第33話:攻城戦
「そろそろ始まるはずだ」
渡者達の陣地に目を向け、ジュレルディが呟いた。もっとも辺りは暗く人影は見えない。だが居る。その証しに、闇夜の支配者たる獣達の遠吠えが鳴りを潜めている。
次に城へと視線を移すと、僅かな月と星の光に照らされ、闇夜に寸胴な円柱の姿が浮かんでいる。城壁に均等に焚かれた松明は、まるで吹き消されるのを待つバースデーケーキの蝋燭だ。だがそれが吹き消すのは、今日生まれた者ではなく、殺さんとする者達だった。
突如、城壁の一点が輝き、その奥に光る杖を構える魔法使いが見える。魔法を打つ為の目。1メートル四方ほどに開いた魔眼から魔法が放たれると、瞬時にその目は閉じられた。
僅かに下方に放たれた光の矢は、魔力により質量を持ち、大気を切り裂き轟音を響かせる。だが、小さな太陽の様に地面を照らし進むそれは、次第に輝きを失い、地面に達する前に、ふっと消えた。目が光になれた所為か、闇が更に深くなる。
次に、城の反対側からも一条の光が伸びた。だがそれも、地面に衝突する事無く闇に吸い込まれる。また別の場所。次には同じ場所へと、放たれては消える。
城方の訳の分からない行動に首を捻った。大出力魔法は桁違いに精神力を消耗する。無限に撃てるわけじゃないのに、これでは無駄撃ちにしか見えない。
「なんです。あれ? 魔法が届いてないみたいですけど」
「まだ魔法の射程外だからな。あれは攻撃魔法の光で、敵が何処にいるか探ってるんだ」
なるほど。何をやってるんだと思ったら、そういう意味があるのか。たまに同じ場所に続けて撃ったりしているのも、一度撃った場所から近づいて来てないかと警戒してるんだな。
「だが、そろそろ射程内まで近づいているはずだ」
「え?」
思わずジュレルディに目を向けると、ちょうど白い手を上げ、城を指差すところだった。慌ててその指先へと視線を戻す。いや、指差されてたのは城ではなく、その斜め下だ。
二十を超える光の球体が浮かび、地面が輝いている。光に照らされ、巨大な盾にさらに草木を被せた物を持つ戦士が、城に駆けるのが見える。その先にいた射手達を追い越すと、射手が続いて駆け出した。戦士が持つ巨大な盾を幾重にも重ね隠し、索敵の魔法を掻い潜って城に近づいていたのだ。
半分ほど残し、光が一斉に放たれた。城方の魔法の轟音が、惨めに思えるほどの爆音。十数条の光が周囲のすべてを照らし、至近距離から撃たれた魔法は、瞬時に城壁を打ち砕き、巨大なバースデーケーキを大きく齧った。遅れ、衝撃波が遠く離れた俺の顔をビリビリと震わせる。バースデーパーティーの始まりの合図にしては、派手過ぎるクラッカーだ。
まだ戦いが始まったばかりなのに、その一齧りだけで城壁に大穴が開いている。どこから敵が攻めてくるか分からず魔法使いを分散しなければならない城方に対し、好きなところに戦力を集中できる攻め方。確かにこれでは、攻める方が有利だ。
また城壁が光り輝いた。今度は数箇所だ。遊園地のアトラクションのお城の様にライトアップされ、瞼を開けた魔眼の奥で、そのスタッフたる魔法使いが杖をかざす。だがその光に照らされ、地面から数本の銀の糸が伸び魔法使いに吸い込まれる。城壁に向かって駆けていた射手が、魔眼が開くのを待ち構えていた。
射られた魔法使いが己の配役を果たさず退場し、別の場所では、倒れながらも最後の力を振り絞り魔法を放ったが、光は敵へと向かわず天井へと吸い込まれ爆発する。その一角を瓦礫の山とかえ、瞬時に自身を埋葬した。
生き延びた魔眼から魔法が放たれ渡者達を襲う。数条の光が、盾で守られる射手と守る戦士を浮かび上がらせ、その先へと伸びる。
渡者の魔法使い達は、撃った者は再度魔力を溜め始め、小さい光を放っている。だが温存されていた大出力魔法が迎撃に向かう。轟音響かせ、左右から光が奔る。それは小さい頃テレビで見た、遠い国で起こったミサイルが行きかう近代戦を思い起こさせた。
魔法の軌道は、城方が先に撃った分地面近くで交差する。大出力魔法同士がぶつか――。突如、横から美しい手が伸び、俺の視界を遮った。思わずジュレルディに視線が向く。彼女は目を瞑り、さらに手の平で自分の目を隠している。
光。世界が白く塗りつぶされた。だが次の瞬間には、また闇が支配し、遅れてきた爆風に、銀色の髪と丈の長いローブが激しくなびく。飛ばされ、口に入った草屑を唾と共に吐き出した。
「まともに見るな。目が焼かれるぞ」
「すみません」
反射的に答え、視線を戻す。至近距離の爆発に何人かの魔法使いが地面に倒され、光が数を減らしている。だがすぐに起き上がり、小さな光がぽつぽつと灯る。それが次第に大きくなる。
また二十を超える光が揃うと、同じようにその半分が放たれ城壁に伸びる。城方からの迎撃は無い。火力が違いすぎ、多少撃ち落しても虚しいだけだ。
開いた傷を広げる為、はじめに撃った場所の脇を狙っていた。脆くなった城壁は、海岸に作られた砂細工の様に光の奔流に押し流され崩壊する。下方から撃たれた魔法は、サーチライトの様に城壁を突きぬけ夜空に吸い込まれ、その光りが去ると城の内部が露出しているのが見えた。
生き残っている魔眼がまたも開き、地面の光に向かって撃ち出される。ここでも数名の魔法使いが矢の餌食となった。渡者の魔法使いも迎撃に放つ。双方の魔法は地を進む戦士と射手を照らしながら進み――。
十を越える魔眼が開いた。他方に回されていた魔法使いが集結したのだ。
ここで魔眼が開くとは思わず油断していた射手の矢は、魔法の発射に間に合わず、閉じられた魔眼の瞼にすべて弾かれた。しかも、光の狙いはその射手だった。盾を持つ戦士とそれに守られる射手達は、数名一組となり城壁近くに居たが、その位置は夜空を飛び交う魔法の光により炙り出されている。そこに向かって大出力魔法が降り注ぐ。
渡者側から迎撃の魔法。だがその時、先行した魔法が衝突し、また世界が光に白く染まる。その為殆どの魔法が狙いを外し、そのまま城壁へと突き刺さった。爆音が鳴り、城壁が崩れ赤く焼け焦げた。その代償に、城方の魔法が渡者達を襲う。
「うわぁぁーーー……」
光に飲み込まれた人々の叫びが聞こえ、次にそれをかき消す轟音、地面を燃やす爆音。その後には、人々の身体の一部と、持ち主を失った巨大な盾が散乱していた。ジュエルディの言うとおりだった。盾など、所詮矢を防ぐ物なのだ。大出力魔法の直撃を受けては何の役にも立たない。
剣の腕なんて関係ない。何年、何十年鍛えようが、修行しようが、たまたま撃たれたところに居た。それだけで死ぬのだ。冗談じゃない。ジュレルディの策のおかげで、あんなところに行かずにすんで良かった。そんな利己的な考えが、何の罪悪感もなく頭に浮かぶ。
戦士と射手の怒声が魔法使いへと飛んだ。
「なにやってやがんだ! ちゃんと打ち落とせ!」
「馬鹿野郎! 城攻めで魔法使い守らにゃどうするんだよ!」
「まだ撃ってねえ奴もいるじゃねえか! そいつらも撃ちゃいいだろ!」
「城だってまだ撃ってねえ奴隠してるに決まってんだよ! こっちが全弾撃っちまったら、そいつらにやられちまうだろうが! 魔力溜めるにゃ時間がかかんだよ!」
味方同士の罵り合いが始まり、戦いは乱戦の様相をおびてきた。今までは単調に交互に討ち合っていたのが、五月雨のように飛び交う。光り輝く彗星が、次々と夜空に舞う。
城と渡者陣地。放った魔法が次々と激突する。小さな太陽がいくつも現れ、そのたびに一面を白く塗りつぶす。大気の振動が北の林にまで伝わり、木々が揺れる。
渡者勢の魔法が城方の弾幕を抜き、城へと奔った。光が城壁に吸い込まれたかと思うと、轟音と共に城壁が砕け散る。瓦礫の山と化し傷跡が赤黒く焼けた。さらに数条の光が城を襲い、城壁が彼方此方で破裂する。その内の1つが魔眼に直撃し、奥に控える魔法使いを城壁ごと焼き殺す。
城からの攻撃は、やはり数の差は覆しがたく魔法使いへと放ったものはすべて撃ち落された。だが、乱戦となり、集団戦の統率に難がある渡者側の弱点が露呈する。上空のあちこちで魔法がぶつかり、その光で目が眩む事も相まって、戦士、射手に向けた魔法の迎撃に隙が出来るのだ。
あまり固まっては魔法の餌食と、戦士と射手は数人ずつの小集団に分かれている、その数人ずつが次々と光に包まれ肉塊と化す。戦士、射手達は混乱に陥り、数人一組という隊列を捨て、個々に逃げ出し始める奴も出始めた。
「やはり領主勢は、最後に突破を計るつもりらしいな」
「そんな事分かるんですか?」
「見てみろ」
ジュレルディが指を示した先に、城方の魔法攻撃に混乱する攻め手が見える。
「攻め手の定石としては、魔眼の魔法使いを倒す為戦士と射手が城の手前に位置取るが、城方としては、それを防ごうと打って出るのが普通だ」
「城方は出て来ませんでしたね」
「ああ。だがそれも多勢に無勢だからと諦めた。そうも考えられる。しかし、現在攻め手は混乱し隊列が乱れている。今城方が討って出れば勝機はあるはずだ。あの場所を城方が確保すれば、逆に攻め手の魔法使いが矢の雨にさらされる。いやそれどころか、さらに進んで魔法使いの隊列に切り込めば、大打撃を与えられる可能性もある」
「でも、城方はそれすらしない。戦力の……温存ってやつですか?」
「おそらく、最後の突破に戦士と射手を残している。確かに魔法使いの攻撃力は群を抜いている。だが弱い魔法ならともかく、大出力魔法を撃つには、どうしても精神の集中に足が止まる。その分突進力では戦士に劣るんだ。それにこの暗闇では、射手の矢を魔法で打ち落とすのも難しい」
なるほど。今までの戦いを見ていると、魔法使い以外は要らないんじゃないかって感じだったけど、みんなそれぞれ役割がある訳か。
だが、それでも魔法同士の打ち合いでは渡者達が圧倒している。度重なる城壁への攻撃で、多くの魔眼も潰され城方の攻撃も薄くなっている。元々渡者に優勢だった戦いの天秤は、更に大きく傾いた。
「さあ、こっちも急ごう。城方はどこを突破して退却すればいいか、周囲の様子を探っているはずだ」




