第12話:夜の町
「よお兄ちゃん。いい淫妖つきの女が居るんだよ。遊んでかねえか」
夜、町中を歩いているとおっさんに声を掛けられた。
夜の町には、いかがわしい店が顔を出す。渡者の生活は命がけで明日をも知れない。享楽に身を任せ、そんな店を利用する奴も大勢いる。多くの店先に明かりが灯され、夜の町を煌々と照らしていた。
「間に合ってる」
おっさんの顔を見ずに通り過ぎる。
どうせ遊ぶなら女の方も本気になってくれる方が楽しいが、女だって商売でやっているのだ。なかなかそうはいかない。だがおっさんが言ったように、淫妖が憑いている女なら間違いはないと好む男も多いのだ。
その為、妖を払う祓師とは逆に、妖を憑かせる憑師という奴までいる。もっとも妖を憑かせるなんて危ない技、表立ってはいえないので裏の仕事だ。手っ取り早く売れっ子になる為、憑師に頼み自ら淫妖を憑かせる女も居るのだ。
淫妖に憑かれている奴は昼の間はまだ理性を保てるが、夜は正気を失っているので客を何人取ったかも覚えてないが、そこはちゃんと店が管理してくれる。店の方も騙したい放題ではあるが、そこを裏切っては女が店に着かず商売が成り立たない。
もっとも、強かな女になると、淫妖に憑かれている演技をする奴まで居るのだが。
そんな店の呼び込み達をすべて無視し夜道を進む。ジュレルディと待ち合わせているのだ。
「ちょっと2人で会わないか?」
宿を取り、部屋に入る前に小声でそう言われた。町から町への移動の時は全員で雑魚寝だが、宿を取る時は一応男と女で部屋は分かれる。しかも普段散々顔を合わせているので改めて1部屋に集まる事も無く、部屋に入ると翌朝までめったに顔を合わせない。
いつもならそうなのだが、俺とジュレルディは、まああれだ。
カシェードとユイファが邪魔って訳じゃないが、2人が居るとジュレルディが「頭目モード」を解除出来ないので仕方が無い。
同じ宿を取ってるんだから一緒に出れば良さそうなものだが、そこは他の2人の手前ってものがある。それぞれ野暮用がある、ちょっと夜風にあたりにと、別々の理由で部屋を出た。
待ち合わせの場所に着くと、先に宿を出たジュレルディが男に声を掛けられていた。やっぱり夜の町を女性が歩くのは危険だったか。彼女にとってそんな奴物の数じゃないが、付きまとわれたってだけで魔法をぶっ放していては過剰防衛になってしまう。
まあ、こういう時の常套手段だ。と彼女に駆け寄った。
「俺の女に何のようだ?」
ジュレルディの細い肩を抱き寄せ男を睨んだ。
「あ。そっそうかい。それはすまなかったな」
男は一瞬呆気に取られた様な表情をするとすごすごと引き下がった。背を向け歩き去りながらも、ちらちらと振り返って俺達を見ている。
「大丈夫でしたか?」
男が完全に姿を消した後、肩を抱くジュレルディに視線を向けると、赤い唇にすらりとした白い手をやり、頬を赤く染め恥らうように俯いている。ジュレルディに付きまとっていた男は姿を消したが、辺りにはまだ人影がちらほらとあった。
「大丈夫だ。それに……」
「それに?」
「今の男は、呼び込みだ。淫妖つきのいい男が居ると……」
「そっそうですか」
一瞬忘れていたが、この世界で彼女を相手にしようとする男は居ないんだった。俺を除けば、それこそ淫妖憑きの男ぐらいか。
もっとも、この世界にもホストみたいな商売をしている男娼は居る。渡者になる女には不器量なのが多いが、そういう彼女達も男娼はちやほやしてくれるので、それに入れ込んでしまう者も結構居るのだ。女ばかりの2つの衆が、1人の男娼をめぐって血みどろの抗争をしたという話もある。
もっともジュレルディは誇り高い。俺に好意を持っているが、それでも俺に淫妖が憑いていたり、何とか教という宗教の教義の為だったりするのは嫌と言ってたくらいなのだ。いくら男に見向きもされないからと、そんな奴らには引っかからない。
あまり鏡で自分の顔を見ることの無い世界なので忘れがちだが、アルシオはかなりのハンサムなのだ。それこそ今の俺達は、男娼とそれに入揚げる女渡者に見えるかもしれない。俺はともかく、ジュレルディがそういう目で見られるのは嫌だった。
「少し、人の居ないところに行きましょうか」
と、彼女の肩を抱いたまま言うと、いつも毅然とし皆に指示を出す女頭目は、素直に部下の男に俯いたまま小さく頷いた。
とは言っても初めてくる町で、どこに行けば人が居ないかも分からない。町は塀に囲まれ簡単には外に出られないのでとりあえず明かりの無い方へと歩き出す。
何となく手を放すタイミングを失い、ジュレルディの肩を抱いたまましばらく進むと、民家も少ないのか明かりも殆ど見えない一角に辿り着いた。町の明かりに消されていた小さい星々も、その存在を主張する。
踏み固められた道の両脇に木々が立ち並び、その奥に先の尖った屋根を持つ建物の陰が見える。
「どうやら、教会の敷地らしいな」
まだ俺に肩を抱かれたままのジュレルディが、人目が無くなったからか顔を上げて言った。魔物などの襲撃に備え、施設はすべて町の塀の中にあるのだ。風車すら塀を越えるほど背を高く作り町中にあったりする。
ふと、胸に重みを感じる。恥らって俯いていたジュレルディが俺にもたれ掛かって来たのだ。彼女の大きな胸が、横から俺の胸に押し付けられる。そういえば、俺に自分を抱けと言ったり、2人きりなら彼女の方が積極的なんだった。
「さっきは助けてくれて、ありがとう。助かった」
そう言うと、さらに俺に寄りかかってくる。
「いっいや、当然ですよ」
とこたえたものの、どうしたものかと固まってしまう。まあ、明日は魔物退治を控えてるんだから、彼女だって今夜どうかなろうとは思ってないはずだ。せっかく2人きりなのだからと、ちょっと仲良くしたいだけなんだろう。
道の脇により大木の幹に2人で持たれ、胸に彼女の体温を感じながら会話する。前は俺の故郷の事を話したので、今度は彼女の故郷の話だ。
「私の生まれたスダンは、一年の大半が雪に埋もれているような場所だ。冬になるとあたり一面真っ白でな。その間兄や姉と一緒に部屋に篭っていた。私は一番下だったから可愛がられていたが、それでも16の時に故郷を離れた」
「そうなんですか、意外ですね」
「意外? 何がだ?」
「あなたはなんだか、お姉さんなのかと思っていました」
「私が頭目などをしているからか? 普通は、先に働き手となる年長の者を家に残し、後から生まれた者を村から送り出す。その方が効率がいいからな」
そういえばそうか。アルシオだって、自分が村を出ないと弟が村を出されるから自分から村を出たんだったし。
「お前は長男なんだって?」
「ええ。まあ」
すると、ジュレルディはさらに俺にもたれ掛かってきた。彼女の長い銀髪が頬をくすぐり、少しこそばゆい。貧弱というならともかく、腕っ節が強い長男が渡者になる。それがどういう事なのか。年下だからと故郷を離れた彼女にはその意味が分かっているのだ。
俺は別に歴史に興味なんて無かったけど、戦国時代を扱ったゲームをしている時に「士は己を知る者の為に死す」という言葉を見つけた。なんとなくカッコイイと思って覚えてたけど、単に主君に忠誠を誓うっていう意味の言葉だと思っていた。
でも、ある時ふと正確な意味を知りたくてネットで調べると、ちょっと違っていた。
ある男が居た。始めにA氏というのに仕え、その後B氏に仕えた。そのA氏、B氏はC氏に滅ぼされ、男はC氏に仕えた。だがそのC氏もD氏に滅ぼされる。
「C氏の仇を討つ」
男はそう言って二度にわたりD氏を狙った。身体に漆を塗って肌をボロボロにし、薬を飲んで喉を潰し、乞食を装ってD氏に近寄ろうとしたのだ。だが発覚し捕まる。D氏は言った。
「お前は、A氏、B氏を滅ぼしたC氏を仇と狙わずC氏に仕えたのに、どうしてそこまでしてC氏の仇を討とうと私を付け狙うのか」
男は言った。
「A氏とB氏は、俺を並みの者と扱った。だから俺も並みに仕えた。だがC氏は俺を認めてくれた。だから俺は、俺のすべてを持ってC氏に仕えるのだ」
ある意味、ギブ&テイクって事かも知れないが、自分の事を分かってくれる人の為に、人は一生懸命になれるって事だ。
ジュレルディは、アルシオの事を分かっていた。
勇雄として優佳は大事だ。じゃあアルシオにとってジュレルディはどんな存在なんだ? とても大切な人じゃないのか?
表向きアルシオが故郷を離れたのは、勝気な性格だから退屈な村の生活に嫌気がさして、という事になっている。だがそれを分かってくれている人が居た。それをアルシオが知ったら……だがそのアルシオの意識は、俺が塗りつぶしてしまっている。そう思うと、切なく、そして罪悪感が俺の胸を掻き毟る。




