第31話:戦いの前
昨日の夜、フィクスに呼ばれたジュレルディは、結局帰ってこなかった。
どうしてなんだろう? ジュレルディに限って乱暴されたりはしないはずだ。複雑な気分だが、この世界では彼女の相手をしようとする男は居ないはずなのだ。
だとすると、祭りに参加しなつもりなのがばれて、捕まるか、下手すれば消された?
背筋に冷たいものを感じたが、すぐにそれは打ち消した。俺がジュレルディの仲間という事は、あのフィクスという男も知っているはずだ。その俺が無事なのだ。ジュレルディを敵とみなしたなら、俺にも手が回っているはずだ。
まあ、もしかして、はぐれているだけかも知れないし、取り合えずそこら辺を一回りしてみるか。
陣地を回りながら改めて見ると、昨日は目立たなかったが女渡者もちらほら居る。まあ乱暴はともかく、略奪すれば結構なお金になるらしいし、女渡者がいる衆の奴らだって祭りに参加しててもおかしくない。
「おーい! 戦士の奴ら集まれ!」
見ると、男が馬車からでかい長方形の盾を降ろし、戦士達に配っている。まあ俺も戦士だし行って見るか。
近寄ってみると、思ったよりさらに馬鹿でかい。2メートル以上はありそうだ。横幅も80センチはある。当然その分重そうでもある。
「こんな馬鹿でかい盾、なんに使うんだ?」
「なんにって、今夜の城攻めに使うに決まってんだろ。戦士の奴らはこれ持って射手を守るんだ」
「これって戦士は絶対に持たないといけないのか?」
「当たり前だ。城攻めで戦士が盾やんなくて、何やんだよ」
って言ってもなー。かなり重そうだぞ。あ。そうだ。
「俺は盾はいいや」
「なに言ってやがんだ。申の群れに入って毛皮着てんじゃねえよ。黙って持ってきな」
申? ああ、こっちの町に来て初めて戦った毛の無い猿みたいな魔物か。そう言えばそんな名前だったな。俺達は初めて見る魔物だったけど、こっちの方では珍しくないのか。
「昨日あった軍議で決まったんだ。俺は城を攻めるのには参加しなくて、林のところの陽動をするんだよ。だから盾は要らないんだ」
「ああ、フィクスさんに紹介された、あの何とかっていう人の仲間か」
「ジュレルディな」
「そのジュレルディさんの仲間か」
「そうだ」
男はなるほどと頷いている。どうやらこの男がフィクスが言っていた、私の部下って奴なのかな? 林で使う松明を用意するって話だったけど、盾を運んでいるところを見ると確かに物資管理をしているみたいだ。
「そのジュレルディさんが、どこにいるか知っているか?」
「フィクスさんがえらく気に入ったみたいでな。昨日の晩はかなり遅くまで2人で話し込んでいたらしい」
そんなにジュレルディを気に入ったのか。まあ確かに昨日の軍議では目立ちまくってたからな。ジュレルディ以外の奴らは、殆ど居ただけって感じだったし。勿論、俺を含めてだ。
「じゃあ、その後はどうしたんだ? まだ一緒に居るのか?」
「確かそのはずだ。まあ心配しなさんな。城攻めまでには帰ってくるだろうよ」
そりゃジュレルディは陽動作戦の責任者だ。城攻めまでには帰って来るのは当たり前だけど、ここから逃げ出すって話はどうなってしまったんだ? もう逃げ出すのは諦めて、戦いに参加するつもりなのか?
いや、参加どころか、このままじゃ大活躍してしまう。その先は渡者達による略奪だ。どうもジュレルディの考えている事が分からない。しかしまあ、取り合えず林で待つか。ジュレルディが戻れば、そこで2人きりになれるはずだ。
「俺は先に林の方に行っておくよ。ジュレルディに会ったら、先に行ってるって伝えてくれ」
「そうかい。じゃあ、これを持って行ってくれよ。林に運んでくれと頼まれてたんだが、行くんなら丁度いいや」
男はそう言って、大量の松明の束を馬車から降ろし始める。一束50本ほど。それが3つだ。って150本か。
「おい。俺の腕が何本に見えるんだよ。1人でこんなに運べないだろ」
「両手に1つずつ持って、1つは背負えばいいじゃねえか」
「だいたい、なんでこんなに多いんだよ。林に何本か点けるだけじゃなかったのか?」
「知らねえよ。そのジュレルディって人が、念の為だから多めに用意しろって言ったんだよ。文句があるならその人に言えよ」
くそっ! その名前を出されると弱い。ジュレルディが用意しろって言ったのを、俺が要らないって言う訳にもいかない。やむを得ず、無言で1束背負って両手にも1つずつ持った。そして林に向かう。
「おい。あんた!」
松明を運んでいると横の方から声がしたが、ジュレルディの声じゃない。まあ俺じゃない誰かを呼んでるんだろうとそのまま通り過ぎる。
「おい。あんたって!!」
呼んでいる奴の声が大きくなる。だが、まあ俺じゃないんだろう。ここにはジュレルディ以外、知り合いは居ないはずだ。
「いい加減にしな! 聞こえてんだろ!」
と肩を掴まれた。なんだ俺か、と振り返ると昨日軍議で一番初めに発言した女射手だ。相変わらず身体のあちこち見える穴だらけの装備をしている。俺に無視されたと不機嫌そうだ。
「ああ。すまない。ここにはジュレルディ以外知り合いは居ないはずだから、別の誰かを呼んでいるのかと思ったんだ」
そう謝罪し、両手に持っている松明を地面に降ろした。
「ジュレルディ? ああ、あの女か。その女の事で話があるんだ。あんたあの女の知り合いなんだろ?」
「知り合いって言うか、彼女は俺の頭目だ。それがどうかしたのか?」
「どうって訳じゃないけどさ。いつもあんななのかい? そりゃ私だって頭目だ。仲間には良い目見せてやんなきゃなんないから、祭りは大歓迎だけどさ、もうちょっと常識ってもんを弁えてくんないものかね」
略奪の常識ってのも凄い言葉だが、言いたい事は分かる。要するにやり過ぎんなって事だな。
「いや、いつもはあんなんじゃないんだが……」
「とにかく、あんたからも言っておいてくれよ。こういうのは程度ってものが重要なのさ。傍から見て、それくらいだったらしょうがないってところで止めて置かないとね。あんまり恐れられるようになっちゃ、本業の仕事がなくなっちまうよ」
「ああ。分かった伝えておく。それよりも、そのジュレルディがどこに居るか知らないか?」
「知っているわけ無いだろ。知ってたらわざわざあんたに言付けないさ。軍議の後フィクスに呼ばれてそのままなんだったら、今も一緒にいるんじゃないのかい?」
「そりゃまあ、そうなんだが……。しかしそのフィクスって奴はジュレルディの何をそんなに気に入ったんだ?」
「さあね。まあ色々ある奴みたいだから、取り合えずめぼしい奴には片っ端から声を掛けて、役に立ちそうな奴を仲間に引き込んでるみたいだね」
色々ある? なんだろう。そういえばジュレルディも、フィクスって言う名前に引っかかってたみたいだな。
「フィクスって奴は、そんなに有名なのか?」
「ああ。最近の祭りには、必ず奴が一枚噛んでいるって噂さ。もっとも祭りを歓迎する渡者は多いから、誰も表立っては何も言わないけどね。私だって人の事は言えないしさ」
「もしかして、祭りを無理やり起してるってのか?」
「そこまでは言わないけどさ。どっちに傾くか分からない天秤に、指を乗せる位の事はしてそうだね」
なるほど。それでか。あの時のジュレルディは、祭り大歓迎って感じに見えたからな。しかもかなり優秀だ。祭りを起そうとするフィクスが、彼女に目を付けるのも無理は無い。
その後、女射手と別れ林へと向かい木の陰に松明を隠した。俺も城から見えないところに寝っころがる。さすがに城から見えるところで、松明の束を抱えてぼーとしてたら作戦がばれてしまう事ぐらい俺にも分かる。
しかしこの後、夜になったら戦いが、殺し合いが始まる。ジュレルディはどうするつもりなんだろうか。そして俺はどうすればいいんだ。




