第21話:人と戦うという事
森に棲みついた土竜を退治するため、俺達は町を出た。
土竜がいる森を流れる川の下流にあるという村を目指し、そこから川に沿って上流に向かう予定だ。
「そう言えば、検分役のベルトットさんは来ないんですか?」
「今回の依頼はボスクラスの魔物がいるだろ? ボスが居る時はさすがに危険過ぎるから検分役は連れて行かない事になっている」
「そうなんですね。分かりました」
ユイファは安心したのか微かに笑っている。俺も内心ほっとしていた。やっぱり足手まといには違いないからな。しかしとなると問題もある。
「町から魔物が居る森まで4日かかりますけど、魔物を退治してからもう一度ベルトットを呼びに行かなくちゃならなくて、2往復するって事ですか?」
「ああ、そうだな。でもボスクラスの魔物を退治する依頼は報酬も多いからわりはいい。もちろんその分危険だが」
うーん。せっかくのボス戦なのにな……。戦いの感覚を忘れない為にも戦闘に参加したいけど、土竜のボスの攻撃は一撃食らえば致命傷になりかねない。接近戦主体の俺が戦闘に参加するのは確かに危険過ぎる。前にジュレルディに言われたとおり、今回は後ろに下がっておくしかないか。
死んじまったら元も子も無いしな。いや、でも待てよ? 俺はまだこっちに来てから人を殺していない。じゃあ、今死んだら生まれ変わった時にアルシオの才能、容姿を引き継いで生まれ変われるって事か?
だったら、いっその事危険を承知で土竜のボスと戦うのもいいか……。ってワザと死んじゃ駄目なんだった。だったら死んでもいいかと考えて戦っても駄目っぽい。
うーん。これは思ったより難しいルールだ。
なまじ今のうちに死んだら前世では都合がいいって知っている分、つい死んでも良いやって思いかねない。でもそれじゃ駄目なんだ。とにかく、こっちの世界でも最後まで生き抜くつもりでやらないといけないんだ。
それと気を付けないといけないのは、人を殺さないようにか……。
こっちから人を襲うような依頼をジュレルディが受けるとは思えないし、人と戦う事があるとすれば、誰かの護衛やなんかの依頼を受けた時くらいと思うんだが、今のところ俺は人と命のやり取りをした経験は無い。当然、アルシオの経験としてもだ。だからこそあの「何か」も今のアルシオに俺を転生させたんだし。
でもジュレルディなら人と戦った経験がありそうだな。
「ジュレルディ。そういえば人と戦った事あるんでしたっけ?」
「人と? どうした? 急に」
「いえ。俺もいつか戦う事があるかも知れないと、ちょっと気になったんです」
「そうか。確かに今後無いとは言えないな」
ジュレルディはそう言って、形の良い顎に白い手をやり少し考える仕草をしている。
「そうなんです。やっぱり魔物と戦うのと全然違いますか?」
「全然違う。まったく別と考えた方がいい」
「そんなに違うんですか?」
「ああ。違うな。どうせなら日が暮れてからゆっくり話そう」
「よろしくお願いします」
こうして俺達は日が暮れると飯の用意をし、食べながらジュレルディの話を聞く事になった。
焚き火をみんなで囲む。俺の正面がジュレルディで、カシェードとユイファは左右に座っている。
食べているのは干肉などの保存のきくものばかり。乾燥した食べ物は噛み続ければ味が染み出してくるが、こんな物食べ飽きてて、噛むのもそこそこ飲み物で胃に流し込む。その飲んでいる物といえば、なんとただの「お湯」だ。
旅を続けていると水が合わない事もあるので、生水は飲まず沸かして飲む。せめて冷ましてからと言いたいところだが、夜は身体が冷えるのであったかいお湯を飲んでいる。
普段なら水は葡萄酒なんかの酒を入れて飲むし、実際今も葡萄酒は携帯している。でも移動の途中は何が起こるか分からないので、なるべく温存するのだ。
完全に味よりも栄養を取り、腹を満たすだけの味気ない食事をしながらジュレルディの話は始まった。
「私が始めて人と戦ったのは19の時だったかな」
「あ。じゃあ、9年前ですね」
……ユイファ。そこはスルーして置けよ。今ジュレルディの年齢をはっきりさせる必要がどこにある。とジュレルディの顔を見るとやっぱり彼女の顔も少し強張っていた。まあ実際、顔にシワ1つ無く、年齢不詳っぽいから普段はあまり年齢の事は気にならないんだが、本人はやっぱり気にしてるんだろう。
「……ああ。そうだな。とにかくその時戦った。私は高価な品物を運ぶ依頼を受けて、指定された町へと向かってたんだ」
「他に仲間は居なかったんですか?」
「居なかった。治癒魔法が出来る僧侶は貴重だから新人でも仲間に入れて貰えるものだが、戦闘職のわれわれは新人のうちは中々そうはいかないのでな。それでも魔法使いは優遇されている方だが」
確かに渡者になろうって奴は戦闘職になりたがるし、僧侶になろうって奴は数も少ない。ユイファはどうして僧侶になろうと思ったんだろう。まあ今度聞いてみよう。それよりも今はジュレルディの話だ。
「なるほど。確かに俺も始めは1人でしたしね」
「それでその途中、見晴らしの良い広い草原に差し掛かったんだが、そこで2人組みの盗賊に襲われたんだ」
「どうやって倒したんですか?」
「倒した? どうしてそう思う?」
「だって今生きてるじゃないですか」
俺が当たり前でしょ? という感じに問いかけると、ジュレルディは首を少し傾げ、頭目モードの彼女にはそぐわないおどけた口調で言った。
「いや? 相手を倒さなくても生きていけるけど?」
「どうやったんです? まさか逃げたとか?」
仕事に対してプライドが高いジュレルディには考えにくいけど……。いやそこはドライに考えて、依頼達成のためなら逃げるのもいとわなかったりするのかも。なんて俺が考えていると、彼女はさらにおどけた様に両手を頭の上に持ってきて手のひらをひらひらさせた。
「降参しました」
「え? 降参?」
「そう。降参。許して下さいって。依頼された品物も渡しちゃった」
そう言いながら、ジュレルディまた頭の上で手をひらひらさせた。どうやら両手をあげて降参している様子を表現しているらしい。
そしてジュレルディはお湯を満たした杯を改めて持って、自嘲の笑みを浮かべてお湯を一口すする。ふざけたふうにでもないと言えないほど、屈辱的な事だったのかもしれない。
「その盗賊ってそんなに強かったんですか? それはいくらジュレルディさんでも始めは今よりも弱かったんでしょうけど……」
ユイファは、しょうがないですよ。とジュレルディを慰めるように言ったが、ジュレルディは杯に視線を落としたまま首を振った。
「弱かったよ。その盗賊達がな」
「じゃあ、どうして、その……降参なんてしちゃったんですか?」
「奴らは全然私に近寄って来なかった。遠くから矢を射掛けてくるだけ。そんなの全方位の放出魔法ではじき返すのはわけない。矢の勢いも弱くて本当にたいした奴らじゃなかったから。でも距離が遠いから私の攻撃魔法もあいつらには避けられた」
全方位の放出魔法とは、文字通り全方向に魔力を放出する魔法で、拡散する分威力は弱いから余程の雑魚じゃないと効かない。その為、放出時の光を利用して目くらましに使ったりする程度だけど、遠くからの矢を防ぐくらいなら十分出来る。
「でも、それじゃ勝てなくても負けないんじゃないですか? どうして降参なんてしたんです?」
「それが3日3晩続いても?」
「3日……」
「相手は2人だから交代で休める。こっちは1人で、しかも見晴らしのよい草原だからどこかに隠れる事も出来ない。追いかければ逃げるし、逃げれば追いかけてくる。もちろん一定の距離をあけてな。完全に盗賊の計算どおりだった。初めから独り旅の渡者を見晴らしの良い草原で待ち構えるのがあいつらの手だった」
とんでもない奴らだな……。確かにそれをやられたら1人じゃ勝つのは難しい。勝てる者が居るとすれば、奴らの矢の射程距離外から、一撃で奴らを倒せる超一流の射手か魔法使いくらいだろうし、そんな奴はめったに居ない。
「眠る事すら出来なかった私は3日目に倒れて、その後は奴らのいうとおり杖を捨てて、荷物も奴らに向かってほおった。その後あいつ等が近寄ってくる足音が聞こえてきたけど、私が覚えているのはそこまで」
「どうして覚えないんですか?」
「寝てしまったんだ。その時はもう眠れるなら死んでも良いって思ってたし……。起きた時には金目の物は全部取られてて、投げ捨てた杖は真っ二つに折られてた」
「杖まで折るなんて酷いです!」
「そうか? 私は彼らに感謝しているよ。多分目を覚ました私が反撃しに追って来ないようにと折ったんだろうけど、だったら私を殺しても良かったんだからな」
「それはそうかも知れませんけど……」
納得しかねているユイファにジュレルディは苦笑している。まあ俺だってそこまで達観出来ないしユイファの気持ちはよく分かるけど。
「もっとも、私が美人だったら……どうなってたか分からないけれど」
ジュレルディは杯に目をやってまた自嘲している。
「それで、その後はどうしたんですか?」
「仕方が無いから依頼を受けた町まで戻って組合に状況を説明した。盗られた品の代金は組合が立て替えてくれたけど、その返済には苦労したな。2年もかかったし」
万一依頼した高価な品が紛失した場合、組合が保障する事になっている。「盗られました。泣き寝入りして下さい」じゃあ、誰も依頼する者が居なくなってしまうからだ。
依頼された品が途中で奪われるだけじゃなく、渡者がそのまま着服してしまう事もあって、毎年結構な数の紛失がある。組合が支払う補償額は相当な額らしいけど、その分組合は手数料を多く取っているという噂だった。
荷物を紛失した渡者はそのままばっくれれば二度と渡者としてやっていけなくなるが、ジュレルディの様に正直に戻ってくれば渡者を続けられる。ただし立て替えて貰った保証金は依頼を達成した時に貰う報酬から少しずつ割り引かれるのだ。
「それから1人の間は、人と戦う事になりそうな依頼は絶対に受けない様にしていた。怖いからな」
なるほど……。人を相手にするってそこまで大変なものなのか。
「じゃあ、仲間と組むようになってからはどうだったんです?」
「仲間と組んでいる時は要人の警護の依頼で戦った事がある。この場合もやっぱりまともに正面から戦う事はあまり無くて敵は奇襲ばかり狙ってくるし、こっちはこっちで奇襲を受けない様に見晴らしの良いところを選んで進んだりしてたな」
「それで戦闘はどういう感じだったんですか?」
「敵にしてみれば標的だけ倒せれば良いんだから、依頼人が乗った馬車を集中して狙ってきて私達はその馬車を守っていた。こっちには私ともう1人魔法使いが居たから、1人は依頼人にしがみついて放出魔法で矢を防いで、もう1人は敵の魔法使いの攻撃魔法を自分の魔法で迎え撃っていた。一度やばかったのは、こっちの進むルートを読まれてて、敵の魔法使いに待ち構えられていた時かな。十分に魔力を溜めた敵の攻撃魔法は強力で、こっちの攻撃魔法じゃはじき返せなくてな。間一髪避けて、難を逃れたけど」
「なるほど。あまり接近戦はしないんですね。戦士は何をやってるんです?」
戦士の俺にとってはこれが重要。是非とも聞いておかなければならない。
「そうだな。人との戦いで戦士が参戦するほどの乱戦になった時はもう総力戦になる。だから双方さける事が多かったな。乱戦で形勢不利になって退却したら味方を取り残す事になりかねないし、せずに済むならそれに越した事はない」
「確かに戦士は敵と正面から対峙している時に引き上げろと言われても、そう簡単に敵に背を向けられないですからね」
「ああ。実際その時も最後にはじれた敵が仕掛けてきて総力戦になって、なんとか敵を撃退したんだけど、やっぱり敵の戦士が取り残されてな」
「その敵の戦士は殺してしまったんですか?」
もしジュレルディが人を殺してたら、やっぱり「業」が悪くなっているのかな? もし殺していても、攻めてきた相手を撃退したってだけなら良いはずだけど、捕まえた奴を殺していたらそうは判定されないはずだ。
「いや、結局生かしたまま逃がしたんだが――こいつ結構怖いんだぞ?」
と意外にもジュレルディはここでカシェードに視線を向けた。
「カシェードもこの時、ジュレルディと一緒の衆だったんだ?」
「まあな。しかし俺のどこが怖いって言うんだ? 捕まえた奴の命を助けてやれって言ったのは俺だぜ?」
「そうだな。『殺したらそれまでだ。敵の足手まといになる様に、治癒魔法でもそう簡単に治らないぐらい手足をずたずたにして、ここに捨てて行くべきだ』って、優しい事を言ってたな」
「なに言ってんだよ。殺されちまうよりはよっぽどいいじゃねえか。それに、それから敵の攻撃はなくなったじゃねえか」
「足手まといになったから敵が来なくなったんじゃなくて、もし捕まったら酷い目に合うと思って逃げただけじゃないのか?」
「どっちにしろ敵の襲撃が無くなったんだから問題ねえじゃねえか」
「御2人って付き合いが長いんですね。それっていつ頃の話なんですか? 私がアルシオさんと仲間に入った時にはもうずっと前からカシェードさんは居たとは聞いてたんですけど」
「確か私がにじゅう……。5年前の話だ」
どうやらさっき年齢を指摘されたのを気にしているらしく、ジュレルディは年齢を言わずにこたえたけど、カシェードが面白がって口を挟んできた。
「お前が23の時の話だよな?」
「ああ。お前が26の時の話だな」
2人はにらみ合っているって言うか、ジュレルディはカシェードを睨んでるんだが、カシェードはどこ吹く風でニヤニヤと笑っている。
「それでその後御2人はその衆を抜けたんですか?」
「ああ。頭目だった戦士の男が引退したんだ。。それを機に私とカシェードと……それともう1人戦士の男が居たんだがその3人で抜けた。先代の頭目は器の大きい人で10人を超えるメンバーを上手く纏めていたんだが、次を任された頭目にはそこまでの器量は無かったからな。本人もそれは自覚していたから。むしろお互い納得ずくで分かれたっていう感じだった」
多分その戦士って言うのが、俺の前にいて戦闘で死んでしまったという人なんだろうな。そうか。結構長い付き合いの人だったんだな。その人が亡くなってしまったんなら、ジュレルディが悲しむのも無理は無い。
「でも、本当に人と戦うのは大変みたいですね」
「そうだ。魔物相手ならみんなで知恵を出し合い、力を合わせれば勝てない相手は居ない。そう思っている。魔物を軽視する訳じゃないが、実際魔物には知恵も無ければ助け合う心も無い。本能に任せて力で押してくるだけだ。確かに単純な強さでいえば魔物達は数も多く私達より強い。でも人は知恵を出し協力してその自分達より強い魔物を倒す事ができる」
「はい」
「だけど相手が人間だったら? 知恵を出し合って力を合わせれば必ず勝てるか? 相手だって同じ様に知恵を出し力を合わせている。必ず勝てると思っている同士が戦えばどうなる? 引き分けか? そうじゃないだろ。どちらかが負けるんだ。そして負けるのは強い方かも知れない」
「強い方が負けるんですか?」
「そうだ。そういう事もありえる。人は自分よりも強い敵を倒す知恵を持っている。もっとも作戦を立てる能力も強さのうちと言えるかもしれないが、敵の裏の裏をかこうとした知恵者が、何も考えずに突っ込んできた相手に負ける事だってあるんだ。それに……私は盗賊達に負けたが、あの時だって私の方が強かった」
「強くても負ける事があるなんて、怖いですね……」
「ああ。だからこそ、勝負は時の運。なんていう言葉もあるんだろう。これからもなるべく人と戦いになる様な依頼は受けないでおこうと思う。あまりにも危険過ぎる。臆病と思ってくれても構わないが……」
「いえ。臆病なんて思いません。あなたの話を聞いたら俺だってとてもじゃないですけど、人と戦おうなんて思いませんから」
「そう言って貰えると助かる」
今まで厳し表情だったジュレルディが、俺の言葉に気が緩んだらしく笑みを浮かべた。
最近なんだか意外な一面を見て、可愛いと思うことも多いけど、ジュレルディってやっぱり色々と経験してて渡者としては凄いんだよな。しかしジュレルディも人と戦う依頼は受けないって言っているし、この分じゃ人を殺さなくて済みそうだ。
ジュレルディの話に俺は安心し、その後もみんなとしばらく喋っていたが、夜も遅くなってきたので焚き火の番に1人残して順番に眠りに付いた。
なんだかもっとジュレルディと2人で話したかったが、ちゃんと寝てないと翌日に影響する。だいたい他のみんなが傍で寝ているんだから、話をするのもままならない。
だがこの時、「何か」が俺をこの時代に送り込んだのは、ここがターニングポイントだからというのを忘れていた。いくらジュレルディが戦うつもりがないと言っていても、その可能性が無くなった訳じゃないという事を、俺は理解してなかったのだ。




