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第23話:悲しいおとぎばなし

 村の中心にあった村長の家はさすがに大きく、家というより屋敷と言った感じだ。


 ジュレルディが玄関の前で声をかけると村長が出てきた。村長といえば白髪頭のお爺さんというイメージがあるが意外に若く、黒々とした髪の中年のおっさんだった。


「村長のバストルと言います。遠いところをありがとう御座います。今日はゆっくりと休んで明日に備えて下さい」


 ふー。どうやら普通の人みたいだ。もしかして、村の住民全員がさっきのおばさんみたいなのかと思って警戒してたが大丈夫そうだ。もし全員があんなんだったら「何か」がいう「業」の事も忘れ、大暴れしているところだったぜ。


「ありがとう御座います。お言葉に甘えさせて頂きます」

「一応風呂などの用意もさせておりますが、いかがなさいますか?」

「大丈夫です。ありがたく頂きます。」


「それは良かったです。渡者の方は、たまに風呂には入らないと仰る方もいるので」

「その様ですね」

 村長は苦笑し、ジュレルディもつられるように苦笑している。


 村長のいう通り渡者の中には風呂に入らないって奴らがいる。渡者は色々な国の出身者がいるが、この世界には、風呂に入らない文化の国があるのだ。


 ジュレルディやこの村のように風呂の習慣がある者からすれば、風呂に入らない人間達とはなるべく関わりたくないって感じだろう。俺だって嫌だ。


 なんでも、人間の身体は神に作られたものであり、垢や汗すら神に作られたものだから風呂に入ってそれを洗い流すと病気になると彼らは信じているのだ。かと言って不潔で悪臭漂うのが良いかというとそうでもないらしく、それらの人々は体臭が臭わないように香水を大量に身体に吹き付けている。


 治癒魔法があるのに病気を恐れるのか? って疑問に思うかもしれないが、治癒魔法で治せる病気もあるし治せない病気もある。


 治癒魔法は魔力で身体の回復力を活性化させるというものだ。なので傷を治すには問題ないが、病気の場合下手に身体を活性化させると、病原菌まで活性化する事もある。それだと治癒魔法をかけると逆に悪化してしまうのだ。


 もっとも、どの病気が治癒魔法で治って、どの病気が治らないかは長年の研究でほとんど判明している。元居た世界でいうところの癌に相当するいわって病気がこっちの世界にあるが、それは治癒魔法では悪化すると言われているのだ。


 そしてそんな病気に掛かっていると傷の治療に魔法をかけられないので、万一の為に傷薬を携帯しているし、治癒魔法を使えない病気を治す病院もちゃんとある。


 その後、村長に案内され食事が用意された部屋へと通された。


 テーブルの上には、野菜と鶏肉を一緒に煮込んだシチューが湯気を立てている。こっちの世界に来てすぐに寄った村とは違い、この村は穀物類の作物はあんまり作ってないみたいだな。


 みんな椅子に座り、食べながら明日の軽い打ち合わせだ。


「戦いが長引いて日が暮れると面倒だ。とは言っても今回は道中にも魔物がいる可能性がある。明るくなったらすぐに出発し、昼過ぎには魔物が棲む森に着くようにしよう」


「はい」

「分かりました」


「前にも一度話したが土竜どりゅうは動きは鈍いが、その牙は強力だ。逃げながらの戦いになる。身を軽くする為、必要な物以外は部屋に置いていく。戦うのは私とカシェードが中心となって遠距離からの攻撃を行う。アルシオはすまないがカシェードの予備の矢を背負ってやってくれ」

「了解です」


「土竜のボスは森の真ん中辺りに居るらしい。いつもの様に雑魚を片付けてから仕留めたい。森を渦巻き状に回り中心を目指して雑魚を倒していく。最後にボスだ。問題ないな?」


「はい」

「了解です」

「それでいいんじゃねえか」

 うむ。ジュレルディの指示は相変わらず的確で問題はなくみんなも頷く。


「必要な物以外は置いて行くって言っても、金まで置いて行くんじゃねえぜ。幾ら依頼者の家だっていっても用心に越したこたぁねえからな」

「わっ分かってますよー。それくらい」


 カシェードの言葉にユイファが本当に分かっているのか怪しい返答をし、ジュレルディは和らいだ顔で見ている。まあ打ち合わせはこれで終了か。と、各自食事に専念する。


「では、部屋に案内致します」

 食事の後、村長は先に立って歩き出し俺達もジュレルディを先頭に続いて進む。虫の声が聞こえる廊下を渡り、扉がいくつも並んだところで村長は足を止めた。


「ここの部屋をご自由にお使い下さい」


「それって1人1部屋って事ですか?」

「ええ。そうです」

「それは凄いですねー」

 村長の言葉にユイファが喜んでいる。


 1人1部屋か。カシェードと2人1部屋だったり、時には全員での雑魚寝にもなれたけど、まあたまにはこういう贅沢も良いか。


「それでは夕食の用意が出来ましたらまた呼びに参りますので、それまで部屋でくつろいでいて下さい」

 村長はそう言って頭を下げると背を向け廊下を戻っていく。


「じゃあ、一番手前がアルシオ。次にカシェード、私。一番奥はユイファだ。これで良いだろ」


「森に棲み付いた魔物が村まで来たって話は聞いていないですけど、一応は警戒態勢を敷くんですね」

「ああ、念の為にな。警戒していて問題がある訳じゃないし」

「そうですね」


 みな一旦あてがわれた部屋に入り、俺も部屋の隅に荷物を降ろして、シーツが皺1つ無く整えられたベッドに身体を投げ出すと、微かにきしむ音が部屋に響く。


 みんなと一緒にいると完全にこっちの世界っていうか、前世の人間であるアルシオのつもりになっているけど、1人になると、不意に自分が勇雄だと思い出す。


 優佳とつり合う男になる為この世界に来た。今も優佳の事を思い出せば胸が苦しくなる。後何年、何十年この世界で生きれば優佳の元に戻れるのか。そう思うと気が遠くなるが、絶対優佳に相応しい男になってやる!


 でも、ジュレルディに惹かれている自分も否定できない。いつも冷静で落ち着き、冷たい雰囲気を纏った隙のない仕事の出来る年上の女性。それが俺と2人きりとなると、少女のように不器用に恥じらい、素直に想いを寄せてくる。


 アルシオの記憶では分からなかったが、彼女は以前からアルシオに好意を持っていたという。姉妹の中で年下だからと故郷を離れた彼女は、アルシオが弟を庇って村を出たと察し、その優しさに惹かれたらしい。


 そしてアルシオの中に入った俺が、彼女を綺麗だと言った言葉に勇気を振り絞り告白したのだ。


 ゾクリと、背筋に冷たいものが奔った。


 以前も一度考えたが、ジュレルディが好きなのは、告白したのはアルシオにだ。


 そのアルシオの意識は、優佳とつり合う男になるという俺の願いの為、この世界から消えてしまった。俺はアルシオを……殺したんだろうか。そう思うと、体中をどす黒い蛇が這い回るような、罪悪感が襲い、吐き気さえ込み上げ、口の中にすっぱいものを感じた。


 あの「何か」に前世をやり直すかと言われた時、どうせ前世も自分なんだと、そう思っていた。「何か」だって、俺とアルシオは同じ者だと考えている様だった。でも、やっぱりアルシオは俺じゃない。


 だがジュレルディはそれを知らない。アルシオは、確かに女性関係には問題はあったけど、渡者としてはかなりの腕で、弟の代わりに村を出る優しさも持っていた。そして……彼女はアルシオが好きだった。


 ジュレルディは、女性としては誰からも見向きもされない。彼女自身それは分かっていた。そしてアルシオもどうせ自分を女性とは見てくれない、と、頭目としての立場を崩さなかった。


 そこに思いがけない言葉が、アルシオの口から出た。俺が、アルシオが彼女を「綺麗」と言ったのだ。


 カシェードやユイファの前では毅然とした態度を崩さなかったが、俺と2人きりの時には挙動不審となった。いや、今なら分かる。彼女は混乱していたのだ。はじめは馬鹿にされているのかと考え、次には何かに憑かれているのかと疑った。自分を綺麗と言ってくれる男なんている訳が無い。しかもその相手は、好意を寄せているアルシオなのだ。


 彼女は、それをはっきりさせたくて、俺を憑院に連れて行く事までした。


 ジュレルディは今どういう気持ちなんだろう。彼女からの抱いて欲しいという願いは、優佳を想い踏みとどまった。でも、彼女を拒絶した訳じゃない。アルシオとの関係に、一歩踏み出したとジュレルディは考えているはずだ。


 誰からも見向きもされないはずが、一番望んでいた相手と幸せになれる。みすぼらしい少女が、素敵な王子様に愛され幸せになる、そんな御伽噺おとぎばなしの様な未来を夢見、心をときめかせている。


 でも、その王子様は偽者なのだ。


「俺は、あなたが好きだったアルシオじゃありません。まったくの別人なんです。それどころかアルシオはもう居ないんです」


 彼女がそれを知れば、どう思うだろう。夢から醒めるどころか、絶望が彼女を支配する。深く悲しみ、俺を憎悪するはずだ。アルシオの仇と、俺を……殺そうとするかもしれない。それも当然だ。でも俺を殺せば、彼女の「業」が悪くなるのだ。


 俺がアルシオじゃないとばれる訳には行かない。俺を殺せば彼女の来世は悪くなる。この世界でジュレルディは、男に見向きもされない容姿だ。きっと前世の業が悪かったに違いない。それがもっと悪くなったら、来世はどうなる? そんな事、させる訳には行かない。


 人を殺しても問題無いのは、自分が殺されそうになった正当防衛だけだ。生き物としての正しい選択は、まず自分が生きる事。だから自分を殺そうとする相手なら殺していい。


 でも、そうじゃなく俺を殺すなら「業」は悪く――。


 ふと、ある考えが頭をよぎった。


 俺がジュレルディを殺そうとしたら、俺を殺しても、彼女の「業」は悪くならない。

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