第20話:魔物退治の日々
魔物退治の日々は続いていた。だが、今が稼ぎ時と張り切る俺達に思いがけない邪魔者が居た。
「あなた達なら安心ですよ。何せ他の渡者達ときたらもし強い魔物が襲ってきたら私を置いて逃げ出しかねないですからねー」
と相変わらず饒舌な検分役のベルトットだ。
町から魔物の棲家までは遠い。退治してから一々町に戻って検分役を連れて行くのは面倒だろうと、はじめから同行する事になったのだ。
「みんな、すまない」
やっぱり組合の親父の方が上手だったらしく、確かに効率は良いが足手まといを連れながら戦う事になり、ジュレルディは申し訳なさそうにしている。
「仕方ないですよー」
「まあ組合の親父にとってもメリットが無いなら持ちかける話じゃねえからな。自分の管轄する組合からの依頼達成を増やして成績をあげたいんだろう」
「でも、確かに効率は良いですから」
「みんなありがとう。ベルトットさんにはユイファについて行くように言っておく。ユイファも戦いに参加しないから一緒に守れるだろう。別々に動かれては守る方も負担が2倍だ」
こうして足手まといを連れての戦いとなったが、幸いな事に今のところベルトットが致命的な邪魔になる事は無く、俺達は無事に次々と依頼をこなしている。
となると次に問題になるのが、ヴェーラ教の修道女が相変わらず俺を探している事だ。
俺達は、宿屋の1階の居間にたむろしていた。俺の正面にジュレルディ、左右にカシェードとユイファが座っている。みんなの前にあるのは例によって葡萄酒の水割りだ。
「別に名乗り出ても良いんじゃないんですか?」
俺が教会に寄付したけど隠れている、と信じるユイファが首を傾げている。そもそも名前は知られているので名乗り出るってのもおかしいが、そんな事をすればそれが嘘だとばれるし、もう引っ込みが付かなくなっているのだ。
みんなの前では頭目モードで毅然とするジュレルディも、この件に関しては歯切れが悪い。
「まあ、アルシオにも考えがあるんだろう」
と控えめな援護だ。
「でも……。あんなに一生懸命アルシオさんを探しているのに……」
ユイファは不満げな表情だ。寄付の事は嘘としても、確かに、どうしてあれほど一生懸命俺を探すのか、ちょっと見当が付かない。
俺を探しているらしいと分かった後、ジュレルディとも話しあった。
「ヴェーラ教は、教祖が持つ不思議な知識に引かれ一時は大きな勢力となった。それが廃れたのは、不美人と結婚しなければならないという教義が受け入られなかったからだ。あいつ等はその……お前と私が交際していると思っている。それで……じゃないか?」
そういったジュレルディは複雑な表情だ。確かに自分が不美人と前提の話は、楽しいもんじゃないだろう。
「俺だったらヴェーラ教の良い信者……えーと、ヴェーラユニチイとかになりそうだからって事ですか?」
「ヴェールユシチイだ。それだと一応説明は付く」
「でも、それだけの事であそこまでして人1人を探しますかね?」
「それはそうなんだが……」
結局明確な結論はぜず、とにかく修道女からは逃げ回っている。
「やっぱり、ユイファ達には、俺達の事は隠した方が良いんですか?」
「ああ。そうだ」
「でも、どうしてなんです?」
「え? あ、それは……。だって、恥ずかしい……だろ」
ジュレルディは、俯き長い銀髪を垂らして紅く染まった頬を隠す。いや何となくそんな理由だとは思ってたんだが、こういう反応をするかもとも予想しつい聞いてしまった。やっぱり普段毅然とする女性が恥らう姿は、激しく萌えてしまう。
もっとも俺にしても、今のところみんなにばれない方が都合はいい。自分でも優柔不断とは思うんだが、優佳の事を考え、情けない話だが結論が出せない。
俺がそうジュレルディとの会話を反芻している間に、話題は次に移っていた。組合からの依頼の話だ。
「この町での依頼って、いつまで受け続けるんですか?」
「基本的には依頼が無くなるまでは受けるつもりだけど、みんなはどう思う?」
「私はいいと思いますよ」
「それでいいじゃねえか」
「そうですか……」
「どうした? 何か不満でもあるのか?」
1人だけ賛成しなかった俺にジュレルディが探る様な視線を送ってきた。彼女は仲間の意見が分かれるのに敏感なのだ。
「あ、いえ。別にそういう訳じゃないです」
とはいったものの本当は少しもう他の町なり村なりに行きたい気分だった。依頼が多いのは良いんだが、贅沢を言えば最近の魔物退治の依頼は『ボスなし』ばかりだったのだ。
魔物が棲み付いたところにボスクラスの魔物が居たり居なかったりする理由はあまりはっきりとしていない。諸説様々ってやつだ。
ボスが居る群れで仲間割れが発生して追い出された奴らがボスなしの群れだ。
若い魔物達が群れから離れてどっかに棲み付いた後、ある程度安定したらボスが生まれるんじゃないか?
いや、それにしては魔物が棲み付いてすぐの場所にもボスが居たりするぞ? と色々言われている。
立て続けに洞窟、日の届かぬ奥深い森に古城や打ち捨てられた屋敷といった魔物が棲み付いたところに退治に行っているんだが、そこにいるのは雑魚ばかり。ボスが居るのと居ないのとでは張り合いが違うし、成功報酬もそうとう変わってくる。
ボスなしの依頼を5、6回こなしてやっとボスあり1回こなすのとつり合うくらいなのだ。まあそれだけボスクラスの魔物を倒すってのが難しく、実際古城のボスを倒した時もかなり苦戦した。この世界で幾多の戦いを乗り越えてきたはずのアルシオが恐怖を感じ、それが俺に伝わって戦う事が出来なくなるほどだったのだ。
ボスに勝つにはあんなにも苦労をしなければならないなんて。と、元の世界なら考えるところだが、こっちの世界で生きて行くなら恐怖を克服する必要がある。怖いからといつまでも逃げられるもんじゃない。
だからこそ古城で戦ったボスとの戦いでの「恐怖に打ち勝つ心」を忘れない様に間をおかずにボスと戦いたいところだった。でも、だからと言って俺の都合ばかりで行動を決められない。
「それなら良いが何か問題があるなら遠慮せずに言ってくれ」
「いえ、大丈夫ですから気にしないで下さい」
「そうか……。だったら良いんだが」
ジュレルディが気遣わしげな視線を向けてくる。
「全然大丈夫ですから気にしないで下さい。それよりも次の依頼って決まってるんですか?」
気遣ってくれているジュレルディに申し訳なく、強引に話題を変えると、彼女はいつも身に付けている全身をほとんど隠す裾の長いローブの中から手を出し、一枚の依頼書をテーブルの上に広げた。
「もう近場の依頼はほとんど終わらせたから今度のは少し遠い。ここから4日ほど歩いたところにある森に魔物が棲み付いたという話だ。人の生活圏からは離れているので近寄らなければ襲われる心配も無いんだが、少し問題がある」
「そこにお宝でも埋まってるってのか?」
「いや、そういう訳じゃない。森には一筋川が流れているんだが、その川の水を下流の村が生活用水として使っているらしい」
「え? それがどうしたというんですか?」
川が流れているってだけで、どうして退治するのか意味が分からずユイファはきょとんとしている。
「だって魔物が川に何か悪いものを流す『かもしれない』だろ?」
「えー!! そんな理由で魔物を殺しちゃうんですか!?」
うーん。ユイファは純真すぎるところがあるな。まあもっとも俺だって少し釈然としないものがあるんだが、綺麗事ばかりはいってられないってところか。
それに今の俺にとってはユイファが言っている意味での道徳より「何か」がいう「業」のルールの方が気がかりだし。どうやら今回の依頼も魔物が相手だから問題なさそうだけど。
「どっちにしろもう組合に依頼は登録されているんだろ? じゃあ俺達がやらなくてもどうせ他の奴らがやるんだから同じ事じゃねえか」
「それはそうですけど……」
カシェードの言葉にユイファは押し黙ったが、やはり納得せず不満げな様子で、ジュレルディもそれに気付きユイファに顔を向けた。
「殺す理由なんて考えても仕方がないんだ」
「え? それってどういう意味ですか?」
「どんな理由があっても殺される奴は納得しない。それをこの場合は殺してよくて、この場合は殺してはいけないなんて考えて何の意味がある? 殺すんだったら同じ事だ」
…………ジュレルディ。
予想以上にドライな言葉だったな。っていうか俺もちょっと引いたぞ。ユイファにいたっては、よほど衝撃を受けたらしく目を見開き言葉もない。
カシェードはといえば俺達と違い、衝撃を受けるどころか逆にやれやれといった表情をしている。
「ジュレルディ。あんまり純朴なお嬢ちゃんを苛めてやんなよ。黙り込んじまったじゃねえか」
「別に苛めているわけじゃない。ただ自分達のやっている事を理解して貰おうと思っただけだ。ユイファ、きつく聞こえたならすまない」
「い……いえ、そんな。私の方こそ変な事を言ってすみませんでした」
カシェードの言葉に一応はユイファに謝ったジュレルディだけど、彼女にしてみれば当たり前の事を言ったつもりらしい。ジュレルディって仕事に関してはかなり達観したところがあるよな。だけどこの話をずっと引っ張っても仕方が無いか。
「それでその、川の上流にある森にどんな魔物が棲み付いたって言うんですか?」
「どうやら土竜らしい」
土竜っていうと土竜……じゃなくて、こっちの世界では陸に住んでいる二足歩行のワニみたいな魔物だ。鋭い歯を持つ長い口と短い手足。大きさは子供くらいでユイファの肩ぐらいかな。
土竜ならアルシオの記憶でも戦った事がある。動きは鈍く気をつけて距離を保って戦えば問題ないけど、油断して接近を許せば顎の力が強く噛まれたらダメージは大きい。こっちの世界ではまさに油断大敵の代名詞みたいな魔物だ。
まあ接近戦が主体の戦士である俺は相性が良いとは言えないが、逆に緊張感持って戦えるってもんだ。
「なので接近戦は危険だから、基本私とカシェードで戦う。アルシオとユイファは下がっていてくれ」
「何を言ってるんですか! 俺も戦いますよ。」
慌てて叫んだが、カシェードは苦笑している。
「実際、土竜相手にゃ遠くから攻撃するのが安全で効率も良いんだからしょうがねえじゃねえか。お前は俺が使う矢でも背負っておいてくれ。俺とジュレルディで戦うってんなら、矢が結構いるからな」
「それに話すのが遅れたが、今回の魔物の群れにはボスクラスの魔物も含まれている。土竜のボスの攻撃を受けてはひとたまりも無い。不要な接近戦をして無駄に危険をおかす必要もないだろう。動きが鈍いから私が魔力を溜めている時の援護も、カシェード1人で大丈夫だしな」
げ! せっかくボスクラスの魔物と戦えるってのに、戦闘に参加しちゃいけないなんて。運が悪いにもほどがあるぞ。
「ですが、いくらなんでも戦わないなんて」
「アルシオさん。……それだったら私だっていつも戦っていない訳ですし」
「いやいや。ユイファは治癒魔法が役目じゃないか。でも俺は戦うのが役目だし、それなのに戦わないんじゃ役立たずじゃないか」
「アルシオ!」
突然強い口調で呼ばれ、ジュレルディの鋭い視線に射抜かれた。
「戦いは1人でするんじゃない。お前もだからこそ戦うと言ってくれているんだろうが、みんなの事を考えれば戦わないというのも必要だ。お前が無理して戦えば私やカシェードの負担が増える。ユイファにしてもお前が傷を負えばそれを治さなくてはならない。魔物の群れの中をかいくぐってだ」
そうか……。そうだよな。魔物との戦いは命がけ。自分の事ばかり考えてちゃ駄目なんだ。
「すみません。分かりました」
申し訳なさそうにする俺に、鋭かったジュレルディの視線が和らぎ微笑む。
「万一土竜の接近を許した場合を考え、お前には私達の傍にいて援護をお願いする。お前にもちゃんと役目はある」
「はい。分かりました。ですけど土竜が相手だと最後まで出番はなさそうですね」
思わずネガティブな発言をしてしまう俺に、しょうがない奴だな、という感じにジュレルディは微かに笑みを浮かべ首を振った。
「いつもは私とカシェードがお前の援護をしている。それが今回逆になるだけなんだから気にするな。結果的に最後まで援護が必要がなかったとしてもそれはその時だ」
「まあ、それはそうかも知れませんけど」
うーん。どうも上手く丸め込まれてる気がする。やっぱり渡者としての格ではジュレルディに太刀打ち出来る気がしない。
いや、勝ち負けを考えても仕方が無いんだけど、俺とジュレルディとは付き合っているんだか、どうなんだかの微妙な関係だ。それがこのままじゃ出来る女上司とその部下って感じのままだからな。出来れば肩を並べるくらいにはなりたい。まあ、難しそうではあるんだけど。
俺が考えにふけっている間に、いつの間にかみんなは立ち上がり扉へと向かっていた。これから出発なのだ。
まだ1人椅子に座っている俺に、ジュレルディが振り返り、微笑む。
「どうしたアルシオ? 出発だぞ?」
俺は慌てて追いかけ、その横に並ぶ。とにかく今は、自分の出来る事をするしかない。




