第19話:謎の球体
組合から魔物退治の依頼を優先的に回してもらい、忙しい日々を送っていた。とはいっても連日魔物と戦っているわけじゃない。
組合の親父は方々から依頼を集め紹介してくれるが、そうなると近場ばかりとはいかない。1日、2日ほどかけて魔物の住処まで行って退治するって感じだ。
町に戻ると疲れと傷を癒すために丸一日は休む。魔物退治はハードなので疲労も馬鹿に出来ないのだ。大抵の傷はユイファの治癒魔法で治るんだが、そうすると今度はユイファの疲れが溜まってしまう。その休みの日に念願の象魚をみんなで食べに行った。名物を出す有名店らしく多くの客で賑わっている。
壁の無い柱だけの大きな屋根の建物の下に沢山のテーブルが並び、それ自体が演出なのだろう、その名物である象魚をそこかしこで揚げていた。
「で、どこが象なんだ?」
それを見たカシェードが笑っている。
象魚は確かにどこが象なのかまったく分からない姿形だった。俺の元の世界の鮎やなんかの川魚のイメージと違って細長くなく、横から見ると楕円形に近い。顔がちょっと怖いけど、だから象っていわれるとそれも違う気がする。
揚げるというと煮えたぎった油の中に食材を放り込むってイメージがあるが、丸い中華なべみたいなものに象魚と少量の油が入っていて、料理人が油をお玉ですくってかけて揚げていた。そのたびにパチパチと魚の皮が焼ける音がし、香ばしい匂いが漂ってくる。
どういう意味があるんだろう? その方が美味しく揚げられるのか、それとも油の節約か。俺にはよく分からないが、まあそういうもんなんだろう。もしかしたら、これも演出なのかも知れない。
「膨らんでます! なんか膨らんでます!」
叫ぶユイファが、ジュレルディと一緒に別の調理を見物していた。
これまた丸いなべで何かを作っているのだが、なべの中ではなにやら丸い物が転がっている。
「なんです、これ?」
「いや、初めはこんなんだったんだがな」
とジュレルディが両手の指で直径5センチほどの円を作った。
「それが、なべの上で転がしているうちにこんなだ」
そう言ってなべに視線を送る。
俺もその視線に誘われ見ると、なべの上には直径25センチくらいの薄茶色の球体が転がっていた。
初めに見たときよりもさらに大きくなっている。どうやら話している間にもどんどん大きくなっていたみたいだ。っていうか、この間に球体はさらに大きくなり遂には30センチを越えるまでになっている。
ユイファは、それが面白いのか目を輝かせてみている。ふとその横を見ると7、8歳くらいの子供が同じく目を輝かせて見ていた。俺には、まるで2人が同年代かのように映った。
おいおい。こいつはもう19歳だろ。アルシオとしてはともかく、勇雄としてはこいつの方が年上のはずなのに、こんなものをそんなに面白がるなんてこの幼さはいったいなんなんだ。
ジュレルディも同じように感じたのかユイファを見ている。
「でも、確かに少し面白いかもな」
そう言って口元に手をやりクスリと笑った。
「そうですよね。ちょっと面白いですよね。これも食べてみましょうか」
うんうん。普段凛として大人な態度なのに、こういう事を面白がる少女っぽい感じもギャップがあって良いよな。それに、みんなも浮かれている所為か、いつもの頭目モードより何か柔らかい感じがする。
一通り見て回った俺達は改めて席に座り店員を呼ぶ。
「お待たせいたしました。ご注文ですね」
なんだかファミレスの店員みたいだな。まあ名物料理の有名店なんて教育が行き届いているんだろうし、そしたらどこの世界でもこういう感じになるのかも。
「象魚だったかな。それを1つと……」
店員に料理を注文していたジュレルディがそこで言葉を切り、なんだかちょっと困った表情で俺に視線を向けている。
「あれは……なんだ?」
「あれって?」
「え……と、あれだ」
と、ジュレルディは手で直径30センチくらいの円を作った。
「あの……丸いのだ」
ああ、あの丸いのか。そういえばなんて名前なんだろうな?
「はい。丸いのでございますね」
え!? それで通じるの?
すかさず言った店員に、思わず俺達は顔を見合わせた。
「以上でよろしいですか?」
「あ、はい」
唖然としていたジュレルディが店員の言葉に反射的に頷く。
「お飲み物はいかが致しましょう」
「じゃあ、麦酒で」
「皆さん同じものでよろしいでしょうか」
「ああ、かまわない」
休みは今日一日だけだが、明日は移動で戦闘はない。道中魔物が居そうなところも通らないし、まあ飲んでも大丈夫だろう、とジュレルディも判断したのだ。
「かしこまりました」
注文を受けた店員は頭を下げ背を向けて立ち去り、それを見届けた俺達は改めて顔を見合わせる。
「……丸いので通じるのか」
思わずポツリと呟いた。
「他の客も同じように、丸いのって注文してんのかも知んねえな」
「だって、丸いですもんね」
カシェードとユイファが言った。
ジュレルディは? と目を向けると、俯いて肩を震わせている。どうやら丸いのがツボに嵌ってしまったようだ。俺もちょっと面白いとは思うけど、ここまで嵌るとは、やっぱり笑いのポイントが人とずれているのかも。
酒と料理が運ばれてくると、店員が象魚の身を切り分け始めた。手馴れたもので、余計な鱗をナイフでざっと削ぎ、そのナイフを一旦綺麗な布で鱗を拭う。改めてナイフで上下に分けるように切れ目を入れて、身をほぐしながら皿に乗せて行く。
「それでは、この生地にこの身と野菜、香草を巻いて食べてください」
まあ、宿の店主が言っていた通りの説明だった。
次はあの丸いのだ。俺達の席に来た丸いのは、直径27、8センチってところだ。狐色にこんがり焼けていて、ちょっと小さなバスケットボールみたいだ。
30センチ以上のは? と思って辺りを見渡すと、6、7人のテーブルの丸いのはそれくらいの大きさに見える。どうやら客の人数で、丸いのの大きさが変わるようだ。
店員が丸いのにサクッと包丁を入れる。風船みたいに空気で膨らんでいるなら包丁を入れた瞬間縮むのかと思っていたが、以外にも綺麗に半分に割れた。表面が焼かれてこの形で固まってんだな。
店員は手際よくさらに小さく4センチ四方ほどに切り分け、皿に並べみんなの前に置いた。
「これは、このタレをつけてお食べください」
差し出された物を見ると黒い醤油みたいな液体だったが、少しフォークの先につけて舐めてみると醤油にしてはちょっと甘い。
「それでは、何か御用がありましたらお呼びください」
すべての作業が終わると、店員はそう言って会釈し下がっていった。
「揚げただけあってちょっと油っこいが、結構いけるぜ」
早速カシェードが生地で象魚を巻いたものにかぶり付いている。
「丸いの美味しいですよ。丸いの」
ユイファがはむはむと、四角く切った丸いのを咥えている。
ジュレルディはといえば、やっぱり丸いのがツボに嵌っているらしく、ユイファの丸いのの連呼に、俯いて肩を震わせ食べるどころじゃない。
俺もさっそく生地を手の平に広げ、象魚のほぐした身を縦に並べる。香草を同じく縦に置き、さらに胡瓜みたいな野菜を細長く切ったもの、レタスみたいな葉っぱの野菜を乗せて巻いた。
それを一口齧った瞬間、痛いと感じるほどの旨みが舌を刺激する。それが噛んでいるうちに一緒に挟んだ野菜と香草で中和されていき、ちょうどよい具合に口の中に旨みが広がった。でもカシェードの言う通り、後味はちょっと油っこいかな。
丸いのもユイファの言うとおり美味しい。どうやら餅みたいな物らしいな。付き立ての餅を焼いて砂糖醤油で食べたらこんな感じかも。熱したら膨らむところも餅とそっくりだし。
「油が強いのは、野菜と香草の量を増やせばいいだろう」
復活したジュレルディが冷静に分析し、野菜と香草の量を増やして象魚を生地で巻いた。そして一口食べる。
「うん。大丈夫だ」
なるほど。と、俺も真似してみたが確かに油っこさが消えさらに美味しくなった気がする。
しかし、こんな初めてみたばかりの料理の癖を瞬時に見極めるとはさすがジュレルディ。俺との事になると結構感情の起伏が激しくなるけど、基本この人は常に冷静沈着だ。
「ジュレルディさん。丸いのはどうです? 丸いの」
丸いのを気に入っているユイファが丸いの、丸いのと連呼する。
しかし丸いのの連呼に、冷静沈着な頭目は途端またも俯き肩を震わせた。あれ? っという表情のユイファに、俺は手を左右に振り、駄目だ駄目だと合図を送った。
それでやっとユイファも丸いのがジュレルディのツボに嵌っていると理解したらしく、頷くとその後は丸いのを連呼はせず大人しく食べていたが、ちょっと残念そうだった。
「丸いの美味しいのに……」
丸いのを、はむはむと咥えながら呟いている。
「おーい。店員こっち。麦酒もう一杯だ。次は修道酒で」
いち早く杯を空にしたカシェードが手を上げ、ちょうど近くを歩いていた店員に声をかけた。
修道酒っていうのは、文字通り修道院で作られている麦酒だ。神に使える者達が酒なんて作っていいのか? って感じもするけど、この修道酒には薬草が原料として使われている。
つまり酒を造っているんじゃなくて、薬を作っているんですよって建前なのだ。実際健康に良いと言われているし、まったくの出鱈目でもない。まあ修道院も金を稼がないとなりたたないってところか。
「どうして普通の麦酒じゃなくて、修道酒なんだ?」
「いや、最近どうも朝身体が重たくてな。だからって酒を控えるつもりはねえんだが、飲むにしても修道酒にしておこうかと思ってな」
なるほど、もうおっさんだしな。と俺は、うんうんと頷いた。
「あ、私も次は修道酒にしようかな。修道酒って美容にも良いって言いますよね」
修道酒ってそんな効果もあるのか。まあ薬草が原料だしそういう効果があっても不思議じゃないか。
俺がそう考えている間に、ユイファは杯を一気に傾け飲み干す。やっぱりこっちの人間って酒に強いよな。子供みたいに見えるユイファですら、麦酒の一杯や二杯じゃ顔色も変えない。
麦酒を飲み干したユイファが遠くに居た店員に手を振ると、それを視界におさめた店員が素早く席に来た。
「修道酒お願いします」
「はい。かしこまりました。他にはよろしいですか?」
「あ、私も……」
と控えめな声が聞こえ視線を向けると、ジュレルディがやっぱり控えめに手を上げていた。
もしかしてユイファが言った、美容に良いって言葉に反応したのかも。俺と目があうとすぐに逸らす。顔はちょっと赤かったけど、多分酒の所為じゃない。
「俺もそれで!」
と手を上げた。こうなったら全員で飲もう!
その後俺達は結構飲み、ユイファが出来上がってしまった。いくらこっちの人間が酒に強いといっても限界が無いわけじゃないのだ。
「丸いの! 丸いの美味しいですよ!」
帰り道、ユイファは上機嫌で丸いのと連呼していたが、ジュレルディは笑わなかった。さすがにもう慣れたのかな? と思ったが、それどころかむしろ深刻そうな表情で、形のいい顎に白い手をやっている。
宿につき、さらに階段を上がって2階の部屋の前まで来るとジュレルディが俺を呼び止めた。カシェードとユイファはすでに部屋に入っている。
「実はさっきから気になっていたのだが」
ああ、ずっと深刻そうにしてたな。もしかして、明日は戦いがないだろうとはいえ、依頼の前日に酔いつぶれる寸前まで酒を飲んでしまったのを気にしているのかな?
「あの、丸いのなのだがな」
え? 丸いの?
「結局なんていう名前だったんだ?」
「い、いや、俺も分からないですけど」
「そうか……」
ジュレルディはそう言って、顎に手をやり、眉間にシワを作りながら部屋に入っていった。




