第32話:ジュレルディの作戦
ウトウトとしていた俺は、渡者達の雄叫びによって目を覚ました。すでに日は沈みかけ、西の空を橙に染めている。
陣地では、戦士達が昼間配っていた盾を手に、城方の射程距離外で整列しているのが見える。まるで巨大な壁だ。雄叫びは城を威嚇する為みたいで、まだ戦いは始まってない。戦いの前に、軍勢を並べ数と勢いを誇示し、敵の戦意を挫こうとしているのだ。
それに比べ城方は、城壁に射手が数名居るだけで静まり返っている。戦いはもう領主側の負けって決まり切っているらしいから、一か八かで突っ込んで来るかと思ってたけど、それも無いみたいだ。
城は直径200メートルほどの円形で、高さは20メートルくらいか。堀とかそういうのは見えないな。
しかし改めて思うけど、俺っていうか、この世界の人間って目が良いな。ここから城まで1キロ以上はありそうなんだが、結構細かいところまで良く見える。視力3.0くらいあるんじゃないか?
そう考えながら木の陰から両軍の様子を見ていると、渡者陣地から数十人の渡者達が、銀髪でやけに丈の長いローブを纏った魔法使いを先頭に、こっちに歩いてくるのが見えた。
「この人達はどうしたんです?」
ジュレルディが連れて来き渡者達は、ほとんどが射手で次に戦士、魔法使いはあまり居ない。
「何って、この林に配置する渡者だ」
「え? ここって俺とジュレルディの2人だけなんじゃなかったんですか?」
「夜になったらな。明るい内は居て貰うんだ。城からは、攻める前に林にも兵を配置したように見えるはずだ。暗くなって城から見えなくなったら、攻め手に移動させる」
なるほど。さすがジュレルディ。抜かりは無いか。しかしそうなると、まだ2人っきりになれないな。色々と聞きたい事が溜まりまくってるんだが、まあ仕方ない。ここは聞かれても問題なさそうな事を聞いておくか。
「ジュレルディって、こんな作戦とかってどうして分かるんですか? 渡者の依頼には、あんまり関係なさそうですけど。陣地に居た他の渡者達もそういうのは疎かったみたいですし」
「確かにそうなんだが、私はお前達の命を預かっているからな。一通り勉強している。もっとも私が軍勢を率いるとは思っていなかったから、万一軍勢に襲われたらどうすれば良いか。その為の勉強だったんだが」
「でも、いつの間に。俺はあなたがそんな勉強しているの、全然気が付きませんでしたよ」
「旅の途中で火の番をしている時と、宿で寝る前だな。同室になるユイファには迷惑を掛けてしまって、申し訳ないが」
「いえ。ユイファは迷惑だなんて思ってないと思いますよ」
「そうだと、いいな」
ユイファのジュレルディに対しての崇拝は度が過ぎていると、ちょっと思ってたんだけど、それも無理ないって感じだ。まさか俺の知らないところでも、そんなに頑張っているなんて。
「それで作戦とかに詳しいんですね。そういえば、領主勢って昼間の内に、一か八かで攻めてくるかと思ったんですけど、来ませんでしたね。陣地の方でもあんまり警戒してないみたいでしたし、分かってたんですか?」
「ああ。領主勢も兵士達だけならそうしただろうが、城には結構な数の非戦闘員の女子供が居る様でな。城でギリギリまで粘って突破口を探ってから、闇に紛れての脱出を狙うだろう。その点私達だけじゃなく、向こうも戦いが夜になるのは歓迎しているはずだ」
「じゃあ、夜になったらこっちから攻めなくても、向こうから攻めて来る事もありえますね」
「そうだな。はじめはこちらの出方を見るかも知れないが、もしこっちが手を出さなかったら向こうから仕掛けてくる」
なるほど。
「まあ基本城攻めは、同数でも守る方が不利だからな。普通は打って出て来る。もっとも今回は攻める私達の方が多いから、出てきても領主勢の勝ち目は無い。その時には、突破だけを考え遮二無二突っ込んでくるだろう」
城攻めは守る方が不利? 俺が知っている元の世界の戦いとは逆だ。そういえば軍議でもそんな事言ってた気がする。何が違うって、やっぱり魔法があるからなんだろうな。
そういう間にも日は沈み続け、辺りは暗さを増していく。
「完全に暗闇になるまで松明を点けないのもおかしいだろう。取り合えず2、3本点けておくか。アルシオ頼む」
「あ。はい」
松明の束から3本取り出し、その内の1本をジュレルディに向ける。ローブから白い手が伸びその先にある杖が光ると、弱い魔法が松明に向かって打ち出され火がついた。それを種火に3本とも火を灯し、10メートル間隔ぐらいで木の枝に括りつける。
さらに時が経ち、辺りは闇に包まれた。月は出ているが、この世界の月は半分しかなく光は弱い。この作戦は、闇が深いほど都合が良いのでありがたい。
「そろそろ攻め手に行ってくれ。ここは私達だけでいい」
ジュレルディの言葉に、渡者達はぞろぞろと立ち去っていく。城方にばれない様に松明を持たずにだが、渡者達にとってはなんでもない。さて、やっと2人きりだ。
「ジュレルディ。聞きたいと思っていた事があるんです」
「なんだ? アルシオ」
「あのフィクスという男、何者なんですか? 他の渡者から聞いて、どうやら祭りがあるところに出没しているってのは分かったんですが。あなたも名前を知っていたみたいですし」
「ああ。以前起こった祭りの主要人物の名前だったからな。確かにその通りだった。渡者の権利がどうとか大層な事を言っていた。私も話をあわせていたら妙に気にいられて、お陰で散々引きずり回されてしまった」
「渡者の権利。ですか?」
「渡者の生活は過酷過ぎる。渡者はもっと安全に暮らせるようになるべきだってな。確かに渡者の旅は過酷だ。なにも依頼だけじゃない。経路1つ、旅程1つ間違えば、命取りになりかねない」
うーん。うちはジュレルディがその辺も気を付けてくれているから大丈夫だけど、確かにそういう事もある。牧草狩りをした村からこっちに南下したけど、あのまま西に進んだり、あそこで手間取ったりして、北部から抜け出せず雪に閉ざされていたら、どこかで行き倒れてたかもしれない。
「それでそのフィクスって人は、それをどうにかしたいって言ってるんですか? それが出来るんだったら、確かに良いとは思いますけど」
「出来ればな。実際食料が足りないんだ。私達渡者は食料があるところを目指しながら旅を続けていくしかない。所詮、月を丸くするような話だよ」
不可能って事か。結局、食料が無いという問題を解決しなきゃ、どうにもならないんだよな。
「あのフィクスって人は、そこら辺はどう考えているんでしょうね?」
「さあな。確かに何か考えているようだったが、その先が聞きたかったら自分の仲間になれと言っていた。考えさせてくれ、と答えておいたがな。まあ、私がその先というのを聞く事はないだろう。奴の仲間になどなる気は無い」
奴の仲間になるって事は、俺達と分かれるって事だろうし、ジュレルディがそんな選択をする訳がないか。俺と別れたくない筈だ、なんて自惚れているわけじゃない。カシェードやユイファの事だって見捨てないはずだ。
「かなり暗くなってきた。もう少し松明に火を点けようか」
「あ。はい」
ジュレルディの言葉に、松明の束に駆け寄り、それをもってジュレルディの元まで運ぶ。そういえば、もっと重要な事を聞いておかないと。
「ジュレルディ。城の女達を逃がすなって……言ってましたけど、それってどうしてなんです? まさか本気で言ってたんじゃないですよね?」
「当たり前だ。あれは会議の主導権を握る為に言ったんだ。会議は何人味方に付けるかが鍵だからな」
「そうだったんですね。安心しました」
そうだよな。ジュレルディがあんな事を本気で言うはずが無いんだ。でも、そうなると……。
「じゃあ、どうして渡者達に作戦を与えたりしたんです? 祭りには反対だと思ってたんですけど」
「反対だ。だが、だからといって、渡者達が無駄に死ぬのを歓迎している訳じゃない。戦うにしても少ない被害で勝てるに越した事は無い。それに……」
「それに?」
ジュレルディは、松明を木の枝に括りつけようとしていた手を止め、俺に顔を向けた。白い肌が、炎の色に染まっている。俺を見つめるアメジストの瞳も紅に燃えていた。
「お前、攻城戦で戦士が何をやるか知っているか?」
「なんだか、でかい盾を持って射手を守るんですよね? フィクスの部下って奴が盾を配ってました」
「あんな物は気休めだ。確かにあれで矢は防げる。だが攻城戦は大出力魔法の撃ち合いだ。あんな盾何の役にも立たない。私はいいんだ。魔法が飛んできても、自分の魔法で相殺できる。だが……お前はそうは行かない。重い盾を持って、魔法を避ける事すらままならない」
「俺の……為だったんですか?」
「ああ」
そう言って小さく頷いた。松明に照らされ僅かに見えるジュレルディの頬が赤い。俺の為に、悪役っぽい真似までしてくれたのか。
でも、どうしてそこまで俺に……って、聞くのは野暮なんだろうな。既に彼女は、俺から顔を背け俯いている。暗くてよく分からないが、身体中真っ赤にしているはずだ。
あ。なんだか凄く可愛い。でも、ジュレルディ頼みで解決してしまって情けない気がするけど、これで俺もジュレルディも戦わずにすんで「業」の問題も何とかなりそうだ。
だが、まだ問題はある。確かに俺達はこれでいい。でも、城の人達はどうなるんだ? ジュレルディが提案する前の作戦だったら、城の人達はどこかを突破して逃げれた可能性が高かったはずなんだ。それが、俺を助ける為に作戦が変わってしまった。
自分達が生き残る為、多くの人の命を犠牲にする。あの「何か」がいう「業」は、直接手を下す場合だけの判定みたいだし、そうでなくても、自分が生き残る為なら他の者の命を奪ってもかまわないらしい。その考えで言えばまったく問題はないんだ。
でも、それは「生物」としての考えだ。実際「人」はそうじゃない。人としてやって良い事、悪い事。それを考えながら生きている。直接手を下さなくても、それをすれば相手が死ぬと分かっててやれば、それは「殺人」じゃないのか。




