第17話:美味しい話
朝、目が覚めると宿の食堂に向かいみんなと朝食をとった。
朝食は、肉の塊に塩と胡椒を振り掛け火で炙り、薄く削いでパンに乗せた物。茹でたジャガイモを潰し、これにも塩と胡椒、それが添えてある。飲むのは例によって葡萄酒の水割りだ。牛の乳の方が合いそうだが、葡萄酒の方が安いのだ。依頼の前には酒を飲むなって事だが、こんなもん酒じゃないって扱いだな。
しかし相変わらず味付けは塩と胡椒。どんな料理でも同じ味付けかよ。って突っ込みたくなってくる。今夜こそは必ず美味い物を食べようと心に誓う。確かカシェードが魚が食いたいって言ってたな。
「親父さん。この町の名物の食べ物ってある? 出来れば魚系で」
奥にいるはずの宿の親父に声をかけると、奥からその親父が顔を出す。
「この町で魚ってんなら象魚が有名だな」
ほう。象魚か。どんな魚なんだろうな。
「顔が象に似てるのか? 鰭が大きくて象の耳に見えるとか」
「いいや。似ていないが」
「じゃあ、象みたいにでかいのか?」
「いや。小さくは無いが象って程じゃねえな。こんなもんだ」
と親父は30センチくらいに両手を広げた。
「じゃあ、どうして象魚なんて名前なんだよ」
「知らん。知ってる奴に聞くんだな」
「……」
俺は思わず親父の顔を見つめた。俺と親父のやり取りを聞いていたみんなも怪訝そうな表情をしている。
「そんな顔で見んなよ。本当に俺も知らねえんだって。そりゃ名前をつけた時はそれなりの理由があったんだろうがさ。俺にとっちゃ物心付いた時にあれは象魚だって教えられて、今までその通りに呼んでるだけなんだからよ」
うーん。確かに親父に文句を言っても仕方がないか。俺もどうして川蝉が川蝉って名前か知らないし。別に蝉に似てもないし、蝉ほど小さくないし。まあ知っている奴は知っているんだろうけど。とにかく名前にこだわっても仕方が無いか。
「それでその象魚ってどういうふうに料理するんだ?」
「おう。象魚ならやっぱり揚げだな。丸々油で揚げるんだ」
ほう揚げか。そういえばアルシオの記憶では何度かあるけど、俺がこっちの世界に来てからは揚げ物って食べてないな。いいかもしれん。そんな事を考えていると口の中に唾が溜まり、それを飲み込んだ。
「その揚げたやつの身をほぐしてな。薄い生地で野菜や香草と一緒に巻いて食うんだ。川魚だからちょっと癖があるが、まあそれは一緒に巻いた香草が消してくれる。まあ一度食べてみな。美味いぞ」
ふむふむ。春巻かトルティーヤみたいな物かな? とりあえず今夜の料理はそれで決まりだ。
元の世界に居た時はテレビにネットに漫画にと幾らでも娯楽があったけど、こっちの世界にはそんな物は無い。楽しみの比重が食べる事に傾くのは仕方の無い事だ。にもかかわらず普段はろくな物が食べられないのだ。まだ見ぬ美味しい料理に思わず俺の頬も緩む。
「大丈夫ですかジュレルディさん!」
突然ユイファが叫び、俺は反射的に目を向ける。
すると俯いて口元に手をやり、肩を震わせているジュレルディをユイファが心配そうに見ている。ジュレルディは、大丈夫だ、というふうに空いた手をユイファの方に向けていた。
しばらくすると、ジュレルディは大きく息を吐き
「心配するな。なんでもない」
と、姿勢を正し背筋を伸ばす。
うーん。どうしたんだろう。具合が悪いとかじゃないみたいなんだけど。まあ大丈夫というんなら大丈夫なんだろう。
「とりあえず今夜はその象魚ってのを食うか? 俺は別にかまわんぜ」
「そうですねー。私もそれでいいです」
よし。みんなも異論は無いみたいだな。楽しみだ。と思うとまた頬が緩む。あ、そうだ。
「ジュレルディ。あなたはどうなんで……」
と彼女に視線を向けると、また俯き肩を震わせている。いったいどうしたんだ?
「さっきからどうしたんです?」
と声をかけたが、ジュレルディはまた、大丈夫、というふうに手を上げる。そしてしばらくすると、また顔を上げ姿勢を正す。
いったいなんなんだろう? まあとにかく今は晩餐の話だ。
「それで、その象魚って言うのが美味そうなんですが――」
と俺が言い終わる前にまたジュレルディが俯き、口に手をやり肩を震わせている。だがその俯く一瞬の彼女の表情を俺は見逃さなかった。間違いなく笑っていた。
すると、今までも俯いて肩を震わせていたのは、笑うのを我慢していたのか? もしかして昨日のが原因で、俺が美味そうな料理の話をするので、ジュレルディのツボをつくようなスイッチでも出来ちゃったのかも。
何か身体の調子が悪いとかじゃないみたいだからいいけど、よく分からない笑いのポイントだな。今まで気づかなかったけど、この人意外と天然なんじゃないだろうか。
アルシオの記憶にある彼女は、常に毅然とし崩したところを見せないんだけど、最近どうもそのイメージが崩れていく。いやまあ、それも可愛いんだが。
「あんたどうしちまったんだ? 大丈夫か?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
カシェードがそう声をかけるとジュレルディもまた立ち直り顔を上げている。
「とにかく今夜はその象魚ってのを食おうぜ。あんたもそれでいいだろ?」
「かまわん。それでいい。だがその前に検分だ」
ジュレルディはそう言って立ち上がる。やっぱり俺が料理の話をすると駄目だけど、他の人なら大丈夫なのか。
ジュレルディに続いて俺やみんなも席を立ち、組合へと向かう。昨日はかなり混雑していてが、さすがに朝早いだけあって、まだ他の渡者の姿は見えない。
「昨日魔物を退治する依頼を行った者ですが、検分の同行に来ました」
組合につきジュレルディがそう言うと、昨日の、この組合の責任者という親父が顔を出した。責任者自らお出迎えとは、結構買われているようだ。
「おお、あんたか。時間通りだな、いい事だ。だが肝心のこっちの検分役の奴が遅れてるんだ。すまないが少し待ってやくんないか」
「はい。かまいません。それでは待たせて頂きますので、そちらの椅子をお借りしてもよろしいですか?」
ジュレルディが一瞬建物内に置かれた四角いテーブルと椅子に視線をやり、また親父へと戻しながら言うと親父も頷く。
「ああ。好きに座ってくれ」
「ありがとう御座います」
ジュレルディは軽く頭を下げ、先頭に立ってテーブルへと進み俺達もそれに続く。ジュレルディは、すべての動作に無駄が無くきびきびと動く。
しかしこういう組合との対応の時のジュレルディって、偉ぶらず卑屈にならずっていうのか堂々としたもんだよな。それが俺との事になると、どうも暴走するっていうか、地が出るって言うのか崩れだす。それが普段の毅然とした態度とのギャップで可愛いんだけど。
俺の正面にジュレルディ、右にユイファ、そして左にカシェードと四角いテーブルを囲んでみんなが座ると、ちょうど別の渡者達が組合に入ってきた。
男女の戦士が2人、射手の女が1人、魔法使いと僧侶が男1人ずつの5人組みか。頭目は戦士の男みたいだ。
頭目は冷静沈着な者が多い魔法使いか、それとも戦士がなるのが一般的だ。
戦士の何が頭目になる素質があるかといえば、真っ先に敵と立ち向かう戦士には勇気が必要と言われ、それがみんなを引っ張るのに適しているからだという。
ちなみに射手はどんな奴が向いているかといえば、みんなの援護をする射手は淡々と役割をこなす責任感の強い、そして一歩退いて縁の下の力持ちっぽい働きが出来る奴が向いている。
そして僧侶は自分の事より、他の者を優先させる献身の心が必要といわれている。ユイファなんて見ていると、牧草刈りの時、お爺さんが喜んでいるのを自分の事の様に喜んだり、その通りだなと思う。
そういえば戦闘職の中で一番きついのは魔法使いって聞いた記憶がある。って言っても当然アルシオの記憶だけど。どうしてだったかな?
そういう事をつらつらと考えていると、また扉の開く音がする。また渡者か? と視線を向けた瞬間、思わず目を向いた。ジュレルディ!! と思って彼女を見るといつもは被らないフードを被っている。はや!
ジュレルディは
「ちょっと」
と言い残し、席を立つとお手洗いへと姿を消した。入ってきたのは、なんとヴェーラ教の修道女だったのだ。例によって胸の辺りが大きく開き、ウエストを絞り足をむき出しにした艶かしい格好だ。もっとも俺と直接話した女ではない。全然、顔に覚えが無く、後ろにいた奴らでもなかった。
なぜか一番偉いっぽかった修道女が俺に興味を持ったらしいから、もしかしたら教会の修道女達が手分けして俺を探しているのかも。もっとも俺の名前は知ってても顔は分からないはずなので、銀髪が目立つジュレルディが隠れたから、まあ大丈夫だろう。
「アルシオ、という方はこちらにいらっしゃいませんか?」
げ!? やっぱりそうか。
修道女は受付で組合の人に問い掛けている。もっとも組合の方もおいそれと教えたりはしない。実際、組合との交渉はジュレルディがしているので俺の名前なんて知らないだろうけど、たとえ知ってても大丈夫だろう。
渡者は受ける依頼によっては、人の恨みを買う事もある。それも、護衛の依頼をしていて賊を返り討ちにしたとかで逆恨みされる事もあるのだ。そんな奴らに追われてて、追う者の手助けになるかも知れない情報を、組合の人間が漏らす訳が無い。
修道女はしばらく食い下がっていたが、組合の人が知らぬぞんぜぬを通すので諦めた様な表情で建物の中を一通り見渡し、俺はそれを微妙に俯いてやり過ごすと、小さくため息をつき出て行った。
「おい。まさかおめえ、ヴェーラ教の女に手を出したんじゃねえだろうな?」
修道女の姿が見えなくなると、早速カシェードが追求してきた。もっとも本気じゃなくにやつきながらだ。
俺から見れば確かに艶かしい格好の修道女達だが、この世界の基準からすればとんでもない。類稀なる不美人が、色っぽい服を着ても全然似合わない。まるで女芸人が、罰ゲームを受けているみたいなものなのだ。
「そんなわけないだろ」
俺もカシェードにあわせ、冗談めかして応じていると、そこにジュレルディが戻ってきた。お手洗いの中から外の気配を探ってて、修道女が出て行ったので出てきたんだろう。
「今度は、ヴェーラ教の女に手を出したんだってよ」
とカシェードが、俺を一瞥してまた冗談っぽく言う。
まったく、懲りないおっさんだな。前回、それでジュレルディに殺されかけたんだぞ。もっともさすがにジュレルディも今回は本気にせず
「お前も、程ほどにしておけよ」
と軽く流している。
「でもよ。実際あの女、おめえに何の用だったんだ?」
そういえばそうだな。俺に興味を持ったらしいけど、じゃあ、俺の何にそんなに興味を引かれているのか分からない。って、それよりカシェードにどう答えよう。下手な事を言ったら、夜ジュレルディと会ってたのがばれそうだ。
「アルシオ、昨日、お前ヴェーラ教の教会に寄付をしたと言ってただろ? その礼でも言うつもりだったんじゃないか?」
「ああ。そういえば、そうでした。たぶんそうでしょう」
ジュレルディの即興の助け舟に乗る。さすがジュレルディ頭の回転が速い。
「へー。教会に寄付するなんて、優しいんですね。しかも、隠れるだなんて奥ゆかしいです」
「いやー。それほどでも」
と応じたものの、ユイファの素直な尊敬の眼差しに少し罪悪感を覚える。
そんなやり取りをしていると、組合の親父がこっちに歩いて来た。
「おまっとうさん。やっと検分役が来やがったよ。待たせて悪かったな」
「いえ、そんな事は」
とジュレルディが椅子から立ち上がると他のみんなも席を立つ。
「いやー。すみません。どうも最近の渡者ってのは時間通りに来たためしがないんで、つい私も時間より遅く来る癖がついちゃいましてね」
検分役は軽薄そうな背は高いが身体の薄い男で、理由になっていない理由を並べ立てながらしきりに頭を下げている。ジュレルディは機嫌の悪い時の癖の感情を浮かべない顔で対応している。やっぱりジュレルディも遅刻したのにもかかわらず悪びれない男の印象は悪いようだ。
「いえ、気にしていません。それよりも早く行きましょう」
気にしていないというより、相手をする時間が惜しいと言いたいのだろう。ジュレルディは右手を出口の扉へと向け男を促した。
「あ、そうですか? じゃあ行きましょう。行きましょう」
男はジュレルディに軽蔑されているのが分かっていない様子で先頭に立ち扉へと向かい、俺達も後を追う。
しかしあの修道女は、いったい何が目的で俺を探してるんだ?




