第16話:組合の親父
「きっと目にゴミでも入ったんだろう。お世辞にも掃除が行き届いているとは言えなかったからな」
古城での戦いの後ジュレルディはそう言って笑い、俺達も、ああそうかと、依頼を受けた組合への帰路に着いた。
戦っている時は長く感じたけど実際はそうでもなく、組合についてもまだ日は沈みきっておらず、中にもまだ何組かの渡者達の姿が見える。
「少し待たないといけないみたいだな。お前達はどこかで休んでいろ」
「いえ。昨日ほど混んでいる訳じゃないし、ここで一緒に待ってますよ」
「そうですよ」
ジュレルディも頷き、こうして番号札を持ち空いている席にみんなで座って順番を待つ。
「しかし一日で片がついてよかったよ」
「そうですね。さすがに古城の中で夜営するわけにも行かないですし、外で夜明けを待っている間に一度制圧した部屋に、また魔物が入り込んでるかも知れませんしね」
「ああ。封印の布も、そう長い間効果のあるものじゃないからな。もちろん倒した分数は減っているが、それでも一から部屋を探索しなおすのは面倒だ」
「ええ」
俺達は今日の魔物退治の話で盛り上がっていたが、中々順番が来ない。どうしたんだ? と思って受付に視線を向けると、なにやら揉めているみたいだ。
「ちっ! どうせ、保証金が高すぎるだかなんかだろ。普段から準備してりゃ問題ないってのによ」
舌打ちしカシェードが悪態をついている。
経験が長いカシェードにとって、保証金が足りないなんて馬鹿馬鹿しい話だ。その初歩的なミスで自分達が待たされているのに腹を立てている。
ジュレルディは――と視線を向けると、こっちを見ていたジュレルディと目が合った。
瞬間彼女は目をそらし、揉めている受付に顔を向けた。その横顔が少し赤い。俺を見つめていたと、恥ずかしがっているみたいだ。
どうしてこの人はこうも俺のツボをついてくるかな。普段は冷静沈着な頭目なのに、こと恋愛関係では中学生の女の子並の反応をするそのギャップに俺は激しく萌えた。
俺だって恋愛経験は少ないっていうか実際無いんだが、その代わりにアルシオとしての経験がある。自分が経験したってのとはちょっとは違うが「記憶」があるのだ。単にテレビやネットで見聞きして耳年間になっているっていうのとは訳が違う。
年齢的にはジュレルディの方が俺より4つ上。勇雄としてなら実に12歳上という、ちょっと良いのかこれ? 法律的に大丈夫か? という領域に達している年齢差なのだが、まあこっちの世界にはそんな法律ないから心配ない。
いや、逆に12も年上なのにウブなところが余計可愛く感じるのかも。今まで優佳一筋だったから気付かなかったが、実は俺、年上フェチなんだろうか?
そう取り留めの無い事を考えていたが、それでも順番がやってこない。
カシェードじゃないけど、さすがに俺もいい加減にしろよ! と腹が立ってきた。改めて受付に視線を向けると、なんだか落ち着いた感じの親父が奥から出てきて、揉めている受付に向かって行くところだった。
親父は受付の男と揉めている渡者達と交互に話をしていたが、しばらくすると、いかにも、面倒くせーなーというふうに耳の後ろをかきだす。そしてうんざりした様子で受付の男に耳打ちするとこっちに来た。
「どうも待たしちまっているみたいですまんな。前の奴らが保証金が高いってごねてんだよ」
「そうでしたか。それは大変ですね」
保証金で揉めているらしいのは俺達も察していたが、余計な事は言わない方が良いと判断したのか、ジュレルディは無難にこたえている。
「こっちには規定の金額ってもんがあるんで負けてやれねえんだが、他の町の組合では、同じような依頼でもっと安かったって言い張るんだよ。まあ確かに、特に急ぐとかで依頼主が譲歩して保証金が安いって事はあるんだが、そんなもん、うちにとっちゃ知ったこっちゃ無いんでね」
「はい」
「しかも文句があるなら依頼を受けてくれんでいいのに、依頼は受けたいと言いやがる。まあ向こうはもうしばらくどうにもならんだろう。あんた達の話は俺が聞くよ」
そういって親父は俺達を奥の部屋へと誘った。
親父はこの組合の責任者らしい。複数の拠点を持つ大きな組合の、まあ支店長みたいなものか。部屋もかなり立派なもので、高そうな机やソファーが置いてある。この前の村の組合とは大違いだ。俺達をその高そうなソファーに座るように促し親父は向いに座った。
髪には白いものが多く歳は50を越えてそうだ。しかし体格はよく、半袖のシャツから見える腕は太くて、ところどころに傷がある。刀傷ではなく、獣の爪で引っかかれたり抉られたりした傷で、いかにも渡者上がりって感じだった。
「それで、うちの組合に何の用なんだい? やっぱり依頼か?」
「いえ。それは昨日、魔物退治の依頼を受けさせて頂きました。今日はその報告です」
「ほう。昨日の今日で退治してきたか。それは手際がいいな。やるじゃねえか」
親父はそう言って目を見開いている。
一々動作が大げさで芝居がかったところがある親父だが、取りあえずは俺達に好印象を持ったのは間違いないようだ。
「じゃあ今日は検分依頼か?」
「はい。そうです」
組合の依頼にも色々ある。それこそ前回の様な牧草の刈り入れの手伝いから、迷宮から宝物を取って来いやら、今回の様な魔物退治まで様々だ。もちろんそれぞれの依頼には達成確認が必要だ。
前回の牧草の刈り入れなんかは、牧場のお爺さんが貯蔵庫を上から覗くだけですんだけど、今回の様な魔物退治ではそうは行かない。
魔物が本当にすべて退治されているかを確認するのは当然だが、万一魔物が残っている場合を考え、俺達も検分役と一緒にもう一度あの古城へと向かうのだ。
当然その検分にOKを貰わないと報酬は貰えない。
「魔物を退治してきました」
「それでは報酬を受け取って下さい」
なんていう甘い話は無いのだ。
「じゃあちょっと依頼書を見せてくんな。こっちの控えは表の受付においてあるんでね」
「はい。これです」
親父は、ジュレルディが背嚢から取り出した依頼書を受け取ると、それに目を通しながら
「申のボスっていやあ、結構手ごわいはずなんだが……」
などとぶつぶつ呟いている。
「まあ、分かった。これを一日でたあ、たいしたもんだ。じゃあ明日の朝もう一度ここに来て貰えるかい?」
「分かりました。明日の朝ですね。受付の方でよろしいのですか?」
「ああ。受付でいい。よろしく頼むよ」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
ジュレルディはそう言って頭を下げ、親父は微笑み頷いている。ジュレルディのそつない受けこたえに、さらに印象を良くしたみたいだ。
組合を出た俺達はこの村での拠点としている宿屋へと向かった。時間はそろそろ夕食時だ。宿屋でも食事は出来るけど宿屋の飯はお世辞にも豪勢とはいえない。
「せっかく依頼を成功させたんだから、どっか別の場所でぱっとやりましょうよ」
部屋のある2階へと上がる階段の踊り場でみんなに声を掛けた。アルシオとしては今まで何度も経験はるんだが、勇雄として始めて魔物と戦い勝利した興奮で俺は舞い上がっていた。
だがジュレルディは腕を組み、いかにも、何を言っているんだ? といった感じの視線を送ってきた。
「明日は検分があるんだ。二日酔いで検分に行くつもりか? 万一魔物が残っているかもしれないし、そしたら戦闘になる。駄目に決まっているだろ。まだ依頼は完了じゃないんだ」
相変わらずジュレルディの意見は正論だけど、ハイになっている俺のテンションは下がらない。
「残っていたとしても1匹や2匹でしょ? 今日100匹からの魔物を倒したんですよ。ちょっとくらい飲んだからってどうだって言うんです。ちょっとだけですから。ね?」
「それでも何があるか分からないし。万一何かあったらどうするんだ?」
「大丈夫ですって。何かあったら俺が守りますから」
自然と出た言葉だったけど俺が笑顔で言った「俺が守る」という台詞がジュレルディの心にジャストミートしたらしいく、途端に頬を赤らめた。とはいえさすがはジュレルディ。やっぱりそうは甘くない。
「駄目だ。明日は検分役も同行するんだ。酒臭い息を嗅がせてみろ。信用がた落ちだ!」
強い口調だったけど、それは顔を赤くしたのを誤魔化す為のような気もする。
でもまあ、やっぱりジュレルディのいう事は正しいか。検分が終るまでが依頼です。ってやつだな。
「分かりました。じゃあ、明日こそはぱっと行きましょう。それならいいでしょ?」
「そうだな。明日な」
ジュレルディが微笑んで頷くと、ユイファとカシェードも同じく頷き、一同止めていた脚を動かして2階へと上がり始める。
「ここって何が美味しいんでしょう?」
「途中川があったから、魚が捕れるかもしれねえな。肉も良いがたまにゃあ、魚もいいだろう」
「旅の携帯食って干肉が多いですもんね」
早速明日の晩餐の話題に更ける2人の後を歩きながら、俺も料理に思いを馳せた。
村からここまでの道中は質素な携帯食。昨日町に着いたけどすぐに依頼を受けたので控えてたし、やっと美味い物が食えるな。
こっちの世界に来た初日、牧場のお婆さんが作ってくれた料理に不満を感じていた俺だが、ここしばらく味は二の次の携帯食を食べ続けてきたおかげで、こっちの世界のちゃんとした料理の有り難味が骨身に染みたのだ。さてどんな料理を食べようかと思うと、思わず口の中に唾が溜まり飲み込む。
不意に後ろから、クスリという小さい笑い声が耳をかすめ目をやると、ジュレルディが微笑んでいた。どうやら俺が唾を飲み込む様子を見ていたようだ。
子供っぽいところを見られてしまったと、今度は俺が顔を赤くして思わず立ち止まると、ジュレルディが俺の横を通り過ぎていく。
「あんまり可愛いところを見せるなよ」
通り過ぎる時、ジュレルディが俺の耳元で囁いた。




