第26話:大失態
俺達は川筋に沿って、村に向かって駆けていた。
倒しそこなった雑魚を狩る為、ボスを倒した後もう一度森を探索しようと計画していたが、水中に居たボスを炙り出す時に気絶させた雑魚が川下に流されていったのだ。万一気絶した魔物が下流の村まで流れ着き、そこで目を覚ましたら大変なことになる。
結果的に手間が掛かることになったけど、魔物との戦いは命がけだ。効率ばかりを考え危険を犯せない。あの時、安全にボスを炙り出すには、ああするのが最善だったのだ。
俺達は川を駆け下り、気絶したまま水面にぷかぷか浮いている魔物や、気絶から立ち直り川辺をうろちょろしている魔物を倒していった。
ここでも戦うのは主にジュレルディとカシェードだ。2人とも走りながら魔物を見つけると、魔法や矢で瞬殺する。
「死骸が村に流れ着くと面倒だ。流れている奴は拾って森に捨ててくれ!」
ジュレルディが駆けながら叫ぶ。
「川上で魔物倒しゃ、死骸が川下に流れ着くのは当然じゃねえか。そこまで気を使うこたあ、ねえんじゃねぇか?」
カシェードが面倒くせえなって顔で横から言うと、ジュレルディの表情が曇った。
「どうしたんですか?」
「……魔物の死骸なんて流れ着いたら、また、あのおばさんがうるさいだろ」
おばさんって……ああ、あのキラキラちゃんのお母さんか。村に入ってすぐ、全滅させられそうになったしな。あの時はカシェードの一喝で事なきを得たけど、さすがに魔物の死骸なんて流れ着いたら、カシェードでも太刀打ちできないほどまくし立てるかも。
ジュレルディは、またおばさんに酷い事を言われないかと気にしているのか。気丈に見えてかなり繊細な人だからな。だからこそ仕事も色々と細かいところまで気付くんだろうけど。
もし死骸が村にたどり着いたらあのおばさん
「そんな事だから結婚できないのよ!」
とか言いそうだ。そしたらジュエルディ泣くかも知れない。
「分かりました。一匹たりとも川下には流しません!」
俺は急いで川辺に近寄り、魔物の死骸を引き上げ遠くの茂みに放り投げる。ついでに川岸で死んでいる魔物も念の為にと放り投げた。
こうして魔物を掃討しながら川を下り村まで辿り着いた俺達は、早速村長の家へと向かう。村長のバストルさんを呼んで貰い状況を報告するのは、いつもどおりジュレルディだ。
「上流の森に居た魔物とそのボスを倒しました。ですが万一魔物が残っている場合を考え、明日もう一度森へ行きます」
バストルさんは感心した様子で、うんうんと頷いた。
「話に聞いていた通り、丁寧な仕事をする人達で安心しました。実はあなた方が滞在する町よりも、村に近い町の組合からも依頼を受けたいと打診があったんですが、あなた達に頼んでよかったです」
「そう言って頂けると光栄です。ご期待にそえる様にがんばります」
その賞賛にジュレルディは軽く頭を下げた。仕事を褒められた時、ジュレルディは謙遜せずに素直に礼を言う。それだけ仕事に自信を持っているのだ。
その後は、少し部屋で休んでから夕食に集まった。
ジュレルディの左隣りに座ると、一瞬俺の顔にちらりと視線を送ってきた。そしてすぐに逸らす。魔物との戦いで死に掛けたので少し心配そうな視線だった。傷の方はユイファの治癒魔法で治っていると彼女も知っているはずだが、それとこれとはまた別か。
ジュレルディが俺を抱きしめたのは、なんだかんだで上手く誤魔化せていた。
「やっぱり、ジュレルディさんって優しいですよね」
ユイファはそう言い、ジュレルディを褒め称え、
「歳取って、涙もろくなったんじゃねぇか?」
カシェードはそう茶化し、ジュレルディに睨まれた。
今までに無い苦戦で仲間が死に掛けた事に、いつもは毅然とする女頭目も、つい涙を流し傷ついた仲間を抱きしめた。そういう事になったのだ。
報告の後は晩餐だ。献立は昨日と大差はないが、その代わりに酒が用意されていた。魔物退治をした俺達を労うつもりらしい。しかし酒には手を出さず料理のみに手をつける俺達に、村長が首を傾げている。
「皆さんお酒は飲まないのですか? 渡者の方々はかなり飲むと聞いていたのですが」
ジュレルディは一瞬目を瞑ると、申し訳なさそうに顔を向けた。
「せっかくのご配慮申し訳ありません。ですが明日も魔物の掃討が残っていますので、お酒は控えようかと思うのです」
「それは確かにそうでしょうけど、魔物のボスはもう倒して、残っているのは小物ばかりなんですよね? だったら少しくらい飲んでも大丈夫なのではないですか?」
「それはそうなのですが……」
しきりに酒を勧めてくるバストルさんに、ジュレルディは困惑した様子だ。仕事人として酒を飲むわけには行かないが、バストルさんは依頼主だし善意で言ってくれている。ジュレルディとしてもきつく断る事が出来ずにいる。
どうしたものかな? 何とかしてあげたいが、今ここで俺が横から口を出して断るのもおかしいだろうな。
俺がそう考えている間にも、バストルさんは酒を進め続け、遂には酒瓶を手に持ちジュレルディの杯に注ごうとしている。もっとしっかりした人かと思っていたけど、意外と意地になる人のようだ。
ジュレルディの方を見ると、なんだかさっきと表情が変わり、困り顔だったのが、今はまるで人形のように表情を浮べていない。まずい! 怒りはじめている証拠だ。
だからといって立場も忘れ、バストルさんを怒鳴るような短慮はしないはずだが、彼女が不快に思っているのは間違いない。
カシェードやユイファはというと、2人とも黙々と料理を食べている。カシェードはジュレルディを信頼した上で、余計な口出しをしない方が良いと考えてるみたいだし、ユイファといえば、ジュレルディを助けたいけど、どうすれば良いのか分からないって表情だ。
俺はどうしたものかな。本当だったらカシェードのように、余計な口出しをしない方が良いって考えるべきなんだろうけど、やっぱりジュレルディが困ってるならじっとはしていられない。
「じゃあ、俺が頂きます」
そう言って自分の杯を差し出した。明日も戦いだが、今日と同じく、基本的にジュレルディとカシェードが戦うはずだ。俺なら少しくらい飲んでも大丈夫だろう。
ジュレルディから鋭い視線、カシェードから何やってんだ? という顔、ユイファから良いんですか? という目が俺に向いたが、そこは気付かない振りをした。バストルさんも引っ込みが付かなくなってたところに、俺という逃げ道が出来、これ幸いと俺の杯になみなみと酒を注ぐ。
「さあ、飲んでください」
「頂きます」
と一口啜る。ってなんだこりゃ!? 甘口だけど、結構きつい酒だな。
「どうです? 旨いだけでしょ。この村で取れる果実から作った酒なんですよ」
バストルさんはそう言ってニコニコしている。ああ、やけにしつこく勧めると思ったら、村の自慢の酒を飲んで欲しかったのか。そうなると中々断りにくい。俺は勧められるままに、つい杯を重ねてしまった。
「アルシオ。いい加減にしないか」
隣に座っているジュレルディが、俺の脚を軽く蹴って合図をし耳元で囁く。しかしその囁きをバストルさんは聞き逃さ無かったようだ。
「でも、こちらの方はかなりお強いようですし、大丈夫じゃないですか?」
「そうですよ。それに明日の戦い、俺は後衛ですし」
ジュレルディとバストルさんが言い争いになっては、という気持ち半分、酔っ払い始めてしまっているのが半分。俺はそう言ってさらに杯を重ねる。こうして晩餐は進んでいった。
「馬鹿か。お前は?」
「……すみません」
結局酔いつぶれるほど飲んでしまった俺は、あてがわれた部屋のベッドで仰向けに倒れていた。その横では呆れ顔のジュレルディが椅子に座っている。
「まったく。戦いの前には飲むなって。お前だってそれくらい分かっているだろ?」
低い声が聞こえる。2人きりとはいえ、明日の仕事に差し支える俺の失態に、ジュレルディは頭目モードのままだ。
確かにアルシオの記憶でも、戦いの前日には酒を飲んでいなかった。アルシオもジュレルディと同じくプロだったんだろう。
でも、その記憶があっても今のこの俺は勇雄だ。アルシオと同じようには行かない。ジュレルディが困っていると思うと我慢できなかったのだ。
「でも、断りきれなさそうで、あなたが困っているみたいだったので」
「馬鹿をいうな。確かに困っていなかったとは言わないが、ちゃんと断るつもりだった。今までにもこういう事が無かったと思っているのか? それに断りきれないとしても、酔い潰れるまで飲んでどうする? 杯にちょっと口を付けるだけで良いんだ」
「そうですね……。すみません」
そうなんだよな。カシェードみたいにジュレルディを信頼して任せておくほうが間違いないんだ。でも俺はじっとしていられなかった。酒に酔って判断力が鈍ってしまっている俺は、つい思っていることをそのまま口にしてしまう。
「なんだか、あなたにカッコ付けたくなったんです。あなたが困っているところを俺が助けたら、カッコいいかな……って」
「アルシオ……。お前、何を言っているんだ。その挙句もし明日の戦いで危険な目に合って、それこそ命を落としたりしたらどうするんだ? そんな事になって私が喜ぶとでも思っているのか? もっと良く考えろ」
「ええ。本当にそうですね」
ジュレルディの言葉に呟くようにこたえ、2人ともそれから口を開かず沈黙が流れた。
まったくそうだ。今日の戦いで死にそうになっておいて、何をやってるんだろう。
俺ってカッコ悪いよな……。やっぱりアルシオのようには行かない。所詮、俺は偽者の王子様なのだ。
でも、ジュレルディが俺を駄目な奴と思って愛想を尽かせば、ジュレルディが傷付く事も無く、俺も優佳を裏切らなくてすむんだ。それも、いいかも知れないな。
俺がそんな事を考えていると、不意にジュレルディが立ち上がった。
「明日も戦いだ。私は寝る。お前ももう寝ろ」
「はい」
ジュレルディが部屋の扉へと向い、それに手をかけた彼女がなぜかそこで止まる。そのまま数瞬が過ぎ、どうしたんだろう? そう思った頃、やっと口を開く。
「……さっきの言葉は頭目としてだ。お前が庇ってくれようとしたのを……嬉しいと思っていない訳じゃない。でも……二度とするな」
そう言うと、扉を開け部屋から姿を消した。急いでいたのか、扉を閉める音がやけに大きかった。
次の話から、新たなエピソードに入ります。
ご感想など頂ければ嬉しいです。




