第34話:女頭目の秘策
「アルシオ! 急ぐぞ」
城方はどこから退却すればいいか見定めている。ジュレルディはそう判断し、予定通り行動を起す。木々に松明を括りつけ、ここに軍勢が居る様に見せかけるのだ。松明の元に駆け、俺も後に続く。
「でも大丈夫なんですか? 確かに渡者達が優勢ですけど、結構被害も出ている見たいですよ。このまま戦い続ければ、もっと被害が増えますよね」
「確かにな。だが、これで勝負は付いた」
「え?」
俺の声に、ジュレルディは駆けながらクルリと身体を回転させ、激しい攻防がなされていたのと反対側の城壁の部分を一瞬指差す。そのまま踊るように回転し、また前を向き駆け続ける。
指差された場所を、走りながら振り返る。
「な……」
思わず、足を止めて見入った。それは、さっきまでの攻防すらなんだったのかと思えるほどの光の数。もはや地面全体が輝く光の草原。城方を相手に優勢に戦っていた今までの攻撃すら陽動で、本命はこっちだったのか。
一斉に放たれたそれは、輝く巨槍となり城を襲う。城壁だけではなく、その内部の建造物すら突きぬけ、さらに反対側の城壁をも貫いたその攻撃は、当たるものすべてを蒸発させ衝突音すら発しない。
城に、巨大なトンネルが出来た。だがその寿命は短く、一瞬後には崩れ瓦礫の山と化す。その時、城から男女の悲鳴が聞こえた。城壁と共に消滅した方が、苦しまずに済んだかも知れない。
「アルシオ!!」
俺がその光景に目を奪われているうちに、ジュレルディは松明の元へと辿りつき、俺が来ていないのに気付いて怒鳴った。
「早くしろ! 私にはやらなければならない事があるんだ!」
「すみません!」
俺も慌てて駆ける。そして松明を点けては、木に括り付ける作業を繰り返す。
この間にも、魔法の撃ち合いは続いている。既に勝敗は決しているが、最後の足掻きってやつだ。城方の魔眼が次々と潰され数を減らしていく。完全に沈黙し、城壁が崩れ去れば、戦士と射手が突入を開始する。そして略奪が始まる。城内にいる女性への乱暴も。
この戦いの作戦を考えたのはジュレルディだ。彼女の所為で多くの人がそんな目に合う。確かにこの作戦は俺を守る為のもの。ジュレルディのその気持ちは嬉しい。でも、それによって、城に居る人達が逃げ場を失うのも事実だ。ジュレルディが提案する前の作戦なら、城の人達も包囲を突破できる可能性は高かった。
「アルシオ。もっとだ。もっと松明を燃やせ!」
「あ。はい!」
ジュレルディはその美しい顔を炎に照らしながら、さらに松明を点け続けている。どんな気持ちでこの作業をしているんだろう。もしかして、あの軍議で言った、綺麗な女性に対しての憎しみ。それは本心だったんだろうか。ジュレルディに限って。そう思いたいけど、俺には彼女の行動が計りきれない。
胸に重苦しいものを抱えながら、松明を点け続ける。遂に、用意した松明をすべて点け終えた。辺りはまるで昼間の様に明るい。え?
「すみません。これって点け過ぎてはいないんですか? 確か松明は念の為に多く用意してただけで、全部使うんじゃなかったんですよね?」
「そうだな。つい点け過ぎてしまったかもな。こんなに明るくては、城からは、ここに兵が居る様にじゃなくて、私達だけしか居ない様に見えるかもしれないな」
まるで罪のない悪戯を、親しい者と共有する少女の様にクスクスと笑っている。
ジュレルディ!! やっぱりあなたは最高だ!! 気付くと、俺は彼女を抱きしめていた。
「ちょっちょと待て! アルシオ」
昼間の様に明るい林の中で、ジュレルディは顔を真っ赤に染めて抗議する。でも、俺は衝動を抑えきれず、構わず抱きしめ続けた。
「大丈夫です。ここは2人っきりです」
「しっ城から見える。明るいから城から見えるんだって!」
「そう言えばそうですね」
「早く、木の陰に隠れるんだ」
「木の陰ですか? いや、さすがにこんなところではちょっと……」
「ちっ違う! そういう話じゃない! 城方がこっちに逃げてくるんだ!」
「あ。そうか」
慌ててジュレルディを抱えるようにして、木の陰に隠れた。そこから城を見ると全体が真っ赤に燃え、城壁は食い散らされたバースデーケーキの様に原型を留めていない。もうすぐパーティーの終了だ。
「でも、南も空けてるんですよね? 城の人達はそっちに行ってしまうんじゃないんですか?」
「確かにその可能性もある。だが、南側はあからさまと言えば、あからさま過ぎる。それに比べ、こっちは擬兵が失敗した、と見えるだろう。こっちに来る可能性が高いと思っている。後は城方が、私達が裏の裏をかこうとしているのだと、変に疑わないでくれるのを祈るだけだな」
「はい」
だが彼女の心配は杞憂で、しばらくすると城の方から何人もの人達が走ってきた。大半が女性と子供で、多分貴族の奥方や子供、その侍女達だ。そして護衛の兵士達。
待ち伏せを警戒してか、まず前衛の兵士達がやってきた。
「どうやらあのいちゃついてた奴らは、どこかに消えたみたいだな」
「奴ら、何を考えてたんだ?」
「きっと、松明を点けて軍勢が居る様に見せかけろって言われてたのを、いちゃついてて点け過ぎちまったんだぜ」
敵が居ないのに安心したのか、兵士達は軽口を叩きながら、俺達に気付かず通り過ぎる。
不意に、凄まじい殺気を真横から感じ、見るとジュレルディが凄い目で睨んでいる。すみません。
次に、貴婦人達が上等なドレスで裾が乱れるのもかまわず必死で走り、俺達が隠れている傍を通り過ぎた。そのずんぐりむっくりや針金の様な体型の、この世界の美女達の後姿を、ジュレルディは優しい目で見送っている。この先に渡者は居ない。もう大丈夫なはずだ。
俺は思わずジュエルディの肩を抱いていた。彼女もさっきまでの怒りを忘れ、素直に身を寄せてくる。
「でも、これってあのフィクスとかいう人に怒られませんか? 随分とあなたを買ってたみたいですけど」
「そうだな。顔を合わせたらきっと大目玉だ。だから、このまま逃げてしまおう」
「そうですね」
そう言って優しく微笑む彼女を更に抱き寄せた。俺の膝に彼女の白い手が置かれ、それは少しひんやりしていて、ちょっとドキっとした。
最後はまた兵士達だ。女子供を前後に挟んで守っているらしい。
「あのいちゃついていた奴らが、俺達がここから逃げたと仲間を呼びに行っているかもしれん。早く逃げるんだ!」
隊長らしき男が、しきりに後ろを振り返りながら兵士達に言っている。
いや、その話題はもういいから。非戦闘員が無事に逃げられたと和んでいたジュレルディが、また殺気を放ち始め、肩にまわしていた俺の手は、膝におかれていた美しい手で振り払われた。ごめんなさい。
余計な事を言っていた隊長も、煌々と松明が点る林を抜け、やがて暗闇にその姿を消した。
「……お前の所為だ」
「え?」
「お前の所為で、変な奴と思われたじゃないか。どうしてくれる……」
俺達2人だけになると、ジュレルディはそう言って頭を抱えた。
2人っきりなら、結構彼女方からくっついてきたりするのに、どうして二度と会わないだろう人に見られたからってそんなに気にするんだ? そう思わないでもないが、まあこれも俺とこっちの世界の人との感覚の違いかも。元の世界ではいちゃつくカップルなんて何処にでもいたが、こっちの世界じゃ、確かにそんなの見たこと無い。
そこに、城の方から人影が1つ見えた。まだ逃げ遅れていた奴が居たのかと再度木の陰に隠れる。ジュレルディも俺も、呼吸すら止めるように気配を消す。真横を通っても視界に入らなければ、いや、たとえ視界にかすめても、つい人とは認識せずに通り過ぎる。それほど気配を消している。
だが男は、俺達の遥か手前で足を止めた。腰に差した剣を抜くのが、背後で燃える城の炎に照らされ見える。
「こんなところで待ち伏せていたとはな。いちゃついていたとかいう奴らか」
そう言って剣を構えた。
なぜ俺達が居ると分かったんだ? 気配は完全に消していた。まさか見えていた? いや、そんなヘマはしていないはずだ。もしかしてはったりか? 判断しかね隠れ続けていると、男が馬鹿にした口調で再度口を開く。
「分かってるんだよ。そこの木の後ろの。面倒だから出て来いよ」
ちっ! しょうがないか。
俺も剣を抜き放ち、木の陰から出て男と対峙した。
背が高い男だった。長身のアルシオよりさらに頭半分は高い。だがその横幅は身長に比べ細い。痩せているのではなく、研ぎ澄まされた。そう見えた。身体に張り付くようなぴったりした黒い皮の服で、鎧は軽甲冑すら着けていない。
男の顔を睨みつけ、俺と男の視線がぶつか……らない。やっぱり俺達は、相手から見えるようなヘマはしていなかった。男の顔には横一線に大きな傷があった。顔のちょうど真ん中。目の位置だ。男は盲目だった。




