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第25話:死闘

 左腕、左足を砕かれ立つ事もできない。その俺に、長い尾と鋭い牙を持つ土竜のボスが近づく。漆黒の心を読めぬその瞳は、それゆえに死を悟らせた。ゆっくりとしたその一歩一歩が俺の戦う心を削り取る。


 だけど、俺はまだこの世界で人を殺していない。今こいつに殺されれば俺は優佳に見合う男として生まれ変われるだろう。だったら悪くはないのかな……。まさかこの状態から諦めたからって、さすがにあの「何か」も俺がワザと死んだとは判定しないだろう。


 それに、ジュレルディにとっても……。俺がアルシオじゃないとばれれば、彼女を襲いわざと殺されなければならなかった。好きだった男が実は別人で、しかもその男に殺されそうになる。そんな目に合わせるくらいなら、魔物との戦いで死んでしまった。そう思わせた方が良いんだ。


 もはや逃げるのを止め、そんな事を考えながら巨大な魔物が近づいてくるのを静かに眺めていた。ボスもそれを理解したのか

「ギィィィーー!」

 叫び、仰け反って大きく口を開ける。


 あ、来るな。最後を待つ俺の脳裏に優佳の顔が浮かんだ。もうすぐ彼女に会えるんだ。大好きな彼女に。

 そしてジュレルディは――。


 視線を向けると、彼女は俯き、ボス戦ではいつもしているように杖を構え魔力を溜めている。魔力が溜まりきらず中途半端な魔法を放っても、魔物は激昂しさらに凶暴となる。今魔法を放ったところで、魔物は倒せず、俺が真っ先にやられるだけ。それは俺にも分かっている。


 相変わらず、この状況でも冷静に判断しているって訳か。さすがは冷静沈着な頭目さんだ――。


 魔物の巨大なアギトが振り下ろされる。俺の頭を食いちぎらんと狙っている。


 巨大な牙が地面を大きく抉った。間一髪かわし、右足で地を蹴り転がり逃げた。その勢いのままさらに転がり、距離を稼ぐ。


 思い出した。渡者の中でも魔法使いが一番きついといわれる理由。それは時には仲間を見捨てなければならないからだ。


 中途半端な魔法では魔物を凶暴化させるだけ。どんなに仲間がやられそうでも耐えねばならない。結果、仲間がやられれば、それでもあの時討っていれば、と自分を責めるのだ。


 俯いたまま魔力を溜め続けるジュレルディの頬に、光るものを見た。人一倍仲間思いの彼女が、その役目をしている。俺の身体以上に、ジュレルディは心を痛めていた。その彼女に俺がしてやれるのは、絶対に死なない事だけだ。どんなに絶望的な状況でも、諦める訳には行かない。


 一瞬、もう一度ジュレルディに視線を向けると、俯いたままでも俺が逃げられたのを察したのか、少し顔を上げた彼女と目が合った。大丈夫だ、というふうに軽く右手を上げると、ジュレルディは泣き笑いの表情を作った。


 改めて状況を確認する。長い時間に感じたけど、実際はそれ程でもなかったらしい。カシェードが魔物に射かけながら走ってくる。ユイファは気を失ったままだが、俺が魔物に追われながら転がって逃げたので、あっちはもう大丈夫そうだ。


 土竜のボスは何度も上体を反らし口を開け攻撃してくる。転がってその牙から身をかわす。だがそれも紙一重、いつ捕まってもおかしくない。地面を転がるたびに左肩に激痛が奔る。左足は相変わらず痛みすら感じない。


 一撃。二撃。執拗に狙う凶暴な牙は、俺の軽甲冑を易々と切り裂きを削る。脇腹、脚は既に血まみれだった。だがその痛みも感じない。左肩の激痛の所為か、それとも恐怖か、俺の中の何かが麻痺しているんだろう。


 また、かわした。土竜は上体をそらせ口を開け襲ってくる。その大げさな動作のおかげで何とか逃げ切れている。なぜ、その大げさな動作をする? 不意に頭に浮かんだ。もっと連続で攻撃されていたらとっくに食われている。


 もしかしてそうなのか!?

 このまま地面を転がり続けてもいつかはやられる! 俺は一か八かの賭けに出た。


 振り下ろされたボスの牙を、転がって逃げずに受けた。いや直前、身を捻って避けていた。地面を抉った大顎を右腕で抱きかかえた。


 ゴフゥゥ!

 俺を鼻先にぶら下げた魔物が鼻を鳴らし、首を振る。振り落とされそうになったが、必死でしがみ付いた。


 接近戦ではめっぽう強い土竜のボスに、こんな戦い方をする奴はこっちの世界じゃ居なかったかも知れないが、伊達に別世界から来てるんじゃないんだよ!


 ワニは噛む力は強いが口を開ける力は弱く、輪ゴムで押さえられただけで開けない。なんてシーンはテレビで何度も見てんだよ!


 土竜はワニに似た魔物で、やっぱり性質もワニに似てるんだ。もっとも見た目だけで賭けに出た訳じゃない。こいつが牙を剥く時、一々上体を反らすのは、反動を付けなければ口を開けられないからだ。そして今、俺はその口をしっかりと脇に抱えている。


 土竜の短い手足では俺の身体まで届かず、尻尾の攻撃もここなら当たらない。これで左手が動けばこいつの目をえぐってやるのに! と、文字通り目と鼻の先でにらみ合う。魔物は鼻先にぶら下がる邪魔者を振り払う事しか頭に無く、他の奴には目もくれず、俺を振り払おうと躍起になっている。


 不意に口を開ける時のように、魔物が大きく仰け反った。そのまま地面に振り下ろす。


「ごぉぅ!」

 地面に思いっきり叩きつけられ、体中の骨が軋む。また骨の何本かがやられたらしい。だが腕だけは必死で土竜の顎を抱え続ける。また、土竜が大きく仰け反る。


 同じ手を食らうか!


 土竜が仰け反り顎が垂直になった瞬間、さらに脚で奴の頭を抱えた。左足は脛の辺りで曲がっているが、構わず挟む。土竜は顎を振り下ろしたが、奴の鼻先が地面に激突しただけで、俺には殆どダメージはない。奴にもそれが分かったのか、再度頭を激しく振りはじめる。


「離れて!!」

 遂にジュレルディの声が聞こえた。瞬間、手を離し、右足で奴の身体を蹴り離れた。巨大な魔物の頭部から地面に落ちた俺は、その衝撃に目が眩み意識を失っていく。その時、巨大な光の塊が魔物を包み込むのが微かに映った。




 頬にポタポタと水滴が当たるのに目を覚ますと、俺は地面に横たわっていて、すぐ目の前にアメジストの瞳から透明な雫を落とす美しい顔が見えた。いつも気を張りつめてて硬い表情だけど、本当はやさしい顔をしているんだよな。


 横を見るとカシェードとユイファも傍に居て俺の様子を窺っている。


 気付くと体中の痛みも消えていた。意識を取り戻したユイファが治癒魔法をかけてくれたらしい。粉砕骨折をしたらしい左肩や折れた左足も治っている。治癒魔法ってすげえな。でも、戦闘中に傷を治そうって言うんだからこれくらい当たり前か。戦闘中に全治一週間ですって、笑い話にもならない。


 また、ぽたりと俺の頬に雫が落ちた。


 改めてジュレルディの顔を見詰める。もしかして、はじめにましらのボスとの戦いの後、ジュレルディが泣いていたのも、仲間の危機に心を痛めていたからなんだろうか。


 いや、アルシオの記憶では、戦いの後、彼女が泣いていた事は無かった。だったら、泣くようになったのはやっぱり俺の所為なんだろうな。


「大丈夫です」

 優佳の事は大切だ。でもこの世界の俺が死んでしまってはジュレルディが悲しむのだ。


「大丈夫です。俺は死んだりしませんよ」

 もう一度大丈夫と言って、そう宣言した。


「……アルシオ」

 ジュレルディの柔らかい胸の中に抱き寄せられた。香水なんてつけなく、魔物との戦いで汗だくになっているはずなのに、錯覚なのか甘い香りを感じる。さらに抱かれ、長い銀髪が俺の顔にかかる。


 いいんですか? 2人が見てますよ? でも、まあいいか。

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