見ると、凄い目で睨まれた。いらん事は言うなと、眼光で脅迫している。


 男は剣を鞘に収め、まだ剣を構えている俺の横を平然と通り過ぎる。思わず構えなおし、その気配を感じたのか、男はありもしない視線を俺に向けた。


「俺達を逃がしてくれるんじゃないのか?」


 俺が、どうしたものかとジュレルディに視線を向けると、彼女が小さく頷く。数歩下がって男から距離をおき剣を鞘に収めた。


 男はさらに進みジュレルディの傍も通り過ぎると、そこで足を止める。

「グラザー。俺の名だ。あんたは?」

「ジュレルディ」

「ジュレルディか。覚えておこう。とびっきりのいい女だってな」

「何を言っている。お前、目がわる……。あ。いや、すまない」

「ああ。目だったら悪いぜ。とびっきりにな」

 男は、そういうと自分の目を、いや、目があった場所にある傷跡を指差し笑う。


「おーい! まだ敵が居るのかーー!!」

 城の方から声が聞こえた。もう城に領主勢は残っていないはず。追っ手か。


「お前も早く逃げろ」

「ああ。それよりジュレルディ。仲間に僧侶はいるか?」

「今ははぐれているが、居る。それがどう――」

 瞬間、抜き放った男の剣が丈の長いローブと共に脹脛を削り、ジュレルディが膝をつく。


「てめえ! 何しやがる!」

 だが叫んだ俺を、跪くジュレルディが手で制す。

「借りは返して貰った。お前ももう行け」


「あんた。今日、ここから何人逃げたと思っている?」

「さあな。2、30人ってところか?」

「32人だ。お前には32人分の借りを返す。今のは利息の前払いだ。またなジュレルディ」


 男はそう言うと背を向け駆け出す。目が見えないのにというべきなのか、見えないからなのか、夜の闇をまるで昼間のように迷いなく駆け去り、その姿を消した。


「おい! 敵はどうした?」

 城の方から数人の渡者がやってきた。その背後では、城のあちこちで火の手が上がっている。


「すまん。取り逃がした。足をやられた」

 地面に座り込んでいるジュレルディが言うと、1人の男が吐き捨てる様にこたえた。

「ちっ! 散々偉そうに言っておいて何やってやがんだ。このマヌケが!」

 他の奴らも舌打ちしたり、侮蔑の眼差しをジュレルディに向けたりしている。状況も忘れ、つい怒鳴りそうになったが、ジュレルディに目で制せられた。


「本当にすまない。私達の分け前はいいから、みんなは戻ってくれ」

「当たり前だ! 手前らなんぞに分け前がある訳ねえだろ!」

 そう吐き捨て、男達がすべて居なくなり、俺達2人だけになる。辺りはまだ多くの松明が燃えていて、かなり明るい。


 俺はジュレルディの前に跪くと、腕に巻いている防御と応急手当を兼ねる布を解き、グラザーに切られた足に巻く。ジュレルディも、戦闘の後で渡者としての理性を優先させ、いつもはローブで隠している白く、美しい足を俺に委ねている。


「まったくあの野郎。ジュレルディに怪我させやがって」

「怪我をしているのはお前もだろう。それにこれは、あいつ等を逃がしたのを疑われないように――」

「分かってますよ。そんな事」

 俺の頭の上で、クスリと笑うジュレルディの声が聞こえる。ちょっとむっとしながら、彼女の白い足に布を巻き終える。


「これで一応は大丈夫です。町に着いたらユイファにちゃんと治して貰いましょう」

「そうだな」

 俺が立ち上がりながら言うとジュレルディも答えたが、座ったままで立ち上がろうとしない。


「どうしたんです?」

 すると、ジュレルディは微笑んで首を傾げた。

「どうしたも何も、私は足を怪我しているんだぞ?」


「あ、そうですね。肩を貸しましょうか?」

「何を言ってるんだ。アルシオ。ここはおんぶだろ?」

 ジュレルディはそう言って、ん、っという感じで両手を前に差し出した。


「あの、これはいちゃついている事には、ならないんですか?」

「人聞きの悪い事を言うな。これは足を怪我しているので仕方なくだ。さあ」

 人前で抱き合うのは恥ずかしがっていたのに、名目があるなら良いらしく、彼女は突き出す両手をちょっと上下に振った。


「えーと。ここから町まで、何日も掛かりますよね?」

「頑張るんだ。アルシオ」


 諦めため息を付いた俺は、やむを得ずジュレルディを背負う。それだけならまだしも、さらに2人分の荷物もあるのだ。それはまとめてジュレルディが背負っているが、その加重は結局全部俺に掛かってくる。だけど、ジュレルディが背負っている分、彼女の大きな胸が強く俺の背中に押し付けられる。


 これが何日も続くだって? まったくあの男、余計な事をしてくれる。

祭り編終了です。

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