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第11話:怒れるジュレルディ

 出発の日の朝、お爺さんとお婆さんが見送ってくれた。


「ありがとう。お前さん達のお陰で何とか冬を越せそうじゃよ」

「また近くまで来ることがあったら、是非よって下さいね」


 2人から感謝の言葉をおくられ、食料なども分けて貰った。報酬の方はといえば組合を通しているので、組合に立ち寄ってそこで受け取る。


「おう。思ったより早かったじゃねえか」

 組合の親父は、やって来た俺達を見て笑った。今回みたいな食事付きの依頼の場合、あえてゆっくりこなす渡者も多く、親父の笑みはその意味も込められている。


「本格的な冬になるまでに、街道を抜けて南に向かいたいので」

 ジュレルディが誇るでもなく低い声で淡々と言うと親父はまた笑った。まあ、好意的に受け止められたようだ。


「前にも言ったが、またこの村に寄る事があれば先に使いを出してくれ。いい仕事を用意しておくよ」

「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」


 村を出た俺達は街道をさらに西へと進み、途中で南下する。


「今度は町まで一気に行くんですか?」

「ああ、食料も補給できたし町まで持つだろう」

「冬になっちまって北に取り残されちゃえらい事だからな。とっとと先に進みたいところだぜ」


 こうして俺達は急ぎに急いで目的の町、アルメに辿り着いた。村よりさらに魔物に襲撃され難い場所に作られているが、それでも襲撃に備えさらに頑丈な石造りの塀で囲まれている。


 そういえば、牧草狩りをした村ってなんて名前だっけ? と記憶を探ったが思い出せない。というより名前を聞いた覚えもない。まあ、名も無い小さな村ってところだ。


 それに比べこの町は地図に載っているだけあって賑わい、人通りも多く商店なども立ち並んでいる。その中に組合の建物もあった。組合の職員も多くいくつかある受付には、さらに多くの渡者が幾組も並んでいる。


「やっぱりこの前の組合とは違いますね」

「人が集まれば依頼も多い。依頼の話を聞くのにもちょっと順番を待たなければいけないみたいだな。全員で順番待ちをしてもしょうがない。ここは私がいるから、お前達はどこかで待っていろ」


 ジュレルディがそう言って壁にかかっている順番待ちの札を手に取った。札には番号が書かれ、銀行や携帯ショップにある順番待ちの紙と一緒の物だ。違う事といえば、飯を食いにいくつもりだとかで順番が後の方で良いと思ったら、わざと後ろの番号札を選んで取ることが出来るくらいか。


「いや、順番待ちするなら俺が並びますよ」

「いえ。私が並びます」

 俺とユイファの言葉にジュレルディは微笑み、その笑みのまま首を振った。


「順番がきたら、どうせ私が話をしなければいけないからな。私以外の者が並んでいては、私を呼びに来ないといけなくて二度手間だし、受付の者を待たせる事にもなる。どの依頼を回してもらえるかは受け付け次第って所もあるから、あまり彼らの心象を悪くしたくないんだ」


 何気ない気配りが重要な意味を持つ、というプロの台詞を当たり前ようにいうジュレルディに一瞬見惚れた。その女性が俺に好意を寄せてくれていると思うと、なんだかむずがゆい。


「やっぱりジュレルディさんはカッコイイですよねー」


 組合から結構はなれた酒場の一角を占領すると、俺と同じような感想を持ったらしいユイファが漏らした。本当はもっと組合から近い酒場もあったんだけど、同じことを考える奴らは多く、そこはすでに満席だったのだ。


「なんていうか完璧ですよー」

 ユイファのジュレルディに対する絶賛は止まらず、まるでアイドルの熱烈な信者みたいだな。


「あいつは昔から細かいところにも注意を払える奴だったしな。あいつに任せておけばまず間違いねえ」

「ですよねー」

「で、そのジュレルディさんなんだが、俺達がここにいる事を知らないだろ。ちょっと伝えてきてくれねえか」

「あ! そうですね。行って来ます!」


 尊敬する頭目を迷子にさせてはいけないと、ユイファは飛び出すように駆けていく。


 その背を見送っていたカシェードが、ジュレルディ信者の姿が見えなくなるのを確認すると俺へと視線を向けてきた。


「で、その完璧なジュレルディさんが、最近なんだか浮かれている見たいなんだが、お前何か心当たりはないか?」

 しまった!


 村にいて一緒の部屋の時は、疲れているから先に寝るとか、夜風に当たりに行くとか言って上手く避けていたし、村からここまでの道のりは全員で雑魚寝だったから大丈夫だったけど、まさかここで捕まるとは。カシェードの奴、ずっと俺と2人きりで話すチャンスを窺ってたのか。


 しかしどうする? というよりカシェードは何を疑っているんだ? 俺とジュレルディとの仲か? それとも俺の中身が入れ替わっていると疑っているのか?


 いや、さすがにそれはないだろう。俺はそうだと知っているけど、知らない人間からすれば中身が入れ替わっているなんて想像も出来ないはずだ。


 じゃあ俺とジュレルディの仲を勘ぐっているのか?


 うーん。隠すような事じゃないかも知れないんだけど、ジュレルディはどう考えているんだろ? 彼女の方はちょっと隠そうとしている感じがあるしな。俺の判断で勝手にばらすわけにも行かないか。


「まあ、お前の趣味じゃねえだろうから、お前が奴に手を出したなんて思っちゃいねえ。だが様子が変わったのはあいつばかりじゃねえ。お前も最近様子がおかしいじゃねえか。2人で何をやってるってんだ?」

 俺があれこれと考えていると、カシェードはそう言って探る様な視線を向けてきた。


 あれ? なんだか複雑な心境だがジュレルディとの仲を勘ぐられている訳じゃなかったか。じゃあ、漠然とおかしいと感じているだけってところか。しかし、もし追求された時にと言い訳を考えるつもりだったけど、油断してて何にも考えてない。


「そうか? 俺にはジェルディがそんなに浮かれているようには見えないけど」

 やむを得ず、とりあえずしらばっくれた。


「いや、実はな。この前ちょっと見ちまったんだが、奴が1人ぼーっと庭でつっ立って空を見ていると思ったら、急にクスクス笑い出しやがってな。気味が悪いったらありゃしねえ」


 おい。なんか酷い事を言われているぞ。っていっても、カシェードがこういう言い方をするのも長い付き合いの気安さからだろう。さっきユイファにも言っていたように、カシェードのジュレルディへの信頼は篤いのだ。


「へー。それは気付かなかったな。まあ何か良い事があったんだろが心当たりは無いな」


 心当たりは山盛りあるんだが、ジュレルディがそんなに浮かれているのに気付かなかったのは本当だ。人前では今まで通り毅然とした態度を崩さないけど、1人っきりになると油断するのか。そう思うと可愛い気がする。


「本当か?」

「ああ」


 カシェードは疑わしそうな視線を向けてくるが、俺が知らないと言う以上は仕方が無いと、渋々ながら矛を収めた。だがカシェードの追求は終らず、今度は俺に切っ先を向けてきたのだ。


「で、じゃあお前の方はどうなんだ? なんだか最近落ち着きがねえじゃねえか。前はもう少しどっしりと構えていただろ」


 うーん。さすがに自分の事じゃしらばっくれるわけにはいかないか。今度こそ何かそれっぽい理由をでっち上げる必要がある。っていっても何にも思いつかない。焦るばかりで、頭の中は真っ白だ。


 あ。そうだ!


「まあ色々あってな。ジュレルディが浮かれているって理由は俺も知らないが、俺にも良い事があったんだよ。もっとも詳しくは言えないがな」


 ふむ。我ながら上手い言い回しだ。これでもしつこく追求してくるなら、これ以上聞くのは野暮ってもんだぜ! とでも返せば――。


「なんだよ。そうだったのか。まったく毎回自分だけ良い目見やがって。一度くらい俺にも回せってんだ」

 カシェードは座っていた椅子に大きくもたれかかった。いかにもやってらんねえっていう態度だ。


 あれ? なんかあっさりと退いたぞ。どう受け止められたんだ? まあよく分からないけど、とにかく上手く逃げられたみたいだ。


 これで一安心と思っていると、そこにちょうどユイファが帰ってきて席に座る。


「ジュレルディさんに言ってきました。順番ももう少しみたいでしたよ」

「おう。お疲れさん。おーい。こっち葡萄酒水割りで3つ持ってきてくれ」

 カシェードはユイファを労った後、店員に声をかける。


 席を占領していながら中々注文しなかった俺達に白い目を向けていた店員が、やっと注文しやがったかという顔をしている。


 そういやあ、仕事の時はともかく、こっちの人間って水の代わりに酒を飲むんだよな。それだけこっちの人間は体質的に酒に強いって事もあるんだが、それよりなにより水が不味い。


 元の世界では水道水なんて飲めたもんじゃえね。せめて浄水器をつけるか、それが無かったらミネラルウォーターじゃないと飲めないって感じだったけど、こっちの水に比べたら、見くびってましたごめんなさいって謝りたくなるほど、水道水の方が全然美味い。


 この葡萄酒の水割りだって、その不味い水をいかに飲むかっていう工夫だ。こっちの人間の酒に強いっていう体質もあって、これくらいじゃ全然酔わない。まさに水代わりだ。


 中身はともかく身体は24歳の俺は当然として、19歳だけど身体は小さく下手をすれば中学生にも見えかねないユイファですらこの程度じゃ顔を赤らめもしないのだ。


「2人で何のお話をしてたんですか?」


 3人とも席に座り、店員が持ってきた葡萄酒の水割りを前にするとユイファがそう聞いてきた。こっちに戻ってくるときに遠目にも俺達が会話しているのが見えたんだろう。


「なんでもねえよ。まぁお嬢ちゃんにはまだ早い話だ。なあ?」

 え? 俺? こっちにふってこられ内心首を捻ったが、多分さっきカシェードが勝手に納得してくれたのに関係あるんだろう。

「まあ、そうだな」

 と、調子を合わせておいた。


「もー。子ども扱いしないで下さいよ」

 ユイファはそう言って頬を膨らませたが、そういう仕草が子供っぽいって思われるのを気付いていないみたいだ。


 その後もしつこく聞き出そうとするユイファと、それをはぐらかすカシェードの会話は続いたが、そうこうしているうちにジュレルディがやってきた。

「私にも同じ物をくれ」

 店員に注文しながら席に座る。


「どうでしたか?」

「ああ。なかなか良さそうな依頼を紹介してもらえた。古城に棲みついた魔物退治だ」


 おお! 遂に魔物退治の依頼か。初めての依頼という事もあって達成感はあったが、さすがに2回連続で牧草刈りは簡便して欲しいところだったからな。


「それで、その棲みついた魔物が悪さをしたりするので退治することにしたんですか?」

「いや、それがそう言うわけじゃないらしい」

 ユイファに、ジュレルディがちょうど店員が持ってきた葡萄酒の水割りを受け取りながらこたえた。


「棲み付いて、そこをねぐらにしているだけで別に害は無いんだが、その古城は前々から売りに出されていたんだ。やっと買い手が付いたので魔物を片付けることにしたらしい」


 なるほど。元の世界でいう訳あり物件を売りつける悪徳不動産みたいなもんだな。きっと魔物なんて棲んでいないといって売り出して、買い手が付きそうなので慌てて魔物を退治しようってのか。


「酷い話ですね」

 だったら初めから退治していないのは卑怯と思ったのかユイファは不満そうだけど、カシェードはそんなの当たり前だろ? 見たいな顔をしている。


「そうか? よくある話なんじゃねえか。買い手が見つかる前に魔物を退治してもまた魔物が棲み付くかもしんねえし、そうなったら2度手間じゃねえか」


 カシェードの言葉にユイファは納得しきれなさそうな表情ながら押し黙った。理屈は分かるけど気分の良いものじゃないってところか。


「それでその古城にはいつ行くんです? もう依頼は受けたんですよね?」

「ああ、保証金も払ってある。期限は5日以内ということだから、明日からで大丈夫だろう。今から行ってもつくころには日も傾いているだろうしな。明日の早朝に出発しよう。出来れば一日で片付けたい」


 もう保証金も払っているのか。さすがに仕事が速い。


 アルシオの記憶では魔物の討伐。しかも今回みたいな「物件」関係の保証金は結構な金額のはずだ。何せ下手に失敗したり、ばっくれたりしたらその物件の契約が流れてしまうからだ。そうなったら依頼主の損害は莫大なものとなる。


 今回みたいな依頼の為に、大抵の渡者は保証金を見越して蓄えてあるが、保証金が足りないと変わりに金目の物を置いていかなくてはならない。魔物討伐の依頼を受けた渡者が保証金が足りなくて、じゃあ変わりに武器を置いていけと言われて途方に暮れる。っていう笑い話まであるくらいだ。


「で、じゃあ今日はこのまま宿をとって、明日の仕事に備えるって感じでいいのか?」

「まあそうだな。魔物討伐となれば命がけだ。これくらいは構わんがあまり強い酒はみなも控えてくれ」

 ジュレルディはそう言って、葡萄酒の水割りが入った円柱型の杯を中指と親指で持ち左右に振った。


 こっちの世界の人間が酒に強いからって、限界が無いわけじゃないしな。二日酔いで魔物と戦うなんて確かに自殺行為だ。それにアルシオにとっては何度も経験のある依頼だが、俺にとっては始めての魔物との戦いだ。それこそ万全を期したいところだ。


 そこにカシェードが俺の腕を肘で突いてきた。

「羽目を外すなって言っても、お前大丈夫なのか? さっきも言ってたが、なんだかまた女と仲良くしているみたいじゃねえか」

 ええ!? 俺がいつそんな事を言った!


「いや。別にそんな事言ってないだろ」

 何言ってんだこいつ!? と急いで訂正する。

「だってお前。さっき良い事があったって言ってたじゃねえか。お前のいう良い事って言ったらそれしかねえだろ」

 なんか酷い言われようだぞ。アルシオってそんなに女癖が悪かったのか。


 不味いな。どうも簡単に引き下がったと思ったら、こんな勘違いをしてたのか。まったく。でもまあ確かに俺の言い回しもまずかったか――と、そこに背筋に冷たいものが奔った。身体というより、心が凍てつくような冷たさだ。


 なんだ? と思って見ると、ジュレルディの感情のこもらない顔があった。だがその目は燃え、恐ろしいほどの殺気を纏っている。


 違うんですジュレルディさん! 心の中で光の速さで弁解したが、ジュレルディはテレパシーが使えないらしく残念ながら伝わらない。


 俺は蛇に睨まれたカエルの様に脂汗をかくばかりで微動だに出来ない。しかもそこにカシェードがさらに畳み掛ける。

「まったくこいつの女癖だけはどうにもならねえからな。一度お前からも言ってやれよ」

 そう言ってジュレルディににやりと笑いかけたのだ。


 くそ! このおっさんはいつか見てろよ! とはいうものの、魔物退治のその前にラスボスに遭遇してしまった状態でそれどころではない。どうにかしてこの最大のピンチを切り抜けなくなくては。


 しかしそのカシェードも

「そうだな。ちょっと話そうかアルシオ」

 と、ジュレルディが席を立つとたちまち慌てた。


「いっいや……」

 そう言って止めようとしたが、たちまちジュレルディの鋭い視線に射抜かれる。


 カシェードにしてみれば、アルシオの女癖が悪いのはジュレルディだって知っていること。お前からも言ってやれって言葉も冗談のつもりだったのだ。それがどうやらジュレルディがマジ切れしているらしいことにカシェードも焦っている。


「ま、まあ、こいつの女癖はいつもの……」

「あ?」

 ジュレルディは言葉遣いは普段からも男みたいだけど、その凛とした態度から気品すら感じさせる。それがまるで一昔のスケ番の様なガン付けに、さすがのカシェードも

「いや。なんでもないです」

 と、目を逸らした。


 ちょっとおっさん! お前の所為なんだからもっと頑張れよ!


「確かにこいつの女癖は前々からだ。しかしそう行く先々で女を作られては、後々私達の評判にもかかわって来る。今までは見過ごしてきたが、そろそろ一言言おうと思っていたところだ」

 こっ、こいつ呼ばわりされている。


 しかも、なにやらもっともらしい事を言い出したぞ。それを即興で思いつくとはさすがだ。って関心ばかりもしていられない。完全に逃げ道を塞がれた。


 ユイファといえば、状況がまったく掴めず俺とカシェードを交互に見るばかり。訳が分からなくても、ジュレルディの顔は怖くて見れないらしい。


 ジュレルディが「ツラかせや」といわんばかりに顎でクイっと合図をし、俺は覚悟を決めて続けて席を立つ。


 ふっ。ちゃんと付き合っているともいえないのに、いきなり修羅場か。


 背中にユイファの心配そうな視線を感じながら、必死で頭を巡らす。ジュレルディは、少し先の路地裏を目指しているようだ。まるで不良にからまれた少年のような心境で後ろに続く。そこに到達するまでに対策を練らねば有り金全部カツアゲ……いや命が無い。


 どうする? 実際そうなんだし、ただの誤解だって弁解するか? でもアルシオは相当女癖が悪いってことだから、信じて貰えないかもな。そうなれば一貫の終わりだ。


 くそ! 俺の前世とはいえ、自分の所為じゃないのに信用されないとは! そうだ! アルシオの所為なんだから、アルシオにどうにかして貰おう。


 女癖の悪いアルシオなら、こういう時の対応も心得ているはずだ。路地裏に入るまでをタイムリミットに、俺は必死でアルシオの記憶を探った。


「どうやら、また女と仲良くしているらしいな」

 路地裏に入り振り向いたジュレルディのその表情は、彼女が怒っている時の癖で感情は読み取れない。だがそれを補って余りある殺気を放っている。


 あの小さな村を離れる前の日の夜、世界が変わったとまで言ってくれたのに、俺がそれを裏切ったと思っているのだ。大袈裟でなく殺意が芽生えてもおかしくない。


「はい」

 努力して平然とこたえたが、俺の背中は冷や汗でびっしょりだ。


 今まで無表情だったジュレルディの表情が変わった。しかしその表情は怒りではなく、むしろ笑みを浮べている。この人完全に怒ったら笑うんだ。と思うとさらに冷や汗が流れ、俺の背中はずぶ濡れになった。


「ほう、そうかそうか。少しは言い訳するかと思ったんだがな。意外と素直じゃないか。まさかお前、私との約束を覚えていないっていうんじゃないだろうな?」

 笑みを浮かべ、むしろ優しげな表情だが、放つ殺気ははんぱない。


 しかし今はアルシオの経験を信じるしかない。

「もちろん忘れてなんかいませんよ」

 そう平静を装ってこたえる。


「へー。じゃあ、どうして女と仲良くしたりするんだ?」

 ジュレルディは微笑んだまま、ん? というふうに首を傾げて見せた。まるで悪戯をした小さな子供に、どうしてそんな悪い事をするのかな? と問いかける保母さんのようだ。


 ここだ! ここで勝負だ! 俺は精神力を総動員して、ことさら平然とこたえる。

「だって、その仲良くしている女性ってあなたの事じゃないですか」


「え……」

 今まで笑みを浮べていたジュレルディが意表を突かれたように小さく口を開けている。纏っていた殺気も瞬時に霧散した。


 その様子に、内心ほっとした俺は、微笑みかけながらさらに畳み掛ける。

「他に誰がいるっていうんです?」

「い、いや……」

 とたんジュレルディの目は泳ぎ口ごもる。


「まさか俺が、そんなに簡単にあなたとの約束を破ると思ってたんじゃないでしょうね?」


「ごっごめん。その……私は、何か勘違いしてしまったようだ」


 ジュレルディは目をそらし、居た堪れないという感じで胸の前で手を組んでいる。さっきまでスケ番だったのに、一瞬のうちに叱られた子犬の様にしょげている。


 なんだか凄く可愛いな。さっきまで殺されるかもと思っていた反動で、ちょっと意地悪もしたくなってくる。

「俺の事を信じてくれていなかったんですか?」

「だっだって、それはカシェードが……」

「カシェードが何を言っても、あなたが俺を信じてくれてたらすむ話じゃないですか」


「そうだな……」

 ジュレルディは、今まで見たことも無いくらい沈んでしまっている。もしジュレルディに犬のような耳があったら、パタンと倒れているだろう。不味い。ちょっと苛めすぎたか?


「とにかく、これからは俺を信じてください。あなたを裏切ったりしませんから」

「そうか。そうだな。分かった。もうお前を疑ったりしない。誓うよ」

 ジュレルディはそう言って微笑む。うんうん。やっぱりジュレルディは笑っている時が一番綺麗だな。と苛めてしまったのを反省した。


「じゃあ、2人のところに戻りましょうか」

「そうだな。あ。ちょっと待て」


 ジュレルディはそう言うと、大きく息を吸い姿勢を正した。表情も引きしまり、視線も鋭くなる。冷たい感じの雰囲気を身に纏い、完璧に隙の無い一流の渡者の姿がそこにあった。


「わっ笑うな」

「すみません」

 ジュレルディの「頭目モード」の鋭い視線に睨まれた。自分でも気付かないうちに顔がちょっとにやけてしまっていたらしい。


 頭目としてちゃんとしなければ、という思いがそうさせるんだろうが、ここまで意識して「作っていた」とは知らなかった。大変だったんだな、という思いと、少し微笑ましい思いについ笑ってしまったのだ。


 その後2人で、カシェードとユイファが待つ酒場に戻った。もちろん俺はジュレルディに叱られた事になっているので、2人とも神妙な表情を作ってだ。


 まあ、これで一応カシェードの追求もかわせただろう。結果オーライということにしておくか。

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